EX1


「今日はお疲れ様、シニー。」

私達の死者の日は無事に終わり、暗くなってからようやく今日からジョルノと暮らす家までやって来た。
場所はネアポリスのあまり目立たない位置。凄く静かな所だった。ジョルノの能力でかは分からないけれど家の周りには緑が生い茂っていて、庭を通ったら花の香りかいい匂いがした。暗くてどんな家かはいまいち分からなかったけれど……中は結構広い。入ってみてかなり驚いた。
玄関に入ってすぐに何だか高級そうな家具とか装飾品が置いてあって、これを毎日掃除をして綺麗に保たないといけないのかと思うとプレッシャーが生まれてくる。高そうな花瓶とか割らないか不安だ。
ジョルノ曰くウーゴに暮らす家を考えてもらったところ、トップの威厳を保つためという名目で大きな家させられて、どこをどう見ても高級品な家具と装飾品を置かれたとか……ほとんどが貰ったものではあるらしいけれど、ほぼウーゴの見立て。仕方なく置いているみたい。
ジョルノがバスルームに入っている間に家の中を探検して、私の部屋があることに感動を覚えたのだけれども……中にはベッドが置いていない。出てきたジョルノに訊ねたら夫婦になるんだから寝室は一緒だよと言われた。つまり、私の部屋は自分の物を置く倉庫みたいな感じ……使うのはいつになるのかなこれ……
私もバスルームに入って疲れた体を温めて、出て来てからリビングにいたジョルノが淹れてくれた甘い麦茶を、ソファに座りながらゆっくりと飲み込んでゆく。ようやく落ち着くことが出来たのと、今までの疲れで深い溜め息を吐いたらジョルノから労いの言葉を頂いた。

「本当に疲れた……ジョルノもお疲れ様……」

今日はあれからピッツァを食べて、夕方頃には皆の思い出のリストランテでディナーをして、これでもかってくらいかなりいっぱい食べてしまった。イタリアの料理がどこまでも懐かしくて美味しくて、口も手も止まらなくてしょうがない。懐かしい故郷の味というか……今までまともに食べられなかったせいか、火がついたようにばくばくと食べてしまった。流石にしばらくはたくさんは食べられそうにないかな。

「まだ実感湧かないけど、帰ってきたんだなぁ私……」

自分の家と言われてもまだしっくりとは来ないけれど、私は今家に帰ってきた。そして今日はもう動かなくてもいい……明日の予定とか気にしないでゆっくりのんびりぐうたら出来る。今まで走ってきた分いっぱい休みたい。

「ぼくはもうシニーが帰ってきたっていう実感湧いてるよ。」
「本当?ええ……私だけ湧いてないの?」
「そうなるね。」

私はともかくジョルノはもう私が帰ってきて目の前にいることに慣れてしまったらしい。私だけ置いてけぼりみたい……何だか寂しい。

「そうだな……実感が湧かないなら……」

黙ってしまっていたらジョルノは私からコップを取り上げて、自分のコップと一緒に目の前のテーブルにそれを置く。手から温かみが消えてまた少し寂しいなぁって考えていたら、ジョルノがその手を代わりに掴んできて……空いている手で抱き寄せると、そのまま顔を近付けてきた。

「ぼくがここにいるって、きみに教えてあげる。」
「え、」

吐息と吐息がぶつかる距離で言われたと思ったら、構えも心の準備もしていないのにジョルノが顔を私に重ねてきて。二年ぶりにキスをしてきた。

「ん……」

久しぶりな感触と感覚に体がビクつく。触れただけかと思ったら強引に舌が入ってきて、私の舌に絡まって離さない。逃げようとしてもジョルノはひたすらに追いかけてくるし、手にあったはずのジョルノの手はいつの間にか私の頭の後ろにある。逃がさないと言わんばかりに頭を固定されてしまって、ただただ受け止めることしか出来ない。
キスの仕方を忘れつつあった。そもそもジョルノとこういうことをしていたという現実さえ忘れていたような気がする。ジョルノとの時間を忘れてしまうくらい毎日余裕がなかったのかな……っていうかまさかキスをされるとは思わなかった。こういう展開になるとか全く考えていなかった……!

「は、ぁ……」

頭がぐらぐらしてきた頃になってようやくジョルノから開放されるけれど、息が上がって苦しくて、体はジョルノの方に倒れ込む。胸元を掴んで必死になって息を調えていたら、ジョルノの手が背中を優しくさすってくれた。

「どう?ぼくがいるってちゃんときみに落ちてきたかな。」

耳元で優しく訊ねられる。でも返事が出来そうにない……びっくりしたあまりに息をし忘れてしまうとか、息切れを起こすとか情けなくてしょうがない。あとジョルノが余裕をかましていることがめちゃくちゃ許せない……私はいきなりの出来事についていけていないのに、ジョルノは息切れだなんてしていないし、表情はピクリとも変わっていない。

「……」

思わずジョルノの白い頬を思いっきりつねってやる。それはもう両手でぐりぐりとつねってやった。

「いひゃいんらへろ……」

そりゃあ痛いよな。つまんだ後で捻っているからな?
痛がるジョルノだけれどその表情は期待外れなほどあまり変わってはいなかった。でも伸びている頬を見ているとジワジワと来るものがある。何だか新鮮な顔の伸び方というか、どこか面白くておかしさがある。ジャッポーネで食べたシラタマみたいにふにふにと柔らかい。

「確かに夢じゃないみたい。」

込み上がる笑いと感動を抑えてジョルノから手を離すと、私は前へと向き直って再びコップを手に取り麦茶を飲み始める。
うん、夢ではないみたい。だってジョルノの頬の感触もしっかりあったし、何よりジョルノが痛がっていた。それに恥ずかしいけれどジョルノの唇の感触とか舌の感触は確かに五感で感じたし……思い出すと昔みたいに恥ずかしくなる。悟られないように、誤魔化すように必死になって麦茶を味わおう。

「確かめ方が雑だけど……まぁいいや。いるって分かってくれてるなら大丈夫だね。」

ジョルノは笑いながらそう言うと、私の肩に甘えるように頭を乗せてくる。髪が当たってくすぐったいけれど、もういちいちドキドキしていたら負けな気がして黙ることに専念をし始める。
この先きっとジョルノとはたくさん触れ合うし、キスもそれ以上だってたくさんする。慣れたくはないことではあるけれど、耐性は持っていた方がいいかなって思うし……無理矢理耐えることは違うかもしれないけれど、今は頑張って耐え抜くしかない。もう大人なんだから余裕を保たないと……!

「ねえシニー……」

頭の中で葛藤を繰り広げていると、ジョルノは頭を乗せたまま私の名前を呼んでくる。

「本当におかえり。」

そう言うとまた私からコップを奪い取ってきて、頭を起こすと私を自分の方へ向かせてきては幸せそうに目を細めて、改めるようにお迎えの言葉を言ってきた。
……さっきもこういう感じで雰囲気を作ってくれたらよかったのになぁ、とかちょっと冷静に考えてしまう。ジョルノの笑顔を見ると何でも許せるもん。仮面みたいな笑顔じゃなくて、自然なままに笑えるジョルノはいつ見ても飽きないし、毎日見ていたいと思えるくらい好き。この雰囲気でさっきもキスとかしてくれたらちょっとだけ幸せを感じられたかもしれない、とか失礼だけれど思ってしまう。

「ただいまジョルノ。」

長旅のせいか疲れているせいか、自分に起こる出来事を客観的に捉えることが出来てしまう。こういうことって心で感じるべきなのだろうけれど……いや、心で感じたいことなのだけれども。こう頭で考えているのを見た限り、今日はもう休まないとダメかもしれない。

「そろそろ寝よう?私疲れてるっぽい……」

何度も奪われたコップに再び手を伸ばす。そして一気に中身を飲み干すと、立ち上がって片付けようと動き始める。

「ぼくも今日は疲れたな……最近ちゃんと眠れてないんだ。」
「ジョルノも?私もちゃんとは眠れてないなぁ。」
「きみもか……じゃあもう二人でゆっくりベッドで寝ようか。」
「いいけど……あ!服脱いだら今日は追い出すからね!?」

やっと日常に帰ることが出来た。ギャングにいた時は非日常の中にいたけれど、今はその前に戻れたような気持ちでいる。

「前から思ってたんだけど……何でみんな服のこと気にするんだ?」
「えっ?嘘でしょ?まさか憶えていらっしゃらない……?」
「えっ?」

無邪気に話してくれるジョルノがいる。ジョルノがそばで笑ってくれる。眠る前に見ていた世界ではあるけれど、あの頃とは関係は変わった。もう親しい友達じゃない。切っても切り離せない関係になる。

「ウーゴの足踏んだ時あったでしょ?あれの原因作ったの結果的にジョルノだから。」
「は?ちょっと意味が分からない……」
「もぉー!」

私達は家族になる。もう他人ではいられない。
おはようもおやすみも、瞳が映せない瞬間も。ずっとそばから離れない。そんな関係になるの。

「脱ぐのが心配なら最初から脱「ぎません!」
ぼくの奥さんは照れ屋さんだな。」


もういきなりこの世界から消えたりなんかしないよ。
ジョルノの隣が私の居場所。この場所は誰にも譲らない。




今日から一緒

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