EX7


 結婚をしたのにジョルノといられるのは夜の眠る時間だけ。キスをしてくれるのは挨拶程度だし、私に触ってくれる瞬間だなんてほんの一瞬。好きだって言う割には最近はドライでとにかく寂しくて、とにかく不安でいっぱいだった。
 口で言うのは簡単だけれど行動するのは難しい。「これでいい」って諦められるような人間じゃないから意地でも今日こそはってなってしまって、ついに勝手に自滅した。馬鹿な自分が招いた散々な結果には、冷静になった今では呆れしか感じない。

「……う、」

 昨日勝手に丸まって固まった後、知らぬ間に私は眠っていたらしい。いつの間にか寝室にいたらしく、毎日見ている天井とこんにちはをする。眠りが浅い時に太陽の光が部屋に差し込んできたみたいで、瞼の裏が少しチカチカしてそのせいで目が覚めた。

(ジョルノは……?)

 体を起こしたのと同時に額に乗っていたらしいタオルが落ちて、それをぼんやりと見つめた後で辺りを見回してジョルノがいるか探してみる。
 仕事に行っちゃったかな?今の時間が分からないからちょっと不安になる。会合は何時からだろう?夜にしても準備があるだろうし忙しいよね……じゃあやっぱりもう出掛けた後かな。

「やっと起きた。」
「!」

 半分諦め気味で広めの寝室を見回して、全部見て落ち込んだ頃に部屋の入口の方に視線を向けたら、ちょうどそこにタイミングよくジョルノが現れる。
 いる。ジョルノがいる……今が何時か分からないけれど、看病をしてくれたのは紛れもないジョルノだったみたい。っていうかこの家にはジョルノと私しかいないから当たり前だった。
 そして現れたジョルノはその続きと言わんばかりに水が入ったボトルを握りしめていて、私の方へ笑顔で歩いてきてくれると落ちたままのタオルを回収する。

「大丈夫?いきなり倒れたからびっくりしたよ……医者を呼んで症状を話したらストレス性の熱だって。メンタルが強いきみでもストレスを感じることがあるんだな。」

 それから私の横に腰を下ろすと額に額を当てて熱を計ってくれて、「下がったね」って私にわざわざ報告をしてくれた。やっぱりあの時熱があったんだなぁ……ストレス性の熱っていうことは知恵熱じゃなかったってことか?いやでもストレスで熱って知恵熱の上じゃない?比べてもしょうがないか……難しいな、風邪じゃない熱って。

「私は頑丈でも鉄人じゃないよ。」

 それにしても私でもストレスを感じることがあるんだなって酷くない?ストレスを感じない人間だなんてこの世にいないと思う。完璧人間のジョルノだって感じる時はあるでしょうが。

「そうらしいね。」

 すぐ近くにあるジョルノの顔を見ながら言えばスパッとそう返されて、ジョルノはくすくすと笑いながら顔を離す。馬鹿にされているのかそうじゃないような、不思議な対応にちょっとムッとするけれど、でも見捨てないで看病をしてくれたのは素直に嬉しいから少しだけ私も釣られて笑顔にはなれた。
 ただそこには少しの心配もある。

「……ちゃんと寝た?」

 看病をしてくれたっていうことはそういうことだ。ジョルノってばもしかしたら私のせいでちゃんと眠れていないかもしれない。だとしたら凄く申し訳なくて、これはジャッポーネで習ったドゲザを使うべき案件で……とにかく非常に申し訳ない。

「ご飯食べた?仕事は?会合なんでしょ?」

 ゆっくり出来るって言っていたのに、私のせいでゆっくり出来ていなかったらと思うと気が気じゃなかった。もう熱が出たのはジョルノのせいとかそんなことを考えている場合じゃないよね?既にそれは「私のせい」に塗り変わっている案件じゃないかな?
 思わずベッドから飛び出してドゲザをしようと身を乗り出す。熱が下がったなら家のこともやらないといけないし、謝ったら即動かなきゃ。洗濯も掃除も買い物も……庭掃除だってしたい。トロイメライでどうにか手早く済ませよう。

「大丈夫。眠気ならとっくに吹っ飛んでるし会合はミスタとフーゴに任せた。ご飯はちゃんとシニーが用意していたやつ食べたし、美味しかったよ。」

 しかしそんな慌てる私に対してジョルノは非常に冷静で、再びベッドへと寝かせつつ毛布を肩までかけてくれながら、安心してくれと言わんばかりに私の質問へと丁寧に答えてくれた。とにかく休めと言わんばかりの態度と勢いに呆気に取られそうだった。自分だって休みたいはずなのに良くしてくれるとか、学生時代のジョルノだったらありえない光景だな。
 それにミスタさんとウーゴに任せたっていうことは……ジョルノはつまり大事な仕事を休んじゃったってこと?休んでゆっくりほしいとは思ったけれど、こんな休みは私が望んだような理想の休みじゃない。私が元気にジョルノがゆっくり出来るように頑張るべきなのに、肝心な時に寝込むとか馬鹿にも程がある。

「ごめんね、本当に……」

 戻されたベッドはふかふかだし毛布も暖かい。自分の体温でぬくぬくなんだろうけれど、まるでジョルノの優しさに包まれているみたいだと思ってしまう。体に染み込むみたいにじわじわと温かみを感じる。まだちょっと熱があるのか涙腺が弱まっているようで、勝手に涙が流れてきた。

「ジョルノは皆のために頑張ってるのに私ってば自分のことばかりで……こっちを見てほしくて、張り切りすぎたらこうなっちゃった。」

 恥ずかしくて顔を手で覆いながらありのままに起こした自分の行動についてジョルノに伝える。言い訳に聞こえるかな?でもね、知ってほしかったんだ。私はジョルノに振り向いてほしくて妻らしく振舞おうとしたんだよって。

「ダサいけど、転んじゃったけど、どうだったかな?ちゃんと妻らしかった?」

 伝わっていたかは分からない。でも伝わっていたとしたら嬉しい。ジョルノにはどんな風に私は映っていたのかな?感想が聞きたくて質問をしてしまった。
 家事をするのは主婦なんだから当たり前だ。ただまだ新米だから本当にジョルノの役に立てているかはずっと不安だったし……魅力的に見られているのかとかだって、ずっと気になっていた。だから昨日はバスソルトのついでにいい香りがするシャンプーだって買ったんだよ?ジョルノの知らないところで魅力的になろうともしたの。

「妻らしい、か……」

 ジョルノの声がするけれど、顔を覆っているから姿は見えない。赤っ恥な姿を晒したせいでとにかく見えたとしても、目だけはどうしても合わせられそうになかった。

「きみはたまに変なこと考えるよね。」

 しかしジョルノは見て欲しかったようで、私の手の上に手を乗せたらゆっくりと手を顔から退かしてしまい……目は逸らそうにも目の前にジョルノがいるものだから、どうしても逸らせなくなってしまう。

「ぼくは妻らしいきみよりもいつものシニーのままでいてほしいと思うんだけどな?」

 そしてそのまま私の手を握ってきたら、目の前にいるジョルノは少し照れくさそうに笑い始めて……はにかんだような表情を私に向けてきた。

「確かにきみはぼくの妻だし奥さんだけど、ぼくが惚れたのはシニーっていう一人の女の子なんだから。ハチャメチャでお転婆で、めちゃくちゃ強気ででも可愛い。そんないつも通りのシニーでいてほしいって思うよ。」
「……」

 話を聞いて、ジョルノの答えを聞かされて。またもや予想外なことを言われたものだから……思わずジョルノを見たまま固まってしまった。

(こんがらがりそう。)

 妻だし奥さん。うん……そうだよね。私はジョルノの妻だし奥さんだ。ジョルノに尽くすのが仕事なんだ。これがずっと答えだと思っていた。
 でもジョルノの答えは違う。私は私のままでいいらしい。出来る妻らしくじゃなくてよかったらしい……まるで努力を砕くような言い草で、なかなか自分の中で消化をさせるのは難しい。ゆっくりと何度も何度もジョルノの言葉を繰り返して再生して、その言葉をよく噛んで、飲み込んで……そしたら段々とジョルノは何が言いたいのかを理解出来るようになってきた。
 つまりジョルノが言いたいのは……本当に言いたいことなのかは別として、こんなに気を張らなくたってよかったんだよってことだ。確かに今更ながらに感じるけれど、この頃は振り向いて欲しさで全力でいろいろなことをこなしてきた。気持ちの部分だって何回も我慢をして、ジョルノの気持ちを汲んだりして自分を封じてきたように感じる。余計な力をいれていつも以上のことをした結果がこれだったんだもん……自分のペース配分を間違えて張り切ってしまったのが今なわけで……いや、だとしても。そうだったとしても譲れないし解せない部分はいくつかある。

「……相手にしてくれなかったのって、私が私らしくなかったから?」

 そもそもはジョルノとスキンシップしたさに始めた事だった。でもジョルノのその話からすると、それはつまり最近の私がおかしかったから避けていたってことにならない?私らしくなかったから見向きもしなかったってこと?
 思わず頬が膨らんでしまう。文句を言う口調で言ったらジョルノはジョルノで目を見開いて驚いたりしていて、まるで何のことだって顔だ。心当たりはないのか?ちょっとまたストレスで熱が上がりそう。元気になったら足の裏思いっきりど突いてやろうか?

「それは……単に気力が残ってなかっただけだよ。」

 私が目を逸らそうとしたタイミング……数条秒間の沈黙の中で、ジョルノは私の言葉をよく噛んで飲み込んだらしい。私の手から手を離したら頬に手を添えてこっちを向けと角度を変えて話しかけてくる。手を繋いでいる時はあまり感じなかったけれど、さっきまで水のボトルを持っていたせいかジョルノの手は冷たい。気持ちがよすぎて頭がぼーっとしてきて……ほだされるな、騙されるなって心の中で連呼した。

「本当はずっと触りたくてウズウズしてた。キスだってもういっぱいしたかったし夜だってきみを抱きしめたかったし、したかったけど体力的にあまりにも余裕がなくて……情けないよ。」

 しかしそんな努力はジョルノの前では水の泡。ジョルノは指の腹で頬を撫でてきて、更に流れるように私の唇を親指でなぞり始める。
 こうやって触ってくれたのは久しぶりで……こ、こんなことをされたら流石(?)の私でもちょっと顔がにやけちゃいそうで……どういう表情をしたらいいのか混乱をし始めてしまう。ジョルノの手は冷たいのにドロドロに私を溶かすみたいに気持ちがよかったりで、感じる全てがちぐはぐでハチャメチャで、もうどうしたらいいのか分からない。

「でもそうか。シニーも同じだったんだね?ぼく達ってば二人でお互い欲しがってたんだ。何だかくすぐったいな、こういうの。」

 ……この言葉と、そう言った時に見せたジョルノの柔らかい笑顔はとにかく反則だった。カッコイイし可愛いし、胸がキュンってなっちゃう……久しぶりに見たよこんなジョルノ……心臓に悪すぎる。

「私も……くすぐったい、です……」

 絶対に狙ってそんな甘い言葉を言ってるでしょ?ずるいよジョルノ。ストレートに「お互いに欲しがってた」だなんて普通だったら言えない言葉だ。ギャングに入ってからキャラが変わりすぎなんじゃないかな。手前のジョルノも実はこんな性格だったりしたのかな?変化を見られず呑気に眠りこけていたのを悔やむ。

(もういいや……)

 どんなに頑張っても今の状態じゃジョルノには勝てない。抗うのは無駄なことだ。意固地になってでもでもだってはもうやめて、素直な自分に戻りたい。
 だってお互いにお互いが欲しかったって知ったら最後、ジョルノに対してくすぐったさしか感じてこないんだ。こうやって触られるのも、ジョルノが実は私を恋しがってくれていたことも。視界に入る要素全部がくすぐったい……ジョルノといるといつだって気持ちよくそう感じる。
 
(変なの。)

 魅力がなくなっちゃったのかなって不安になっていた私は本当に馬鹿だったと思う。ジョルノにこんなことを言わせてしまったことは最低だった。でもこんなの言い合わなきゃ絶対に分からないでしょ?ピースを拾い集めてそれを感じたとしても、どうしたって言葉にしてくれなきゃちっとも安心だなんて出来やしない。つまりは今のこれはお互いに愚かだった……ってことで終わらせても大丈夫。そう思う。

「熱が治ったら……いっぱいキスしてくれる?」

 この熱がちゃんと下がったらいっぱい相手をしてほしい。
 一緒にゆっくりしたいしキス以上だってしたい。ジョルノにいっぱい触りたいし、ジョルノからいっぱい触ってほしい……私ってばいつからこんなに積極的になったんだろうっていうくらいにジョルノが欲しくて今にも喉から手が出そう。

「治らなくたって、」

 そんな欲求不満の私にジョルノは身を乗り出しながら、ベッドの上へ膝を着いたら見合うように私の上へと跨ってきて顔の横に手を突く。

「今すぐキスしてあげるよ。」

 そしてそのまま顔をゆっくりと下ろして、ずっと欲しかったものをついに私に寄越してくれた。

「んん…」

 久しぶりのキスらしいキス。恋人同士がするような、優しくて甘いキス。
 これがずっと欲しかった。こうしてほしくてたまらなかった。スポンジが水を吸収するみたいにジョルノの体温やジョルノそのものを、からからな自分の中に染み込ませたくてしょうがない。ジョルノにも私を染み込ませたくてしょうがなくて、体中がムズムズする。

(全然足らない……)

 ジョルノはずっと優しく触れるだけのキスをしてくれる。それに合わせて口を動かしても決して深くはしてくれなくて、熱がある私に気を遣ってくれているみたいだ。

「ジョル、ノ……」

 思わずジョルノの首に腕を回してもっとしてくれってアピールをする。壊れたっていいし熱がまた上がったっていい。酸素が回らないくらいのもっと深いやつが欲しいって……伝えるために無理矢理顔を私に寄せて、名前を呼んだ。

「シニー……」

 そしたらジョルノはそれに応えるように私の名前を呼んでくれる。被さるように私の体へと乗っかって、密着しながら深くてもっと溶けそうになるキスを寄越してくれた。
 口の中にジョルノの舌が入ってくる。その舌と絡み合うように自分の舌を動かして、一生懸命に私はジョルノを追いかける。お互いにお互いの口の中を行き来して、荒らすように動き回って二人で声を漏らして耳を充たして……今までこんな風にキスをしたことがなくて少しの恥ずかしさもあった。でも不思議なくらい今の私は積極的だったし、とろとろに溶けそうなくらいジョルノとのキスに満足をしている。

「は、ぅ……」
「ん…ぁ……っ」

 酸素以上にジョルノが欲しい。逃げない熱が心地いい。ジョルノの口から漏れてくる吐息がくすぐったくて体がぞわぞわってなるけれど、それはちっとも嫌にはなれない。全部が気持ちよくてたまらないだなんて贅沢なことが起こっている。ずっと続いてほしいって、そればかりぐるぐると頭の中で考えてしまう。

「おわら、ないで……」

 キスの途中、途切れ途切れにそう言いながらジョルノに回している腕に力を込める。
 何分間の世界の間にこんな風にされ続けても、まだまだジョルノがいっぱい欲しいとか……がっつき過ぎだと引かれちゃうかな?でももっとこういう時間を続けてほしいんだ。もうずっとこうしていなかったんだもん。熱が出るくらいに辛かった……それに昂りがちっとも収まらないせいか、勝手に目から星が流れ落ちてくる。嬉しい時に流れる涙みたいにいっぱい産まれてきて、今自分は幸せなんだって証明をしてくれているみたい。だからもっと刻み込みたいの。この幸せを。

「うん……」

 ジョルノは顔を一旦離すと私の服に手を掛けて、ゆっくりと上へと持ち上げる。

「終わらせない。」

 ひんやりとしていたはずの手は燃えるように熱かった。体のラインを撫で上げられると体は正直に悦んで、跳ね上がってそれを受け止めてくれる。

「もっと幸せにしてあげるよ。」

 耳元に顔を寄せてそう囁かれて、首にキスを落とされて……もうこれだけで幸せな気がするけれど、これ以上に幸せなことをしてくれるとかもう、自分で言っておきながら贅沢すぎるんじゃってちょっとだけ不安になりそう。

「うん……」

 でもこれでいい。これがいい。ジョルノと幸せになりたくて私は今ここにいるんだから。そんなジョルノが幸せにしてあげるって言ってくれたなら、決して間違いなんかじゃない。素直に受け止めていいんだ。

「幸せに……してください。」

 この先の未来もきっと、幸せでいっぱいになれる。
 ジョルノはいつだってそっちに向かって走ってくれるから。




Awakened happiness

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