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ミスタに言われてみていろいろと考えた。
シニーはいつだって真っ直ぐだしそこが魅力的で惹かれる要素で、それが今日ぼくのせいで陰ってしまって、明るい方に進む彼女は足を暗い方に向けてしまった。それはぼくが引き起こした出来事……ぼくのせいで起きた出来事で、正直このままではいけないと思えてくる。
いや、思えてくるとかじゃあない。このままではいけない。SPW財団からは結構前からシニーの能力の裏の可能性を示唆していたし、攻撃性に目覚めた彼女はとうとうそれを巻き起こしてしまった。監視の目だってこの先厳しくなるだろうし、何よりギャングの世界に身を置いている以上命の危険にさらされ続けていたら、また同じことが起こりかねない。何としても次は起こさせてはならないし、そもそもきっと次に起きたとして今日みたいに上手く救えるかなんて分からない。

(自分の気持ちに従うのは難しい……)

昨日そう伝えたばかりだった。止まる暇なんて与えないって言ったばかりなのに、それを信じてくれた彼女を裏切って止めてしまった。ぼくが油断さえしなければこんなことにはならなかったし、そう悔やみ始めるとシニーにもミスタにもフーゴにも申し訳ない。
ただ大切にしたいだけなのに、上手く大切にするやり方が分からない。経験不足なのか不器用なのかは分からないけど……シニーの方が多分そういう部分は理解出来ていると思う。何だか複雑な気分だ。

「ジョジョ、寝室にシニーを寝かせましたよ。」

凄く悩ましくてどうするべきか……いや、どうしたらいいか分かってはいる。でも多分シニーは嫌がるだろうし自分自身も悩むしで頭の中がこんがらがっていた。そんな時にフーゴが現れてそう言い始めたものだから、昨日のことを思い出して思わず思考がフリーズを起こす。
昨日の奇跡みたいな時間はどうやって起こったのか全く思い出せない……雰囲気もなかったし家に着いて早々に行為に及んで必死なシニーが可愛くてしょうがなかったりで、

「(ありがとうフーゴ。)ここが天国かと思った……」
「えっ……?」

ぼくで充たされていたシニーを見たら幸せすぎて……毎日充たしてあげたいしぼくも充たしてほしいしで欲求が爆発しそう。

「ジョジョもですか?天国を見るほどお疲れになられているのですか?」

いつの間にか思っていた方が口に出ていたらしい。フーゴが慌てた様子で駆け寄って心配そうにぼくを見てくる。おかげで我に返ったぼくはフーゴから目を逸らして小さく息を吐いた。

「フーゴは……元気ですね。」

皆疲れているし、現にぼくも今日は出来事のボリュームがかなりあったせいかクタクタだ。なのにフーゴはピンピンとしていてぼくの代わりに足になってくれている。おかしいな?凄く変だな?

「それはまぁ……シニーの無間地獄のおかげというか……」

無間地獄……フーゴの報告書を読んだ。シニーが創った黒い星は相手の精神を読み取って、その人間の悪夢のような体験を仮想空間のような場所で引き起こすらしい。中では普通にスタンドを使えるらしく、フーゴはその中でトラウマの相手にひたすらスタンド攻撃を御見舞していたとか……きみのためにシニーは自分を殺そうとしたというのに呑気だなと思ったし、それと同時に精神面で成長を果たしたフーゴが無間地獄を楽しむっていう絵面が非常に怖い。あんな状況の中で日々のストレスを発散するとかちょっとやばいし、フーゴの仕事を減らした方がいいかなとか真剣に悩んだ。

「……ジョジョには言ってませんでしたが、」

フーゴはぼくから離れると、近くのソファに腰を下ろして天井を見上げながら話をする。

「ぼくはトラウマのせいで少し人を愛するのが怖いんです。」

それは突然の告白で、聞き流していいような内容ではなくて。椅子に座り直してからしっかりとフーゴの話に耳を向けた。

「だからジョジョがシニーが好きで、ちゃんと愛している姿を見て羨ましく思いましたし安心もしました。こうなる前のぼくはシニーに多分恋をしていたから……多分ですけど。」

大切にしている。妹みたいに思っている……そう言っていたけど彼女を見るフーゴの目っていうのは、たまにそういう想いと全く違う色になっていたと思う。今思えばそういう一面が表に出ていたのか……気が付いているようで考えないようにしていた気がするよ。

「二人が幸せならいいんです。しかし今日の二人を見ていたら不安になりました。」

フーゴは自分の顔を手で覆うと少し深めに息を吐いて、そして数秒置いてから言葉を絞り出す。

「シニーとジョジョの幸せって、何なんだろう……って。」

それは心が詰まるような内容だった。

(ぼくとシニーにとっての幸せ……)

今まで二人を統合して考えたことがあっただろうか。幸せを感じる瞬間はあっても考えるということはしたことがない。

「いずれは結婚しますよ。」

結婚はしたいと思う。それで一緒にいられたらそれこそ幸せだ。あまり結婚にいい思い出はないけれど、シニーとならきっといい思い出になると思うし……何より生涯一緒に生きるっていう繋がりが出来たらもう二度と離れなくていいような、離れられないと思えるような、それこそ幸せに繋がる気がする。

「いや、結婚以前の問題にですよ?」

フーゴは顔から手を剥がすと、ぼくの方を見て意見を述べてくる。

「このままシニーがパッショーネに席を置いて、また無茶な真似をしたらどうするんですか?」

座ったのに席を立って、ぼくの机まで再び迫るようにやって来ると更にその先の内容を口にした。

「シニーの能力は確かに有能ですが、彼女の中身は単純かつ純粋です。覚悟を持って仕事をしてきたことに関してはよく頑張ったなって思います。しかし性格も心もこの世界には向いてはいない……優しすぎるんです。」
「……」

フーゴが言う内容はどれもぼくが一度でも思っていたことだ。そしてさっきまで考えていたことでもある。

「シニーが納得してくれるなら……今すぐにでも辞めさせたい。」

正直これ以上この世界にいたら、いずれは壊れてしまうだろう。今日の出来事が全てを物語っている。

「彼女は堅物だ。きみだってよく知っているだろ?こうと決めたら絶対に曲げようとはしない……」

ブチャラティみたいに人のために動くタイプの人間だ。役に立てるのなら役に立とうとするし、いつだってその役を全力で挑んでしまう。
最初は監視目的でパッショーネに入れた。でも本当はぼくもフーゴも、ミスタだって彼女の能力と不屈の精神力に惹かれてしまったから、彼女に頼んだんだ。ぼくらのそばにいてほしいって。そこから始まって今に至っているんだ。

「まずはシニーの意志をそっちに向かせないといけない……っていうことですか。」

ぼくの意見を聞いたフーゴは結論を素早く出す。顔は少しばかり間が抜けた色をしていて、口は半開きだ。

「はい。」

どんなに呆れるような内容でも仕方がない。これが彼女を切り離せない本当の理由であり事実なのだから。
ぼくはフーゴの言葉に頷くと、腕を組んで背もたれに寄りかかる。

「シニーにはいずれ一緒に住みたいし結婚だってしたいって話はしています。すぐに結婚が出来たらいいけど、ぼくもシニーもまだその歳じゃあない。最低一年はかかることかと。」
「……」

自分で言っていて虚しくなる。結婚したくてもまだ出来る年齢ではないことも虚しい原因だし、何よりも自分があのシニーを論破出来るような気がしない……材料がまだ少ないんだ。

「いや……待ってください。」

半分お手上げ状態だった。でもフーゴはこういう時にとても頼もしくなる。

「もういっそ一緒に住んだらいいんじゃあないですか?」
「え?」

少ない材料からピカピカと輝く突破口を見つけ出してくれる。

「それは……」

ポルナレフさんにも以前同居を勧められたけど、その時はまだ早いって思っていた。本当にまだ早いと思うけど……それが最善だってフーゴは思うのか?あの律儀なフーゴが?

「一般的な家庭は働く夫を支えるのが妻です。ジョジョは既に働いているし、私生活を送れるようになっても家事まではなかなか手を回せないでしょう?ディナーとかろくなもの食べていないんじゃあないですか?」
「うっ……」

凄く悔しいが、確かにそうだった。会合の日はまともなものを食べるけど、それ以外は大体お気に入りのパンとかプリンばかりで、食事らしい食事はしていない。

「ジョジョ……よく考えてみてください……シニーの手料理が毎日食べられるんですよ……おはようからおやすみまでシニーがそこにいるんですよ……」
「……」

迫るようにフーゴに言われてシニーがそばにいる生活の想像をする。
昨日の夜みたいに一緒に眠ってそのまま一緒に朝を迎えたり、シニーの料理を食べて美味しいねって笑い合ったり……昔のぼくが憧れた世界がそこには広がっていた。夜中に目が覚めても大好きなシニーがいてくれるのは凄く幸せだと思う。

「シニーは……それで幸せだと思う?」

ただそれはぼくの幸せだ。フーゴが言っていた二人の幸せとは限らない。シニーが思う幸せとぼくが思う幸せは違うかもしれない。
こんな情けない質問を出来るのは気が知れた仲間だけだ。ミスタだったらきっと笑い飛ばされるけど、フーゴはいつだって真剣だし、一番シニーのことを理解している。

「ジョジョのそばにいるシニーはいつだって幸せそうですよ。」

よく見ているから自信をもってぼくに答えを教えてくれる。

「そうか……」

シニーはよく笑うけれど、当たり前のように自然に笑うから心ではぼくといることをどう思っているか分からない。幸せ「そう」っていうのは決定的ではないけれど、目に映った時にそう見えたのならきっと奥底にそれは眠っていると思う。

「じゃあ頑張ってみるけど、失敗したらフーゴのせいってことでいいですね。」
「失敗しないでしょう。何だかんだでシニーはあなたに甘いですから。」
「きみにはしょっぱいけどね?」
「だからぼくもしょっぱぁ〜く接してるんですけどね!いつも!」

ずっとそばにいたいけど、いつかこの場所で命を落としてしまう可能性だけは絶対に与えたくない。
真っ直ぐなままでいてほしい。誰かを憎まない、いつものシニーでいてほしい。汚れた場所に似合わないきみを連れ出して、トリッシュみたいに自分が輝ける場所にいてほしいと思う。
ぼく達のわがままはもう終わらせた方がいい。伸び伸びとしたままのきみでいてもらいたい。だからといってぼくのわがままは終わらない。一生そばにいたいっていう気持ちだけは諦められないから、きみが傷付かない最善を尽くしたい。

「まぁ仮に嫌がったらぼくが洗の……教育するので大舟に乗ったつもりでいてください。」
「きみそろそろ病院行った方がいいよ。」


流れ星みたいに眩しいそのままのシニーでいてほしい。
ぼく達はただ一つ、それだけを望む。




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