EX6


 最近は忙しすぎてまともな休みすら取れていない。朝起きて朝食を食べたらミスタが迎えにやって来て、そのままアジトへと向かうと休まずに書類やら査察やらいろいろすることがいっぱいだ。そして終わったらすぐに帰って夕食とお湯に浸からずにパッとシャワーを浴びて、やっとの思いでようやく眠れるものの大好きなシニーとの時間がちっとも取れずで申し訳なさが非常に大きい。
 ここのところイタリア内の情勢の変化が激しいせいか、国の制度やらにも今までになかったルールが入ってきたことで荒れる連中が少しばかり増えてきた。しかもパッショーネのシマだと分かっていながら荒れて平然とやらかしてくる奴らが多く、場合によってはぼくが出向かなければならずで休む暇がなかなか作れない。抑止力になるからと出向かされて、無駄に歩き回されて毎日ヘトヘトだ。だからシニーの待つ家に帰って来ても最近は挨拶程度のキスしか出来ないし……おまけに営みの方なんて全く出来ていなかった。多分始めたらシニーといっぱい気持ちよくなれるけど、そこに至るまでの気力は枯れているからそこに辿り着くことだなんて出来やしない。

「潤いが欲しい……」

 フーゴから受け取った書類に目を通してサインをしつつ、少しばかりの休憩をしながら思わず口から漏らしてしまう。
 潤いっていうかとにかくシニーとの時間が欲しい。学生時代の頃のような、くだらない無駄話に花を咲かせながらのんびりと空を見上げるみたいな、平和な時間が凄く欲しい。血なまぐさい場所から少し離れて自然なままの普通の空気が少しどころかかなり恋しい。ずっと息を吸っていないみたいな今の自分をどうにかしたい。

「最近忙しいですからねぇ……確かにここいら辺で一度ゆっくりとしたいですよね。」

 ぼくの呟きを拾ったフーゴは同感ですと言わんばかりに返してくる。しかしその手には更なる書類の束が握られていて、まるでゆっくりとさせてくれない様子だ。

「はぁ……」

 でもしょうがない。フーゴは立て込んでいるこの作業を早く終わらせたいだけであって、決して嫌がらせをしているんじゃあないんだ。ミスタもポルナレフさんも、その他諸々の組織の人間は仕事をとにかく終わらせたくて今全員がピリピリしているし、働いてくれているからずばりと文句だけは言えない。今回はややこしくなって上手くさばけなかったぼくの責任でもあるから尚更休みたいだなんて言えなかった。

「ぼく、この仕事が終わったらシニーをいっぱい可愛がる。」

 とりあえず気持ちを上へと持ち上げよう。椅子に座り直してフーゴから受け取った書類を見つつそう宣言をする。多分やりたいことを思えばこの仕事だってすんなりと終わるんじゃあないだろうかと思って……とにかくしたいことをスパスパと言ってみた。

「ドルチェを買い込んで映画を観ながら家でくつろぐのもいいけどさ、たまにはこの街から離れて旅行にでも行くのでもいいかもしれない。ヴェネツィアの街をのんびり巡回とかしてみたり……ふふ、きっと楽しいんだろうな。」

 いいホテルに泊まって優雅に過ごすのもいいかもしれない。でもシニーはギャングのリーダーの妻らしいことはあまり出来ない庶民派だから、民宿的なところでぼーっとしている方が好きかもな。ドレスを着てワイン片手に街の風景を眺めるとか全然似合わないからな、彼女……

「いや待って、もういっそ海外に行くか……?」

 日本に観光で行きたいって言っていたような気がする。スシ食べたいとかウナジュー食べたいとか、カタコトの日本語で力説していて可愛かった。ジャッポーネにいたのにジャッポーネの料理をあまり味わえなかったとかプンスカと怒っていたり、可愛かった。とにかく可愛かった。

「着物を着せて街を歩きたいよな……」

 最早独り言の領域を超えている。ひたすらにあれがしたいこれがしたいばかりが先行してしまって、口からぼろぼろとこぼれ落ちてくる。

「キモノ姿の……ジョジョ……!」

 そしてそれを拾ったフーゴはと言えば、シニーとすり替えてはぼくの方で想像をし始める。しかもぼくの方に視線を向けながら期待の眼差しを寄越してきて……違うだろ?ぼくよりもシニーの方が絶対いいだろ。シニーは運動好きだから体が綺麗なラインだし、着させたら絶対可愛いどころか美人に化けるかもしれないんだぞ?

「キモノを着たジョジョとかあれみたいだ。サムライとかニンジャとか……絶対カッコイイ……プロマイド欲しい……」

 フーゴもフーゴで好き放題にそう言いながら読んだ書類をどんどんぼくの机へ積んでゆく。テンションが疲れているせいかおかしなことになっていないだろうか?疲労が積み重なると人っていうのは壊れている部分に拍車がかかるしな。

(とにかく全部終わらせよう……)

 フーゴが限界となると仕事が上手く回らなくなる。それだけは何としても避けたい。
 この仕事が終わったらぼくに着物を着せて写真を撮影するとか言い出したフーゴを横目に、ぼくはひたすらに積まれた書類へサインをし続けてゆくのだった。




******

 せめて家にいる時はジョルノにいっぱい休んでほしい。ただ本人には伝わらなくて、ちょっとでも難しい顔をすれば私が疲れているっていう烙印を押してくる。
 別に疲れてはいないし寧ろ元気いっぱいだ。だから掃除だって洗濯だってちょちょいのちょいでこなせちゃう。料理だって苦手じゃないから結構楽しい。早く食べられて胃もたれしないようなものを作って……美味しいっていう一言が聞けたらいいなって思いながらの作業は決して苦じゃない。本当はゆっくり噛んで味わって食べて欲しいけれど、忙しいジョルノには無理な話だ。食事らしい食事を摂るよりも多分無駄なく素早く食べて、早く寝られるようにしたいと思う。凝ったことが寧ろ出来ないから、手間がそれ程ないから結構楽に終わるしでどこにも疲れる要素はなかった。

「今日も遅いなぁ……」

 ただ疲れを感じているとしたら、ジョルノがなかなか帰ってこなくて少し待ち遠しすぎる時だと思う。今日はこの話をしたいとか、庭に咲いた花の名前は何ていうのか訊きたい時とか、星空が綺麗で一緒に見上げたいなとか……もう大人なのに子供っぽいことを訊きたいし一緒にやりたいしで気持ちをいっぱいにさせて、ジョルノを待っている時っていうのはいつだってウキウキだ。でもなかなか帰ってこないと気落ちしてしまって気疲れを起こしてしまう。今日は無理だなっていう残念さが気持ちを疲れさせてしまう。
 たくさんの人の天辺にずっといるっていうのは大変だ。しかもジョルノはギャングだから机仕事ばかりをする訳じゃない。その足で現場に行って、そして時には人と対峙をする。私のこんな気持ちの空振りよりももっと疲れているんじゃないかな……そう思うと何だか辛くなってくる。もっと休んでほしい。

(ジョルノは……そういう本音は絶対言わないからな。)

 ジョルノってどれだけ愛しているとかは素直に話してくれるけれど、自分の体調とかの自己申告は絶対にしてこない。すぐに眠って誤魔化してばかりだ。会ったことはないけれど、お義母さんとお義父さんが酷かったらしいから疲れたって言えない癖が付いちゃったんだと思う。凄く複雑だ。夫婦なんだからもっと自分のことを素直に話してくれていいのに。
 ……ってかれこれ思い耽る私だけれども。今日はなかなかお腹が空かなくて、ジョルノと一緒にご飯を食べようと思ってさっきからずっとリビングの椅子に座って待っている。たまには寝る以外に一緒に出来る範囲で何かがしたい。ジョルノのことばかり考えていたせいか食欲が出て来ないから、多分顔を見ながら一緒にご飯を食べられたら一瞬でいつもの私に戻れると思う。
 考えてばかりなのは性に合わない。常にクリアでいないとどうにかなりそう。爆発しそう……だから勝手ながらジョルノに頼ることにしか。それしかなかった。

「ただいまシニー。」

 時計の針だけをただただ眺めていると、夜中の十一時になった頃にジョルノが私が待っていたリビングへと顔を出す。

「おかえりジョルノ!」

 やっと帰ってきた。いつもと大体同じ時間に帰ってきてくれた。
 私は椅子から立ち上がるとジョルノの目の前へと駆け寄ってゆく。真正面までやって来てジョルノを見上げてみると、凄く眠そうな顔をしていて少し心配……

「ジョルノ、お風呂とご飯どっちが先がいい?今日はお湯を張ったから入れるよ?」

 大丈夫、ジョルノの疲れは私が取ってあげるから任せてくれ。
 だからやりたいことを言ってほしい。お風呂に関しては今日は街で売っていたいいバスソルトを買っておいたし、ご飯なんて味付けをジョルノの好みにしたリゾットだ。マルゲリータピッツァみたいにめちゃくちゃチーズをたっぷり入れ込んでおいたから絶対に美味しい。
 いろいろ伝えたいけれど、ジョルノは疲れているから流石に全てを言うわけにもいかない。だから自分の胸を叩いて任せろと表現をして、準備万端であることを伝える。

「ううん……ごめん。お風呂は今日もシャワーだし、ご飯よりすぐ寝たいんだ。」

 しかし疲れっぱなしのジョルノは忙しさが祟っているようで、食べることもお湯に浸かることもしないらしい。

(そう来たか……!)

 お風呂は賭けだったけれど、まさかご飯はいらないっていう選択肢が出てくるとは思っていなかった。どんな時でも食べるのがジョルノだったのに、食べずに寝るだなんて……

「ご飯、いらないのかぁ。」

 いつもならしょうがないねって言えた。言えたけれど今日は特別に気合を入れて頑張ったものだから少し……ううん、結構落ち込む。

「本当にごめん……」

 ジョルノは謝りながら羽織っているコートを脱ぐと、近くの掛けるところにそれを丁寧に掛ける。

「今日はもう勢いを付けていろいろ片付けて凄く大変でさ。」

 勢いがあった私は落ち込みからか体が石みたいに固まって、そのまま視線を落として下を向くと、ジョルノの方に耳だけを傾けた。
 でもそうなのか。ジョルノ、今日は大変だったんだね?いつも大変のはずだけれども今日は口に出すくらい大変だったんだ……じゃあしょうがないよ。本能のままに眠いなら眠らせてあげた方がいいよね。

「お陰で今日のは全部片付いたし、ややこしいものはこれで完了したからね。他は会合とかだからゆっくり出来そうだよ。」

 ゆっくり出来る。それはいい知らせだよね。今までめちゃくちゃ忙しかったから是非ゆっくりしてほしい。

「明日はもう早起きせずで大丈夫だし、起きてからいっぱいきみに甘えようかなって……」

 でも、だとしても……一緒に今ご飯が食べたかったなって思ってしまう。お風呂のお湯は取っておけるしいくらでも同じように張れるけれど、気持ちを込めて作った料理は今日しか食べられない。こんなことを言ったら自分勝手かもしれないけれど……ずっと我慢してきたものだから黒い気持ちは膨れ上がるばかりで、嬉しいのに付き合って欲しかったっていうわがまましか浮かんでこない。自分の自己中になりがちな頭にはイライラさせられるしで何だか嫌な感じ。

「どこか行きたいところとか、やりたいこととかあったら言ってく……シニー?」

 そう、凄く自分にイライラするんだ。そのせいか段々と頭が重くなってきているような気がするし、トンカチで叩かれたみたいな頭痛まで起こってくるしでジョルノの声が遠く聴こえるような気がする。

(眠い……)

 おまけに眠気がきたのか瞼が重たいい……この眠気は落ち着いた安心から?それとも考えすぎてキャパオーバー?よく分からない……視界まで霞んでくるし考えるのを止めたら気が遠くなりそう。関節も急に痛くなってきて立つのもしんどい。

「シニー?どうしたんだシニー……」

 目の前にいるジョルノをよそに、自分で自分に何が起きているのかをゆっくりとその場に座りつつ寝ないように痛む頭を使う。
 前にも似たようなことがあったよね。確かあれは悩ましくなっていて起こしたことで……またジョルノのことを考えすぎて頭が限界になって体がポンコツになったのかな?だとしたら非常にダサいよね。しかもカッコ悪い。絶対に子供かって馬鹿にされるし、成人しているからそんな風にジョルノに思われるのは凄く嫌。

「ごめんねジョルノ……」

 でもどんなに嫌がろうと起こってしまったことはしょうがない。謝るのだって嫌だったけれど、迷惑をかける予感しかしないからこれからを考えて謝っておく。
 元はと言えばジョルノがこっちを向いてくれなくて凄く寂しくて、どうにかして向いてもらおうって、視界に入ろうって頑張ったからこうなっちゃったんだもん。ジョルノのせいにしたくはないけれど、ジョルノのせいでもあるんだよ……理不尽かもしれないけれど、そう思っちゃうくらいに心に今余裕がない。
 
「私……頑張りちゃったみたい。」

 単純すぎる自分には苛立ちしかない。その他大勢にジョルノは目を向けてばかりで、少しもこっちを向いてくれなかったことにも苛立っちゃうだなんて、馬鹿みたいだよね。
 心が狭くなっているくらいにしっかりと構えられない自分が残念で、非常に悔しくて、背中を丸めながら唇を噛む。どう考えたって自分が上手くジョルノと意思疎通が出来ないせいだったのに、丸投げをするようにジョルノが悪いって決めつけようとする自分が嫌いになりそうで、もうぐるぐると考えたくなくて逃げるように目を閉じた。




Bad Reality

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