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朝になったらパッショーネの仲間が家まで送ってくれて、約二日ぶりに自分の家に帰ってきた。
洗濯物も干しっぱなしだし食器も漬けっぱなし……やることはいっぱいあるけれど、とりあえずシャワーを浴びたい。
私は真っ直ぐにシャワールームまで向かうと、服を脱いだらそのままお湯をめいっぱい自分へと降らす。

「ベネ〜!」

気持ちいい……生き返る。まるで枯れかけた植物が水を与えられて、それが生き返ったかのように咲き誇るような……何かとにかく枯れていた花がまた咲き始めるみたいなそんなイメージを抱いてしまうくらいの蘇り方をしている気分がある。
ジョルノの家にいた時は一緒にお風呂に入ったけれど、あれはあれで緊張をしてしまって寛げはしなかった。裸の付き合いをしたんだよな……今思うと恥ずかしい。しかもその前にはしていたわけだし……

(ジョルノと凄いことしたんだな……)

改めて思い出すと恥ずかしくなってくる。一日空けて羞恥心がやって来るとか辛い。
昨日はいろいろあった。一日のボリュームが濃すぎるくらいの出来事が起こって、あっという間に時間が過ぎていった。
トロイメライはあれから黒い星を流さない。多分私から毒が抜けたからだと思う。ウーゴがあの時巻き込まれてくれなかったら多分、今頃は帰ってくることなくSPW財団にずっと保護という名の拘束をされ続けていたかもしれない。止まってくれてよかった。
それよりもジョルノの咄嗟の判断力って凄いんだな。スタンドが勝手にしたことだって言っていたけれど、私の星を使うとか多分ジョルノの中で潜在的に浮かんできたから出来たことだったのだろうし……普通私の中に星を戻すだなんてそんな瞬時には思い浮かんだりしない。今回はどこまでも運が良かったように思える。

「はぁ……」

本当に昨日は……いろいろと思うところがある一日だった。思い返すとまた疲れてくる。振り返りたくなくても、昨日の私が今日の私に考えることを託してしまったから考えるしかない。
ミスタさんにはジョルノと仕事のどっちが大事か考えろって言われて、ウーゴには今のままでいたら死ぬのは間近だと言われ……つい最近も与えられた選択肢に答えを出したけれど、今回の件で更に新たな選択肢が生まれてしまった。しかもどっちも私の未来というか、生き方に関わることで間違えたら許されない気がする。
ジョルノと仕事のどっちが大事か……まずはそこだ。その問題を解決させよう。
究極の選択というわけではないし、答えはもう既に出ている。最初は仕事に必死になってしがみついていたけれど、いろんな任務を経て深く関わっていったらジョルノは私にとって大切な存在になってしまった。まさか恋愛に発展してしまうくらいジョルノにのめり込んで、どこまでも好きになってしまうだなんて思っても見なかった。
今のままでいたら死ぬのは間近っていうのは……確かにと思う。いつもやることが滑ってはよく命を削っているし、自分の自制が出来ないと凄いことになることも身をもって経験をしてしまった。痛いほどに理解してしまった。もういない人達にまで怒られた。
ブチャラティとアバッキオ、ナランチャにまた会うことが出来たけれど、あれは望んだ出会い方ではなかった。正直あの出来事は現実だったのか夢だったかも分からないけれど、多分現実だったと思う。やけにリアルだったし、何より温かかった。夢だとは思えないくらい皆が生き生きと動いていて、私に触れてくれた。あれを夢だとは思いたくないし思わない。私を留めてくれた三人を幻だったとは思いたくない。

「……」

いろいろと思い出して自分が拳銃で撃った箇所を撫でてみる。ジョルノがスタンド能力で完璧に治してくれたけれど、昨日自分で付けた傷も、パーティー会場で撃たれた傷も、全てジョルノが消してくれて……私はつまりジョルノに生かされているんだよね?もしもジョルノにこの能力がなかったら私は今頃どうなっていただろう?

(ジョルノは……)

怒ってはいなかった。心配をしてはくれたけれど、私を怒ることはなかった。
ジョルノはどこまでも優しい。私が悪くても多分自分が悪かったって思っていたのかもしれない。巻き込んだのはぼくだから〜とか言い始めそう。次に会う時はこの話題は出さないようにした方が、私もジョルノも気持ちが楽かな?

「出るか……」

決して逃げているわけではない。私がこっちに帰ってきた後にジョルノは笑顔で抱きしめてくれたから、これで終わりでいいかなって思っただけ。
謝ったら多分ジョルノは「気にしないで」としか言わないだろうし、私がジョルノに謝られても多分同じことを言ってしまう。だから何も言わなくていいんだ。ミスタさんとウーゴには謝ったけれど、ジョルノとはこれでいい。
雨が降るみたいにザーザーと落ちてくるお湯を止めて、シャワールームから出てはバスタオルで体を拭く。でも入る前に新しい服を持ってくることを忘れてしまって、脱衣場には下着しか置いていない……取りに行かねばと下着を着用して部屋に向かうけれど、そこから出たら丁度電話がリンリンと部屋中に鳴り響いて。誰からの電話かは分からないけれど、とりあえず出ないといけない。小走りで電話まで向かうと素早く受話器を握り、向こう側にいる人にご挨拶をする。

「プロン『シニストラ聞いたわよ!あなた死にかけたんですって!?』
トおおお?」

しかし途中で言葉が途切れてしまって最後までは言えなかった。そして声の主が凄く声を張り上げてくるものだから耳が痛い……思わず受話器を離してしまうけれど、落ち着いてもらわねばと思い少しばかり慎重になりながら、自分の無事を伝えた。

「だ、大丈夫だよ!ちゃんと生きてるから!」

声の主はトリッシュちゃんだ。聞いてすぐに分かったし、何より貴重な女の子友達の声だし……私が忘れるはずがない。とりあえず下着姿のまま床に座ると、トリッシュちゃんとの会話に臨む姿勢を取る。

『本当に?胸撃ったのよね?痛みとかないの?』
「ないない!全然ない!元気だしピンピンしてるよ。」

自分でも不思議なくらい元気いっぱいだ。心臓だってちゃんと動いているし、現にこうやって話だって出来ている。これ以上の証明はないのではと思う。

『はぁ……とりあえずよかったわ。あなたまでいなくなったらどうしようって思ったのよ……声を聞けて安心した。』

トリッシュちゃんは溜め息をこぼしながらもそう言ってくれる。

「心配させちゃってごめんね……」

トリッシュちゃんにまで迷惑をかけてしまった……凄く情けない。咄嗟に出した判断がこんなにいろんな人を巻き込んでしまうだなんて思いもしなかった。たくさん反省はしたつもりだけれど、こうやって言葉を受け止める度に昨日の自分をぶん殴りたい気持ちでいっぱいになる。

『でもしょうがないわよ。ギャングってそういう世界だろうし……命がいくらあったって足りないって知ってるわ。』

私の言葉を聞いたトリッシュちゃんは気にしなくていいわよと言いながら、受話器の向こうでくすくすと笑う。笑い飛ばしてくれるのは凄くありがたかった。変に気にされたら気まずくなってしまうし、折角トリッシュちゃんと話しているのにお葬式みたいな空気になるのは嫌だから、冗談でも笑ってくれることは凄くありがたかった。

『自分は自分って思っていても、親がやったことで苦しめられるっていうのは辛いわよね……ジョルノのために怒ったのは正解よ。ジョルノだってシニストラのことを心強いと思っていると思うわ。』

トリッシュちゃんもジョルノと同じでどこまでも私に優しい。落ち着く反面で、でも怒ってくれていいのにとか思ってしまう。凄くありがたいと思っていたさっきとは違って凄く矛盾した気持ちが生まれた。

「そうだったらいいな……」

何とも言えない気分になって思わず苦笑いが浮かび、口からぎこちない笑い声が出てくる。乾いた笑い声しか出なくて情けないけれど、今はそれが精一杯だ。気持ちにはまだ疲れがあるみたいで心なしか肩が重たい。

『あたし今日は仕事なのだけど、シニストラはオフなんでしょ?ゆっくり休んでね。』
「うん、ありがとう。お仕事頑張って。」
『ええ、それじゃあまた。』

トリッシュちゃんの電話が切れると、私はゆっくり受話器を親機に戻して、天井を見上げながらその場に寝転ぶ。

(このままじゃいけない……)

何回思ったらいいのかってくらい考えてしまう。ぐるぐると同じことばかり、何度も何度もくどいくらいに考えてしまう。
どうして仕事とジョルノの二択しかないのかな?好きか嫌いかって考えさせられた時もその二択しかなかった。どうして与えられる選択肢ってこう極端なものばかりなのか……単純って言われる私でも流石にこういう大切なことを決める時はもっと選択肢が必要だと思う。
私は居場所が欲しくて今の仕事をする形で生きていたはずだった。ジョルノのことを好きになって隣に立てるようになったら、ジョルノは未来の私の居場所を作ってくれた。結果今凄く嬉しいと思うけれど、でも少しのモヤモヤもある。
昨日みたいな想いはもうしたくない。頼って欲しい時に頼ってくれなかったジョルノの姿も見たくないと思う。ジョルノが望むならもういっそこの仕事から離れてしまおうかとさえ思うけれど、スタンド能力がある以上離れるだなんて難しい。だってもしも離れられたとしても、ジョルノに気持ち監視されているように思えてきてしまいそうで……それは私が辛い。

(ジョルノも監視されてるんだろうな……)

ジョルノだけじゃない。ミスタさんやウーゴだって監視の目を向けられていると思う。SPW財団はスタンド能力の研究をしているし、現に昨日私も研究対象にされたし……特にジョルノはお父さんのこともあって向けられている目は厳しいと思う。それにいろんな人に恨まれて今回みたいなことが起こった訳だし、一度起きたら二度目もあるかもしれない。呪いのように付きまとうものになるのは嫌だな……

「優しい世界だったらいいのになぁ……」

誰からも恨まれない世界だったらいいのに。大切な人がいなくなっても、前を向ける世界だったら多分こんな出来事は起こらなかった……
って、言ってみて思う。

(皆が……前を向ければいいんだよな?)

そうだよ。皆が……ジョルノのお父さんを恨む人達が前を向けるようにすれば、きっとSPW財団からのジョルノへの監視の目だって薄くなるはずだ。
ジョルノは真っ直ぐて素直ないい人だ。ギャングは悪の組織だけれどジョルノ自体は決して悪じゃない。正義の心を持っている。ただ周りから向けられる視線に勘違いがあるだけで……周りの人の目を変えられたらきっと幸せなことになる。
死んだ人達はもう戻ってこられない。見えなくなったらこれでいいと諦めてしまう。でも周りの人達はこれでよくないから、暴走をして連なる人を恨んでしまう。今回みたいに報いを受けろとか考えてしまう。
賭けでしかないかもしれない。私のスタンドでどうにかならないだろうか?死んだ人の尊厳とか云々以前は言っていたけれど、今を生きるジョルノの苦しみを知ってしまった以上そんなことを言っている場合ではない。
喪ってしまった人達の悲しみや苦しみを終わらせられるかもしれない。私の能力は絆を繋ぎ止めたくて生まれたものなのだから、もういっそ喪って悲しむ人達に夢を見させてあげられたら、ちゃんとお別れが出来たなら……きっと恨みだって晴らせることが出来る。ジョルノの世界を変えられる。

「落ち込んでる場合じゃない!」

私は勢いよく起き上がると、戻した受話器を握り直してポルナレフさんへ電話をかける。
仕事とジョルノのどっちが大事とか、今のままだったら死ぬのは間近とか、そんなの考えている場合じゃない。ジョルノが大事っていう答えはもう既にある。そのジョルノは仕事を大切にしていて、今一生懸命この場所を変えようと頑張っている。私はそれを応援したいし、ジョルノの心配を和らげたいし、何より世界が向けるジョルノへの視線を変えてあげたい。
人間は生きていればいつか死ぬ。だったら死ぬ前に満足出来る世界で生きたことを誇りに思えるようになりたい。暗い場所を明るく照らして、明るい方へと繋げたい。安心して走れる道をこの世界に創りたい。

「あ、ポルナレフさんですか?私ですシニストラです!」


これは望みじゃない、私は必ず叶えたい。
失うことに怯えなくていい。見えなくなってもいつもそばでその人達は見守ってくれていて、幸せになって欲しいって思っていることを伝えるために少し走ってこよう。

私自身が、願いを叶える流れ星になる。この瞳から沢山の祈りをこぼそう。




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