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「昨日からシニーがぼくを避けるんですが、何か知ってたりしませんか?」

 拷問が終わって戻ってきたジョジョに、お茶を出しながら気になっていたことを訊ねる。
 昨日トリッシュと二人きりにさせた後からシニーの態度がどこかぎこちない。そわそわしながら黙ったり、目が合ったらすぐに逸らしたり、でもトリッシュには普通だし……まるで言った通り、ぼくを避けるように朝ご飯は一緒に食べずに洗濯や掃除をしたりで、食に煩いシニーだから明らかにおかしさがあって、少し不気味だった。
 ジョジョに訊けば分かるわけじゃあないけど、彼は変に勘はいい。多分何かを察せるんじゃないかと思って訊いてみた。

「それは……シニーがきみのことを意識し始めたって、ことじゃあないのかな?」

 そして出てきたジョジョの答えがこちらである。

「あのシニーが……ぼくに意識……」

 意識って言うとつまり少しの遠慮を覚えたとかそういう感じだろうか?今更すぎないだろうかそれは。遠慮をしないのがシニーだったのに、遠慮を覚えたら全く違うものになるのでは……だからか、不気味に思ったのは……!

「多分きみが考えてるのとは違いますよ。」

 多分ショックで凄い顔になっていたと思う。ジョジョはため息を零すとお茶を一口飲んでから、「ぼくに意識」の中身を教えてくださる。

「きみのことが好きっていう意味。」

 そして口から出てきた言葉はもっと耳を疑いたくなるような内容で、もっとショックを受けそうで……どんどん眉間にシワが寄っていく感覚を覚えた。

「ぼくのことが、好き?」

 どこをどう見たらそういう風に感じるのだろうか。いや、ジョジョにはまだ何も言っていないからこの中身がどんなものか知らないだろうし……まさかあの家には隠しカメラがあるのでは?って一瞬思うけど、よく考えたらシニーは朝ここで今日のミーティングをした時も、ぼくを避けてミスタの隣に立っていたし、もしかしたらそれを見ていてそう思ったりしたのかもしれない。
 でも、ジョジョの言うシニーがぼくのことが好きっていう話は全く飲み込めそうにない。

(寧ろ嫌われているんじゃあ……)

 避けるっていうのはそういうことから来た行為なんじゃあないのだろうか。目を合わせてくれないくらいのことをぼくがしたのでは、っていう発想しか出て来ない。何かぼくがしでかして少し不機嫌になっているとか……そういう可能性は、次元ではないだろうか?
 そしてそうであってほしいと思いたい。

「凄く困ります、それは。」

 好かれるのは別に問題ないしぼくもシニーが好きだ。でもジョジョの言う「好き」は多分ぼくとは違う好きで、「そっち」の意味だと思う。ライクじゃない方を言っている。

「何で困るんだい?」

 そうじゃないと願うぼくに対して、ジョジョは追い撃ちをかけるように言葉を投げつけてくる。

「きみはシニーが好きじゃないんですか?好きだからあの日会いに来たんでしょう?」

 それはずるい質問だった。どこまでも意地悪で、どうしようもない質問だ。
 だってそれはジョジョにも同じことが言えるだろう。彼はずっとあいつを捜していたのだから。そしてついに見つけ出して、行き場がなかったシニーに手を差し伸べて、行くべき道を創ってあげた。多分ぼくよりもジョジョの方がシニーに向けているものは深いだろうし、ぼくは一度シニーを諦めた過去があるから、その感情を持つことに相応しいとは思えない。
 それに妹としてしか見てこなかった相手を異性として見ることは出来ないし、したくはなかった。

「ぼくはシニーを家族みたいに思ってます。」

 前も改めて思った。兄としてならシニーに触れるし、その隣に並んでいられるって。
 どんなに体が女性らしくなっていっても、裸を見たとしても。そこに「家族みたいなもの」っていう意思さえあればいちいち驚きはしないし意識もしない。危なっかしいからそばに置くのだって妹のように思っているからだし、そう思わないとぼくはどこまでも辛くなってしまうから、ただ思うことはそれ以上でも下でもない。
 それにぼくには爆弾がある。好きを向けられるのはとても怖くてしょうがなくて、それからどうしても堪えられなくて、そういう体になってしまった。

「妹みたいって思いたいんです……」

 自分から相手に触れることは出来る。でも顔が近付くのは怖い。相手に触られると飲み込むまでに時間がかかって頭がクラクラしてきてしまう。シニーが顔を手で挟み込んで来た時も少し硬直して、少し恐怖を覚えた。
 ぼくは家族に捨てられた。家族がいた頃にシニーとは出逢ったけど、最初は女の子として見ていたけど、世話が焼けるせいか妹がいたらこんな感じかなって思い始めて、そこから今に至る気持ちが生まれた。今更向けられているかもしれない異性的な好意は受け止められる気がしない。ぼくにはシニーをただ一人の女の子として見る勇気がない。

「そういう風に見たらいけないんです、絶対に。」

 そうすれば安全だし自分自身が安心出来る。そのポジションにいれば間違いない。そうすればシニーの立場だって守れる。こうであって欲しいと思いたい。

「……フーゴは難しく考えすぎですよ。」

 ぼくが自分の意志を伝えると、ジョジョは少し間を置いてからぼくの言葉に意義を唱える。

「だってきみとシニーはどうやったって兄妹にはなれないし、生まれ変わらない限り無理ですよね。」
「う……」

 それは……痛い意見だ。真実だし心理だし、たった一つの揺るがない事実だった。
 どんなに足掻いても変えられないことがある。それはぼくだって理解していた。ぼく達は元々は他人だし、同じ血は流れていない。

「妹『 みたいな』ってそういう風に見えるってだけであって、ただの他人じゃあないか。凄く無駄だし無謀すぎる。」

 無駄だし無謀。それはジョジョの中でも一番凄い文句の付け方だと思う。最上級を使うくらいくだらないと思われているのが少し辛い。
 みたいなものっていうのは確定ではない曖昧なものだって、ぼくだって本当に、心の底でも頭でも分かっているんだ。

「そ、そう思わないと駄目なんです!」

 それでもそういう風に答えるしかなかった。そのくらい、今の関係でいたいと思うから。

「シニーがぼくみたいな穢れた俗物が触れたらいけないんだ……そう思いますけど、でもぼくよりも穢れた人間から守りたいし、でもどうしたらいいか分からないんです……」

 ジョジョには言うしかないだろうから本音を言うけど、実際はあまりにも身勝手な理由から呪うように、暗示をかけるように使っている言葉なんだ。「妹みたいな子」だって。

「妹だと思ったら一緒に暮らすことだってセーフだろうし、あっちもぼくのことを兄だと思っていたら間違いだなんて絶対に起こらない……だから兄らしく振舞おうと毎日必死で……」

 いつだってぼくは理性と戦っていた。裸を見た時も内心では男らしいことを思ったし、一瞬でも穢れまみれな言葉が浮かんだりもしたんだ。

「女の子だと思う時だってありますけど、こいつは妹だからって思えば何をどうしたって守れるんです……!」

 触れたくたって余計に触れたりはしなかった。宝石を詰めた宝箱に鍵を付けるように必要以上に大事にしていたし、過保護だと思われるくらい煩く口を挟んだり、必死だった、どこまでも。

「そうしないと触れないんです、そうじゃなかったらもう……傷付けそうで……」

 妹だったら間違っても殴らない。嫌なことをされても笑い飛ばせる。もしただの異性だと一瞬だけでも思ったら、触られた拍子に咄嗟に手が出てしまうかもしれない。シニーが怪我をするかもしれない……

「だから無理なんです……」

 そばに置いとくのは妹を心配する気持ちから。一緒に帰るのも妹だから心配で。意識しないようにすれば、そうすればシニーを傷付けない。
 矛盾だらけな自分の意見を並べると嫌気がさしてしまう。妹を守るためとか言うけど、本当は自分を守るためでしかなくて情けない。
 やっとまた会えたのに、今度は毎日そばにいてくれるのに。ぼくが無意識にしでかしてシニーに手を上げてしまうんじゃあないかって思うと……強くなったつもりだし成長をしたつもりだけど、ぼくはシニーのことになると腰が引けてしまう。

「だからぼくは……シニーを好きになれないんです。」

 好きだと思ったらいけないんだ。異性になったらいけないんだ。ぼくもシニーも、兄妹の関係が一番幸せになれる。
 そう思ってしまったら……どっちか一人が一度でもそう思ってしまったら、一気に何もかもが崩れてしまう。


「え……」


 今まで詰んだもの全てがなくなってしまうのは、もう嫌だ。

「……って、」

 ぼくが全てを言い切った時だった。後ろから声が聞こえてきて頭が一気に我に返ってゆく。今の話をもしも聞かれたらまずかったし、今その顔を見たらいけない人間の声だったような気がして、ゆっくりと後ろに振り返ってそいつを見たらやっぱりそこには本人がいて……体から血の気が引いていくのを感じた。

「シニー……」

 凄く怖くなってくる。どこまで聞かれたのかは分からないけど、最初から全てを聞いた訳じゃなくて今の言葉だけを聞いたとしたら……ジョジョが言うようにシニーがぼくをそういう目で見ていたとしたら、全てが本当に終わってしまうような気になってしまって、頭が真っ白になっていきそうだった。

「今の話、どこまで聞いてた?」

 ぼくの代わりにジョジョが立って固まったままのシニーに訊ねてくれるけど、シニーの顔は時間が止まったみたいにぴくりとも動かない。

「シニー……違うんだ、今のは違うんだよ……」

 凄く不安になると人っていう生き物は慌てて弁明をしようとしてしまうのは何でだろう?しかもさっきまで散々たくさん好きになったらいけないとか喚いていたのに、本人に聞かれた途端にどうにか繋ぎ止めようと何度も繰り返してきた自分の意志を揺るがそうとしていた。見苦しいくらいに惨めな気持ちにもなって呼吸が苦しい。

「シニー……」

 とにかく違うんだって言いたい。説明をしたくてシニーに近付いては細い腕を掴もうとする。でもシニーは棒立ちになっていても心はそこにあった。ぼくの腕をよろめきながら避けると、どんどん後ろへと下がっていってぼくから距離を離してしまう。

「ご、ごめん。盗み聞きするみたいになっちゃって……本当、ごめんね。」

 凄く申し訳なさそうにそう言うと、シニーは視線を泳がせながら口元だけを笑わせる。いつもの強気のシニーはどこにもいなくて、そこにいるシニーはただただ震えている。泳いでいた視線をそのまま下に向かせたら床に雫をぽたぽたと降らせる。
 様子を見ていれば分かる。後ろの言葉しかこいつは聞いていない。言葉を選んでずっと接してきたつもりだったけど、ついにぼくはやらかしてしまった……手じゃなくて、言葉で傷付けてしまった。

「……」

 あんなことを聞かれたら弁明だなんて通用しない。シニーは頑固なところがあるから、こうと決めたらそうとしか思わないところがあるから落とし込むにも時間がかかる。だからどうしたら正解なのかも分からなくて、ただただ見守るしかなかった。

「……追いかけなきゃ、よかったかな。」

 でも次の瞬間にはそれが間違いだったことを悟る。

「シニー!」

 シニーはそう言うと、出口に向かって猛スピードで走り去ってゆき、この場所からいなくなってしまった。




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