ウーゴがいた病室に私がいた。ナランチャもアバッキオもブチャラティも、眠っている私を見ると皆目を見開いて驚いていた。
「驚いた……マジで驚いた……」
状況が把握出来ない私達は、病室の隅に集まってお葬式みたいな空気になっている。この集まりが既にそう。最早お葬式である。
「どうなってやがる……眠ってるだけみてえだったな。」
「っていうかアレ本当に生きてる?シニー今透けてるじゃん……本当何が起きてるの……」
アバッキオもナランチャも混乱しているみたいで、口々に不思議そうに疑問がっている。いやそれ私が知りたいやつ。どうなっているのって私が言いたいセリフ。
私は透けている。そして今部屋の隅にいる……しかし体はベッドで眠っていて、自分で自分に何が起こっているのか、自分のことなのに分かっていないし分からない。
「矢で射抜かれても死ななかったのか……」
最早驚きのあまりに冷静になり始めていたら、ブチャラティがぼそりと言葉を呟いて、私達はブチャラティの方へと視線を向ける。
「あのシニストラは眠っている。死んでたらまず点滴なんて使わないだろう。」
そう断言をしたブチャラティは部屋の済からベッドの方へと移動して、眠っている私の顔を覗きみ、耳を私の顔へと近付けた。
いやこうやって私の体の今の状況を見せられると恥ずかしいんですけど……ブチャラティに下心とかないだろうけれど、凄く複雑な気分になる……!
「……呼吸もしっかりしているし、何より酸素マスクをしていない。自発的に息ができているところを見た限り、おまえは健康のまま眠っているみたいだな。意識と体が分離された状態になっている状態なんだろう。」
いや酸素マスクを装着していない時点でその予測を立てて欲しかった。慎重なことに越したことはないだろうけれど、私の目が重症でやばい。
「よかったじゃあないか、シニストラ。」
ブチャラティの行動がいちいち心臓に悪いと思っていれば、彼は喜んでいるような微笑みを浮かべる。
「おまえはまた戻れるんだよ、この場所に。」
そう言いながら嬉しそうに言ってくれる。
(生きてたんだ……)
私は自分の胸に手を当てながら、その現実について考えた。
私は八ヶ月半もの間ここで眠っていた。でも気がついたのは今日のこと。それまでずっと矢で射抜かれた場所でこの意識というものは眠っていた。
偶然あそこにブチャラティ達がいてくれたから私は今体を見つけることが出来た。もしも出会えていなかったら……もしかしたら一生、体が死ぬまでこのままだったのかもしれない。
「でも……」
私は今日の出来事を思い出していろいろと考え始めてしまう。
私が矢で射抜かれた後、両親は消されてしまった。ブチャラティは優しい嘘で生きている可能性を示唆してくれたけれど、私は見てしまった。二人がこっちを向いて手を振ってくれている姿を。
「私には、もう帰る場所は……」
そもそも学校の寮は残っているのだろうか?私の部屋はまだあるの?学校の席は残っている?消された二人を考えると私だってこの世界から権力で消されているのでは……
「何言ってんだおまえ。」
不吉なことばかり考え始めていると、アバッキオが不機嫌そうに見下ろしてくる。
「居場所ってモンはな、最初っからねーんだよ。」
「え、」
それは意外すぎる言葉だった。
ど、どういうこと?居場所は最初からないって……?
「アバッキオよぉ〜……混乱してる時に混乱することを言うんじゃあねーよ!」
ナランチャも意味が分かっていないみたいで、私の今の気持ちに同調してくれる。
「居場所ならある。オレらにだって。オレもあんたもブチャラティのそばが居場所だろ?」
そう言いながらアバッキオに突っかかり、低い位置からアバッキオを見上げるナランチャ。
しかしアバッキオは怯むことはない。そのまま自分が言っている意味を私達に教えてくれた。
「それはオレもおまえも自分で居場所を作った『結果』だ。自分らで決めたからブチャラティと一緒にいるんだろーが。トイレが居場所って思ったならその時からトイレが自分の居場所になる。つまりはそういうことだぜ。」
最初の部分はいい答えだと思ったけれど、最後の言葉は全てを台無しにしているような気がする。でもこれは例えばの話だ。トイレを居場所にしたいとかジャッポーネのヨウカイの類かな。
「シニストラ、あんた見てて分かんねーのか?」
アバッキオはそう言って、後ろにいるウーゴと前髪が不思議な金髪の子と、帽子を被った男の人の方を見る。
「アイツらだって消えたおまえを見つけただろ。ジョルノなんて手まで握ってやがる……ありゃあんたが大事だからしてることだぜ。」
言われて私の体の方を見てみれば、確かに椅子に座って手を握ってくれている。大事なものを握るように、優しく握ってくれているように見える。
意識の方の私には分からないけれど、見ていれば分かる、ジョルノは私を大切そうに扱ってくれて……
って、ちょっと待って?
「ジョルノ!?」
アバッキオの口から出てきた名前を聞いて、私は思わず大声でその名前を復唱してしまった。
はい?ジョルノ?あれがジョルノだって?
「何言ってるのアバッキオ?」
ちょっと意味が分からない。だってあれは私が知っているジョルノとはかけ離れた見た目をしている。
「私の言ったジョルノは綺麗な黒髪で、地味な男の子で、胸があんなに開いた服なんか着てなかったし、そもそもあんな派手な格好じゃなくてこう……そう!ブチャラティに近い!果てしなく近い清楚系!」
とりあえず私の知っているジョルノを伝えようと、身振り手振りを交えながら頑張って言葉にした。
「いいや、あれはジョルノだよ。」
しかしその話を聞いたブチャラティは、おかしかったのかクスクスと笑い始める。
「ジョルノはある日突然髪が金髪になったらしい。日本人ではあるが父親の遺伝がいきなり色濃く出始めて姿が変わったんだ。」
「え?」
「聞き込みもしたし目撃者もいるから間違いない。何よりジョルノから聞いた。」
……やっぱり言っていることが分からない。
急に父親の遺伝が濃くなり始めるとか、そんなことって実際に起こりうることなのだろうか?時間を掛けずにどうやったら綺麗な黒髪から癖のついた金髪へと変化を成し遂げられる……意味が分からない……
(いや……もしかして、あれは……)
しかし黒髪から金髪に変わると言う話を聞いて思い浮かんだのは、あの最後の記憶の日に見た彼の黒髪に混ざった一本の金髪を思い出す。まさかあれはジョルノの髪が金髪になり始める予兆だったのか……?
「シニーはね、」
心当たりが闇深くて頭が爆発しそうになっていると、ジョルノ?は突然口を開く。
「消えた日にぼくと約束をしていたんだ。」
そして彼の声によく耳を傾けてみると、それは確かに私が知っているジョルノの声だった。
「一緒に宿題しようって言い出してさ。一緒にやるって時間の無駄だなって思ってはいたけど、彼女って足が速いから断ろうとするといつも逃げてばかりで聞こうともしない。」
……覚えてる。
「ジョルノは……一人でいようとしてたから……」
思わずアバッキオを通り過ぎて、ジョルノの方へと駆け寄った。
「一人は寂しいことだから、私はジョルノと友達になった。」
友達が一人もいない学校に入学して、私も毎日一人だった。友達が欲しいって思った時、目に止まったのがジョルノだったんだ。
「ジョルノは姿勢が綺麗な子で、」
「シニーはじっとしていられない子で、」
「目が合えば真っ直ぐ私を見てくれた。」
「でも進むとしたらいつだって真っ直ぐなんだ。」
ジョルノが私を見つけてくれた。
「ジョルノがいれば大丈夫って信じてた。」
「シニーが手を引いてくれてる間は寂しくなかった。」
ジョルノは眠っている私から目を離さずに、真っ直ぐと見つめてくれる。
「ぼくには今仲間がいるけれど……シニーがいなくなった時、初めて知ったんだ。」
滅多に向けてくれなかった笑顔で、
「あれは全部無駄なんかじゃあなかったんだって。充たされていたんだって。」
ジョルノらしい言葉を教えてくれた。
「無駄じゃない。」それはジョルノにとっては大きな言葉だった。
今まで散々無駄無駄って言ってきたくせに、何でこんな状況でそんな嬉しいことを言ってくれるの?私今触れないんだよ?何も言えないんだよ?ありがとうも言えないのに、何て残酷なことを言うの……
「これで分かっただろ?」
さっきまで不機嫌そうにしていたアバッキオが、優しい口調でさっきの話の続きをしてくれる。
「おまえの居場所は『そう思った瞬間』からもうできあがってるんだぜ。」
それは裏切るような言葉ではなくて、寧ろ信じろと背中を押してくれる言葉だった。
(そっか、)
私の居場所はここにあった。
ジョルノとウーゴが作ってくれた。彼らといられれば、そこが私の居場所になるんだ。
「ありがとうアバッキオ〜!」
「あぁ゛?」
嬉しくてしょうがない。戻っても一人にはならないんだって知ることが出来た。
1思わずアバッキオに突進をして、そのまま細くて逞しい腰に腕を回す。突進をしてもアバッキオはバランスを崩さずに私を抱き留めてくれて、そしてそのまま頭をぎこちなく撫でてくれた。
「こんなところジョルノとフーゴが見てたら殺されるんじゃねぇの?」
「だろうな。オレだったら一度は殺ってる。」
「おいブチャラティ!これは誤解だ!妹みたいなそんな感じのやつだ!」
混乱ばかりした。いっぱい足踏みもした。でもその度に彼らが支えて手を引っ張ってくれた。
ここにも居場所はあるけれど、私は生きている。帰らないといけない。
そう、帰らなきゃ……いけない……いけないのだけれど……
(どうやって戻るんだろう……)
問題はピンポイントでその部分。どうやったら体に戻れるんだろうか。
未だお葬式状態の生きている人達を背に、アバッキオをからかって熱気が出ている生き生きとした死んだ方々達と笑い合いながら思うのだった。
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