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人はたとえ見えなくなっても、いつまでもそばに寄り添ってくれている。
ただ体がなくなっただけで、その中にあった意志や心はいつもこの場所にある。死者を弔う日が来る時は唯一お互いの気持ちが向き合う日で、彼らは一つの場所へと向かって歩む。
祈りに耳を傾けて生きる人を労う死者と、祈りを心で囁いて死んだ人に伝える生者……見えないと一方通行にしか見えないけれど、本当は一方通行なんかじゃない。ちゃんとその祈りは届くしどんな言葉でも受け止めてくれている。その瞳に映らなくても確かに目の前にいてくれる。そんな人達にたくさん出会って、想いを聞いて、いなくなったわけではないことを証明して。少しずつでいい悲しみを消し去る……それは簡単なことじゃなかったけれど、最後は皆笑ってその人に本当の別れをする。
これでいいのかなんて分からない。ただ私がしたいからしているだけだったのかもしれない。それでも理不尽に失われた命を無駄にだなんて出来なかった。奪われた居場所にもう一度だけ、ただ光を灯したかった。その人達を過去の人にしたくなかった。確かにいつまでもそこにいることを証明したかった。
私は確かにその世界を見た。彼らは自分の存在を証明出来ない姿になっても大切な人達を想って会いに向かう。そして皆を見て笑うんだ。元気そうでよかった、もう一度顔が見たかったと幸せそうに笑うんだ。
伝えたい言葉がいっぱいあるのに自分で伝えられなくて、その頭を撫でてあげたいのに、抱きしめてあげたいのにその手はすり抜けて空気しか撫でられない。確かにいる。体はなくても生きているのに世界は彼らを拒絶する。
あの日の私は命を落とす悲しい覚悟を持つしかなかなった彼らの末路を変えたかった。最初はそれだけだった。夢から醒めて足跡を追って、諦められない私は諦める彼らに夢を見せようと走ったの。
私は知っていたはずだった。この瞬間に世界が優しかったことを……それでも忘れてしまっていた。世界が優しかったことを。
生まれてきたのに十字架を背負うことになってしまった大切な人の言葉が痛かった。こんなに優しい人が、幸せを与えてくれる人が寂しそうな顔をしたことが辛かった。
優しすぎて頼ってくれないこともある。でも決して見捨てられた訳ではない。宝物だったから大切にしまっておきたかっただけ……多分、どう頼ったらいいのか分からなかっただけ。子供だったからその不器用さに気が付けなくて、見捨てられたと勝手に思い込んでしまった。そんな訳ないのにね?いつだって彼は私に寄り添ってくれていたのに。外に出て、外を走りながら昔の自分を振り返ると、恥ずかしくなるくらい幼稚でわがままだったと思う。
死んだ人への尊厳とか偉そうに言っていたけれど、何を言っても今を私は生きていた。
死んだ人って尊厳とか結構そういうことにこだわっていない。そこにいる人の観察をしていたり、天気のいい日は暖かい場所で寝転んでいたり、こっちの人達とは違って結構自由に過ごしている。
この世界に、この場所に残った人達は大抵何にも縛られないで自由にこの世界を歩いていることが多かった。そこに尊さはなくて、彼らが確かに尊いと思えるものは、今を生きる命だけ。残してきたもの達だけ。私達は少し重く受け止めているのかもしれないと感じてしまうくらい、彼らは結構楽しそうに「生きている」。
段々と変わってゆく価値観に振り回されながら、誰かのために涙を流す。毎日その繰り返しで、人と人の再会を見て泣いてしまうこともなくなって。私はあの日よりも大人になっていった。


(久々のイタリアだぁ……)

あれからいろんな国に飛ぶこと約二年。私は目的を果たして生まれ故郷へと今日ようやく帰れることとなって、現在最後にお礼参りで立ち寄ったジャッポーネの空の玄関口もとい空港へとやって来ている。
大体私が滞在をしていたのはエジプトとイギリス、ジャッポーネとアメリカだった。とにかく言葉の壁に苦労をして……日本語だけはどうにかロハンセンセに話せるようにしてもらったけれど、他は大体トロイメライの星で喋った言葉を翻訳するという荒技を頼りに頑張った。アラビア語とか最早チンプンカンプンで大変で……うん、とにかく大変だった。
悔いが残した人が見えなくなった人達を目の前にした時なんてめちゃくちゃ驚いて、動揺をしてしまって腰を抜かす人とかいたりもして、申し訳なさで懸命に看病してあげたりもした。優しさで接していたら皆に気持ちが伝わる気がして疲れていても笑顔を振り撒いたり、ジョルノの存在を知っていて恨んでいたり恐怖に怯えたりする人がいれば、ジョルノがどんな人で今どんなことをしているのかを伝えたりもした。どんなに悪党の父親がいても息子は真っ直ぐで正義の心を知っていて、そして今イタリアの街の暗闇を明るく変えていることを、分かってくれるまで何度も伝えた。ウーゴがいろんな国の言葉で作成をしてくれたジョルノからの手紙とかを見せたりもしたり……もうとにかくジョルノが素敵な紳士に向かっていることを伝えまくった。止まることなく走り回って、一人一人に伝えていった。
ただやっぱり恨みが消えない人もいる。そういう人には私を信じてと言うしかなくて、私も私で気を張る場面ではとにかくしんどい。見えなくなった方々にも説得をしたりもした。何ならもう頭の中に星を入れて私が見てきたその記憶を脳に直接見せたりも。とにかく必死にジョルノを別の存在として見ていただけるように努力をして、理解をしてもらって、見えなくなった大切な人達との再会を叶える。長年溜め込んだ黒い気持ちを白くして、最期のお別れを見守って、ようやくそこで私の仕事は一つ終わるんだ。
トロイメライは見せたいものを見せられる。最近覚えた方法は、一つの星に「その人が見えますように」と望んでからその人の瞳にその星を吸い込ませるものだ。その望みの影響で視覚的に見えるようにすることが出来るというもので、これのおかげで星を産むのが最小限で済むようになった。見えなくなっている人には見える人に触れられるように、触感と温もりを与えるように望んでその人の胸に埋め込むと、完璧にその人達にしか見えないし触れない、生きていた時の姿でそこに存在が出来る。簡単に結果から言えば、あの日の応用と途中までしてきた経験値のおかげで、人の五感に接して一時的な第六感を引き出せるようになった。
もちろんそれをするには私の方も第六感を引き出さないといけない。意志を強く持って強い望みを念じて、ただひたすらに自分がすることを信じ続けていたら、今の限界を超えて目を凝らすように景色を見れば、うっすらとその人達が見えるようになった。私はジョルノの幸せを創るために私の世界も創り変えた。
とにかくいろいろ忙しかったし最後に帰ったのも二年前の死者の日で、それ以降は一度も故郷に帰ってはいない。イタリアの皆と会えるのも久しぶりで、凄く楽しみでウキウキしてしまう。ジャッポーネのお昼に流れるテレビの歌とか勝手に浮かんできてしまう。

「オヒルヤ〜スミハ「シニストラ、飛行機の安全は確認した。」
ング?」

空港のベンチに座ってお土産の確認をしつつ歌っていると、ジョルノの親戚?らしいジョータローさんがスーツを着た人達を引き連れて私のところへとやって来た。

「アッ、アリガトゴザマス!」

私は立ち上がるとその人を見上げながらカタコトな日本語でお礼を言って、トニオさんから教わった禅の心・オジギをする。
日本語がカタコトなのはロハンセンセのこだわりのせいだった。っていうかあの人はずるい。私の体験を見せたら話せるようにしてあげるって言うから顔を本にされるのを我慢して見せたのに、リアリティの追求とかいってカタコトの日本語を話せるようにって中途半端に会話が出来るようにさせられた。スタンド能力という現実離れをした能力を使っておきながらリアリティを求められてもって思いはしたけれど、話せるならいいかなと諦めたぞ。
しかし……ジョータロさんって昔のジョルノに雰囲気が似ていて見ていると懐かしくなってくる。あのまま大人になっていたらジョルノはこういう感じの人になっていたのかな?見上げるだけで首が痛いや。何センチあるのこの人。

「きみのおかげかSPW財団も汐華……いや、ジョルノ・ジョバァーナへの警戒が緩んだよ。彼の表情も柔らかくなったらしい。話し合いの場ももスムーズに進むと言っていた。」
「ソれヨカッタでス!ミンナ笑顔イチバン!」
「いや、別に笑顔になった訳ではないが……」
「oh……」

日本語って難しい。聞いていて理解は出来るけれど、私が考えているものとイコールになかなかなってはくれない。
ジョルノの顔が柔らかくなったのはいいことだ。今まではお父さんのこともあって気を張っていたのだと思う。警戒されているから警戒をしないといけないっていうのは凄く疲れただろう……これからは肩の力を抜いて自分が目指す場所に向かってほしい。
っていうか、私は裏でジョルノを支えていただけで頑張ったのはジョルノ自身だ。ジョルノが行動をした結果が今なのだから私のしていたことはあまり関係はないと思う。
まぁジョルノの世界が変わったのはいいとして……

「承太郎も随分柔らかくなったな」
「……」

ずっとジョータロさんの隣にいる『彼』が気になってしょうがない。
今日ジョータロさんと会ってから、視界にその人は度々入り込んでくる。幸せそうにジョータロさんのそばで見守っていて、たまにジョータロさんに話しかけるように独言をこぼして、とにかく視線が優しい。誰かは分からないけれど多分ジョータロさんの友達だろう。体格差がありすぎて血が繋がった兄弟には見えない。

「どうかしたか?」

その人を見ていたら、ジョータロさんに声をかけられる。

「アット……えト……」

もうすぐ飛行機の搭乗時間になるし、何よりここは人が多い。トロイメライを使って見えるようにしても見えない人間と話す大男の姿というのは目立ってしまう。

「ジョータロサン、会いタイ人いマスカ?」

日本語でやんわりと聞くっていうのはまだ難しい。私は真っ直ぐなままの言葉でジョータロさんに質問をする。
カタコトでしか話せないのって大変だな。話しづらくて喉が詰まる。頭ではこう言いたいっていうものがあるのに言葉として口から出てこない。凄く悔しい。

「会いたい人間……いるにはいるが、死んだ人間に会うのはやめときたいぜ。」

しかしジョータロさんは私が言っていることを分かってくれたみたいで、私の質問に答えると帽子のツバを掴んで目を伏せる。その表情はスッキリとしたもので、公開の色は読み取れない。

「私は大丈夫だ。『彼ら』に会う時は死んだ時でいい。」
「……」

死んだ時に会えればそれでいい……ジョータロさんみたいな人は何人も見てきた。

「分かマシタ。」

無理強いをすることではないし、会わずとも前を向いているのならこれでいい。確認をするつもりで透けている人と目を合わせると、頷いて大丈夫だと教えてくれて……ジョータロさんはこれでいいのかと理解をする。

「強いて言うならアメリカにいる娘に会いたい。」
「会い二行ケバイジャなデスカ!ムスメサンパパ二会いタイ思いマス!」
「だったらいいな。」

絆の形は人それぞれ。それは自分と相手にしか分からないことで、私がとやかく言えるようなものではない。

「ソれジャジョータロサン、私イタリア帰りマス!」

私は後ろを向くと荷物をまとめるフリをして、私にしか見えない小さな星を出してから再び前へと振り返り、ジョータロさんとイタリア式の挨拶をするべく腕をいっぱいに伸ばす。
ジョータロさんは察してくれたようで、私の身長に合わせて前屈みになると頬を差し出してくれた。

「アリガトゴザマシタ!私ジャッポーネ楽しカタでス!」

そしてやかましく挨拶をしながらジョータロさんの頬に頬をくっ付ける……フリをして、私はジョータロさんの首に腕を回す瞬間にスポンと耳に星を入れてイタズラをした。
大丈夫、物質として存在していない星だからただ溶け込んでいくだけで違和感らしい違和感はない。だからバレることはない。

「アリーヴェデルチ!」

頬を弾ませてチュッていう音を出した後、一言お別れの言葉を言って私はジョータロさんから離れる。荷物を持つと手を振って、そのままゲートの方へと向かっていった。
人は相手の顔はいつまでも憶えていられるけれど、声というものは月日が経つに連れて忘れてしまう。


「元気な子だったな、承太郎」
「ああ……、ん?」


だからせめて、再びその声を思い出せるように。気紛れに彼が話す一声だけを聞こえるように少し細工をさせていただいた。


「花京院……?」


貴方がよくても彼は少し寂しそうだったから、だから貴方が名前を呼んで、彼を笑顔にしてあげてね?
今は会えなくてもちゃんと最後まで貴方の物語のそばにいてくれる。世界は自分が思っているよりも優しいのだから。

(私も早く会いたいな。)

飛行機に乗れば早く会えるわけではないけれど、気持ちばかりが膨れ上がる。
帰ったらちょうど死者の日だ。ブチャラティとアバッキオとナランチャにも久しぶりに会える。
二年前に戻った時は皆でピッツァとワインを楽しんだ。トリッシュちゃんも来てくれて、墓場はプチ騒ぎになってしまって大変だった。
三人に私が今からしたいことを話したら行ってこいって背中を押してくれて……一年で帰るつもりだったけれど、上手くいかないことも多くて二年も時間がかかってしまった。だから早く帰りたい。帰ってお墓の前で私はまた皆の絆を繋ぎたい。
ウーゴにも会いたいし、ミスタさんにだって会いたい。そして一番会いたいのは大好きなジョルノ。電話越しじゃなくて目の前でその声を聞きたいし顔も見たい。いっぱい触れてジョルノを感じたい。

(楽しみ!)

私がやりたいことは終わらせた。この空の下をジョルノが安心出来る場所に変えられた。
これからは、この先は。私はジョルノと一緒に生きてゆく。今度こそジョルノのそばで……隣に並んで、手を繋いで生きてゆく。
悲しいことも楽しいことも一緒に感じたい。大変な時には力になりたい。私の望みはそれしかない。それを叶えるためだけにここまで走ってきた。
だからひたすらに楽しみなの。何だっけ、日本語でいうとドキガムネムネ……?なんか変だな……ドキガムネムネってこの使い方で合っているのかな?

「す、スミマセン!ドキガムネムネっデドユ時使うデスカ!」

思わず隣にいたジャポネーゼに訊ねてしまう。
日本語ってやっぱり難しい!そう思った今日この頃だった。




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