シニーがいなくなってすぐにジョジョは追跡を始めてくれた。ミスタが外から戻って来たらシニーがいる場所へ車を走らせて向かい始める。
「港の方向に生命は飛んでいったようですね。建物に二つ、生命エネルギーを感じます。」
ペンから鳥に姿を変えた生命は、アジトから直進して港の方向へと飛んでいったらしい。とにかく確実に素早く情報を手にするには、道を必要としない羽が必要だった。走る生き物だと目立ってしまうし相手に情報が漏れて、最悪シニーが殺されてしまう可能性もあるからという説明の元で鳥は選ばれた。
だが正直今のぼくはそこのところはどうでもいい。
(シニー……)
とにかく心配でしょうがない。さっきまで可愛い可愛いって幸せな言葉しか出てこなかったのに、今は口を開いたら自分を責める言葉しか出てこない。言ったらそれが本当になってしまうような気になって、窓の外を眺めながらとにかく口を閉じている。
危険だと思う任務には絶対に行かせなかった。あのパーティー会場の一で絶対に連れていかないようにって……気を配っていたつもりだった。避けられない危険な任務には必ずミスタが着いていたから安心ではあったものの、プライベートの時間を確実に危険から遠ざけることは難しい。心配だから一緒に住むことを選んだのに、守れなかった今のこの状況は凄く悔しかった。どうにかして防げなかったのかっていう後悔しか浮かんでこなくて、生きた心地がしないんだ。
「フーゴ、気にしてもしょうがねーよ。」
前で運転をしているミスタは慰めのつもりか声をかけてくる。
「こういうのってどこかで危険を避けてもな、廻り廻って返ってくるんだ。それがたまたま今日だっただけだぜ。」
「……」
いや、全然慰めになっていない。
廻り廻って返ってくる?っていうことは、ぼくがひたすらに危険から守ってきたことは間違いだったってことじゃあないか……起こるままのそれを受け止めさせていれば、今頃シニーは無事でここにいたって、ミスタの理論だとそういうことになる。
「ミスタ、余計なことは言わないで。フーゴもこれは何度も言うけど絶対にきみのせいじゃあないから。」
「いや、だってよォ〜……」
「黙らないとレクイエムしますよ。」
「怖いからやめて!」
ジョジョがご親切にミスタの言葉を遮ってくださるが、たとえこの誘拐事件がぼくのせいではなくたって、今までが順調すぎた分どこまでも自分のせいのように感じてしまう。もっと落ち込んできて、再び景色の方に目を向けて不安を抑えようと更に必死になった。
そして風景を見て、少しだけ昔のことを思い出して……気持ちが少しだけほぐれる。
(ここは……)
ちょうど今車が走っているのは昔シニーと走り回った道だった。馬鹿みたいにシニーは速くて当時の自分はしょっちゅう見失ってしまい、固まっていたら慌てて戻って来てシニーはぼくの手を引っ張りながら、ゆっくりとこの道を走ってくれたんだよな……いつも追い付けなくて大変だったのを昨日のことのように覚えている。
今のこの状況は少しだけその時と似ているように思えた。先に行ったシニーを追いかけて、今そっちへと向かっている感じ……昔みたいに慌てて戻ってきてくれたりしないかなとか、淡い期待があったりもするけど多分それも難しい。
「神に祈るしかねーのが辛いよなぁ。」
懐かしさと歯痒さで再びどうにかなりそうになっていると、ミスタがまたしょうもない言葉をこぼす。
でもまぁ、確かにな……神がいるとは思わないが、いるのなら助けてくれって思ってしまうよな。シニーのことを助けてほしい、って……都合よくこういうピンチの時になると考えて祈ってしまう。
ぼくはまたシニーを諦めたくない。もう絶対に手放さないって決めたし、決めている。
神がいるかは分からない。だが空の上には確かに存在をしている人達がいる。祈りとか願いとかここから届くかだなんて分からないけど、都合よく頼るのもどうかと思うけど……多分今が頼る時だとそう思った。
(シニーを、彼女を守ってください……)
ブチャラティ、アバッキオ、そしてナランチャ……誰でもいいから助けてくれ。そう念を飛ばす。
祈るように手を合わせてそのまま指を組む。頭にそれをくっ付けてとにかく無事であって欲しくて、とにかく願う。生きてまた会いたくて、また抱きしめたくてたまらない。シニーに対してとにかく生きて帰ってきてほしい、生きるために助けてほしいことをとにかく願った。
「……ん?」
数秒、数分……ただ願うばかりだったその最中、手の中に何かゴツゴツした感触を覚えてぼくはそれをやめる。虫でも入ったのかと思ったが感触は明らかに虫じゃあない。チクチクと何か突起のようなものを感じて……
「まさか……」
あの時の「あれ」とよく似ている。そんな感触だ。
ぼくは慌てて組んだままの手を剥がすと中に入っていたそれを見て、そこにあった希望を見て引いていた血の気が段々と戻ってきて胸がトクトクと脈を打つのを感じる。
(星だ!)
そう、そこにあったのはあの日ぼくに悪夢のようなものを見せてきた、あのオレンジ色の星だった。
あれから一度も目にしなかったのに、いきなり現れるってどういうことだ?でもこれはシニーの星じゃあないって本人だって言っていたし……一体どこの誰が創ったものなのかが分からない。正体が知れない謎の星だった。
だとしても、もしもこれが偶然にもシニーと同じ能力を使える星だとしたら……きっと願いが、望みが届くような気がする。
「ミスタ!車を止めろ!」
ぼくは慌てて運転席のミスタにそう言うと、座席シートを掴んで早くしろとせがむ。
「あ?小便か?」
「違う!とにかく早く止めてくれ!」
このタイミングで小便はないだろう。キレそうになったが堪えてとにかく道の端に急停車をしてもらう。車が止まるとすぐにぼくは外へと飛び出して、その手の中でじっとしている星にシニーのように望んでみた。
「トロイメライ……」
聞こえるかは分からない。届く可能性すら分からない。
とにかくシニーとまた一緒にいたいから、これからもっと幸せになりたいししてあげたいから。だからどうか、あの子を助けてあげてほしい。
「ぼくは、望む。」
ぼくの代わりに、ここにいるみんなの代わりにシニーの助けになってくれと、ぼくは望む。
見せたいものを見せる。それがトロイメライの能力だ。だが気持ちの昂り次第ではそれを超える力を発揮する……スタンドっていうものは、そういう性質を持っている。
星はぼくの望みを聞いたのか、心の祈りを聞くと宙へと浮かび上がってゆく。そしてそのまま光り輝くと、オレンジ色のキツネへと姿を変えて、勢いよく上へと走ってゆき空に消えていった。
やっぱりあれはシニーのトロイメライの星……なのかもしれない。纏っていた光がどこか優しくてそっくりだったように感じる。
「頼んだぞ。」
これは気休めかもしれない。でもきみはシニーのことを助けてくれた。あの日死ぬかもしれなかった彼女の運命を変えたんだ、その力で。
「フーゴ、今のは……」
「説明は後でします!急ぎましょう!」
あのキツネには空色の目があって、それはシニーと同じ色で。きっとその先に辿り着くために創ったものなんだろうなって……そう信じてぼく達は先を急いだ。
******
「日本ではキツネは化けて人を驚かすらしい。」
寝る前にウーゴが話してくれた。何がきっかけでこの話になったかは思い出せないけれど、ピタリとくっ付きながら優しい声音で言っていたから頭の中にこびり付いている。
「どうやって化けるの?」
ジャッポーネのキツネは化けることが出来るんだな……凄い。実は妖精だったりするのかな?トロイメライみたいな感じ?
凄く興味が湧いてきて、胸を躍らせながらウーゴに訊ねる。ウーゴはジョルノと同じくらい何でも知っているし本当に凄い人だ。いつも尊敬をしてしまう。
でもウーゴはそれを知らないようで、苦笑いを浮かべながら言っていた。
「ごめん、ぼくにも分からない。」
「……」
それを聞いた時少し気持ちも下がったのを覚えている。よくよく考えてみたらウーゴがジャッポーネの話をするのは初めてだったし、多分ジョルノから聞いた話だったのかもしれない。もしかしたら本で知ったことなのかも?実際に見たわけじゃないならそれじゃあ分からないよね……
「……もし、トロイメライが化けられたらさ、」
私は話を切り替えるようにもしもの話をする。
キツネの姿のトロイメライがもし何かに化けられるとしたら、どう私が望んでも創れないものになって欲しい。そう話したらウーゴは笑いながら頭を撫でてくれた。
「シニーが望むなら、きっと出来るよ。」
暖かくて気持ちがよくて、ベッドはふかふかで幸せで……こういう毎日が続いてくれたらどんなによかっただろうかって、目を覚ましてから思い始める。
(ここ、は……)
そう、目を覚ました。確かにしっかりと目を開けて、ちゃんと目を開けているつもりだった。景色だってしっかり見えるのだけれど、開けてみて瞬きをしてみても何でか違和感を感じて……周りを見回しても何かが変で、段々と不安に駆られてしまう。
薄暗いここはどこかの小屋みたいで、網とか魚を入れるボックスみたいなものが雑に置いてある。でも匂いには違和感があった。消毒液みたいな、病院とか保健室の匂いがして少し気持ち悪い。そんな場所で手足を動かそうと力を込めるけれど、何故か鉛みたいに重たくて体は言うことを利いてはくれなかった。
体が動かないのは理解したけれど、視界の違和感だけが取り残されたように拭うことが出来なくてしょうがない。ただ不思議なことに片目だけ……右側の目はしっかりと見えるけれど、左側は全く見えない。ただただ真っ暗な世界が広がっている。
「トロイ……メライ……」
とにかくここから逃げ出したくて、私は望もうとトロイメライを呼んでみた。
「あれ……っ?」
でもトロイメライを瞳から感じることが出来ない。いつも使う時は目頭が熱くなるのに、はずなのに、それすらも全く感じなくておかしさに戸惑う。
鉛みたいに重たい体も見える世界が片方しかないことも、何もかもが不気味だった。胸にぽっかりと穴が開いたみたいに空虚感さえ感じてしまって、まるで一人になったような気分になって何だか寂しい。
「起きたようだな。」
怖さを覚え始めていると、後ろから知らない声が聞こえてくる。振り向こうにも力が入らないから動けないし、唇が震えて喋ることも出来ない。自分の体なのに体のことがよく分からなくなってきている私がいる。
「きみのスタンド能力……トロイメライだったか。目に余る行為を見かけたんで、使えないようにさせてもらったよ。」
後ろから聞こえてくる声の主は、低音の声音で喋っている。聞いたことがないのに聞いたことがあるなって思い始めたら、頭の中に場面が突然浮かび上がってこうなる前に聞いた声を思い出した。
(そうだ……)
この声は私が眠る前に聞いた声と同じだった。確か目がどうとか言っていた。
「つか、えない……ようにって……」
使えないようにするということはこの目を塞ぐということだ。布を巻いたとかきっとそういうことをしたのだと思う。
喉を絞るように声を出して、震える口を頑張って動かして何とかして男に訊ねる。話しかけるのは凄く怖かったけれど、黙っていたら何をされるか分からなくてもっと怖くなるから頑張って勇気を出した。
「きみの目を、抜き取らせてもらった。」
「は……?」
そしてその中身は一度聞いてしまったら最早恐怖しか生まれないもので。男は見せるように近くまで来てしゃがみ込むと、瓶を私の目の前へと置いてくる。そして瓶の中に入っていたものを見たら途端に血の気が引いて、気持ち悪さが増していった。
そこにあったのは確かに目で、空色をした瞳で見覚えのある色で……鏡の前で毎日見ているそれだった。抜き取られてそこにあるのが不思議でしょうがないし、自分の目玉が抜かれてしまったことには最早ショックしか感じない。
「この目の中にスタンドがいるのだろう?きみの瞳に棲み着いているそうじゃあないか。ロマンチックだな。」
ただただ言葉を失って、目の前にある自分の目をジッと見つめていたら、男はため息混じりに勝手に話し始めてくれた。
「フィレンツェに死に損ないのスタンド能力者を見つけたんだ。そいつにおまえのこれを埋め込んだらどうなるのか研究者として実験をしようとしたんだが、おまえがさっきそいつの魂を送り出してしまって丁度いい被検体が消えてしまってね。研究員はみんなこれに嘆いていてしまって……せめて目だけは貰っていこうってことにしたんだよ。」
中身はどこまでも勝手すぎる。しかも今「研究員」って言った。スタンドの研究をしているとなると、この世にある組織として当てはまるものと言えば、私の知っている限りだとSPW財団しかいない。メローネの存在をどうやって知ったの?もしかしてSPW財団系列の病院にメローネはいるの?
考える前から既に怖い。目の前にある自分の目とか不気味に笑う男とか……いつの間にか知られていた自分のトロイメライのこととか、何もかもが怖くてたまらなくなって震えが止まらない。
(目をどうにかしなきゃ……)
引っこ抜かれたあの目玉って、ジョルノの能力で元に戻せるかな?トロイメライが出せなくなるのは困るし、何より段々と息苦しさを覚え始めてかなりしんどい。多分トロイメライの方が弱っているのだと思う。あの子は私の分身だから、辛いのが体に伝わってきているような……そんな気がする。
鉛みたいに重たいのは多分目を抜く時に使ったかもしれない麻酔のせいだ。話を聞いていたら大分体も軽くなってきたし、手足が動けば多分どうにかなるはずだ。幸いにも目玉が入っているのは瓶だから、叩き割って刺激を入れれば今見えている片目に住処を変えて使えるようになるかもしれない。
体を起こそうと脚に力を入れて、もぞもぞと床で動かす。曲げた反動で起きられるかもしれないとか淡い期待を持ちながら、とにかく脚力馬鹿の私は必死になった。
「逃げようったってそうはいかない。」
「ぐっ!」
でも頑張っていたら脚に刃物のようなもので切りつけられた上刺されてしまって、再び動かすことが叶わなくなってしまう。
「うう……」
痛い、凄く痛い。おかげで頭が完全に覚醒したけれど、痛いのは凄く苦手だからもう苦痛でしかない。
「おまえはここで死ぬんだよ。証拠隠滅はしっかりしないとな?ギャングなら分かってるだろ?」
「……」
こいつ最低だ……そんな時にギャングのいろはを騙るとか……こんなクソみたいな人間がいるから世の中はよくならないんだよな。それとも脳みそに花でも咲いているの?だったら一生治らないかもしれない。
(どうにかしなくちゃ……)
考えろ。とにかく考えるのを止めたらダメだ。痛いのはもうどう抗ったって変えられないし、何かここから抜け出せる方法があるかもしれない。
あの瓶を最悪割れたらいい。そしたらトロイメライは開放される。
(……トロイメライ、)
一か八かというか、もう悪あがきだった。
(聞こえる?トロイメライ……)
話しかけたところでしょうがないけれど、望みを聞いて叶えるのがトロイメライだ。魂で繋がっているのがスタンド能力ならきっと、声が聞こえなくたって心で話しかけていれば届いてくれる。
(星をいっぱい出して。その瓶を中から割るの。)
もう目玉はどうなったっていい。無事に戻れればもう何だっていいからとにかく出てきてくれ。
「あ?急に黙って何をしてるんだ?」
「!」
肩で息をゆっくりとしながら瓶の方に視線を向けていると、気に入らないらしい男が髪を掴んで私の体を持ち上げてくる。
やばい……痛がるフリでもしておくんだったかもしれない。必死になりすぎて相手に刺激を与えるような顔になってしまっていたみたい。
「おまえがどうしようが勝手だが、スタンドに話しかけたって無駄だ。こいつは割れない素材で出来てるからな。」
「……」
でもこれのおかげで男の顔がようやくはっきりと見ることが出来た。男は若くもなければ老けてもいない特徴がない顔でパッとしない人間だ。そのせいかもしれないけれど、どの記憶を引っ張り出したってこんな奴のことなんか知らないし見覚えすらない。
「余計な真似をするならもう一度眠るか?もうすぐ迎えの船が港に来るからな。小屋ごとおまえも燃やしてしまおう。」
男は瓶を近くのボックスの上に置くとポケットから注射針を取り出して、それを私へと向けてきては抵抗する間もなく乱暴に首へと無理矢理射してくる。
(痛い……)
神経にまで針が到達をしたみたいでめちゃくちゃ痛い。痛さのあまりに片目から涙が出てきて温かさが頬を伝った。男は乱暴に手を振り下ろすと私を床に叩き落としてからまた何かを被せてきて、あの変な匂いが鼻を掠める。
……トロイメライは何で出て来てくれないの?どうして私のピンチなのにまだ瞳に引きこもっているのか……もう一人の自分なのにトロイメライのことが全く理解が出来なくて、この状況のせいか何だか裏切られたような気分にさえなってきて、胸が苦しい。
(無理だ……)
多分これで私は終わる。死んだら皆は私の骨を拾ってくるだろうかとか、変な心配までし始めていた。
(トロイメライ……)
その目はもう君にあげる。だからせめて、私が焼け死ぬ前にどうにか外に出てきてほしい。見えなくても頑張って熱いところから離れてほしい。
「ウー、ゴ……」
ただ残念なのは、もう二度とウーゴに会えないことかな……また触れなくなって、声も二度と届かなくなってしまうのは、ちょっと嫌。
(これから……だったのに……)
キスしてくれた。好きになってくれた。私を受け入れようと頑張ってくれた。もう一度出会えたことは、何よりも嬉しかった。
(出来ることならウーゴのお嫁さんになりたかったなぁ、)
こんな願い、今浮かんだってもうどうしようもないのに……感謝だけはせめて伝えたかったけれど、それすら無理そう。
「ごめ、ん……」
私は、私の意識はここで終わる
はずだった。
「……まだ、諦めんのは早いぜ。」
(え……?)
突然言葉が耳に入ってきて、私の意識は真っ暗闇から浮き上がるように呼び戻される。
声が、喉の奥から声が出てくる。麻酔と匂いのせいで力が入らなくなってきているはずなのに、口が勝手に動いて、しかも勝手に体まで動き始めて、自分の意志とは真逆に下にあった体は床から起き上がった。
(なに、これ……)
凄く今奇妙なことが私の体に勝手に起こっていた。もう何もかもを諦めてたはずなのに、それに抗うように勝手に体は動きだす。私の体なのに体じゃないような、不思議な感覚だ。私の体は痛みに抗うように脚に力を込めて、さっきまで出来なかったことを軽々とやって退けてしまった。
「なんで、動いてるんだ……貴様……!」
男は私のそれに驚いているようで、持っている瓶を両手で隠しながら目を見開かせて白黒させている。
「ん?「オレ」のこと?」
(オレ!?)
そしてそんな男を見ながら私の口からは「オレ」とかいう言葉が出てきて……体が動くのを確かめるように、腕をブンブンと振り回していた。
ど、どういうこと?オレって誰だよ貴方。私の体は一体どうなっちゃったんだ?主導権を取り返したくても体は別の動きをしちゃってこの体を返してくれないし……これは一体……
「ずっと上で見守ってたんだ。」
最早意味が分からない。今喋っているのが誰なのかも分からないしで混乱しかしない。私の中にいる誰かの意志は、私の声で自分のことを頬を掻きながら話し始める。
「ブチャラティとアバッキオとこの状況を見てたんだよな。代われるなら代わってやりたいしおまえのことブッ殺してーってずっと思っててさ……諦めてほしくねーけどオレはもう死んでるからここに行けないしでよォ〜、早くフーゴ来いよってとにかく願ってた。」
ブチャラティとアバッキオ……私の中にいる意志は、噛み締めるようにもういない二人の名前を出す。
「でもな?上手くいかねーんだ。だって電話だって持ってないしましてや体だってないし。オレらって役立たずじゃんって……悔しくてしょうがなかった。でも急に腕を引っ張られるみたいな感覚が来てさ、見てみたら何かオレンジ色のキツネ?がいて……気が付いたらここにいた。」
(……)
どういうことかは分からない。でも多分、トロイメライが何かをした?私の望みとは関係なしに、自分の意志で彼を引っ張ってきた……のかもしれない。ただトロイメライはオレンジ色ではないから違うかもって不安はある。
「い、言ってることがさっぱりだぞ……盛った薬でイカれちまったか?」
男はありえない私のこの様子を終始慌てた様子で見ていた。そりゃあそうだよな、私自身も慌てるくらいこの現象は凄く不気味だしさっぱりだ。身も心もボロボロでもう無理なのに、勝手に動いているのだから。
「不気味なんだよクソガキがァー!!」
男は懐に隠し持っていたらしい拳銃を取り出すと、震えた手でこちらに向かい、引き金を引いては弾を射ってくる。
「ミスタが言ってたぜ。焦りを覚えると人は狙いを定められねーんだってさ。」
どんなことを考えてみてもどうしてこうなったかは分からないけれど、中に入っている意志のおかげで体が動く今、トロイメライを取り返すことが出来る。そんな気になってきて、死にそうだった気持ちが段々と戻ってくるのを心で感じた。
これならきっと、皆の元へと走っていける。帰れる望みがやっと見えた。
「いくぞシニー!」
私がいつも通りの前向きな自分に戻り始めると、私の中にある意志は私の名前を呼びながら、力いっぱいに両腕を横に広げて目を閉じる。
(うん……!)
分かる。感じる。私を引っ張ってくれるこの感じ……ブチャラティとアバッキオのそばにいたのは笑顔が太陽みたいなあの人だ。
今私の中にいるのは
(ありがとう、ナランチャ!)
あの日私を見つけてくれたナランチャだ。
私の中に来てくれたのがナランチャだと知った途端、嬉しくて気持ちが昂ってきて、ふつふつと言葉にならないような力が湧いてくる。
(不思議……)
無いはずなのに左目があったところが暖かい。瓶の中にある私の目はまだ私の一部でいる……まだ体に繋がっている。そんなありえないような気にさえなってくる。
ナランチャは息を吸い込むと、静かに吐き出すように私の声で言い放つ。
「『トロイメライ』……」
そう祈るように、高らかに、
「『オレは望む』!」
私が初めて言った時と、同じように。
「……!?」
ナランチャがそう望んだのと同時に、男が持っている瓶はパリンと音を立てて割れる。瓶が割れるともちろんのこと男の手から私の目玉が下へと落ちてゆき、そのまま無慈悲に床へと向かっていく……のだけれど、途中で何故か私の目玉は閃光弾みたいに光り始めて、私の方へと飛んできた。
「ぜってー許さねえ……」
そしてそのままナランチャが広げたままにしていた私の腕にそれは勢いをつけてやって来ると、何かが飛ぶような音が……飛行機かな?びゅんって風を切る音とプロペラみたいなバリバリ音が耳を掠めてきて。それが後ろを通り過ぎたら前髪が巻き起こった風によって揺れ動く。その瞬間片方しか見えていなかった私の世界は『全て』を見渡せるようになっていた。
(目が……)
多分これは……トロイメライの新しい能力、なのかな?見える景色にはちぐはぐさがあって、右目と左目で見えるものが違う。右目は目の前にあるものを、左目は宙を舞う何かの視線……集中して凝らして見てみると、そこに私の頭が映り込んできて、そういうことかと理解した。
(そう、か……)
これはトロイメライの「目」だ。さっきあげるって心の中で言ったから、多分言葉のままに飲み込んで私が無事でもそのまま貰って自分の物にしてしまったのだと思う。右にナランチャの世界、左にトロイメライの世界って何だか不思議な感覚だ。
そんなトロイメライは今、私の中にいるナランチャの望みの姿となってその力を発揮しているらしい。私はトロイメライにお気に入りの目を渡したからもうあの星は流せないし、そうなると今までのあの能力は通用しない。だから多分、トロイメライは星を産んでからその星を材料に自らが化けるような仕組みを創ったんじゃないだろうか……全部憶測でしかないけれど、ナランチャとリンクをしている今だから察せる情報で、浮かんできてそう感じた答えはこれしかなかった。
ウーゴの話をさっき思い出した影響かもあるかもしれない。キツネだから化けられるっていうのもなかなか安直すぎる発想のように思うけれど、それでこそトロイメライだと思う。夢の中のように、望んだものを叶えてしまうとんでもない存在なのだから。
「エアロスミス!」
ナランチャは自分のスタンドに化けてくれたトロイメライをそう呼ぶと、男に向かって射撃攻撃をし始める。
「ひぃ!!」
その狙いは的確だ。私が刺された脚と同じ箇所、そして注射を射してきた首……更には私が失った左目までを狙って何度も何度も撃ち込んで、男をどんどん蜂の巣にしていってしまう。
(やりすぎ、なんじゃ……)
思わずナランチャにつっこみを入れた。これは見た目的にやばいやつじゃないだろうかとか、夢に出るんじゃないかと心配になってしょうがない……明らかに目の毒な光景だ。
「いいんだよ、これで。」
でもナランチャは私の声で静かにそう言うの。ナランチャってやられたら倍返しにやり返す人なのかな?それとも私が仲間、だから……ここまで徹底的にやってくれるの?
(うん……)
気になりはするけれどもしそうだったら気恥しいし、自惚れた気持ちのまま敢えて訊かないようにしておこう。
とにかくナランチャがここにいてくれる現実が今の救いだった。夢でも見ているみたいだし、オレンジ色のキツネの正体は多分私のトロイメライじゃないかもしれないけれど……そこに現れたその存在には感謝しかない。
(ナランチャ、本当にありがとう。)
今はこれだけでいい。トロイメライの進化の理由もその中身も、今は多分知らないままでも大丈夫。
確かにここで私を守ってくれたナランチャを感じながら、静かにそう思う。
本当に三人がそばにいてくれたことが、何よりも凄く嬉しくてしょうがなかった。
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