「シニーが可愛すぎる……」
もう何度感じたか分からない感情を言葉にしながら、ぼくは机の上に頭を乗せてため息をこぼす。
「おまえ今日それ何度目だ?」
ぼくを見たミスタは呆れた様子でそう言いながら、ジョジョに書類を渡して突き返されていた。おまえのそれも今日何度目だって言ってやりたいが、別に今はどうでもいい。ミスタのことよりもシニーに想いを馳せていたい。
「だって可愛いんだ……本当に……」
毎晩一緒のベッドで眠り、毎朝一緒のベッドで起きる。抱きしめてキスをしたら笑ってくれるのがとにかく可愛くてたまならない。大人しくぼくの腕の中に収まっている姿も可愛くてたまらない。行為をしている姿すら……可愛くてたまらない。何もかもが可愛いんだよ。
「幸せみたいでよかった。」
ジョジョは可愛いしか言えないぼくの方へと視線を向けると、にこやかな表情を浮かべながら柔らかく言い放つ。
「ただ集中力が足らないのは困るよ。いざという時に判断が鈍ったら大変だからね。」
「……」
中身はめちゃくちゃドスが利いた内容だった。
確かに……最近は気持ちが緩みがちで上手く切り替えが出来ていないかもしれない。作業中にシニーのことをこうやって考えてしまったり、シニーが同じ空間にいたらもう触りたくてしょうがなくなったりで、最近は「いざ」がないから弛みに弛んでいるように思える。ジョジョが言うことは事実だった。
「すみません、切り替えます。」
ダメだな、ぼくとしたことが……言われてハッとした。ぼくの今の優先順位は目の前にいるジョジョだ。シニーにもそう伝えている。仕事は仕事、プライベートはプライベート……シニーのことはアジトを出てから考えるって決めていたのに、仕事中に浮かれてしまって何て失態を……
とにかく今やっている仕事を終わらせるため、ぼくは集中するべく頬を思いっきり叩く。目を覚まさないといけないから、強めに少し叩いてしまってジリジリと痛い。
(毎日幸せすぎるよな……)
シニーと両思いになってからずっと幸せなことしか起きていない。触れてくれることがとにかく嬉しいし、触れられる今が凄く尊い。夢心地の中にいるように毎日に終わりがどこにも見えなくて、いつまでも続くものだと当たり前に思ってしまう。
ぼくのものになったんだよな……ジョジョのものでもミスタのものでもなく、ぼくのシニーなんだ。他人を避けて生きるようになっていたぼくにブチャラティがくれた居場所には今、この世で一番避けたくなかった人がいる。隣に置いて、一緒に生きているんだ。それは幸せ以外に思い浮かばない感情で、溢れてしまったら止まらない。口から気持ちがこぼれてしまうともうエンドレスにそれは続く。
シニーに好きって言われると嬉しいを通り越すんだ。こんな気持ちを抱いたのはシニーが初めてで、自分でも人を愛せたんだと思うと自分のことも少しだけ好きに思えてくる。一度は諦めたくせにな……諦めても貫く覚悟を決めてからは、決してそれを恥ずかしくは思わない。
(今日は早く帰ろう。)
早く帰ったらたまには二人で映画でも観ようかな?シニーが好きなファンタジーの新作とか……まずはSFとファンタジーの違いを教えないといけない。多分どっちも好きって笑うんだろうけどさ。
こうやって一つずつ楽しみを増やす。プライベートに踏み込まれるのはあまり好きじゃあないくせに、シニーと共有し合いたいって思うぼくがいることにももう慣れた。シニーがいれば怖いものなんてないと思うんだ。
「ジョジョ、この書類ですが……」
早く終われと願いながら、ぼくは日々の仕事と向き合った。
******
メローネのお願いを聞いてすぐにそれを叶えてあげた後、彼はお礼を言って誰もいないアジトからいなくなった。
「後のことはジョルノに任せよ……」
彼曰く、このイタリアのどこかに……多分最後にいたフィレンツェ辺りに、眠ったままの自分の体があるらしい。お墓に向かった時ようやく出会えた仲間には「お前は生きているんだから」って言われて上には行けなかったとか言っていた。私と似たような境遇だったのかなって一瞬は同情をしたものの、眠っている理由を訊ねたら内容がないよう自業自得すぎたので呆れたししょうがないと思った。
兎にも角にも私が出来るのは彼の道標を創ってあげることのみ。後はメローネ自身が頑張るしかない。生きろって周りに言われたのなら、何としてでも生き抜いてくれと思うけれど……あとはジョルノから裏切り者判定さえ受けなければパッショーネで平和にこの先もやっていけるんじゃないかな?どれも彼の生き方次第だと思う。
「終わったぁ……」
今日浮かんだやり残している用事はこれで終わってしまった。後はジョルノにメローネの生存を報告して……ついでに美味しいものでも食べて帰ろうかな。
私は空になった室内から出ると、そのまま玄関の方へと歩きながら、ウーゴに持たされた自分用の携帯でジョルノへと連絡を取ろうとする。携帯はそろそろ持たないとなぁって悩んでいたらウーゴが高性能なやつを買ってきてくれて助かった……蓋が付いてるからドジをして水をこぼしてもいくらかはマシだろうって。選んだ基準は機能よりもデザインだろうなーって思った。
「えっと、番号……番号の出し方……」
まだ操作に慣れていなくて、いじる度に歩く速度が落ちてしまう。まず普通の電話と違って携帯電話はボタンが小さくて押しづらい。皆よくこんなの使いこなせるよね?私が時代に乗り遅れているだけか?寝てたもんね?
「……これでよし!」
使い方に戸惑って、やっとの思いで電話画面にジョルノの携帯番号を出す。通話ボタンを押しながら扉を開けて外へと出た
ちょうどその時だった。
「見つけた!」
「え……!」
前触れなんて何も無い。雨が降ってくるみたいにいきなりだった。前がいきなり見えなくなって、身動きまで取れなくなって……私のさっきまでの平和な世界は何者かによっていきなりぶち壊されてしまう。
「んん……!」
って、待って待って!見つけたぞって?何?前が急に暗くなるとかどういうこと?顔に何かを被せられたみたいだし纏っている空気がもわもわしているし……一体何が起きているの?
どうしてこうなっているのかは分からないけれど、被せられている何かからは変な匂いがしていた。この匂いは本能的にやばいって分かるし、でも暴れたいけれど急に力が入らなくなってきて動かすことすらままならない。立っていることが辛くて床に膝が勝手に落ちるしで抵抗すら出来なくて、ひたすらに慌てることしか出来ない。
「こいつが例の?」
「ああ、間違いない。」
改めて声を聞こうにも知らない人の声で、私の知り合いには明らかにこんな人は存在しなかった。しかも間違いないとか言っている辺り私に狙いを定めていたみたいだし……実はつけられていたかもしれない恐怖を覚えたけれど、私はここに来るまで複雑に歩き回ったはずだ。しかも走っていたしどうやったって辿り着けない。
(まさか……)
そうなると来ると分かっていて「張っていた」可能性が高い。
状況判断はしっかり出来た。ミスタさんとの訓練の賜物だ。でも力が入らない以上……目が開かなくなっていく以上、スタンド能力を使うのも厳しい。トロイメライは目の中にいるし、肝心の目だって何かのせいでしっかりと塞がれているし……これは多分、何をどうしたって抵抗するのは無理だった。
(なんで……)
分からない。どうしてこうなったのか、ぼーっとする頭でいくら考えても分からない……
「目だけは傷付けるな。刺激も与えるんじゃあないぞ……スタンドが出ちまうからな。」
(目……?)
目を傷付けるなって、スタンドが出るからって?どういう意味……
(ダメだ……)
分からない。私のスタンドの存在を知っているのは一部の人しかいない。でも知らない人は知っている……何で?何でとどうしてと分からないしか浮かばなくて、壊れたみたいにぐるぐると頭の中で繰り返していた。
(ごめん、ウーゴ……)
何でこうなっているのか意味が分からないけれど、こうなったことを心の中でウーゴに謝る。ウーゴにいつも注意はしろって言われていたのに、電話に気を取られて気を付けられなかった。
通話ボタンは押している。ジョルノがもし出ていたら、喋らない私に異変を感じるかもしれない。
「……」
どうしてこうなったかはともかく助かる可能性はある。現状がよく分からないまま、私はあの日のように真っ暗闇へと落ちていった。
******
「もしもし?シニー?」
ひたすらに今日の仕事をこなしていたら、ジョジョの携帯電話にシニーからの着信が入ってきた。
(ぼくじゃないのか……)
少し残念だ……禁断症状みたいに声が聴きたいと思い始めていたからぼくの携帯電話に着信が来なかったのは若干寂しい。とりあえず聞き耳を立てながら作業に集中をして、とにかく次に向かうためにペンを走らせる。
「シニー……?もしもし……?」
しかし立てていてもジョジョは大したことは言わなかった。シニーかもしもししか言わないし、ちらっとそっちを見てみても、表情はピクリとも動かない。首を傾げながら電話に耳をくっ付けているばかりで何の変化も見られなかった。
(何かあったのか?)
自分から電話をしておいて喋らないみたいな、そんな感じだろうか?もしもしとシニーだけで会話が成り立つ訳がないし、ジョジョの顔付きも段々と変わっていっている。明らかに空気がおかしくなっていて、只事じゃないようなひんやりとしたものを感じてきた。
「どうかしましたか?」
気になりすぎて手を止めてジョジョに訊ねてしまう。仕事に集中出来ていないとまた怒られてしまうかもしれないが、そんなの関係ない。だってシニーは電話を与えたら大喜びで、いろんな人にかけまくっていたんだ。ジョジョだってそれを知っているし、あのシニーが喋らないのは誰でも分かるくらいにおかしなことだったから、疑問を抱いたって普通のこととして思われるはずだ。
「分からない……変な物音が聴こえてきて……」
「物音?」
「ちょっと静かに……」
おかしいことを既に感じていたジョジョは向こうから聴こえる物音に耳を澄ましているようで、ぼくの方を見ながら人差し指を自分の口に当てると静かにするように促してくる。
物音……例えばポケットに入れて間違えてボタンに触れてかけてしまったとか、そういうアクシデントだろうか?だがそうなることは非常に難しいはずだ。シニーに与えたのは間違えてボタンを押さないように蓋が付いている仕様の携帯だ。普通に考えてみても、蓋を開けない限り電話をすることは出来ない。
「ジョルノ、少し話せるか?」
ぼくらが疑問になって静けさを保っていると、亀の中からポルナレフさんが現れて一方的にジョジョへ話を寄越してくる。
「おれのコンピュータでまとめていたシニストラのデータなんだが……この前SPW財団に送ったものが、あっちのコンピュータから勝手に消えてしまったらしい。」
「え……」
それを聞いて、ぼくとジョジョは顔を見合わせる。
ポルナレフさんがまとめていたシニーのデータは……確か、スタンド能力についてだ。ついこの間ディスクに写したものを研究員にジョジョが手渡した。その場での確認だってしたし、研究員もそれわわ見ている。だからそれが消えたというのはまずはありえないことだった。
「それと言い出しっぺの研究員もいないらしいんだ。まさかとは思うが……」
「……」
言い出しっぺの研究員がいない?そしてディスクからのスタンド能力のデータが消失……更には電話をかけたくせに一言も喋らないシニー……
(まさか……)
いや、そんなまさか。シニーのことだしきっと通話ボタンを押したまま隙間に落としたとか、そういうドジをやらかして今電話を拾おうとして音を立てているのかもしれない。それとこれを繋げるのはよくないし、考えたくもない。
「……今聴き取れた。」
ジョジョはポルナレフさんの話を聞いてから顔色を変えて電話に耳を傾けていた。難しい顔をさせながら耳を澄ませて……そして向こう側から何かを拾うと、立ち上がって言い放つ。
「相手はシニーの目を狙っているようだ。」
まさかなことを、聞きたくなかったことを聞かされる。
「電話が切れたから回線は辿れない。ポルナレフさんはミスタに連絡をして呼び戻してください。フーゴはシニーの私物を今持っていたら貸してほしい。すぐ追跡しましょう。」
頭の中が真っ白になって、ジョジョの言葉をしっかりと聞きながらも少しの間マネキンのように固まってしまう。
(目……?)
どうして目を狙っている?しかも何でまたSPW財団の人間が絡んでくるんだ?この前シニーの資料を提出したあの時に全ては片付いたはずなのに。危険性はないことを証明したのに、どうしてシニーは狙われている?
トロイメライはシニーの瞳の中に存在をしている。瞳に刺激を与えると本体は飛び出してくるものの、普段は憑依をしているかのようにくっ付いて離れはしない。その住処を奪おうと狙っているのは……まさかな憶測しか出てこない。
「フーゴ、早くして。」
考える。頭の中でとにかく考える。でもどうこう考えたって電話の向こう側ではもう起きてしまっている出来事で、どうしようもないことなのに考える。
とにかく追いかけて取り返さないといけない。シニーの私物ならぼくの机の上にある今使っていたペンがそれだった。使いやすいなって話をしたら貸してくれて今に至っている。貰ったんじゃあないから彼女の私物で間違いはない。
「どう、ぞ……」
ぼくは震える手でそれを差し出して、何で休日を合わせなかったんだと後悔をした。
(ぼくがもし一緒にいたら……)
どこまでも不安で悔しくなる。矢に射貫かれて眠っていたシニーが脳裏に甦ってきて、もしまたそうなったら……それ以上のことになってしまったらと思うと怖くてたまらない。
(ごめんな、シニー……)
起きてしまったこと、今日に限ってこんなことになってしまったことを、ぼくは心の中でひたすらに謝る。出来るだけ詳しく形にしろって言われた時に少しでも疑えばよかった……興味を惹かれる内容が入っていたのなら、こういうことも予測して削ればよかったんだ。これはぼくの招いた失態だ。きみはどこも悪くない。
短い夢心地はこの瞬間に終わってしまい、残ったのは無慈悲な現実だけだった。
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