due


シニーがイタリアに帰って来なくなって約二年。行方不明の頃とは違ってちゃんと生きていることが分かっていると安心感も違うし、いない期間というものは短くも感じる。
毎日忙しいし寝る暇もない。何回も夜を見過ごしてきたし寝ても熟睡らしい熟睡も出来なかった。でも忙しいのがちょうどいい。シニーが帰ってきて初めて休める気がするし、何よりまともに休みも取れていなかったから、彼女が帰ってきたらしばらくはシニーのいる日常を堪能出来ればいいなと思う。
ぼくは生まれた時から愛らしい愛を知らない。母親には世話はされたものの、親子らしいことは全くしてはくれなかった。
自分がクズだと思ったこともあった。毎日暗くて楽しくもなくて、人の顔色ばかりを見てただそこにいる、無機物みたいな自分の時もあった。
いろんな出会いがそんなぼくを変えてくれたけど、多分一番ぼくを変えたのはシニーだろう。ぼくが誰かを愛してしまうとか、多分昔のぼくだったら叫ぶ事案だと思う。
大切にするあまり一度は拒んだけど、もう二度と突き放したりはしない。シニーと一緒に生きていくし、これからは家族になる。たくさん愛してたくさん触れて、一緒にいられなかった時間を埋めていきたい。

「ナランチャってば何回教えても間違えるんですよ、戦闘の時は頭が回るくせに勉強のことになるとクサレ脳ミソになりやがって……」
「って言いながら諦めないで教えてたじゃあねーか?」
「そうですよ?だってナランチャはやれば出来る人なんですからね!」

十一月一日、今日は諸聖人の日で国民の祝日だ。全員に休みを入れているためアジトにいる人間は亀の中にいるポルナレフさんしかおらず、ぼくもミスタもフーゴも久しぶりの休暇で、みんな揃って昔の溜まり場だったリストランテに足を運んでいる。
アバッキオのお茶を思い出して笑ったり、ここでナランチャが勉強を頑張っていたことを聞いたり……二人とも懐かしそうに笑っていた。幸せな思い出があるっていいことだ。

「そう言えばですがジョジョ、シニーは明日何時の便で帰ってくるんですか?」

ドルチェを食べながら黙って話を聞いていると、フーゴが突然ぼくの方に話を振ってくる。

「明日の早朝です。」

昨日SPW財団の人間から電話が来て、二日の午前五時頃に着くと言っていた。本人から聞きたかったけど忙しくて連絡が出来ないらしく、少し残念だった。

「早朝って……今二十二時ですが、起きられるんです?」

ぼくの話を聞いたフーゴは腕時計を見ながら心配をして、眉を寄せながら自分のことのように困ったような顔をする。
フーゴが心配になってくるのも無理はない。最近は朝まで仕事で眠れてはいないから、だからもし今眠ってしまったらぼくは多分起きられない。それを気にしているのだと思う。

「大丈夫、もう子供じゃあないからね。」

もうぼくは大人だし自分の行動に責任だって持つ。……いや、子供の頃も責任は持っていたかな。随分前からぼくは大人だったのかもしれない。

「まぁ大丈夫だろ。オレが車出す予定だしよ。」

運転を頼んだつもりはないけどミスタはもう決めていたらしい。笑顔で「ボスのお守りは大変だぜ」などと言っていた。お守りって言い方が気に入らなくてムッとしたら笑われたし、フーゴに足を踏まれたのかミスタの顔は一瞬で痛みに歪む。満足だ。

「ぼくも行きますよ。ミスタだけでは心配ですし……シニーの顔も見たいですから。」

フーゴはシニーがいなくなってから、普通に過ごしているように見えて実はかなり気にしている。電話にはやたら出るようになったし、本人からかかってくるとそれはもう笑顔だ。口では連絡は毎日しろと怒っているけど顔は笑っているという矛盾が眩しかった。
妹のように思っていると以前は言っていたし、現に今もそんな感じがする。口から度々出てくる言葉たちはミスタよりも兄らしいといえば兄らしい……かもしれない。

(明日帰ってくるのか……)

長かった。でも本当にあっという間で、振り返ってみると今まで自分が何をしてきたのかという記憶が霞んでくる。
今のシニーはどんな姿をしているのか、どんな女性になったのか。神経はもっと逞しくなっていそうとか最近は毎日想像をしてしまう。帰ってきたら美味しいものを一緒に食べたいし、どこかに出掛けたりもしたい。いろんな楽しみがあって仕事も苦には感じられなくて、無敵になった気分になれる。
それに会ったらシニーにしないといけないこと……言わないとがある。お願いをしないといけないんだ。改めて前に言ったことを伝えないといけない。それを考えると緊張をしてしまって、胸がそわそわしてしまう。早く口から出して楽になりたいし、早くそれを現実にしたい。

「シニストラもやっぱり大人になってるんだよなぁ〜!いい女になったかな?ナイスバディのさ!」
「セクハラだ。訴えよう。」
「何だよぉ〜〜!照れてんのか?フーゴだって好きだろおっぱい。ジョルノだって好「ゴールド・エクスペ」
悪かったオレが間違ってました!」

この日常にシニーがまた加わる。それをみんな楽しみにしている。

「シニーを変な目で見たら……きみの胸を創り変えて大好きな胸を堪能出来るようにしてあげるので。頑張ってくださいね、ミスタ。」
「グイードじゃあなくてグイーナ?になるのか?手続きは任せてください。」
「いやっ!厭らしい目でこっち見ないでちょうだい!」
「「違和感ないのが怖いですね。」」

早く時間になってほしい。早く朝になってほしい。リストランテから出て街を歩きながら、ぼく達は笑い合ってきみを待ち望む。きっと見えないみんなも同じ気持ちだろう。
頭上で輝く星を眺めながら、彼らが笑う顔を想像した。




*******


「着いた……!」

ジャッポーネから帰ってくる最中、皆に会えることが楽しみすぎて眠れなくて、ひたすらに外の景色を眺めながら過ごしていた。
眠れなくても元気がいっぱいだ。イタリアはもう朝だし今から寝たら夜に起きる羽目になる。だったらこのまま起きていてそのまま夜にぐっすりと眠った方がいい。そもそも予定があるから眠りこけている場合じゃないんだよな。
今日からジョルノと一緒に暮らす。やっと本当の意味で隣に立てる。おはようもおやすみも一緒で……って思うけれど、忙しかったら難しいよなぁ……SPW財団と手を組んでいるし、ジョルノの家系はいろいろと大変みたいだし、仕事は多分忙しいと思う。ちょっと心配だ。
私はもうギャングの人間ではないし、仕事の手伝いは出来るけれど何かが起こった時現場に足は運ばせてはくれないと思う。一応ボスの女なわけだし、電話でしつこいくらいにウーゴに安全が云々とか言われたし、ジョルノの疲れを癒してあげることくらいしか現実的に出来ないのかも。でもまぁしょうがないと思う。
難しく考えなくていい。考えることこそ無駄だ。私らしくない。

「シニストラ〜!」

ゲートから出て空港内を歩いていると、前の方から私の名前を元気に呼ぶ声が聞こえてくる。

『シニストラ!元気ダッタカ!』
『シニストラ〜!会イタカッタヨ〜!』
「おいおまえら!オレから離れるんじゃあねー!」

久しぶりに聞く声と、目に飛び込んでくる久しぶりに見る小さい存在……そしてその後ろからは私の上司で今でも尊敬をしている、

「ミスタさん!」

ミスタさんがいらっしゃった。
やばい!久しぶりのミスタさんがいる!ここは本当にイタリアなのか!ついに私は帰ってきたんだ!!

「お久しぶりです!ピストルズくん達も久しぶり!」

嬉しくて小さい存在……ピストルズくん達を回収するミスタさんと彼らを呼ぶと、思わずジャッポーネで癖になったお辞儀をして喜びを伝える。
イタリアに着いたっていう事実を感じてはいたけれど、こうやってイタリアで暮らす人に会うと帰ってきたと感動をしてしまう。本当に帰ってきたのだと思う。

「久しぶりだな本当に!」

ミスタさんはオジギをする私の頭を掴むとわしゃわしゃと撫で回して、結ばれた私の髪をぐしゃぐしゃにしながらあははと笑う。何もかもが懐かしくて、本当に帰ってきたのだと実感がひしひしと湧いてきて嬉しくなってくる。

「ミスタ、シニーはもう子供じゃあないんですよ?犬みたいに撫で回さないでください。」

大人しく撫で回されていると今度はウーゴの声が聞こえてくる。ウーゴだ!って思って顔を上げて見てみると、そこには綺麗な顔立ちの男性の方がいらっしゃって……

「どちら様です?」

うん、分かる。これはウーゴだ。でも冗談でそう言って疑問を装って、ウーゴをからかう。

「おまえって本当再会をぶち壊すのが得意だよな!」

ウーゴはムスッとした顔をするけれど、しばらく見合うとフッと吹き出して、すぐに笑顔へと変わった。

「変わってなくて安心した。」

ウーゴだ。本当にウーゴなんだ。凄く綺麗な人になった気がする。毒が綺麗に流されたような、不思議な感じ。ウーゴも大人になったんだなぁっていう感想が出てくる。

「元気そうで安心した。」

元気そうでよかった。ずっと心配だった。ウーゴは我慢ばかりするしどこか不安定な時もあったし……だから顔が見られて嬉しい。

「みんなぼくを差し置いて先にご挨拶するとか酷くないですか?」

ウーゴと笑い合っていると、今度はその後ろからずっと会いたくてしょうがなかった人が現れる。
長めのふわふわな金髪に、ウーゴとは別の次元の綺麗な顔で、ミスタさんよりも伸びた背丈に緑色の変わらない瞳……二年前とは比べ物にならないくらい成長をした、

「ジョルノ!」

ジョルノがいる。

「会いたかった、シニー。」

名前を呼ぶとジョルノは静かに笑って、腕を広げて私をその中に誘ってくる。

「飛び込んでやれ。」

ミスタさんは私から手を離すと、背中を押してジョルノの方へと私を突き出す。会えたことは嬉しいし飛び込みたい気持ちは山々だ。言われなくてもあの腕の中に私は飛び込みたい。
最初はゆっくり歩み寄るけれど、段々と近付くに連れて足は自然と速く動き出す。勢いを付けて走っていって、そのまま突進をしながらジョルノに向かって腕を伸ばして。その胸に勢いのまますっぽりと収まった。
昔よりも逞しい。前はちょっと力を入れれば少し揺れたくせに、今は全く動かない。収まった私の背中に腕を回して、余裕だと言いたげに笑い声をこぼしている。

「やっときみに会えた……」

ぎゅっとされながらそう言われると、三年前のあの時を思い出す。
私に会いに来てくれた日。馬鹿みたいなことをして、私を抱きしめてくれた日。

(本当にジョルノだ……)

やっと触れられる。やっと生の声が聞ける。当たり前が愛しくてしょうがない。
自然に涙が溢れてきた。ジョルノの笑顔を見たら本当に全てが終わったのだと思って力も抜けてくる。達成感が半端ない。

(もうどこにも行かない。)

ジョルノとも皆とも、離れてしまうのは今日までにしよう。私はずっとここにいる。もう二度と離れない。

「ただいま、ジョルノ。」


ここでまた、幸せに向かって走りたい。
私は強くそう望む。




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