*******


みんなに嘘をついた。
ぼくが見た悪夢は過去のことなんかじゃあない。きみが思ってもみないような、悲しい絶望だった。
過去のことは確かに今でも夢を見る。うなされる時もあるけれど、今でも恐怖で震える時もあるけれど、ぼくにはいつの間にかそれ以上の悪夢が生まれていたんだ。
きみにまた出会えた。望んではいなかったけれど、いつかまたきみに会いたかった。でもきみは目覚めなくて寝てばかりで、目の前にいることが嬉しいはずなのにぼくは全く喜べなかった。
あんなにうるさいきみが静か。息はしていても声は出てこない。まるで人形みたいにぴくりとも動かない。無機物のように見えて怖くなった。
きみはどこかで生きているって思っていたんだよ。今も陽のあたる場所で笑っているのだと思っていたんだ。なのに、こんなのは……こんな風になって見つかるのはあんまりだった。

(悪夢みたいだ。)

悪い夢みたいだった。夢なら覚めて欲しいと願った。

ぼくの悪夢はきみがいなくなること。ぼくから離れたくせに、ぼくから消えたくせに。ぼくは自分勝手に引き起こしたことを悪夢みたいだと思っていた。自分勝手すぎるけれど、再びきみが視界に入ったら生まれてしまった恐怖だった。

死者の日は重たかった。いなくなったみんなと生きているのに死んでいるきみを天秤に掛けて答えを出した。どちらが大切で今寄り添いたいと思えるかを考えて、きみだったら何て言うかも考えたりした。
でもこれは考えても仕方がないことだ。どうしようもないのに何度も考えてしまった自分は馬鹿だった。どちらも大切だしいつまでも寄り添いたいけれど、どちらかしかその日は選べない……究極の選択みたいだと思った。
帰ってくる人に目が覚めるようにどうにかしてほしいと願おうとか、馬鹿みたいなことまで考えた。死んだ人間に頼んだってどうにもならないのに、縋ろうとしてしまった。
そもそも合わせる顔がない。ぼくは家から追い出された後からきみに会わないように避けていた。今更会ってもきっと笑ってはくれないし、忘れられているかもしれない。そういう現実を突き付けられたら気持ちも重たくなる。
でもきみはいつも、どんな時でも、暗闇を破くようにそういうものを覆してくる。
きみは走って現れた。裸足のまま病院から走ってきて、知らないはずの人間の名前を叫んで、いろんな理論を覆すような……世界をひっくり返してしまうような奇跡を起こしてしまう。
会いたくないようで会いたかった。一緒に走ってきた仲間達が目の前に現れた。今でも覚えている……夢の中にいるみたいに触れるし、しっかりとその人の口から声も出る。名前を呼ばれて嬉しくて、また触れられることが嬉しくて、いなくなったみんなにまた会えたことが嬉しくて、たくさんの涙が溢れてきた。
許されないことをしたのに、見捨てるような真似をしたのに、みんなは許してくれた。これでいいんだよって言ってくれた。ずっと言えなかった言葉を伝えられた……きみはとんでもない願いを叶えてくれたんだ。
奇跡みたいな時間をきみがくれた。目の前にいるきみ自体が奇跡の存在みたいで、神様みたいで、ぼくの目には輝いて見えたんだ。

きみが宝物みたいに大切だった。でもきみの瞳にはぼくだけは映らない。その先にはジョジョがいて、彼と手を繋ぐようになっていろんなことを乗り越えて、幸せそうに笑うようになった。
きみが誇りだった。小さい頃からずっと、きみの友達でいられてよかったと思う。ナランチャが言った通りきみは最高だ。
でも凄く心配だった。きみはぼくが閉じ込められていると外に出そうとしてくるだろ?あの瞬間に状況を把握してもどうすることもぼくには出来なくて、きみしかどうにかすることが出来なくて……中で何度もきみの名前を叫んだんだよ。でも外に届いてはくれなくて……だから暗闇が晴れた後に見えた世界は地獄だった。
血塗れのきみにそれを抱えるジョジョ、悪夢が現実になって怖くなった。ぼくのせいだと思い始めたら膝が崩れ落ちてしまった。これを現実だと思いたくなくて悲しくてどうにかなりそうだった。
もしもその時に死んでしまっていたら……今も多分自分を責め続けていたと思う。
大好きなきみと尊敬して止まないジョジョが二人一緒に幸せになることは凄く嬉しい。だからそれをぶち壊してしまったかもしれないと思うのは辛いものだった。
結果的には生きていたけれど、急に心配になってしまった。きみがまた同じ目に遭うんじゃあないかと思うと言葉が詰まる。ここにいるような人間ではないことは確かで、女性としての幸せを手に入れてほしいと思うようになった。
大好きな人と一緒になって、いつか家族になって、普通の幸せを手にしてずっと笑顔のまま生きてほしい。ぼくの願いは平凡かもしれないけれど、その平凡を生きてほしいと思う。
昔みたいに笑顔を振り撒く、そんなシニーをいつまでも見ていたいんだ。



「ギャングから離れられたらとは思ったけど、イタリアから離れるとは思わなかったぞ。」

シニーを見送りに空港までやって来て、搭乗する時間を待ちながら改めて思ったことをシニーに向かって愚痴るようにこぼす。
一日明けてジョジョとアジトに来たかと思ったら「旅に出ます」とか言い出したのにはかなり驚かされた。急すぎるし何でそうなったのかが分からない。ジョジョの幸せのためと聞いたけれど、とにかく突然この国から離れるとか言い出すものだから、ミスタと後でそれを聞いたトリッシュは大騒ぎをしていた。

「うん、私も自分の行動力にはびっくりしてる。」

シニーは自分で言い始めたことなのに何故か驚いている……相変わらずめちゃくちゃな奴だ。昔から思ったことは何でも実行してしまうっていう面はあったけど、思ったことで結果世界に飛び出すっていうのは流石に凄すぎる。
ジョジョの説得は結果的に意味はあった。しかしシニーはいつだって前しか見ていない。その先の不安を解消するために今動くことを決断した。覚悟があるという言葉で片付けるよりも、どちらかと言えば勇気があると言った方が正しい気がする。喪った人の本当の最期を与えに行くというのは勇気がなければ出来ないことだろう。

「とりあえず最初はジャッポーネのモリオーチョ?でスタンドの修行するんだ〜!トニオさんって人のリストランテで居候させてもらいながら、ジョルノの親戚?のジョースケって人に体の不具合も治してもらって……」
「不具合?どこか悪いのか?」
「ほら、ジョルノの創ったパーツで今生き長らえてるでしょ?そのパーツを書き換えて、ちゃんと自分のものにするの。他はあれ、ロハンセンセーって人にいろんな国の言葉を喋れるようにしてもらうためにコーイチクンとやらにお願いして……」

シニーは楽しそうにこれからのことを話すけど、聞いていて不安になってくる。
パーツの書き換えにスタンドの修行、そしていろんな国の言語を喋れるようにって……肉体改造と頭の改造をされに行くみたいじゃあないか。工場に出荷されに行くのを見送っているような感覚になってくる。

「私ね、ギャングからは離れるけど今よりも強くなりたいの。」

苦い気持ちになっていると、シニーはそれを吹き飛ばすような笑顔で今の自分の心境を語る。

「だってギャングのボスの女が弱かったらさ、ジョルノだって顔が立たないでしょ?私も嫌だもん。ジョルノが選んでくれたのに弱いままなんて……精神的にも力的にも弱いのは嫌。」

そのままでも充分にきみは強い。そう言いたいけどきみは弱いと言い張る。自分の拳をぎゅっと握って、ぼくを見上げて健気に笑いながら、弱いと言い張る。

「もう人の心は壊さない。ジョルノみたいに人の心に光を与えられるような人になりたい。だからまずはジョルノの光になってみようって決めたんだ。」

シニーらしくもない謙虚な答えにぼくはどこまでも驚かされる。
大胆なことばかりしていたシニーが一つ一つを確実にこなそうとしているのが不思議だ。ずっと頑張っているのにまだ頑張ろうとしているのは凄い。

(もう既に光を与えてると思うよ。)

シニーは知らないだろうけど、きみは消えない光をジョジョにもミスタにも、ぼくにも既に灯している。
仲間の幸せな最期を見送らせてくれたこと、前を向いていてもどこかで後悔を残していたことを終わりにさせてくれたことは、今でも眩しい光になってぼく達の世界を照らしてくれている。きみは凄いことをしたのにまだまだだと言うんだな。

「ようやくエンジンが温まった感じか。」

何となく、シニーがようやく自分らしく動けるようになったのだと思った。自分のやりたいことをようやく手に入れたのだろうと思った。

「まぁそんなとこ……かな?」

シニーは出会った頃と変わらない笑顔でぼくを見上げる。
笑顔は全く変わらない。心の中にある輝きも変わらない。でもきみはもう誰かのもので、体は大人に向かって成長して着々と変わってきている。子供の頃のきみに振り回されていた記憶ばかりが鮮明なせいか、酷く昔が遠く感じてしまう。

「そうだ、ウーゴにこれあげる。」

お互いに見合って笑っていたら、シニーが思い出したかのように服のポケットから何かを取り出す。そして掴んだ手のままぼくの目の前にそれを差し出してきたので、ぼくは手を出してそれを受け取って……シニーから小さな袋を手渡された。
何だろう、触ってみると袋の中身に先端があるみたいでチクチクとした感触がある。そんな何かが入っているみたいだ。

「これね、私が創った星。三つ入れといたの。」

シニーは笑顔を向けたまま、この袋の中身についての説明をし始める。

「ウーゴが望むことをしてくれるように望んだんだ。だからウーゴにしかこの星は扱えない。お守りだと思って持ってて。」

ちょっと意味が分からない。お守りに自分のスタンド能力を贈るって……っていうかこれはぼくが持つんじゃあなくてジョジョにこそ渡すべきなのでは?

「ぼくでいいのか?」

思わず訊ねる。ただの幼なじみのぼくなんかが持っていていいものなのか。
シニーは真っ直ぐぼくを見つめたまま、首を縦に振ってぼくの質問にただただ頷く。

「ウーゴには必要な気がして。」

いやそれどんな理由だよ。そんなにぼくは頼りないのか?おまえの中のぼくは一体どうなっているのか。
でも気にかけてくれているのは嬉しい……かな。いつまでもぼくのことを気にしてくれるのは素直に嬉しい。

「ぼくはきみより年上なんだけどな?」
「へぇーそうなんだー。」
「はぁ……」

何だかんだ馬鹿にはされるけどシニーにならいいかなとか思う。

「まぁ、頑張っておいで。」

声をかけてくれたこと、手を引いてくれたこと、忘れないでくれたこと……命をかけて暗闇から連れ出してくれたこと。ぼくのためにしてくれたことはいつまで経っても、この先も忘れられないだろう。

「うん、頑張る。」

きみには感謝しかないんだよ、シニー。

「シニー、話は終わった?」
「兄妹水入らずは終了だぜぇ〜!」

ぼくらが笑っていたら、シニーが乗る旅客機に危険がないかを確かめに行っていたジョジョとミスタが戻ってくる。
兄妹水入らず……ああそうか、ぼくは兄ポジションってことになっているんだった。ミスタと張り合ってぼくの方が兄だって言ったんだったな。
シニーは確かに妹みたいだけど、妹なのに兄よりしっかりというかちゃっかりしている。この妹に何度振り回されたことか分からない。

『シニストラ〜行ッチャウノヤダヨ〜!』
『ココニイテクレヨ〜!』

ミスタと共にやって来たピストルズはシニーを引き留めようと彼女の服を引っ張る。シニーはそんなピストルズ達を見て少し困ったように眉を寄せるけど、すぐに笑顔に戻っていった。

「大丈夫、ちょっと出掛けるだけ。永遠の別れじゃないよ。」
「……」

そうだな。少しここから出るだけで、永遠の別れじゃあないんだよな。

「そうだよ。シニーはやることが終わったらぼくと一緒に楽しく暮らすんだ。」

シニーの肩に手を添えながら、ジョジョはぴったりとシニーに頬と頬をくっ付けて幸せそうに微笑む。

「彼女は死者の日には帰ってくるし、すぐにまた会える。だから大丈夫だよ。」

自分に言い聞かせるみたいにジョジョはピストルズ達に話す。
ジョジョはシニーがいなくなってからずっと彼女のことを捜し続けていて、そして安否が分からない彼女が帰ってくることをずっと待っていた。生きてそこにいるという今は当たり前のようにあるけど、当たり前がなくて不安しかなくて、そんな毎日を過ごした日もあったんだ。だから「大丈夫」だと言い聞かせているように映って見える……自分に大丈夫だと教えているように映って見える。

「まぁ一番心配なのはシニストラよりもボスなんだけどな?おまえ大丈夫なの?いつもシニーがシニーが〜って騒いでるじゃん?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと国際電話が出来る携帯電話を持たせましたから。」
「ああこれ?電池切れるの怖くて電源入れてないよ?」
「それ携帯してる意味が無いやつだな?」

前みたいにぼくが離れるわけではない。きみが急にいなくなるわけでもない。
きみは瞳の色と同じ空の下に必ずいて、ただ違う場所を走るだけ。前を向いて真っ直ぐな気持ちを込めて、ジョジョの不安を消しに行くだけ。

「じゃあ……そろそろ行ってきます。」

だから悲しい別れだとは思わない。

「行ってらっしゃい、シニー。」

ぼくらはだから笑って見送れる。

「体壊すんじゃあねーぞ?」

手を離してその手を振れる。

「シニー、」

ぼくはシニーから貰った袋を掴んだまま、正直に……ずっと言えなかった言葉を口にする。

「インベチーレって言って悪かった。」

もっと早くに言えたらよかった。あのパーティーが始まる前に、ちゃんと話せたらよかった。
ジョジョには謝らなくていいって言われたし、ぼくも謝らなくていいって思ったけど、それは間違いだった。
今なら分かる。本当はずっと分かっている。きみはただ一人が苦手な人に寄り添いたい優しい女の子だ。たとえ相手が裸で寝ていようとも突っ込んでいくような……でも流石にジョジョの立場を考えたら止めるしかなかったが……咄嗟に出た言葉が酷すぎた。きみに言うべき言葉じゃあなかった。

「私こそ足踏んでごめんね。」

やっと出来た仲直りだった。今まで喧嘩をしていたわけじゃあないけど、いつの間にか抱えていたもやもやがその言葉で綺麗に晴れたように感じる。
お互いに握手をし合って、頷き合いながら真っ直ぐと見つめ合う。

「……元気でね、ウーゴ。」

そして手を離したシニーはジョジョと長めに抱き合って、少しの間顔を重ね合ってから、名残惜しそうな顔でゲートの向こうへと消えてしまい、あっという間に故郷から離れて異国の地へと旅立っていってしまった。
さっぱりとした挨拶だった。彼女らしいといえば彼女らしいかもしれないけど、何か少し物足りないようにも感じてしまう。ジョジョと離れるのだけは辛かっただろうな……でもぼくにはどうすることも出来ない。シニーが選んだことは彼女以外の誰にも止められはしないのだから。

「シニストラ、本当に死者の日に帰れるのか?」
「帰ってくるでしょう。間に合わないから走ってきたりして……」
「有り得ますね。」

飛び立ってゆく飛行機を外から眺めながら、ぼく達は今度会える時に思いを馳せる。急に現れて急に消えて、また急に現れる……みんな同じことを考えていたのか、見合いながら笑っていた。

ぼく達はきみが大切だ。
諦めたし二度と叶わない奇跡を起こしたきみが、ぼく達にもう一度をくれたきみを、この先もずっと誇りに思う。
ただ一つだけ、望んでもいいのなら……

(きみのことを愛してみたかった。)

誰かの人になる前に、きみに触れてみたかったと夢を見てしまう。
人に触れるのが怖くても、きみになら怖がることなく触れられたかもしれない。
過ぎてしまったことだし今更そんなことが出来るとは思わない。過去の自分に頑張れとしか言えないし、頑張ってもらうしかないと思う。

「……帰ろうか、アジトに。」


飛行機が雲の向こう側に消えてから、ぼく達は今日もこの街を太陽の光で溢れる場所に変えるために足を動かす。

「もう昼休みの時間だぜ?どっかで飯食お!な!」
「それってミスタの奢りです?」
「いやボスのか「ミスタの給料から引いとくね。」
そりゃあねーよジョルノぉーー!!」

悲しみが生まれないように、きみみたいに誰もが風を切って走れるように。ひたすらにそれぞれのトロイメライを目指して。




嘘に隠した真実

- 45 -

*前次#





name change