uno


私達は空港から出ると、ミスタさんが運転する車に揺られながらブチャラティ達のお墓参りをし始める。
最初に寄ったのはナランチャが眠る墓。オレンジ色の花束を供えてから、私は皆の瞳の中に星を入れてナランチャを見えるようにする。皆はそれぞれの墓にいるみたいで、目を凝らして辺りを見回しても確認出来たのはナランチャのみだった。
そしてナランチャには触感と温もりを与える星を胸に入れて、私達の第六感と繋ぐ。

「久しぶりだなみんな!」
「うわっ!!」

生きていた時に違い状態のナランチャは触れられることを確認するように、一番近くにいたウーゴの髪をくしゃくしゃと掻き乱しながらよしよしと撫で回している。

「いや〜二年ぶりだよなぁ、上から見てたしたまにこっち来てたけど、会うのはホント久々だぜ〜!フーゴぉ〜〜!!」
「ちょ、ぼくは犬じゃあないんだぞ!くしゃくしゃ撫で回さないでください!」

いつもがどんな感じなのかいまいち分からないけれど、多分こういうやり取りは昔からのものなのだろう、ミスタもジョルノもウーゴとナランチャを見て嬉しそうに笑っていた。撫で回されているウーゴも嬉しいみたいできみは相変わらずだと笑っている。

「ジョルノとミスタは元気だったの知ってるぜ!シニーはおかえりだな?やることもう終わったの?」

笑う皆を見ていたら、ナランチャは私にも挨拶をしてくれる。

「ただいまナランチャ!やることはもう終わったよ。」

決して全てをコンプリートをした訳ではないけれど、世界のジョルノを見る視線を変えられたと思う。ジョルノが自由に笑顔になれる場所を創ることが出来たんじゃないかな……当初の目的は立派に果たせたので、これで私の勝手な任務は終わりを迎えた。
強いて言うなら見えなくなった三人を今を生きる三人に見せること。それが今の私のやること。一つを終わらせて次に移った感じ。

「それはよかった。待ちくたびれてたからよぉ〜またこうやって話せて嬉しいよ!」

ナランチャはウーゴから離れると今度は私の目の前にやって来て、ウーゴの時と同じみたいに私の髪をくしゃくしゃにして撫で回してくる。せっかくセットし直した髪がって思いはするけれど、しっかりと感じるナランチャの温もりに安心感を抱いて髪のことなんてどうでもよくなる。

「父さんのことは母さんに任せてるし、他のみんなも回収しようぜ?今日は一日オレ達に付き合えよな!」

ナランチャは生き生きとした表情のまま、回れ右をして今度はミスタさんの方へと飛んでゆく。そのまま背中にくっ付くと足をぶらつかせて肩にしがみついて、楽しそうにミスタさんに話しかけていた。

「ナランチャ楽しそうだね。」

本当に待ちくたびれていたのかな?はしゃぐ姿がとにかく眩しい。

「そりゃあ去年は会えなかったからな。嬉しくて堪らないんだ、きっと。」

ウーゴはナランチャを見ながら笑顔で彼の気持ちの分析をする。
三年前のウーゴはナランチャを見て泣いていた。二年前のウーゴもまた会えたことに嬉しすぎて泣いていたけれど、今年のウーゴはとうとう吹っ切れたみたいでひたすらに笑顔だ。強くなったみたい。そう言って前を向いて歩き始める背中は真っ直ぐで、逞しくなったことの象徴に見える。

「死んだことを受け入れられても過去の後悔は消えない。」

ウーゴを見守っていると、私の後ろにいたジョルノが私の手を繋いで指を絡めてくる。

「きみが諦めなかった世界は優しくて暖かいよ。」

ぎゅっと握られたその手から、ジョルノの体温が伝わって私の胸がぽかぽかとしてくる。

「そうだね……」

私は二度も世界を手放した。でも帰ってこられたこの場所には優しい時間が流れていて、春の陽だまりのように暖かい。

「シニー、他のみんなに会いに行こう。」

ジョルノはそう言うと私の手を引いたまま、ナランチャ達を追いかけるように墓地の入口へと歩き始める。

「うん!」

私もジョルノの手を強く握ると、一歩先にいたジョルノの隣に並ぶ。同じ歩幅でゆっくりと前に進んで、皆の待つ方へとジョルノと向かった。
そして次に向かったのはアバッキオの墓だった。
目を凝らして確認をする前に、既に見えているナランチャがアバッキオに声をかけている。星を産んでナランチャにそれをアバッキオの胸に入れてもらうと、しっかりと肉眼で確認を出来るようになって……久しぶりにそこにアバッキオが現れた。

「おい……ジョルノてめえ何勝手に成長してんだよ。」

第一声がそれな上、ジョルノの胸ぐらを掴んでぐらぐらと揺らすアバッキオは不機嫌そうにムスッとした顔をしている。改めて二人の背を見てみるとジョルノの身長は前よりもアバッキオと近くなっていて、少し目を離した隙にこんなに伸びられると確かに怒りたくなるかもしれない。

「おいアバッキオ、成長期なんだから許してやれよ。」

ミスタさんはしょうがねーだろと言うけれど、アバッキオにとってはしょうがなくはない。一大事みたいで理不尽な怒りを露にする。

「栄養さえ摂らなけりゃ伸びねーだろ。」

余裕がないせいか言っていることがとても無理くさい。
確かに栄養を摂らなければ伸びないけれど、生きている以上食べないといけない。無理な話だよねこれ?

「残念ですがアバッキオ……」

ジョルノは理不尽なアバッキオを見た後に悔しそうに目を逸らす。仕草がわざとらしく見えるし多分わざとだ。凄く演技っぽくて見ていてどうしたと思う。

「ぼくの父は一九五センチの筋肉隆々な大男なので……まだ伸びますよ!」

そして突然のドヤ顔で言い放たれる挑発の言葉……ジョルノのからかうようなその態度に周りの空気は一気に凍った。
これはやばいのではと誰もが思った。キレ気味のアバッキオにそういう返しをしたら半殺しになるのではと誰もが思ったことだろう。ウーゴだなんて開いた口が塞がらなくなっているし、ミスタさんに至っては今にも吹き出しそうになっていて……多分違うことを考えている気がする。口に手を当てて堪えていたけれど、今にも爆発しそうでやばい。

「なぁシニー……」

そんな緊迫した空気の中、空気を読めないナランチャは私の方を見て目を輝かせながら言い放つ。

「ジョルノがムキムキになったらさ、やばくない?」
「ブホッ!」
『ミスタァ!』
『ドウシタ!ヤラレタノカ!?』

それは突然だった。誰にも防ぐことは出来なかった。耐えられなくなったミスタさんが吹き出すように笑うとピストルズくん達が驚いてぞろぞろと現れて、プチ混乱な光景が目に飛び込んでくる。

「ちょっとナランチャ!ジョジョに失礼だぞ!」
「いてぇ!」

そして失言をしたナランチャをウーゴが思いっきり叩いて……いい音がした。音を聴いてからハッとして、私もようやく現実へと戻ってこられた。
うん、失礼なんだろうとは思う。でもジョルノの顔でムキムキな体になったらを想像してしまうのはしょうがないかもしれない。ジョルノはジョースターの血を引く人達と比べるとどちらかと言えば細い方だし……あまりジョルノの顔には似合わない気がするけれど、私はそれでも愛せる自信があるぞ。

「ジョルノが……ムキムキって……!」

ミスタさんは想像をしたせいかお腹を押さえてヒィヒィ言っている。筋肉隆々なジョルノ……絵画から飛び出したようなジョルノがムキムキになった姿……かっこいいけれど絵面がちょっとね……!

「っていうかジョルノって笑いを取りにくる奴だったっけ?」
「ジョジョは変わられたんですよ、部下の信頼を勝ち取るには笑いだろうと何だろうと全力で挑まないといけませんから。」
「人って変わるんだなぁ〜!」

ウーゴとナランチャはしみじみとジョルノの変貌に感心を示していた。ジョルノとアバッキオの緊迫した空気は続いていたけれど、段々と薄れていって……アバッキオは胸ぐらから手を離すとミスタさんの方に歩いていって足を踏み始めた。

「いたたたた踏むなよ!」
「おまえが笑ってたからだろーが!」
「アバッキオのことを笑ったんじゃあねーよ!?」

理不尽な暴力すらどことなくアットホームさを感じる……多分アバッキオは冗談でジョルノをからかったつもりだったのだと思う。前に早く死ぬなって言っていたし、成長は本当は喜ばしい事だったんじゃないかな?不器用なんだよね?

「アバッキオは相変わらずだな。」

ジョルノは溜め息をこぼしながらそう呟くと、ウーゴが持っていた紫色の花束を受け取ってそこに供える。言い合いから世間話に発展をしている二人を見て微笑んでいた。

「ジョルノは変わったよね。」

アバッキオは変わらないけれど、ジョルノの方は随分変わった。誰にでも柔らかくなった気がする。
前はどことなく威厳を保とうとしているのか表情が硬かった。なんていうか、感情を隠していたというか……私以外にはあまり自分を見せてはくれなかった気がする。
見ていない間に変わったジョルノは私の言葉を聞くと、少しの間首を傾げる。自分で自分がどう変わったのかあまり分かってはいないみたいでちょっと可愛かった。

「シニストラ!ブチャラティを迎えに行くぞ!早くしろ!」
「ジョルノ〜!早くしないと置いてくぜ〜!」

意外な様子が見られておかしくてちょっとだけ笑っていたら、いつの間にか遠くの方にいたアバッキオが私の名前を呼んで早くしろと急かしてくる。ミスタさんはジョルノの名前を呼んで手招きをしていて、それぞれの兄みたいな人に呼ばれているような錯覚を覚えて不思議な気持ちになった。
ミスタさんもアバッキオも私達より年上だからイメージ的に近所のお兄さんな感じなんだよな……ウーゴは世話のかかる(?)お兄さんみたいなイメージがある。兄弟がいたらこんな感じなのかな?

「行こ!」
「あ、」

さっきとは逆で私が今度はジョルノの手を握ると、そのままアバッキオとミスタさんの方へと走り出す。
いろいろ変わったことが多いけれど、昔みたいにこうやってジョルノを振り回していると実は何も変わっていないのかなとも思う。でも振り回すにしても昔は手を握るだなんてことはしなかった。変わった部分は確かにある。

「シニストラはやること終わったのか?」
「終わったよ!」
「ぼくと今日から暮らすんですよ。羨ましいです?」
「おまえマジでクソガキだよな。」

……多分こういうやり取りも変わっていないのだろうと思う。
短い間しか付き合いはなかったってジョルノは言っていたけれど、多分その時間は濃厚なものだったのかもしれない。アバッキオがクソガキって言いながら笑っているのを見ると微笑ましくてしょうがない。三つ葉しかない花畑の中から四つ葉を見つけた時みたいな、希少なものを見つけたような幸せを感じた。
アバッキオが増えてから、今度は賑やかになった車でブチャラティの墓まで向かう。辿り着くとまた目を凝らしてみるよりも先にナランチャがブチャラティの所まで走っていって、ここにいるぜと教えてくれて。私は再び星を産むとブチャラティを肉眼で隠しながらその胸に星を入れた。

「おまえら、元気だったか。」

何も変わっていないブチャラティが現れると、アバッキオもナランチャも隣に立って、私達と見合うように横に並ぶ。生者と死者で組み分けしたみたいな感じになるとジョルノは笑顔で頷いて、手に持っていた青い花束をブチャラティの墓の前に供えては「元気でしたよ」と一言返事をする。目の前にいるのに花束を置くのは少し不思議な感じがしたけれど、それを見たブチャラティは嬉しそうに笑っていて、これでいいんだなと思った。

「ブチャラティも元気そうで安心しました。」
「元気だぜ。つっても死んでるんだがな。」
「シャレになんねえジョークだな。」
「はは!確かにな!」

シャレにならないって言いながらも笑うミスタさん、そして笑うブチャラティ……死んだことに前向きになっているって言ったら変かもしれないけれど、三年前よりは吹っ切れたような顔をしていたので安心した。

「シニストラはおかえり。元気だったか?」

ブチャラティは私にも話を振ると、ミスタさんとナランチャみたいに私の頭をわしゃわしゃと撫で回してきて……何回セットし直したらいいのだろうか。

「ただいま!元気だよ!」

でもよく考えてみると皆には今しか触ってもらえないんだよね?だったらもうめいっぱい撫でてもらいたい!満足いくまで触れてほしいし何でもいいからいっぱい話してほしいと思う。望むままに、願うままに今日は欲張ってほしい。

「トリッシュいないの残念だけど、時間もないし何かしようぜ!ピッツァ食って酒飲んでよぉ〜」
「残念ながら買いに行くところから始めないと無理ですね……ミスタ、ちょっと行ってきてくださいよ。」
「何でオレ!?こういう時は一番年下のジョルノがよぉ〜〜!」
「別にいいですよ?行ってきましょう。」
「「「「「いいのか。」」」」」

ナランチャのわがままを聞いたウーゴは車に何もないことを言うと、ミスタさんが冗談でジョルノに買ってこいと言う。ジョルノがそれに対して頷くと皆真顔で同じことを言って……しばらくしたらおかしさが込み上がってきてドっと笑いが巻き起こった。

「マジで昔に戻ったみてー!ジョルノノリ良すぎだろぉ〜!」
「先輩の言うことを聞くのが後輩ですから。ですよねアバッキオ?」
「本当ムカつく奴だな!ジョルノ・ジョバァーナ!」

この場所だけ時間が巻き戻ったみたいに見えた。彼らがどういうやり取りをしてきたかなんて知らないけれど、これが昔確かにいた彼らが見てきた本来の姿なのだろうと思う。
いろんな人のさようならを見てきたけれど、皆もう一度その人に会う度に泣いてしまう。会いたかったから、また会えたから……でも今見ているものはそれとは違う。夢の中にいるみたいにいなくなったことを忘れて、ただひたすらにその与えられた時間を過ごしている。本当の意味でのトロイメライがそこにある気がする……ただ言葉と温もりを繋いだだけの最初よりも、もっともっと見ていて充たされる夢みたいな、皆の夢想が現実に起こったような世界がそこにある。

「シニー、彼らといた時間は二人の方が長いんだ。だからしばらくそっとしておこう?」

笑い合う皆を見ていたら、ジョルノがすぐ近くにいて私の肩を掴んでくる。
そうだよね……ウーゴもミスタさんも、ジョルノが現れるよりも先にずっとパッショーネにいたんだもんね。本来ならこの再会では蚊帳の外なのかもしれない。私なんて以ての外だ。
でもジョルノは私がいる。私にはジョルノがいる。だから外にいても一人になることはない。

「じゃあ……とびきり美味いピッツァとワインを買ってこよ!」

今日は皆のために後輩な私達が動き回ろう。もっと先輩達が笑顔になれるように、昔よりも楽しくなれるように。また一つ思い出が出来るように。
私とジョルノは頷き合うと、手を繋いで静かに墓地から離れる。しばらく歩いてからジョルノと二人きりか……って考え始めたのだけれど、二人きりってそう言えば久しぶりだよなーって思い始めたら一気に緊張が込み上がってきて、思わず心の中で叫んでは自分の頬を引っぱたいた。

「どうしたの?」
「い、いや〜……虫が?いた?」
「いや訊かれても困るけど。」


これから一緒に暮らすのに、こんなんで大丈夫か……?




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