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街に向かうとピッツァをたくさん買い込んで、ワインをリストランテでいただいてから、乗ってきた車にそれを詰め込みジョルノと一息つくように前の座席に腰を下ろす。
ジョルノと二人きりは本当に久しぶりだった。前は緊張だなんてそこまではしなかったのに、何でか今現在隣にいるだけでもの凄く緊張をしてしまう。しばらく離れていたせいでまるで今までの経験値がリセットされたかのように仲良くなることを最初からやり直すみたいな……そんな感じがある。
盗み見るように運転席に座るジョルノの方を見てみる。ジョルノは真っ直ぐと前の景色を眺めていて、その背筋はピンとしていて凄く綺麗。太陽の光でキラキラと輝く金髪はまるで星みたい。惚れ直す……いや、既に惚れていたな。好きだな。

(見ない間に綺麗になったなぁ……)

前は少しだけ子供っぽさが顔に残っていた、というよりもそもそもまだ年齢的にも子供だった。体もまだ成長中みたいなところもあった。でも経ったの二年間見ていない間に大人っぽさに磨きがかかって、しかもベッピンサンになっているとか……男の子が怖いっていうか、ジョルノが怖い。

「どうかした?」

盗み見ていたはずだけれど全く盗めていなかったらしい。穴があきそうになるほどいつの間にか見つめ始めていたら、ジョルノが私の方に振り返って訊ねてくる。

「あ、ああ……うん……」

まさか話を振られるとは思っていなかったのと、何か気まずさを覚え始めたのとで私は不自然な首の動きをしながら目を逸らす。別にどうかしたわけでもないのだけれど……訊ねられると何て答えたらいいのか分からない。言葉が上手く出てこない。

「じ、ジョルノが……美人だなって……」

取り敢えず絞り出すように率直な感想を言葉を出す。久々に会ったジョルノは凄く綺麗……って言ってから急に自分がおかしなことを言っている気分になってきた。男の人に美人だなんて言ったらおかしいかな?いやでもジョルノって美人なんだもんな……絵画に出てくる人みたいなんだもん。顔も体も髪も瞳もフィルターがかかったみたいに全てが輝いて見えるんだ。美しい以上の言葉が見つからない。

「ぼくよりもシニーの方が美人に見えるけどね。」

私が困っているのを知ってか知らずか、ジョルノは言葉を返してくるとどこか楽しそうにくすくすと笑う。

「どこが?」

ちょっと意味が分からない……何で?私が美人?平凡な見た目のただの凡人にしか見えないこの私がか?
振り返って訊ねるとジョルノは小さく唸りながら、少し悩ましそうにどの辺が美人なのかを教えてくれる。

「どこがって……全部だよ、全部。」

そう言って首を傾げると、私の額に手を伸ばして指でつんつんと触ってきて……からかっているみたいな行動だ。少しムッとするぞ?
全部美人って何だそれ。答えになっていないし悩んでいる様子で言われてもなって感じだ。多分私をからかって遊んでいるでしょこの人は。反応を見て楽しんでいそう。
私は緊張しちゃって話すのすら上手く出来ないのに、ジョルノは落ち着いていて大人っていうか……あー悔しい。余裕な感じが凄く腹立つ。

「拗ねないでよシニー、」

ずっとムッとしていたら、ジョルノは今度は私の頭に手を置いてくる。少し撫でると今度は頬にその指を持ってきて、ふにふにと私の頬をつまんできて遊び始めた。

「うん……そうだな、きみは美人っていうか、もっと可愛くなったかもしれない。」
「……」

人の頬をつまみながら満足そうに笑うものだから怒るに怒れない。

(何だそれ……)

可愛いって言いながら笑うジョルノが可愛いし、凄く愛しいものに見えて何も言い返せない。大人っぽく見えてきた頃にこんな子供っぽい笑顔を見せられたらもう、溶けちゃうくらい顔の筋肉の力は抜ける。

「……ふふっ!」

胸から毒が抜けてくる。何だか昔を思い出す。
あの時は逆だったかな。いつも不機嫌なのはジョルノの方で、私が振り回しながらご機嫌を取ろうとするんだよね。今は立場が逆になっていて、目の前のジョルノが信じられないくらいの幸せそうな顔をしているのが凄くおかしい。

「もぉ〜!ジョルノはずるい!」

いつかこうなったらいいのにっていう昔に望んだその姿が目の前にある。こんなにジョルノが化けるだなんて思ってもみなかった。ふざけるような冗談も、可愛い笑顔を向けてくれることも、全てが夢みたいに思える。現実なのに願望だらけの夢でも見ているのかなって思ってしまう。

「やっと笑ったね。」
「だってジョルノが変だから……!」
「シニーだって変だったよ。顔が石仮面みたいだったし。」
「その例え方シャレになんないからやめて!」

こんなに笑ったのは久しぶりだった。
確かに今まで仮面を被っていたのかも?心の底から笑ったのはいつぶりだろう?笑顔で人に寄り添うけれど、それが仕事で義務のように思っていたし、役割だと思っていたからこんな風には笑えていなかったように思える。

「きみが帰ってきてくれて本当に嬉しいよ。」

ジョルノは満足そうにそう言うと、思い出したかのようにハンドルを握ってゆっくりと車の運転をし始める。

「帰ってくるまでに一緒に住む街を幸せでいっぱいにしたくて頑張ったんだ。もう路頭に迷う子供も麻薬も何も無いんだよ、この場所には。」

言われてみて動く景色を眺めてみると、街ゆく人達は皆笑顔。嬉しそうに笑っていて、これから墓参りに行くのか手には花束が握られている。
私が起きた頃も世界は綺麗に見えていたけれど、確かに前よりもどことなく幸せそうな人達が多くなった気がする。通りかかった路地裏を覗いてみると、以前みたいに建物の影に隠れるように地面に座る子供達はどこにもいない。ただ静かに暗闇だけがそこにある。見捨てられた人は誰一人としていない……そんな世界が広がって見える。

「ぼくの方も平和になった。SPW財団と話し合いをする日とか、みんなぼくにシニーのことを訊いてくるんだよ?「本当にあの子はギャングなのか?」って不思議そうに言うもんだから面白くてさ。」
「あはは……」

私もそれ言われた。ギャングには見えないって言われて愛想笑いしか返せなかった……もうギャングではないけれど、ジョルノもウーゴもミスタさんもポルナレフさんも私は仲間だと今でも思っているから、肩書きはギャングでいいかなって感じで頷くしか出来なかった。

「シニーは凄いね。本当にぼくの世界を変えちゃったんだ。」
「ジョルノの方が凄いよ。皆ジョルノの話をしたら凄くいい人なんだなって言ってくれたよ?」
「それって凄いのか?」
「充分凄いです!」

ギャングなのにいい人だって言われるのは凄いことだと思う。やっていることが真っ直ぐだから、ジョルノのお父さんと一緒にしたらいけないかなって分かってくれた人達は皆言っていた。
ジョルノは確かに悪人の息子かもしれないけれど、その体を流れる血は正義の心を持ったジョースター家そのもの。首元の星の印がその証拠だ。星は道標にもなるし、願いだって叶えてくれる無敵な存在だもん。

「ジョルノって日本語出来るの?」

緊張がほぐれて普通に話せるようになってくると、言葉がいっぱい溢れてくる。

「話せるよ。母親とは日本語で話してたからね。」
「そっか!あのね、モリオーチョに住んでるジョースケがジョルノに会いたいって言ってた!」
「『もりおうちょう』。うが足りない。仗助にはぼくも会いたいな。」
「?……モリオウチョ?」
「……練習しようか。」

限られた時間の中じゃなくて、これからはたくさん話が出来る。当たり前にあるはずだったものがこれから日常に入ってくるのは嬉しい。これが毎日続くんだ。

「さぁ、着いたよシニー。」

モリオーチョの練習が始まってしばらくすると、乗っていた車は再び皆がいる墓地へと辿り着く。入口付近にはミスタさんとウーゴが立っていて、こっちに止まれと手を振っていて、ジョルノはそれを見て二人が立っているいる方に車を走らせて停車した。
っていうか今更気が付くのだけれど……ジョルノが運転する車に乗るのって初めてだ。いつ免許を取ったのかな?私がいない間?いつの間に……って、急に出てきた疑問だったけれど今は別にどうでもいいや。

「ピッツァとワインサンキュー!」
「後はぼくらが運ぶので。」
「よろしくお願いします。」

車からピッツァとワインが下ろされると、私達は車から下りて二人を追いかけるように墓地の中へと入ってゆく。
初めてここに来た時は一人だった。皆を追いかけて走ったんだよね……裸足で。今思うと凄く無茶していたんだなってしみじみと感じてしまう。

「シニーが走って現れた時凄く驚いた。」

同じことを考えていたのか、ジョルノはあの日のめちゃくちゃな出来事を話し始める。

「死んだ人間の名前は叫ぶし見えるようにどうにかしちゃうし、夢みたいな世界はまだ続いてるしで……きみはいつだってめちゃくちゃだ。」

言われてみると本当に、自分で自分のことがめちゃくちゃな人間のようにしか見えなくなってくる。
ただ明るい方に突っ走っていただけだった。誰にも諦めてほしくなかったのと、私が諦めたくなかったのと。その両方が前に出てきてあの日の私はここに辿り着くことが出来た。

「……昔さ、」

ジョルノは五人が見える位置まで……私があの日一度立ち止まった場所に重なるように立つと、少し離れて後ろを歩いていた私の方へと振り返る。

「ぼくの無駄な時間を潰してあげるから、自分の無駄な時間を潰してってきみ言っただろ?」

昔の話……まともに話せるようになった頃の話を私に振ると、着ていたコートを脱いでジョルノは笑う。

「あれからきみといると全てが無駄にならないんだ。なっていても思えない……きみといられれば、きみがいてくれればそれだけで無駄なんかじゃあないんだって感じる。」

近付いて私の頭にそれを被せるとゆっくりとコートに手を触れて、髪に溶け込ますように沢山の花で編まれたような、花まみれのヴェールのようなものを私の頭上に創り出す。

(すごい……)

手で触れてみると本物の花びらが落ちてくる。風が吹くとこの空間に優しくていい香りが漂って、季節が春に舞い戻ったかのような不思議な気持ちになった。
ジョルノのいる向こう側には楽しそうに笑う、今日だけの夢を見る皆がいた。花びらはそっちの方へと飛んでいって、青空へと溶け込むように舞い上がる。

「シニー、」

名前を呼ばれてジョルノの方に再び視線を戻すと、緑色の……命の色のその瞳と視線がぶつかった。いつ見ても綺麗だし、久しぶりに見たせいか今日は宝石みたいに輝いているような気がする。確かに見ていることを確認出来ると、ジョルノは名前の通り、太陽みたいな眩しい笑顔を私に向けて、私の両手に手を伸ばすとそのまま優しく握ってきた。

「ぼくは何が起こっても絶対にきみを離さないし、きみから二度と目を逸らさない。」

大切そうに握られている両手には確かにジョルノの存在を感じる。ちゃんと握れるし、ジョルノの瞳には確かに私の姿が映っている。

「本当……?」

もう二度と起こしたくはないけれど、また体から意識が飛び出ても会いに来てくれるのだろうか?呟くように不安をこぼすと、ジョルノはそれを掬って私に返してくれた。

「約束だ。きみのためなら何度だって自分を殴るよ。」

言っていることは痛々しい。でもそれは私にとっては意味のある言葉で、確かだと言える証だ。

「ありがと……」

何度もジョルノのこの手に救われてきた。
どうしようもない時も、自分を諦めた時も、ジョルノのこの手は私のことを掴んでくれた。街の中を引っ張り回して歩いた時も、ジョルノはこの手を確かに握ってくれた。私のことをめちゃくちゃだって言うけれど、ジョルノの方がめちゃくちゃだ。それしか方法がないからって自分の顔を殴るだなんてどうかしている。……でもそのくらいの覚悟を私に向けてくれていることは素直に嬉しい。

「ずっと言いたかった。」

ジョルノは改めるようにそう言うと、両手から手を離して花のヴェールから小さい花を採る。それを輪っかに結ぶと私の左手を握ってその場に膝を突く。

「ぼくを見つけてくれてありがとう。ぼくを諦めないでくれてありがとう……好きになってくれてありがとう。」

薬指にその花を通して、握ったままの手の甲にキスを落として、顔を上げて。

「これかも無駄だと思わないくらい毎日楽しくきみと笑い合おう。」

真っ直ぐと私を見つめながら、ずっと聞きたかったその言葉を口にした。


「ぼくと結婚してください、シニストラ。」


離れていた日も夢に見ていた。ジョルノと一緒に生きていくことを。
しっかりと言って欲しかった。証が欲しかった。確かな言葉とその形を。


「……はい!」


離れられないくらい、愛してしまうくらいずっといられる、永遠に続く居場所がずっとずっと欲しかった。

叶ったらいいなって夢を見ていたんだ。


「ずっと貴方のそばにいさせてください。」


貴方と生きられるこの未来を。









走るのが好きだった。走った後の心臓の音を聴くと、生きているって思えたの。


「おまえら!ついにジョルノがプロポーズしたぜ!」
「え、してなかったのか?」
「すげぇ!オレ初めて現場見たぜ!」
「普通見ねーだろそんな現場。」



それだけが自分がいる証だと思っていたし、ずっと信じていた。
でもそれだけじゃなかった。それは全てじゃなかった。


「ジョジョとシニーが結婚ってことは、ぼくはジョジョの……義兄さんってことですか?」
「何言ってんだこいつ。」
「よかったなフーゴ!」
「おめでとうフーゴ!」
「いやだから何言ってんだおまえら……」



人の温もりを感じること。抱きしめられた時に相手の胸の音を感じること。確かめ合うように体を重ねた時に感じるあの胸の高鳴りと、ふとした拍子に呼ばれる名前……そして、貴方の瞳に映ること。当たり前のようなその中にも私は確かにそこにいた。


「フーゴが義兄さんか……何か奇妙な感じがする。」
「ふふ、確かに。」



貴方に出会うまで知らなかった。同じ場所をずっと走り回っていた。


「でも私達の世界ってさ、」


私こそ貴方にありがとうって言いたい。
私の言葉を聞いてくれてありがとう。わがままに付き合ってくれてありがとう。好きになってくれてありがとう。
私のこと、いつだって諦めないでくれてありがとう。どこにいても会いに来てくれて、ありがとう。


「いつだって奇妙なことと隣り合わせになってる気がするよ。」


この先もこの愛してやまない当たり前が続きますように。

その瞳に私が映って、私の瞳に貴方が映って、星みたいにキラキラとしたこの場所が……この世界が果てしなく続きますように。


このトロイメライが、いつまでも心地いいままの音色で奏でられていますように。











君のと恋をした

Fin

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