05


友達の名前をナランチャに教える。そして友達……ジョルノは元気にしているかなってぼんやりと考えながら歩いていれば、いつの間にか皆の足が止まっていたらしい。後ろの方にいた私が前に出てしまった。

「え、皆どうかしたの?」

振り返って三人を見る。彼らは全員目が点になっていて、ナランチャに至っては口が半開きだった。

「おい……コイツ今ジョルノって言わなかったか?」

固まっていた三人の中で先に口を開いたのはアバッキオだった。

「言ったな……」
「言ってた……」

ブチャラティとナランチャは、アバッキオの言葉に肯定して首を縦に振る。どこか三人の周りにはマンマミーアと言いたげな空気が流れていて、どう声を掛けたらいいか分からない……何なのこの反応。めちゃくちゃ困るんですけども。

「そのジョルノって、ファミリーネームは「ジョバァーナ」じゃあなかったか?」

周りの空気に巻き込まれそうになっていると、ブチャラティがジョルノのファミリーネームを確認してきた。

「そう!ジョルノ・ジョバァーナ!」

彼は日本人だけれど、イタリアで暮らす関係でその名前になったらしい。

「やはりか。」

私が答えればブチャラティは眉間を押さえて、深く溜め息をこぼす。何で溜め息をこぼしてるのか分からない。気に障る名前だったのか?……はっ!ジョルノってばもしかしてギャングに憧れすぎてブチャラティを追い回して……!?

「ストーカーされてたの!?」
「待て待て何の話だ?」

ブチャラティを追い回すジョルノの話です。
いやでもジョルノってストーカーをするようなキャラではないよな……していたら怖すぎる。

「ジョルノはオレらの仲間だったんだぜ。」

ジョルノストーカー説を唱えていれば、アバッキオが私の疑問にお答えしてくれた。

「は……?」

いやでもちょっと待って?じょ、ジョルノがアバッキオとブチャラティとナランチャの仲間……?え、それってつまりはジョルノは私がいない間にギャングになっていたってこと?

「アイツはいけすかねー野郎だった……生意気だし言うこと聞かねーしで散々なガキだったぜ。」

何を言っているのかちょっと分からない。状況が飲み込めないままアバッキオの話を聞いて、私は驚きのあまりに口が半開きになっていた。
だって意味が分からないだろう。ジョルノはよくぼくには夢があるって言っていて、どんな夢か訊いてもなかなか教えてくれなかった。でもよくギャングの話をしていたからギャングになりたいのかなって思っていたし、仲が深まってきたらギャングになったら〜って話をし始めていたし、もう完全にギャングになる気だわって確定したのがつい最近のことで、私はそんな時に死んじゃって……その後でついに夢を叶えていたとか早くない?行動力半端なさすぎる、まだ中学生だったはずだぞ。

「しかも組織のボスを倒して今はアイツがボスだ。」
「そーそー、オレらボスと戦って死んだんだぜ?」
「おまえらはよくやってくれた。感謝しきれない。」
「「ブチャラティ……!」」

人が混乱をしていればアバッキオとナランチャは勝手に感動し始めるし、ブチャラティはそんな二人の肩を抱いてよしよしし始めるしで最早いろんなことがカオスだった。ついていけなかった。
ジョルノがギャングのボス……信じられない。つまり今彼は学生ではなくギャングのボス、一番偉い人間として生きているの?私が今度はマンマミーア状態だよ。
驚くし頭がこんがらがる。だけどそんな中でも素直に思う言葉は

「凄いな……」

「凄い」という一言だった。
祝ってあげたかった。おめでとうって言ってあげたかった。何も出来なくて悔しい。何で私、死んじゃったんだろう?
ここにいる三人も何で死んじゃったの?アバッキオはジョルノを生意気だって言うけれど、声音はとても優しい。ナランチャは戦って死んだって言いながらも凄く誇らしげ。ブチャラティはそんな二人を優しく見つめていた。残酷な光景にも見えてしまう。

「え!シニーどうしたの!?」

いろいろ混み上がって棒立ちになっていた。そしたらそれに気が付いたナランチャに突然心配をされてしまう。

「何で?何で泣いてるんだ?」
「え?」

ナランチャに言われて目元を指で拭ってみる。そして指に付いた水滴を見て、気が付いたら泣いていたことを知る。

「ああーごめん……何ていうか、嬉しいんだけど、悲しかったりで……」
「嬉しいのに悲しいのか。」
「情緒不安定かよ。」
「そういう時は楽しいこと考えて……ってあれ?嬉しいのに楽しことっておかしいかぁ?でも悲しいんだよな〜?」
「ややこしくしてんじゃねーよナランチャ。」
「だってよォ〜〜!」

再び自分達の世界に入ってしまうみたいで、三人はあれやこれやとしばらく言い合っていた。私はそれを眺めて気持ちを切り替えようとするけれど、どうしても三人が輝いて見えて、悲しみの方が増してきてしまった。
嬉しいし悲しいとか自分でも謎だった。どっちか一つになってくれないのかなって思ってしまう。でもダメだ。三人を見ていると悲しくなってしまう。何で死ななくちゃいけなかったのこの人達……神様って意地悪なのかな?

「シニストラ、」

言い合いから抜け出したブチャラティが私に歩み寄りながら私の名前を呼び、目の前に立って微笑んでくれる。

「ジョルノは組織のボスを倒して、この街の闇を晴らすことをオレに約束してくれた。」

ブチャラティの目は真っ直ぐだ。曇はなくて、キラキラと輝いていた。

「オレはジョルノに賭けたんだ。アバッキオもナランチャも、ジョルノに賭けたオレに着いてきてくれた。結果こんな姿になっちまったが、これでいいんだ。」

私が何を思っていたのかブチャラティは気が付いていたらしい。スパッと言い当てて私の悲しみを取り除こうとしてくれているみたいだ。

「立ち向かうって決めた時から皆こうなる覚悟があったんだ。後悔なんかない。死んでもこうやって会いに行けるからな。オレ達はただ見えなくなっただけでちゃんとここに存在してるんだ。」

覚悟……死ぬ覚悟をするって、凄く悲しいことのようにも思える。でもブチャラティはきっとその覚悟があったから戦えたんだとも思える。思えてくる。

「気付いたか?街の子供達、皆笑ってるんだ。こんな夜中にだぜ?治安がよくなったんだよ、ジョルノが頑張ってくれたから。約束を守ってくれたんだ。」

そう言って、ブチャラティは私達の横を元気いっぱいに歌いながら通り過ぎる子供達を見つめる。
確かに私の知っているネアポリスはあまり治安は良くなかった。夜に出歩く子供なんてハロウィンでもこんなにはいなかったし、大半がストリートチルドレンだった。……そう言えば起きてから今までストリートチルドレンらしい子達を見掛けていない気がする。本当にジョルノがこの街を変えたんだ……

「オレ達は生きた。精一杯生きた。それだけで充分幸せだ。」

もう生きている人には見えないし、触れることも出来ない。けれどこの街にはブチャラティや、着いてきた人達の遺した思いがある。それを見るブチャラティの顔は、愛でいっぱい溢れている気がする。

「……分かった。」

ブチャラティを見て、ブチャラティの話を聞いて、ようやく流れていた涙が止まる。

「もう泣かないよ。」

皆が後悔していないならこれでいいのかもしれない。思うところはないと言ったら嘘になるけれど、彼らが満足しているのなら、それでいい。

「シニストラ泣き止んだか。」
「よかった〜!顔が笑ってる!」

いつの間にか笑顔になっていたらしい。ナランチャが私を見て教えてくれた。

「シニストラも泣き止んだし、とっととアジトに行こ!ハロウィンハロウィン!」
「さっきまでお菓子貰えないしイタズラも出来ないって嘆いてたクセに何張り切ってんだ?」
「え?だってせっかくのイベントなんだから楽しまなくっちゃあ損だろ?気分気分。」
「すげぇな。気分でどうにかなるもんなんだな。」

和む。凄く和む。三人とも凄く楽しそう。
過去のことを聞いたせいか三人への見方が少し変わった。尊敬の意を表したい。私もこんな風に何かのために生きてみたかったなぁって思ってしまった。生きている時に皆と出会えていたら何か変わっていたのかな?

「ほらほらシニー!この先の建物がアジトだぜ!行こ!みんな元気かなァ〜?」

ナランチャに手を引っ張られて、私達は再びアジトがある方角へと歩き出す。

(皆、かぁ……)

つまりはこの先にジョルノがいるってことなんだ。他のメンバーのことは知らないけれど、この先にあるアジトにジョルノがいると思ったら、少しどころかかなり緊張をしてしまう。
怖い。でも会いたい。一目会って聞こえないけれど約束を破ったことを謝りたい。
元気だったらそれでいい。これからもこの先も、生きてジョルノの人生を全うしてくれればそれでいいんだ。最期に幸せだって思えるような生き方をして欲しい。きっとこの三人も同じことを思っていると思う。

「ん?」
「んぉっ、」

下を向きながら考え込んでいたら、私を引っ張って歩いていたナランチャが突然立ち止まった。

「どうしたの?」

一瞬躓くものの、直ぐにバランスを取って。ナランチャの頭を見ながら訊ねる。
何かあったのかな……固まって動かない。思わず肩を掴んで揺らしてしまったけれど、すぐに反応は返ってこなかった。

「あれ、あそこ……あそこにいるのって……」

間を開けて「あそこ」と言いながら前を指差す彼は、どこか体が強ばっているのか硬直しているように見える。何か怖い。何見たの。

「あそこって……!」

ナランチャの指差す方向をアバッキオも見る。その瞬間彼もまたナランチャと同じように、体を強ばらせて固まってしまった。

「あれは……」

そんな二人を見たブチャラティも、指のその先を見つめて。彼までもまた、固まり始めた。
何があったんだ、皆何で固まっていらっしゃるのか。見てはいけないものでも見たような反応をしているってことは怖い感じのものでも見たの?やめてよ冗談は自分の死んだ現実だけにしてください……!
私はナランチャの後ろから顔を覗かせて、皆が見ているその先を見た。

「ん……?」

私の予想は全く違っていたらしい。その先にいたのは男の子だった。しかし誰かに破られてしまったのか、服には穴だらけ。金髪をたなびかせながらこちらへ走ってきて、私達の横を通り過ぎて後ろに消えていった。

(あの人……)

何となく見覚えがある気がする。走り方が何か……見覚えがあるような気がする。ふわっとした記憶だけれど、「見たことある」って頭が訴えていた。

「フーゴだ!」

ナランチャは突然そう叫ぶ。

「フーゴ!フーゴ待って!フーゴぉぉぉお!!」

何度も何度も、気付いてくれと言わんばかりに男の子へ声を掛けて、そして私の手を離し、走っていった男の子をそのまま追い掛けていってしまった。

「フー、ゴ……?」

どこかで聞いたことがある名前だった。顔といい走り方といい何で見覚えがあるのだろうか……どこかで会ったこととかあったにしてもパッと浮かんではこない。

「待ちやがれナランチャ!」
「今離れたらナランチャを見失う!とにかく追い掛けるぞ!」

悩む私を他所に二人は元来た道へと戻り始め、ナランチャを追い掛けて走り出してしまう。

(何か見たことある気がするんだよなぁ……)

何かモヤモヤする。頑張っても浮かんでは消えて浮かんでは消えてを繰り返している。しかし今頑張ってここで思い出しても彼らと離れてしまうだけだ。

「追いかけなきゃ……!」

頑張って記憶を辿ってもしょうがないと思い、私は三人と一人が走っていった方へと足を動かした。




──────

パッショーネのアジトで留守を任されていたパンナコッタ・フーゴは、ボスであるジョルノの席で書類の整理をしていた。
明日と明後日は祝日だから休みにしようというミスタの突然出した提案が周囲の人間から大賛成されてしまい、多忙であるジョルノも示しがつかないからと明日から二日間は休むことになったのだ。勿論自身も休むため、三日後からの仕事へジョルノ支障をきたさないためにまとめている。

「これは三日まで……こっちは四日……」

一枚、二枚と書類に目を通し、時折疲れているのか目頭を押さえて休みを挟み、束になっていた書類を全て分け終えて、椅子にもたれ掛かると深深と溜め息をこぼしては天井を見上げた。

「二日はジョジョとミスタと墓参り……か……」

フーゴは結果的にはパッショーネへと在籍しているが、ブチャラティが率いる護衛チームに所属をしていた際に一度組織から離れて隠れるように生きていた。自分が離れている間に仲間は死んでしまい、今生きている当時のチームの人間は自分とジョルノとミスタのみ。着いていかなかったから生きているという後悔と負い目を抱え込んではいたが、とある任務を請け負い臨んだ結果、立ち直ることが出来た。
そして二日の死者の日に、戦い抜いて死んでしまった仲間たちを弔いに墓を訪れようという企画をミスタが練った。墓参りの後は皆で訪れた場所を巡礼したいと言っていたが、それはあまりにも大移動になってしまうので、ジョルノから却下が出ていた。流石にネアポリスからヴェネツィアまでは休日を過ぎてしまう。

「……ん?」

明日は何をしようかとぼんやりと考えていると、部屋にある電話が鈴々と鳴り響く。
フーゴは素早く受話器を手に取ると、「チャオ、」と受話器の向こうの相手に挨拶をした。

『フーゴ、ぼくだ。ジョジョだよ。』

電話を掛けてきたのはボスのジョルノだった。彼はつい数時間前に受けた病院からの電話を聞き、ミスタと一緒にその病院へと赴いていた。

「ジョジョ、書類整理の方は終わりました。」
『そうですか、ご苦労様です。凄く助かります。』
「いえ!このくらいやるのは当然なので!」

ジョルノから褒められてフーゴの頬が段々と緩んでゆく。ジョルノはフーゴのそんな顔を想像したのか、受話器越しでふふっと笑った。

『それはそうとして……病院の例の件、少女の身元ですが判明しました。』

ジョルノは本命である事柄をフーゴに電話したのですぐに話を切り替え、フーゴも緩んだ頬を引き締めると、ジョルノが今取り込んでいる事柄についての報告を電話越しから聞く。

『彼女はネアポリスの中学校に通っていた子でした。』
「中学校……ですか?」
『はい。しかもぼくの同級生で同じクラスの友達だ。』

少女はジョルノとは同級生であり、友人だった。

『よく話す子だったんだ。でもサン・バレンティーノに家族へ会いに行ったきり学校の寮に帰ってこなかった。』

それを聞いた瞬間、フーゴの表情が少しだけ曇る。
友人が消えて帰ってこなかった……ジョジョはきっと悲しんだだろう。彼は優しいから、沢山心配をしたに違いない。

「見つかってよかったですね……」

いい報告が聞けたので安心をした。ジョジョもきっと今は安心していることだろう。
フーゴがジョルノに言葉を掛けると、ジョルノは「ありがとう」と礼を述べた。しかしそこで会話は止まってしまい、沈黙がしばらく流れる。
心配になってきたフーゴが掛ける言葉を間違えただろうかと悩み始めた頃、再びジョルノが言葉を発する。

『……ブチャラティと関係があるのかは分かりませんが、彼女はポルポの試験を受けていた第三者に巻き込まれたみたいです。』
「え……?」

ジョルノから発せられたその言葉を聞いて、電話越しのフーゴが今度は固まってしまった。
ポルポの試験とは。パッショーネへの入団試験のことだろう。刑務所にいるポルポから与えられたライターの火を二十四時間守り抜き、再び刑務所へと赴きライターをポルポへ返却をする内容だ。そこでライターの火が消えてしまい再点火をし、その火が灯る瞬間をしまうとポルポのスタンドが現れ、問答無用に矢を射抜いてくる。その矢に射抜かれた対象は死ぬかスタンド能力を手に入れるかのどちらかで、フーゴ自身も試験を通過し入団する際に刺され能力を手にしていた。
運悪く巻き込まれてしまったということは、その彼女は矢に射抜かれてしまったということだろう。しかし死ぬことがなく生きている……つまり、彼女はスタンド能力を手に入れた可能性が高い。

『家族も彼女が消えた日に失踪してる。間違いなく彼女は旧パッショーネの負の遺産だろうね。』

旧パッショーネの負の遺産。現在ジョジョが取り組んでいる精算の対象としているものだった。負の遺産から市民を守るため、ジョルノは動いている。

『彼女はもう頼れる人もいない。目が冷めるのもいつか分からない……スタンド能力を手に入れた可能性もある。なのでぼくが保護することにしました。』

家族の失踪とはつまり「消された」ということで、今眠っている彼女にはもう帰る場所も居場所もない。

「ぼくもそれがいいと思います。」

フーゴも賛成だった。彼自身彼女とは違うが帰る場所も居場所もなかった人間だ。それをここにいていいと導いてくれたのがブチャラティであり、ジョルノだった。
そんな彼が言うのだ。彼女を保護したいのだと。彼がそう望むのなら、自分は彼を精一杯支えるのみだ。

「因みにその少女は……名前は何て言いますか?」

そうと決まれば彼女の今置かれている表側の現状を処理しないとならない。情報を集める必要があるために、近くにあったペンで名前を書くためその少女の名前を訊ねる。
ジョルノは少女の名前を訊ねられると、ゆっくりと、丁寧にフーゴに伝える。
しかしそのジョルノから語られた名前は、フーゴにとっては「しこり」だった。

『シニストラ・フェルマータ。』
「えっ、」

その少女の名前はシニストラ・フェルマータ。フーゴが子供の頃に置き去りにした存在の名前だったのだ。

「シニー……?」

自分があの牢獄のような家で暮らしていた時に話し掛けてくれた女の子の名前だ。柵越しに会話して、勉強を教えてあげたりした。代わりに彼女から遊びを教わって、お菓子を分けて貰ったりもした。
大学へ行くために外に出るようになったら、一緒に走り回って遊んだりもした。彼女の足は速く、追い付くのには骨が折れた。というよりも追いついたことがない。
キラキラ輝くように笑い、その瞳は無邪気な空の色で。彼女はきっと空を瞳に閉じ込めた子だと幼い頃は信じて疑わなかった。

『よく知ってるね、彼女のニックネーム。』

自分が遂に事件を起こしてしまい、それから彼女に会うことは一切なくなってしまった。何度か彼女に会おうと思ったが、汚れた自分を知ったらどんな顔をされるだろうか……その結果、フーゴは彼女をあの頃に置いていくようになった。そしていつの間にか、その事実すらを自分の中から消してしまっていたのだ。

「シニーは……彼女は……重症なんですか……?」

思い出してしまい、他人事のような存在ではなくなってしまった。フーゴは今にも叫びそうなのを堪えてジョルノへと静かに質問する。

『大丈夫。寝ているだけだよ、ずっと。』

ジョルノがそう言うとフーゴは握っていたペンを手から落とし、その手を自分の額へと持ってゆく。

(よかった……)

よかった。素直に出てきた言葉だったが、それ以上に悲しみが深かった。
こんな風に彼女の安否を知りたくなかった。よりにもよってギャングの事件に巻き込まれていたなんて……そのギャングの中に自分がいたなんて。なんて残酷なのだろう。

『きみもこっちに来たらいい。その様子じゃあ友達だったんだろう?』

ジョルノは勘がいい。すぐに人の気持ちを察してしまう。

「行きます……走って行きます。」

フーゴはそう言って電話を切ると、乱暴に椅子から立ち上がり、上着を着ないで街へと飛び出した。
風が頬に当たる。セットした髪は乱れるし、足なんてたまにもつれて転びそうになってしまう。
それでも足を動かした。走るなんて久しぶりで、自分でも分かるくらいぎこちない。でもこれがよかった。こうでなくてはならなかった。

『ウーゴってあまり走ったことないでしょ?』

走りながら思い出すのだ。彼女のことを。
初めて会った日彼女は「ふ」が言えなくて、諦めて母音を使って「ウーゴ」って呼んでいた。パンナコッタって呼んだこともあったが、嫌がったらウーゴと呼ぶようになった。

『こうやって風を切ると気持ちいいでしょ!私この瞬間「生きてる〜!」って思うんだよね!』

呼吸が段々と荒くなる。でも彼女の言葉を思い出して、耳に鳴り響く心臓の音に耳を傾けた。
ドクンドクンと脈を打つそれは、必死になって叫んでいるように聴こえた。

『ねぇウーゴ、』

どのくらい走ったのか、気がつけば彼女の眠る病院の前までやって来ていた。
フーゴは裏にある面会入口へと向かうと受付を済ませ、小走りで彼女が眠る病室へと向かう。扉まで辿り着くと深呼吸をして、力強くゆっくりと開く。

「シニー!」

堪えていた悲しみや懐かしさを吐き出すように名前を呼ぶ。起こすつもりでその名前を叫ぶ。

『また明日遊ぼうね!』


しかし彼女は人形のように深く眠り、起きる気配など全くない。

こんな風には会いたくなかったと、二人の少年は心の底から悲しんだ。




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