26.5


「……」

 シニーが任務に行ったきり帰ってこなくて、玄関で待っていたらいつの間にか寝てしまったみたいで、暗かった家の中に光が射し込んで明るくなっていた。
 別に心配しなくても無事なのは分かる。だが目の前にいないと何でか不安になってくる……日付を跨いでも帰ってこないしミスタの携帯も繋がらずで、まさかとか思い始めたら不安になってしまった。結果ここに居座って眠るって……親の帰りを待つ子供みたいで恥ずかしいな。

「……ん?」

 ぼんやりと床を眺める。毛布の下の自分の手を中から出して立ち上がろうとしたら、何かに塞がれているのか毛布の下から出すことが出来ない。視線を横に逸らしていって隣にある何かを見てみたら……いつの間にかシニーがそこにいた。寝ている間に帰ってきたみたいで格好もそのままだ。

「いつの間に……」

 こんなところで寝ていたら風邪を引いてしまう。起こさないとって思うけど、こいつがいつ帰ってきたのかもいつからここで眠ってしまったのかも分からない。もし眠ったばかりだとしたら、起こすことは可哀相かもしれない……そう思うと何も出来なくて、しばらく彼女の顔を見つめてみる。
 寝顔を見るとあの日を思い出すよ。ジョジョから連絡を受けて、慌てて会いに行った時のこと。
 まさかパッショーネの試験に人知れず巻き込まれていたのだと知った時は罪悪感でいっぱいになった。死んでいなかったことが何よりもの救いではあったけど、目を覚ましていない以上それは死んでいることと変わらなくて……しばらくは空虚感がハンパなかったし、どこまでも「何で」っていう言葉に支配されていた。
 今こいつがここにいるのが不思議すぎてしょうがない……だからかもしれないし違うかもしれない。もちろんナランチャ達のこともあるけど、またいなくなることが怖くて堪らない時がある。
 ジョジョは多分ぼくとの言い合いが途中でめんどくさくなったから、ぼくにこいつを預けた方が黙るし安全だって判断をしてくれたのだと思う。ぼくは安心して住める場所で暮らしてほしいって思っていたけど、こうやって一緒に暮らすようになってからは段々と違ったんだなって思うようになってきた。
 一緒に暮らしたいっていうか……見える場所に置いておけばもう大丈夫だって思ったんだ。だからぼくはこうなるように必死になってジョジョに食らいついていたのかもしれない。こいつが弱っている時にあんなことを……一緒に暮らしてみるかって、口走ったことを本当に叶えようとしたのかもしれない。
 こんなのただの言い訳だよな……痛いくらいに分かっているつもりだ。どう足掻いてもこれはぼくの願望だったことに過ぎないし、一緒に暮らすことを提案したのだってぼくのただのわがままだろうし、気まぐれでもあった。あの時こうだったかもしれないって思うことは今の自分にとっては過ぎたことで、それこそジョジョが言う「無駄」だろう。きっと言い訳をしたらその一言で片付けられてしまう。
 ただ、今だから言えることが、今だから分かることがある。
 この家に誰かが帰ってくることは二度とないと思っていたんだ。でもシニーがここに帰ってくるようになって、「ただいま」って言ってくれることがどこまでも幸せのことのように感じてしょうがない。逆に「おかえり」って言ってくれることも幸せだった。待っていてくれる人がいるっていいよなって、毎日思う。
 どこに行っても帰ってきてくれる。いなくなってもまた戻ってきてくれる……シニーはちゃんとここに帰ってきてくれるんだって。いなくならないんだって。だからもう二度と離れたくないし離したくない。そう思う自分が生まれた。
 ただ今になって分からなくなったこともある。

(女の子、なんだよな。)

 手のかかる妹みたいなものって昔は思っていた。でも本当は違った。シニーは女の子だ……って最近は思ってしまう。
 裸を見たせいだ。こいつは普通にぼくに挨拶をしていたし気にしていなかったみたいだが、ぼくは気になってしょうがない。変に焼き付いてしまって忘れたくてもなかなか忘れられなくて何日経っても困っている。
 どうしてあんなに無防備な姿を他人にも見せられるのかが分からない。いたのがぼくだったからよかったけど、野蛮な人間だったら襲われていたかもしれない。男は怖いんだ。油断した瞬間にいきなり襲ってくる……ぼくも男だけど、教授に無理矢理されたりしたから痛いくらいに男が怖い生き物だってことが分かる。
 シニーは人との距離が近い。誰にでもいい顔をする。人を選んでやっているわけでもなくて、心を開いたら誰とでも仲良くしてしまう。長所だけど短所にしか見えなくなるくらい、何故か心配でしょうがなくなってしまった。
 どうやったら守れるとか分からない。しつこすぎても良くないだろうし、でも何も言わないことも良くないことだ。どうやったら伝わるか考えても全く分からない……ぼくの知っているシニーが知らない人間に見える。誰だと思うくらい、ぼくの知らないシニーがいることに戸惑いしか抱けなくなった。
 ぼくがシニーと仲良くしている人間にヤキモチを焼いているって言われたけど、それは違う。妬くわけがない。心配なだけで、妬いていたわけじゃあないんだ。言い訳に聞こえるかもしれなくても、はっきりとそれだけは言えるよ。
 どこまでも心配でしかない。誰かに自分みたいな目に遭わされるんじゃあないかと思うと過保護になってしまう。守りたくて必死になれば、それはヤキモチだとはやし立てられて……どこまでも分からない。
 女の子のシニーとどう向き合ったらいいのか、シニーは逆にぼくのことをどう思っているのか。こんなこと今まで気にしたことがなかったのに、何で今になって妹みたいなものじゃあなくて女の子に見えてきたんだ……裸を見たくらいで、何でこんなに悩まなくっちゃあいけないんだ。

「……運ぶか。」

 分からないことが生まれても、見方が変わってきていても、多分今更変えたらいけないことだと思う。
 ぼくはシニーを妹だと思わないといけない。そうしないといけないってずっと思ってきた。妹相手だったら口煩く注意だって言えるし、こうやって体に触れる。
 ぼくは触れることを確かめるように寝ているシニーを持ち上げて、部屋まで起こさないように焦らず慌てずゆっくりと運ぶ。シニーの体はいっぱい食べているはずなのに浮いている風船みたいに軽いから、本当に存在しているのかって不安になってくる。
 部屋に入ってベッドに寝かせて、改めて顔を見る。目を開けていないと魂が入っていない人形にしか見えない。ただいるだけみたいな、そんな風にしか見えない。

「おやすみ、シニー。」

 やっと会えた。また話せる。一緒に走れる。一緒に暮らして一緒に笑う。ぼくはそれだけで充分すぎるくらい幸せだ。周りからヤキモチだって言われようが煩いくらい心配するし、困っていたら助けてあげる。妹みたいに可愛がって世話だって焼く……それだけでいい。そうさせてほしい。

(今のままがいいんだ……)

 そう思わないと、ぼくはもうおまえに何も出来なくなってしまうから。




26.5

- 12 -

*前次#





name change