EX5


 ジョルノは毎日忙しく家から飛び出してしまう。慌てるように帰ってくるとキスをした後にただいまって言ってくれて、ご飯とシャワーを済ませたら寝室でちょっと話をしてくれて、それから私達は一緒に眠り、また朝になって忙しなくて……この生活には慣れたけれど、最近は少しの寂しさも感じてしまって少し気持ちが重たい。

(そりゃあギャングのリーダーは忙しいよな……)

 パッショーネは最早私が目を覚ました頃と比べたら、物凄く勢いづいて市民からの期待も更に厚くなってしまった組織だ。ドン・パッショーネはいつか政界に行くんじゃないかとか街の皆は騒いでいる。本人にそれを話したら「政治家は無駄に歩き回らくっちゃあいけないから嫌だな」ってバッサリと答えていた。本人は全く興味がないらしい。そうなると私自身も政治家の妻になってしまうわけで、ちょろっと考えてみたけれど、めちゃくちゃ大変そうだから気持ち的に無理だなって思って終わらせました。

(でも忙しくてもなぁ……)

 忙しいならしょうがないって分かってはいるけれど……そうだとしても、だ。

「たまには一日中相手にしてほしいな……」

 一日だけでいい。それだけでいいから私に時間をくださいって思ってしまう。
 外じゃ疲れるかもしれないから家の中でいい。ただのんびりと時間を過ごすの。本を読んだり映画やドラマを観たり、好きな時にキスをしたり抱きしめてみたり……そういう素直な時間をジョルノと過ごしたいっていう願望が最近は酷い。慌てて朝ご飯を食べるんじゃなくて味わってほしいし、夕飯もよく噛んで食べてほしいっていうか、最近のジョルノは時間を無駄にしたくないっていう発想を私じゃなくて仕事に向けがちだから、少しだけ、私の方に向けてほしいっていうか……これって私のわがままかな?

(でもジョルノはこの国をよくしようって頑張ってくれているし……!)

 そう、ジョルノはこの国をよくしようと動き始めて一生懸命に突っ走っている。私の存在よりも大きい存在のために動いているんだ。ましてや私はそんなジョルノ妻。こうなる覚悟だってちゃんと分かっていたし持っていたはずで、それにそんな頑張るジョルノが大好きだからそばにいたいって思うようになったわけだし、優先すべきものはこうなる前から決まっていたんだ。仕事を休んでって言ったらただのお荷物になってしまう。

「はぁ……」

 洗濯物を取り込みながらめちゃくちゃ考えていたけれど、最後の一枚を取り外してたたみ終わったらもう考える気力が湧いてこない。
 ちょっとだけ焦る。最近はしようとかそういう空気にすらならなくて、実は愛想をつかれたかもとか変なことを考えがちで……まさか結婚生活に慣れてきたせいで自分から女の魅力的なものがなくなった……?

「いやいやいや!」

 それは多分ない!寧ろ今まで以上に魅力は伸ばしていると思う!今日だってストレッチをしたり走り込みをしたりジョルノが起きる前にシャワーを浴びて汗も流して大人の女らしくラインがくっきり見える服を着てジョルノを起こしてご挨拶のキスを頂戴した!魅力は多分ある!大丈夫!!

(じゃあ何でしてくれないんだ……)

 まるで欲求不満みたいな疑問だ。そもそもな話悩みがすり変わっているような気がする。でも悩んじゃうんだよね……妻らしく家事だって最近は気合を入れて頑張っているし、毎日体型を維持して細く見える服を着て、こんなにも頑張っている妻に欲情らしい欲情を向けてくれないのは……何故……

「こ、今夜頑張ってみればいいんじゃないかな?」

 自問自答をするとか虚しいけれど、今日ジョルノが帰ってきたら少し頑張ってみようかな?例えば胸を押し付けてみる、とか……

(これじゃ駄目だ……)

 絶対安いAなVみたいとか言われそう。そもそも私の胸如きがくっ付く程度でジョルノが欲情するはずがない。胸を押し付けて鼻の下が伸びるのは中学生までだってミスタさんが昔任務中に読んでいた雑誌を見ながら言っていた。だから間違いないと思う。
 帰ってくる前にどうしたらラブラブな夫婦みたいなことが出来るのか、私は馬鹿になったみたいに考え始めるのだった。


 しかしジョルノが帰ってきてもちっとも何も浮かばなくて。私は今自分の恋愛経験値のなさに嘆きながら、シャワーを浴びるジョルノを待ちつつふかふかなベッドに手を沈ませて落ち込んでいた。

(しかもいつもと一緒だし……)

 帰ってきたジョルノはいつも通りキスをしてただいまを言ってくれた。今日はお腹を空かせて帰ってきたからすぐ夕飯にしてあげたし、ご馳走様のキスも頬にしてくれて、いつもと変わらずジョルノは優しくしてくれるし、でもやっていることがいつもと同じだから何だかモヤモヤする。
 何ていうか……キスで、誤魔化されている気がするんだよね。キスをされるのはそりゃあ嬉しいけれど、でもキスさえすれば愛が伝わるとかそんな感じに見えるんだ。疲れているからそれだけしか出来ないのかもしれない。でも、だとしても。たまにはジョルノと愛を深めたいって、キス以上をしたいって思うんだよ。

「シニー、湯船抜いておいたよ。」
「!」

 悶々としていると、いつの間にかいたらしいジョルノが後ろから声をかけてくる。

「じょ、ジョルノ!ありがとう!」

 びっくりした……自分の世界に入りすぎていたせいでジョルノに気が付かないなんて私にしては珍しい?妻としては失格じゃないか。
 慌てて返事を返すもののちょっと吃ってしまった。疚しいことを考えていたわけじゃないから慌てなくたってよかったはずだけれど、そうじゃなくてもっとやばい厭らしいことを考えていたから何だか申し訳ないっていうか……気持ちを誤魔化すしかなかったんだもん。まるで思春期の中学生が慌ててセクシーな写真集を隠すとかそんな感じ?そんな中学生を見たことがないからいまいち分からない。

「百面相してどうかした?具合でも悪いの?」

 ジョルノはベッドに腰を下ろすと私の額に額を当てて、熱を計り始める。

(近すぎ……)

 吐息が当たる距離に詰められるとやっぱり今でも緊張をしてしまう。甘いシチュエーションにはいつまで経っても慣れてはくれなくて、まるで付き合いたての頃みたいな反応をしちゃって息をつい止めて手の方に力が入る。

「熱は……ないみたい。」

 でもジョルノは何とも思わないのか私からすぐに離れてフッて笑う。

「どうせきみのことだから、ぼーっとしてたんだろう?」

 そしてちょっと傷付くようなことを言うんだ。

「家事で疲れちゃったかな?この家は無駄に広いから……いつもありがとう、シニー。」

 付け足すように感謝を言われるけれど、でもそれは求めていた言葉じゃない。ちょっとの嬉しさも少しはあるけれど、寂しくなってくる方が強めだ。

(そうじゃないよ……)

 声に出したら喧嘩になるかな?私が欲しいのは言葉じゃないんだよって。家のことをすることに感謝をされなくたって全然大丈夫。だってそれは私の役目だし、当たり前なことなんだもん。

「今日も早く寝ようか。ゆっくり寝て、明日は寝坊してくれていいよ。朝くらいなら自分で用意出来るから……」

 ジョルノは気を遣うようにそう言うと、ベッドへと横になって早速眠ろうと毛布を自分にかけて私の方に背を向ける。まるで流れるような動作だった……こっちを気にかけてくれたかと思ったらそのまま横になるとか、自然だし違和感とか全くなくて別に避けているわけじゃないんだよっていう空気を醸し出していた。流石リーダーをやっているだけあってこういう気配りが上手っていうか……いや違う。これは普通に優しさだよね?私が疲れていると思って愛してくれているから気を遣ってくれたんだよね?

「……」

 横になっているジョルノを見下ろしながら、自分の気持ちについて考えてみる。
 ジョルノは忙しい。この家の中だけが世界じゃない。皆のために走り回って皆が幸せになるように今は必死だ。
 そう……「今は」必死なんだ。繁忙期なんだよ多分。もう少しだけ待てばきっと私の方も見てくれる。街だけじゃなくてこの小さい世界の方も見てくれる、はず?

(でもいつ終わるんだろう……)

 ただそれがいつ終わるかが全く見えない。ジョルノのことだから一つの仕事が終わったらすぐに新しい仕事を始めてしまうんじゃないだろうか?ゆっくりと過ごせる時間はいつ頃顔を出してくれるんだろう?ちっとも分からない……こういう時はただジョルノを信じるしかないっていうのはやっぱり寂しいことだと思う。
 明日のジョルノは忙しい。明後日はまだ知らない。いざとなったらウーゴとミスタさんにジョルノのスケジュールを聞き出して、いつ休めるか休ませられるかを相談しよう。
 私もジョルノと同じように寝転がると、背中にぴったりとくっ付こうと毛布の中へと潜り込む。寝ている時しか一緒にいられないのなら、せめて温もりを感じたまま夢を見たい……そしたらきっと、夢でもジョルノのそばにいられる気がする。気持ち的な部分ではいつも隣にいたいから、お腹に腕を回して離すまいと力を込めて目を閉じた。

「おやすみジョルノ……」

 暇になったら私の方に振り向いてねって、願いを込めて今日をしめる挨拶をして眠りに就いたのだった。


 せめて夢の中だけはずっとそばに置いてください。




Good Dream

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