「ジョルノ何飲んでるの?」
バスルームから出て来てリビングの方に行くと、ソファに座りながら本を読むジョルノが何かをぐびぐびと飲んでいた。
新しいお茶かな?それともカッフェ的な飲み物?人が飲んでいるものってどれも美味しそうに見えるんだよね……ちょっと気になる。
私が訊ねるとジョルノは私の方を見上げてきて、手に持っていたグラスを私に渡してくる。
「飲んでいいよ。」
そのグラスグラスの中を覗いてみると、液体の色はうっすらと黄色い。匂いは独特でフルーツみたいな香りがする。何だろうこれは……見たことがない未知の飲み物みたい。
「ありがと。」
好奇心で口に入れてみようと思いそれを受け取ると、私はゆっくりと口の中へぐびぐびと飲み物を入れてゆく。
やっぱり飲んだことがないような、未知の味だった。ちょっと薬品っぽい?でも香りと連携するようにフルーツみたいな甘くて爽やかな味で美味しい。薬品っぽい匂いもするけれど、味は最高だ。
「シニーは飲みっぷりがいいな。」
グラスから口を離して浮かんでいた氷を眺めていると、ジョルノが楽しそうに笑いながら私からグラスを取り上げてくる。
「美味しい?それお酒だよ。」
「え?」
何口飲んだかは分からないけれど、ジョルノに言われてから飲み物の正体を知り、私は少しの間固まった。
お酒?あれってお酒だったの?そんな風には見えなかった……でも段々体の内側が熱くなってきてほくほくしてきている。あの薬品の匂いはアルコールの匂いだったのか……そうだったのか。
「体に優しいお酒らしくてフーゴがくれたんだけど、シニーが気に入ったならまた貰って来ようか。」
「えっ、ウーゴってお酒飲むの?」
「飲むよ?彼バーで働いてた時だってあるし。」
「えええ……!」
あのウーゴがお酒?いやでも似合う気がする。悪酔いしないようにアルコール控えめの優しいものを選んで飲んでいそう。でも酔う時は酔うんだろうな。酔った時に怒らせたら多分ジョルノ以外手が付けられなくなりそう。
「そうか……私、もう飲める歳だったのか。」
ウーゴはともかく私って世界中ぐるぐると巡っていたけれど、こうやってお酒を飲む機会は全くなかった。ジャッポーネでは二十歳になるまでは飲めないし、エジプトは二十一歳……SPW財団の関係でイギリスとアメリカに行った時も飲める年齢にはなっていなくて全くそういうものに触れてはいない。故郷では既に飲める年齢だったことが抜けていた。全く帰れないと大事なこととか何でも抜けていってしまう。
「そうだね。つい最近まで子供だと思ってたのに、もうぼく達は大人だ。」
ジョルノは残っているお酒を一気に飲むと、持っていた本を閉じてソファに置いて、立ち上がっては私と向き合う。
こうやって向き合うとどこまでもジョルノがちゃんと男の人に見える……もう男の子には見えない。ちゃんと大人。帰ってきてから数日は経っているけれど、おかしなことにようやく自分の中に大人と言われる歳になったという事実が落ちてきたように感じる。
「シニーはやっぱり可愛いな。」
お酒のせいかちょっとぼーっとしていたら、私の間抜け面を見たジョルノがフッと笑いながら頬を触ってくる。
「可愛くないです……」
言われるのは嬉しいけれど自分でそうは思わない。だから言われるとくすぐったい。
ついでに頬にあるジョルノの手もくすぐったい。嫌だとは思わないから首を傾けて張り付くように動かして、ジョルノの手を掴むと離すまいとぎゅっと力を込める。ジョルノはちょっと驚いたみたいで一瞬目が見開くけれど、すぐに細めてもう片方の手も私の頬に置いた。そしてゆっくり顔を近付けて、額にキスを落として、
「……キスしていい?」
熱っぽい声でそう言われる。
帰ってきてから一度だけキスはされたけれど、あの時は甘い空気とかではなかった。特に気にはしなかったけれどこうやって改めるように言われるちょっとと恥ずかしくなってくる。顔が熱っぽい。
「いい、よ……?」
多分恥ずかしくなるのはお酒のせい。そう思いながらジョルノの言葉に頷くと、ジョルノは笑顔になりながら唇に唇を重ね始める。言ってすぐだったから身構えられなくて、ただただ弾みながら触れるようにされるキスを夢中で受け止めていたけれど、何回かしてからジョルノは一度私から手を離してすぐ近くの壁に私を挟んでくる。今度は手首を掴んできてそこに私を固定して、もっとキスを落としてきた。
「ん……」
とにかく顔が熱い。体も火照る。お酒のせいで頭は動かない。ジョルノとのキスは気持ちいいし、いつも思う。溶けちゃいそうだって。
焦れったいキスばかりで物足りないと思い始めて、口を開けたらジョルノの舌が私の舌に触れて絡んでくる。くすぐったさで身じろぐとジョルノの手に力が入って身じろぐことすらさせてもらえない。されるがままだし逆らえない。でもジョルノを受け止めるのは好きだから別にいいかと思う。
初めてキスした時は酸素を吸い込みすぎて苦しかったけれど、今は逆に酸素が欲しくて苦しい。全く正反対なのが少しおかしい。ひたすらにジョルノがしてくれるキスを堪能して、されるがまま身を委ねた。
「……、」
止まろうとする度にどちらかがくっ付いてキスをする。切りたくても切れないくらい夢中になっていた。もうどのくらいしたか分からないくらい二人でキスをしていたと思う。お互いに満足すると顔を名残惜しそうに離れると、口と口を繋ぐ透明の糸が見えて、それがプツリと切れたら途端に私の体から力が抜けて……その場に体が落ちていってへたり込む。壁に寄りかかると肩で息をしながら、木目の床をぼんやりと見つめた。
「大丈夫?」
ジョルノは私の目の前に座ると心配そうに覗き込んでくる。
「だいじょうぶ……」
久しぶりだからなのかお酒のせいなのか、頭がぽわぽわしている。力は入らないからぐでぐでだけれど、しっかりとジョルノを見てそう言って、何とか立ち上がろうと力を入れる。
でも全く立てなくて……足が鉛みたいに重たい。足掻いても無駄な気がするのでもう潔く諦めて息を吐いた。
「ジョルノは何でピンピンしてるの……」
あんなにめちゃくちゃなキスをしていたのにジョルノは疲れの色を全く見せていない。ピンピンしていて元気そう。差があることが何だか悔しい。
私が訊ねるとジョルノは一瞬首を傾げて、すぐにピンと真っ直ぐに首を伸ばすと、幸せそうにくすくす笑う。
「シニーよりも飲酒に慣れてるからね。」
そう言って立ち上がるとキッチンの方へと消えていって、戻ってくるとジョルノの手には水が入っているグラスが握られていた。私のために水を入れてきてくれたみたい……気遣いが紳士だな。出会った頃のジョルノと比べたら凄く紳士。
水を受け取ってぐびぐびと飲む。中からじわじわと溜まっていた熱が調和されていくことを感じて、私が一息つくとジョルノは私の隣に座って深く息を吐きながら、私の肩に頭を乗せてきた。
「シニーと暮らすって楽しすぎて自分の立場を忘れそう……」
何気ない言葉だったと思う。でも何気なさに少しだけ重みを感じて、思わず肩にあるジョルノの頭に目を向ける。
自分の立場……自分がドン・パッショーネだってことを言っているの?
「忘れちゃうくらい楽しんでくれて嬉しい。」
いや、忘れちゃったらいけないけれど。ジョルノがもしパッショーネのボスということを忘れてしまったら、このイタリアの平和は崩れ去ってしまう。
でも一瞬だったら忘れてもいい。仕事とプライベートは別。
「家にいる時くらいジョルノはただのジョルノに戻っていいんだよ。」
毎日胸を張って仕事をしたら疲れる。家っていうのはそういう場所から離れて休むためにあるわけだし、ここにいる時くらいは現実から離れてほしい。
「ただのぼく……か。」
私の言葉を聞いたジョルノは少しだけ唸ると、肩から頭を離して膝を丸めてそこに顔を乗せる。背中を丸めるジョルノとか初めて見たので少しびっくりした。
「ただのぼくって、何だろう。」
そしてそのまま、大雑把だけれど深い疑問を呟くように口にする。
「組織のトップじゃあない自分が分からない……『ただのぼく』は随分前からいない気がする。仕事をしてるぼくがぼくだと思う。」
ジョルノらしくないジョルノがそこにいて、突然めそめそとし始めて……何が起こったのか一瞬分からなくて固まってしまう。こんな爆弾を抱えていただなんて知らなかった。
ジョルノでも自分が分からなくなることなんてあるんだなと思う。でも多分酔っていて弱気になっているような気がする……ジョルノでも卑屈になる時があるんだな。スイッチを押してしまって申し訳ない。
「うーん、ただのジョルノは……」
でも本人は分かっていないみたいだけれど、私は『ただのジョルノ』ばかりを追いかけていたからよく知っている。
「いつも真っ直ぐで優しくて、負けず嫌い。」
そこは根っから変わらない。どんな時でも目の前にいる仲間を信じてくれて、誰よりも人を見ていて、困っていると手を差し伸べて助けてくれたりする。
「愛情深いからキスは長いし、夜中に一度起きたらなかなか眠れなくなっちゃって大変。舌が意外と子供。」
「待って、」
キスをしたら止まらない。夜中に起きると窓から外を眺めていたり、スタンド能力で遊んでいたりしている。甘いものばかり食べているしちょっと将来が心配。一人の時も私といる時も結構自由に自分がやりたいことをしている。
「ジェフベの曲を鼻歌で歌ってたり〜何か伝えるためにジェスチャーをしても全然周りに伝わなかったり〜」
「シニー、」
「人の着替えを覗いてたり、」
「やめてシニー……」
「意外とスケベだしやってることが中学せ「シニー!」
っ?」
挙げ始めたらキリがない。ウーゴみたいにずっとジョルノのことを語れるくらい、私はジョルノのことを知っている。
黙々とからかうようにギャングに見えない部分を話していると、隣にいるジョルノは横から私を押し倒して、耳と首を真っ赤にさせながら私を見下ろし始める。どうやら自分の行動を聞いて恥ずかしくなってきたらしい……大人になったって言っていたくせにそういうところはまだ子供だなーって思う。笑っちゃったら失礼かもしれないけれど、何だかおかしくて笑い声がこぼれてしまった。
心は暖かいけれど、体は少し冷たい。横を向くと水が入ったグラスは倒れていた。中身は床を濡らしていて私の体にも少しかかったみたい……中も外も水で冷やされたせいか酔いもすっかり冷めてしまった。こぼれた水が冷たいって騒ぐのは子供がすることだし、ここでそれをしてしまうと説得力もなくなってしまう気がして、気にせずにジョルノのことを見つめ続ける。
「……ジョルノはジョルノだよ。」
真上にいるジョルノに両手を伸ばして、火照っている頬に触れながらジョルノに言う。
大人だと認められる年齢になっても、ジョルノは全く変わらないジョルノだ。私が見てきたジョルノはカッコいいけれどちょっと子供っぽくて、拗ねたらちょっぴり可愛さもある。私にとって愛しくてたまらない存在……それがジョルノ。
「ちょっと背伸びをしちゃってるから、二人でいる時は背じゃなくて羽を伸ばして?」
周りを気にしなくていい。伸び伸びと自由にやりたいことをしてほしい。
「ジョルノの鼻歌好きなんだ。だからいっぱい歌っていいよ。眠れなかったら一緒に何か楽しいことして騒ごう?無理に寝なくていい。何か作って食べたっていいし映画見たりしてもいいし。」
多分ジョルノが今まで出来なかったことを例に挙げながら、羞恥を解すように頬をふにふにと触る。
弾力が以外にもある……しかも肌が綺麗。羨ましいにも程がある。
「何してもいいの?」
ちょっと腹が立ってきたところでジョルノは私の顔の横に両手を着いて、顔を近付けながら訊ねてくる。
「わがまま言っていいって前に言ったじゃん。」
すっかり忘れられているけれど、ジョルノのわがままに付き合うって前に言った。ジョルノがしたいならするし、したくないならしないし、それは愛情表現以外にも当てはめてくれて構わない。自分がしたいことをしてくれていい。
「……じゃあシニーが欲しい。」
床に着いていた右手を私の頬に寄せるジョルノは、そのまま私の前髪を掻き上げると顔全体が見えるようにしてくる。
「酔ってるからキスで我慢しようと思ったけど、きみ相手には無駄だった……凄く今シニーが欲しい。」
やんちゃに声を弾ませながら凄いことを言うジョルノの瞳はキラキラと輝いていて、お菓子をねだる子供みたいに私を要求してきては胸に指を這わせて笑う。
「眠くなるまできみに触れたい。ずっとそうしたくてしょうがなかった。」
酔っているせいなのかただ単に欲望のままに動いているのかは分からないけれど、言葉にしてくれると凄く嬉しくなる。行為はともかくジョルノに欲しがられるだなんて最高な気がした。
「私も……」
離れていてずっと出来なかった。触れたくても触れられないし、求めたくたって手が届かない場所にいた。
でも今はこんなに近くにいて届く。目の前にいて触れる。夢じゃない。現実で目の前にいる。
「ジョルノが欲しいです。」
ジョルノが今もの凄く欲しい。ジョルノでいっぱい充たされたい。いっぱい触ってほしい。キスだけじゃ物足りない。……ただ口でここまで言うと後で恥ずかしくなりそうだから、欲しいの言葉に全てを込めておく。そもそもこれ以上の言葉はないと思う。
「シニーってこんなに大胆だったっけ?」
ジョルノは私の隣に寝転がると、私を腕で寄せて自分の方に向かせてくる。
「もう大人ですから。」
冗談でそう言って、笑いながらジョルノの背中に腕を回してぺったりとくっ付いたら私は自分からキスをしてすぐに顔を離す。でもジョルノは足らないみたいで、離れた顔を私に近付けたら触れるだけのキスじゃない深いキスをしてきた。
口の中で味を堪能するみたいにジョルノの熱い舌が絡まってきて、真似するみたいにジョルノの舌を絡めてみたらもっとジョルノの舌が何度も何度も絡まってくる。リズムもなくめちゃくちゃにされるキスに夢中になっていたら服の中にジョルノの手が入って、背中をゆっくりとくすぐるようになぞられて。体が跳ね上がりそう……堪えるように体を強ばらせたらジョルノが顔を離す。
「……ベッド行こうか?」
顔が離れると視界に入ってきたのは、蕩けたような瞳で私を見るジョルノ。さっきとは違って余裕がないような表情で私のことを見つめている。
「うん……」
キスだけじゃ足らない。体中でこのジョルノを抱き留めたい。今のこの気持ちのままジョルノに触れて触れられたい……今までにないくらいにジョルノのことで頭がいっぱいで、凄く幸せな気持ちになる。
「ところで……きみ今日安全日?」
「ちょっとぉ、空気台無しなんですけど?」
「だって子供が出来たら……きみのことを独占出来なくなるじゃあないか。それにぼくがいい父親になれるとは思えないし……」
私達は大人でも、まだ気持ちは追い付いてはいないらしい。その年齢になっても、見た目が大人っぽくなっていても、心がすぐ大人に向かうとは限らない。
だからちょっとずつ、ゆっくりと大人に向かうのだと思う。
「大丈夫。ジョルノならいいお父さんになれるよ。」
大人になるしかなかったジョルノのちょっとした子供っぽさも、余裕がなかなか持てない私も、ちょっとずつ消えてしまうかもしれない。いつまでも子供独特の夢心地の中にはいられない……だからまだもう少し。もう少しだけ今のままを堪能したい。
「覚悟が出来たらその話はたくさんしよう。」
ようやく今が私達に帰ってきたのだから。
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