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「……眠れない。」

 部屋の中はちょうどいい暖かさだった。毛布もふわふわしていて気持ちがいいし、シーツもいい匂いがする。このぬくぬくに包まれたらもうすぐに真っ暗闇に落ちるはず……なのに、最近はほぼ毎日同じことをぐるぐると考えてしまって夜はなかなか寝付けない。

(夢だったらどうしよう……)

 ウーゴと分かり合って、付き合うようになってからずっと考えてしまう。何日経っても一度思ってしまえば不安は付きまとってきた。夢じゃなくてこれは現実だってちゃんと分かっているはずなのに、ふとした拍子にウーゴと好き合っているこの瞬間は実は夢で、まだ私はあの日のまま眠っているんじゃないだろうかって……違うって分かってはいても、それでも一度でも考え始めたら心は落ち着かない。変なざわつきが芽生え始めると頭はちっとも眠くなってはくれない。なかなか寝付けない子供みたいな気分。
 ひたすらにずっと眠っていたのはもう随分前のことなのにおかしいな?どうして今頃になってこれは夢なんじゃって不安がっちゃうのかな。今が凄く幸せ過ぎるから?今までだってずっと幸せだったのに、何で今更……って具合で同じことを何度も何度も考えちゃうの。その度に頭は覚醒してしまう。明日仕事なのにこんなんで大丈夫なのか……

「……ダメだ。」

 このままじゃいけない。そう思った私はベッドから起き上がると上着を羽織って部屋から飛び出して、リビングの方へ行くことにした。
 こういう眠れない時は甘いもので心を落ち着かせるのが一番だ。確かココアがあったはず……この前無性に飲みたくなって魔法の粉(言い方)を買ったばかりだし、ちょっと飲んで気分を落ち着かせよう。
 リビングまでやって来ると棚に置いてある自分のコップに手を伸ばし、ココアの素を入れたら牛乳をトポトポとゆっくり入れる。ホットミルクでやりたかったけれどちょっとめんどくさいとか思ってしまって……我ながら雑に作ってしまった。もう美味しけりゃ何でもいい。出来上がったら近くの壁に寄りかかりながら落ちるように床に座り、私はゆっくりとそれを飲んで

「シニー?」
「んぶっ!」

いこうとしたけれど、声が降ってきたことにびっくりしてしまい、口からちょこっとココアを零してしまって……服が、床が汚れてしまった。
 そう、突然横からウーゴが音もなく現れてめちゃくちゃ驚いてしまった。だってウーゴってば前髪が長すぎて顔にかかると綺麗なお化けにしか見えない……っていうのは言い訳かもしれないけれど、とにかく怖かったり驚いたりしてコップを落としかけた上変な方に入ってむせちゃって苦しいことになってしまった。

「ちょっ!大丈夫か!?」

 ウーゴは私と視線を合わせるようにその場にしゃがみ込むと、近くにあったフキンを片手に汚れた私の服を拭いてくれる。空いている手は背中に回してくれてさすってくれて、優しさを感じてちょっとドキドキしちゃいそう……ってなっている場合じゃない。めちゃくちゃそういう空気じゃないよね?

「だいじょ、ぶ……」

 とにかくココアをホットにしなかったのは正解だった。熱々だったら今頃とんでもないことになっていただろうな……特にウーゴが。大袈裟過ぎる手当を施そうと今頃走り回っていたと思う。
 落ち着いてきて息苦しさが消えて来ると、私は持ったままのコップを床に置いて上着を脱ぐ。この上着を着ていたおかげで幸いにも寝間着は汚れずに済んだ。無駄な洗濯物が一枚で済んでよかった……。

「はぁ……ごめん、迷惑かけちゃって。」

 ウーゴを見上げながらそう言うと、ほぼ空になってしまったココアを一気に飲み干してから私はにっと笑う。

「ウーゴも何か飲みに来たの?ココアあるよ?作る?」

 何でウーゴが来たのかは分からないけれど、リビングに用事っていうと大体は何かを飲みに来たかつまみ食いをしに来たかのどちらかだと思う。特にウーゴには前科があるし……あの時のアイス、美味しかったなぁ……

「いや、トイレの帰りに寄ったらきみがいたから声をかけただけだし……いいよ。」

 ウーゴは床を拭きながらそう言って、綺麗にしたらそのままフキンを近くのシンクに投げ入れて私の隣に腰を下ろす。ボトッていい音がしたから中にちゃんと中に入ったらしい……ノーコンっぽいのにノーコンじゃないんだな、ウーゴって。

「……戻らないの?」

 それはそれとして何で私の隣に座ってしまったのだろう?トイレに寄っただけなら別にもう部屋に戻って眠ればいいのに……ウーゴは私と違って眠れるはずだ。
 そう思って訊ねてみると、ウーゴは真っ直ぐ前を見ながら質問に答えてくれる。

「今ので目が覚めたよ。」
「……」

 あ、ああー……そうだよね、あんな盛大にココア零してむせている私なんて見ちゃったら目が覚めちゃうよね!って考えながら思う。私、めちゃくちゃドジを踏んだよなって。ココアを噴き出すところを好きな男の子に見られちゃうとか……

「本当ごめん……」

 醜態を晒してしまった上迷惑もかけた。これから眠るはずだったのに頭を起こしてしまって凄く申し訳ない……深々と頭を下げて、そのまま膝を丸めて顔を埋めてウーゴに謝罪をする。

「気にしなくていい。それよりぼくこそいきなり声をかけてごめんな?」

 でもウーゴは怒らない。ウーゴは私の頭に手を乗せるとそのまま撫でてきて、自分からも謝ってくれる。手付きが優しくて気持ちがいい……ちょっとの恥ずかしさを溶かされてしまったみたいに凄く落ち着く。ベッドにいる時よりも安心出来るし、多分ココアを飲んでいる時よりも落ち着けそう。

(……夢じゃ、ないんだよね?)

 ここにいるウーゴも頭の上のウーゴの手の温もりも現実で、私はもうあの日に取り残されていない。ちゃんと起きているんだっていうのを肌を伝って感じることが出来る。何よりウーゴが私を見て名前をしっかりと呼んでくれたから、誰にも言葉が届かない世界にいるとかそういう心配も感じなくなる。考えすぎだったかもしれないって思い始めてきた……単純さが多分私の強みなのに、その単純さを捨ててしまっていたような複雑な気持ちになってきた。
 ウーゴの手は私の頭から下りてくると、今度は私の手の方へと伸びてくる。手の平が合わさるといつも通り私から指を絡めてゆき、その後に続いてウーゴもしっかりと指を絡めて繋いでくれる。時間さえあれば度々こうしている成果もあってか、最近はいきなりアームレスリングは始まらないし呪詛も唱えない。ちゃんと日に日に変わっていくウーゴを見ていると心を許してもらうまでの努力を思い出して懐かしくなってくる。

「……夜って長いな。」

 膝を丸めるのをやめてその場に脚を伸ばし始めていたら、感じたままの感想みたいなものをウーゴがぽつりと漏らす。

「そう、だね……」

 夜はまぁ……起きていたら長く感じるかもしれない。寝る以外することがないし、朝にならないと仕事だって貰えないからどうにか暇も潰せないし、ウーゴは仕事人間だから尚更こういう時間が苦手なのかも。

「昔は眠れないとな、ブチャラティとナランチャと一緒にトランプとかしたんだ。」

 そうだねしか言えなくてどうしようかと悩んでいたら、ウーゴはくすくすと笑いながら昔の思い出を私に教えてくれた。

「ナランチャは顔に出やすいし、ブチャラティも負けそうになるとイカサマをしたりでいろいろ大変だった。楽しかったけど盛り上がりすぎてさ……次の日はみんな使い物にならなくて、アバッキオに叱られたな。」

 ナランチャが顔に出やすいのは何となく分かるけれど、ブチャラティがイカサマをしようとするのはちょっと想像が出来ない……だってあの人正義感強そうだもん。どうしたってズルは許せない人種なんじゃないの?

「シニーが考えてること分かるよ。ブチャラティはイカサマはしない人って思ってるだろ?」

 私が考えていたことを当てたウーゴは、「ぼくも最初は疑った」と言ってからことの真相を教えてくれる。

「あの人はあれでもギャングだから勝つことに手段は選ばない。ナランチャはイカサマをされても気が付いてなかったけど、ブチャラティはそういう人さ。」
「……」

 そう、か。ギャングだから手段は選ばないで勝ちにいったのか。ブチャラティって変なところで自分の中のギャング魂を燃やしちゃう人だったんだな?いや、ただの負けず嫌い……?
 それにしてもだけれどこの家にはナランチャも住んでいたんだね、やっぱりギャングになったら家には帰れなかったのかな?お父さんとの仲が悪かったって言っていたし、そもそも仲がよかったらギャングになんてなっていなかったよね……今度この家で二人の痕跡でも探す遊びでもしてみようかな。ちょっとでも生きていた姿を知りたいよ。

「ウーゴが楽しそうでよかった。」

 それはそれとしてとにかく思う。私の目の前からいなくなったウーゴがここで、堂々と幸せを感じながら元気に過ごしてくれていたことが何よりも嬉しいって。頼られたり頼ったり、心が許せる仲間と出会えていたことを知って今もの凄く安心を感じる。

「今も充分楽しいよ。」

 ウーゴは笑いながらそう言って、前に屈むと私の顔を覗き込んでは頬に手を伸ばしてくる。

「シニーがいてくれるから毎日楽しい。」

 その手が頬に触れたらくすぐったくてしょうがない。何かをなぞるみたいに触ってくるから身動がせだらウーゴはもっと楽しそうに笑うしで、何だか恥ずかしくなってきた。思わず顔を逸らすけれどウーゴはすぐに私の顔を前へと戻そうと片手で引き寄せてくるしでちょっと困る……しかも横から前へと移動をしたと思ったら人の脚の上に乗ってきて、体中で逃がさんと言わんばかりに私を囲って見つめてきて、もっと困ったことになってしまった。

「ウー……ゴ?」

 少しの間見合うようになる。沈黙が長くて思わずウーゴの名前を呼ぶけれど、ウーゴの表情はぴくりとも動かない。ウーゴの綺麗な紫色の瞳は私のことをジッと見つめていて離してはくれない。

「シニー……」

 黙ってウーゴのことを見ていれば片方の手も伸びてくる。両頬を包み込むように優しい手付きで撫でられて……少しでも意識をそっちに向けるとウーゴに全部持っていかれそうだ。心臓が煩いくらいに鳴り続けているし、ウーゴにこの音を聴かれたらとか聴こえているんじゃとか思い始めたら気が気じゃなくなってきてしまって、意識が飛んでしまいそうなのを必死に抑えようと、体に力が入ってしまう。

「……好き。」

 そんな私の切羽詰まった気持ちを知ってか知らずか、ウーゴは更に私との距離を詰めてくる。顔を近付けながらそんなことを言われたらたまったもんじゃない。改めるように言われるとちょっと照れくさい。

「わたし、も……」

 言うまでもなく私もウーゴが好き。心臓が今にも口から飛び出しそうなのを抑え込みながら、ウーゴと同じ気持ちだということを改めてウーゴに伝えようと好きの「す」を言おうとして口を開くけれど、次の瞬間にはウーゴが言葉を遮るように私の口を塞いでしまう。

「……」

 それはいきなりだった。

(これ、は……)

 一瞬これは何だろう……って思ってしまってこれが何なのかが落ちてこなかった。でもウーゴが目の前にいて、顔がゼロ距離にあって、髪の毛が顔にかかってくすぐったいとか一個ずつ感じるままのものを消化していったら、ようやくこれの答えが生まれて。段々と頭の中で慌て始めて気が狂いそうになってくる。

(キスされてる……!)

 まさかこのタイミングでされるとは思わなかった。醜態を晒した上ウーゴなんてトイレ帰りで、雰囲気とか全くなかったと思うし……ココアが散布されちゃったのを見た後でよく出来たよな……とにかく心の準備とかしていなかったから驚きしか感じない。ココアを飲んだから味付けは大丈夫とか馬鹿な考えが浮かんだけれど、一体それのどこが大丈夫なのとか一体何を考えているのかちっとも分からない。ただウーゴを受け止めることしか出来なくて、ただただされるがままの今の現状に少し複雑な気持ちも抱き始めてしまう。
 っていうかウーゴってば大丈夫なの?いつもしたいよなーって話はしても、本当にしようとかそういう流れにはなったことがなかったのに。されて嬉しいことよりもウーゴが大丈夫なのかが凄く心配だ……でもしたくなかったらしないだろうしって思うと、大丈夫なんだなって少しの安心が芽生えてくる。

「ふ……ぁっ、」

 ウーゴは何度も何度も離れてはくっ付くキスを繰り返す。どうしたらいいのか分からない私はただされるだけで何も出来ない……ウーゴに触れたくてもウーゴが怖がったらどうしようって思い始めたら手は出せないし、積もっていくのはどうしようもないもどかしい気持ちばかり。自分の服を掴んでウーゴを触りたい衝動を抑えるけれど、指先がむずむずして凄く不安になってくる。これでいいのか答えが分からない。

(あつい……)

 キスをされているって思うだけで顔も体も熱くなる。ウーゴの吐息が漏れて顔にかかるとくすぐったさで体が強張って、緊張をして、胸が苦しくなってきて意識がどこかに飛んでしまいそうだ。

「んぅ、……」

 脚を動かしたくてもウーゴが乗っているから動かせない。緊張しちゃっているせいか上手く息も吸い込めない。鼻で吸って吐いてもそれだけじゃ足らなくて少し口を開くけれど、開いたら開いたでウーゴは舌を口の中へと侵入させてきて、私から貴重な酸素を奪おうとその中で暴れ始めた。ウーゴの舌が私の舌に絡まってきたらもう頭は大混乱状態だ。味わうように、飴玉を転がすようにどこか楽しげにウーゴはキスをひたすらに続けてきて、これに終わりがないんじゃないかとか思い始めたら不安にもなってきた。
 でも不思議なことに、キスをされていくうちに気持ちはどんどんウーゴの方へと惹かれてゆく。まるで坂道を駆け上がった時みたいに苦しいのに、でも甘いものを食べた時みたいなほっぺたが落ちてくるような幸せな気持ちも感じてしまって、何だか凄く複雑だ。体は溶けちゃいそう。その感覚が段々と変に心地よくなってくる。頭で考えることよりも感じるものに身を委ねた方が楽なことを覚えたら、辛いは幸せに変わっていく。
 ウーゴがいる。キスをしてくれている。私なんかを愛してくれて、それを今私は精一杯受け止めている……凄く変な感じだけれど、これは夢じゃなくて現実なんだと思ったらもっとウーゴでいっぱいになりたいとか思い始めてしまって、気持ちを抑えきれなくなりそうだった。

「……」

 体の中でくすぶる何かに堪えていたらウーゴは唇を離してしまう。その間には私の気持ちを代弁するみたいに名残を惜しむキラキラした糸が引いていた。自分とウーゴの唾液だって知ったら段々と理性も戻ってきて、とんでもないことを考え始めていた自分に急激に恥ずかさを覚えてしまって、羞恥で紅くなっていると思われる自分の頬を手で覆い、思わず冷却しようと必死に触る。

「と、トイレ帰りに、キスとか……!」

 いやそうじゃない。トイレ帰りはともかく初めてのキスが濃厚すぎて、冷静になった頭では上手く受け止めることも消化させることも出来ない。照れくさすぎるのとパニックとで思わず口から出てしまった。

「いやだって……何か急に込み上がってきたんだよ、きみにキスがしたいなって。」

 ウーゴは言い訳をするようにそう言うけれど、声は全く悪気がない様子だしで何の説得力の欠片が見当たらない。ムシャクシャしてやった、みたいな発言をされたらもうロマンすら感じなくなっていった。
 ウーゴが短気なのは知っていたけれど、まさかこういう時にも発揮させるとは思いもしなかった……結構積極的なんだな、ウーゴって。

「うう……」

 初めては映画みたいなのがいいなって何となく思っていたから少しの残念さを感じてしまう。トイレ帰りのウーゴにココアを噴き出した私……私だけかな、マヌケみたいとか思っちゃうのは……

(でも……)

 なんだかんだ思うことはある。でもウーゴとのキスに至るまでの道のりを考えたら、今までのことをいっぱい考えたら別に私達はシチュエーションとかにこだわらなくてもいいのかもとか思いもし始める。そもそもハイスペックでかっこいいウーゴに好かれているっていうだけで、それは充分すぎるくらいの幸せを神様から貰っているんじゃないだろうかって思ったら……何だっていいやってなってきた。
 大事なのは今ここでウーゴとキスをしたっていう結果と事実だ。着々と私達の仲は進んでいることをウーゴと私で証明した。今はただそれだけでいい。

「キスして思ったけど、やっぱりシニーと教授は別だよ……好きな人とすると全然気持ち悪くない。」

 私が頬から手を離したら、ウーゴは立ち上がると突然冷蔵庫の方へと歩いてゆく。中から何かを取り出したら再びこっちに戻ってきて……目の前に座るとそれを私に見せてきた。

「寧ろもっと……って思う。」

 手に握られていたものはイチゴのジャムの瓶。何故ってなるし意味が分からない……って考えてからこの前自分が言ったことを思い出して、血の気が段々と引いてゆく。ウーゴは私の気持ちを知ってか知らずか蓋をゴリゴリと音を立てながら開けると、指でジャムを掬い上げてそれを私の唇に容赦なくいっぱい塗り込み、再び顔を近付けてきたら啄むようなキスをしてきた。

「……っ、」

 気のせいかな……何だかさっきよりも激しいような気がする。わざとか分からないけれど啄まれる度に音を立てられて、リビング中にそれが響き渡っているみたに感じてしまって、ただでさえキスになれていないから音が増えたことでどうしようもなく恥ずかしくなってきてしまう。耳を塞ぎたくなって手を動かしたら気が付いたウーゴにそれを阻まれてしまって音を遮断させることが出来なくなってしまい、ただただ直に聴こえる音をひたすらに聴くしか方法がなくなった。

(こんなウーゴ見たことない……)

 怖くないって分かったら途端に人は変われるんだなって思った。人が触る度に呪詛を唱えていたくせに、今のウーゴは別人みたいに私に夢中になってキスだなんてしている。
 ウーゴはジャムを舌で舐め取っているみたいで私の唇を這い回る熱と感触を与えてくる。そのまま自分で食べるつもりでいるのだと思っていたけれど、ウーゴはそんな普通な行為をするつもりはないらしい。舐めたら私の口の中へと舌ごとそれを押し込んできて、一緒に中で舐め合わせて楽しんでいるみたいで……ココアじゃ足らなかったのかな?それとも本当にあの時思いつくままに言っちゃったせい?だとしたら次からは思っても声に出して言っちゃダメだな……って呑気に考えるけれど、頭はほわほわしていてすぐにそんな決意も掻き消されてしまう。

(きもちぃ……)

 初めての私をウーゴは置いていくみたいに好き勝手にやっているけれど、口の中が甘くなってくると置いてかれてるとかそんなことはどうでもよくなってくる。ウーゴが言う通り、確かにこんな蕩けるようなキスをしちゃったらもっとってなるかもしれない……ウーゴの初めては気持ち悪かったんだろうなって思うとちょっとしょっぱさも感じたけれど、多分ウーゴは今、必死になって私で上書きしているんだろうなって思う。だったらされるがままでもいいやってなってくるし、好きなだけ触れて欲しいなって思えてきて、抵抗する気力を失った体からは力が段々と抜け落ちていった。

「……っと、」

 何秒の世界じゃなくて多分何分の世界だったと思う。長いこと壁に寄りかかってウーゴのキスを受け止めていたけれど、ウーゴの顔が離れたのと同時に腰が砕けたみたいで力が入らなくなって、ウーゴの方へとそのまま頭が落ちていったかと思った次の瞬間には体にもたれ掛かるように倒れ込んでしまった。ウーゴは落ちてくる私を抱き留めると優しく背中を摩ってくれて、大丈夫かって心配をしてくれる。優しくてちょっと泣きそう。
 どうやら私はキスをしているに夢中でろくに息が出来ていなかったらしい。酸欠になっているようで頭がくらくらしてきた……走っている人間のくせに呼吸の管理も出来ないとかちょっと笑えたけれど、再びやってしまった失態の申し訳なさの方が勝ってしまって全く笑えそうにない。キスで倒れるとか凄く恥ずかしいしあっちゃいけないことなのでは……

「ごめんウーゴ……今日は、もう……」

 これ以上続けても多分ウーゴの期待には応えられない。そう思ってウーゴに正直に限界を伝えると、上から笑い声が降ってくる。

「そうだな。今日はもうやめておこう。」

 ウーゴはそう言うと私の体をゆっくりと持ち上げて、そのまま廊下へと出て私を部屋まで送ろうとしてくれた。

「少しずつ慣れていこう。時間がある時とか────」

 リズムよくルームシューズの擦れる音とウーゴの優しい声を聴いていたら段々と瞼も落ちてきてしまって、ようやく今までやって来なかった眠気がやってくる。耳も遠のいていってウーゴが何言っているのか分からない。でも優しさだけは伝わって、安心感に包まれたような気持ちになった。

(ウーゴは……いい、の?)

 抱えられているのも段々と忘れていく。侵食するようにやって来た暗闇の中に落ちていくように、私はそのまま眠りに落ちていった。

 ねぇウーゴ?私ね、遊んでいる最中に出会った男の子とまさかこんな深い仲になれるとは思ってもみなかったんだ。ウーゴはかっこいいからきっとトリッシュちゃんみたいな素敵な女の子と幸せになるんだろうなって……何となく思っていたから、未だにこれが現実だってことが信じられなくなる。ここが夢の世界のように感じちゃうんだ。
 何でウーゴは私を選んだのか不思議だし、私から触ると怖がるウーゴを見る度に思う。不安になって言いかけそうになったこともあるよ。だから今日、ウーゴが私に触れてめいっぱいキスをしてくれたのが嬉しかった。今いるこの世界はちゃんと現実だよって刻んでくれたみたいで凄く今充たされて幸せだよ。

「私なんかで、いいの?」

 もしウーゴが同じ質問をしたら「ウーゴだからいいんだよ」って即答出来る。ウーゴだからいい。ウーゴじゃなきゃ嫌だ……って、伝わっていたら嬉しいな。
 だからウーゴも同じ答えだったらいいなって思うよ。

「シニーだからいいんだよ。」


 そしたらきっと、もう何も怖いものなんかなくなるんだろうな。




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