男を虫の息まで追い詰めて、縄で縛り上げるとナランチャはよろけながらもそのまま外に出る。港には小さい船が一隻停まっていて、船体にはSPWって書かれていて……そこから双眼鏡でこっちを見ている乗船者がいるのを見つけると、人の目を盗もうとした男と同じ服を着ていたからかナランチャは問答無用と言わんばかりにその男の仲間を襲撃した。何人か仲間もいたけれど生身の人間とスタンド使いが戦えば圧勝でしかなく、一人で全てを終わらせてしまった。
ナランチャは相手を蜂の巣に仕上げはするものの致命傷は与えず殺しはしない。ジョルノ達に引き渡せるように死なない程度にやっつける。ナランチャの行動を目の当たりにしてもやりすぎに思っていたけれど、ナランチャは「シニーはそれでいいんだよ」って何故か励ましてくれて……私の声でそう言われてもちょっとしっくり来ないし少し悩ましい。
「シニー、もうすぐみんな来そうだよ。」
ナランチャはトロイメライ……いや、エアロスミスの能力で辺りを監視してくれて、かと言って私の体は無茶をして限界だったみたいで人気がない砂浜に寝転んで休んでいる。そりゃあ普通だったら動けないよねこの体。血は止まったけれど脚は刺されたし、まだ麻酔が効いていたとしたら尚更鉛みたいに体は重たい。私に体の主導権がないからよく分からないけれど、多分今のナランチャはそうとうキツいと思う。
「しっかしな……まさかこんな形でエアロスミスとまた会えるとは思わなかったぜ。」
嬉しそうにそう言うと、ナランチャは上でホバリングをするエアロスミスを見上げる。
(私もびっくりだよ。)
キツネの話を聞いた時、ウーゴにもしもの話をした。もしトロイメライが化けられるなら、そこにいる人のスタンドに化けてほしいなって。体は創れるけれどスタンドは一度失ったら戻らないから……せめてこのスタンドのトロイメライが、スタンドに化けて「完璧」にしてくれたらなっていう凄く単純な願いから出てきた発想のままに、実現させてしまった結果がこれだ。スタンドも単純って……って思いはしたけれど、そのおかげで助かったから何も文句が言えないよなぁ……でもまさか戦い方までそのスタンドそのものになるとは思わなかった。今回のはイレギュラーだったとは思うけれど、誰彼構わずに私の体を貸すのも無理があるだろうし、出来ることならピンチ以外では使いたくないかなぁ……前のトロイメライのままがいいと思う。新しく出来ることを模索しながら今までのことも出来るようにならなくちゃいけない。
「しかもオレってば今シニーだしな……不思議だし奇妙だし、上に戻ったらブチャラティとアバッキオに絶対自慢するぜ!」
(いやそれってどういう自慢なの?)
「女の子になっちゃった!っていうさ、性別を超えちゃった的な自慢?」
(ええ……)
多分そんなことを話したらブチャラティもアバッキオも混乱するんじゃないか……?いや、上から見ていたらしいし大体は把握しているかも?そもそもどういうところでどうやって見ているんだろう?不思議だけれど考えてもしょうがない気がする。
「それはそれとして、シニーはさ……」
もうすぐ世界がオレンジ色に変わりそう。ぼんやりとトロイメライから見える地平線の方を眺めていると、ナランチャが突然改めるように話しかけてくる。
「このままギャングを続けたいって思うか?」
(え、)
それは突然の質問だった。
「こんな危険な目に遭っちまったら怖くならねーかなって……おまえは優しいから多分辛いんじゃあねーかって、思ったんだよ。」
(……)
凄く言葉が詰まる内容だ。ギャングの世界に入ってから何度か危険な目には遭っているけれど、今日のは今までの比にならないくらい別格な恐怖があって、そして私は体の一部を失った。まさかこうなるだなんて今までに思ったことがなかったしだからと言って辞めるっていう訳にもいかなくて、何とも言えない気持ちが残る。
(スタンド能力がある限り、これからも危険は付きまとうと思う。)
私は言葉を選びながら、ナランチャの質問に答える。
(今日みたいに迷惑がかかるんだったら辞めた方がいいかもしれないとは思うけど……私の居場所は、パッショーネなんだよね。)
手に入れたものも確かにあったけれど、いろんなものを失った時に助けてくれたのはパッショーネの皆で、そんな皆の力になりたいなって……そう望みながら今私はここにいた。ただ今力になれたかと訊かれるとしっかりとは頷けないけれど、想いはずっとそこにある。
(辞めるとかは……もう少し考えたいなって思うよ。)
ただ本当にこの能力のせいで迷惑になるのなら、私はここから離れるべきだと思った。でもこれは私だけの意志じゃ決められなくて、皆にも意見を訊かないと分からないことで。少し時間が欲しい。まずは体を治して、それから少しだけ休ませてほしいと思う。
「そうだよなぁ……後悔しない選択をするのって、大変だもん。」
ナランチャはため息をこぼしながら、オレも分かるよと言ってくれる。ナランチャにもいろいろあったことはウーゴから聞いていたから、そうだよなぁって私も私でその言葉に納得をした。
「ギャングに入れたのブチャラティもアバッキオも後悔してたけどな?」
(ブチャラティとアバッキオが?)
「まさかシニーがこうなるとは思ってなかったよ、あの人達は。」
(ああ……)
ナランチャの話を聞いていると不思議なことがいっぱい出てくる。ブチャラティもアバッキオもちゃんと今を見てくれていたのもとにかく不思議だし……あの二人は居場所を与えておいてそんなことを思っているんだなって。でも何ていうか、向き不向きはやってみないと分からないところがあるから何とも言えないし、二人が気にすることじゃないと思うんだよね……
(私は後悔してないよ。)
向き不向きかはともかくとして、ギャングとして働いてきたこの数ヶ月間は大変でも濃厚で楽しかった。
ジョルノとまた話せたことも、ミスタさんから命のやり取りと覚悟を教わったことも、そして何よりまたウーゴと一緒に過ごせたこと。幸せ以外の何ものでもないし、多分この道を選んで走らなかったら今頃後悔しか残っていなかったんじゃないかな?
(これでいいんだよ、ナランチャ。)
その結果がこれならしょうがない。過ぎたことはもう取り戻せないって私はもう知っている。だから大丈夫だと言い張れるし、言わなくちゃいけない。
「そっかァ、シニーがいいなら今はそれでいいや。」
私の答えを聞いたナランチャは首を少しだけ上下に動かすと、一緒になって空を眺める。
「あとは……そうだ、言い忘れてた。」
そして口をゆっくりと開くと、静かに言葉をこぼす。
「フーゴのこと、愛してくれてありがとな?」
しかもそれはナランチャには少し似合わない言葉で、大人びた感謝というか……「お兄さん」みたいな優しさで溢れたもので。私の気持ちを解してくれるものだった。
(うん……)
そうだよね……ナランチャに「嫌いにならないで」って言われたんだよね。会いたくないって言った時、ウーゴを諦めないでほしいって背中を押してくれたのは、誰でもないここにいるナランチャだ。
ナランチャは本当にそばにいたんだなって感じる言葉のように思う。好き合って恋人になったことだなんて、見ていなきゃ分からないことだもんね?ずっと見守って……くれて……
って、ちょっと待て。
(ナランチャ、一体どこからどこまで見てた?)
恋人になってからの私とウーゴのことをどこからどこまでっていうか、どういう行為まで見ていたんだろう?手を繋いだり抱きしめ合ったりくらいならいいけれど、キスとかそれ以上とかやあれやこれまで……まさか見られていたんじゃないか?って思うと気が動転しそう。
「え?ああ……うーんと……それは、秘密だな!」
ナランチャは私の質問に対して目を泳がせるように、近くを飛んでいた鳥を都合よく眺め始める。この反応はさ……反応はさぁ……絶っっっ対に見ていらっしゃるよね?私達のそれ以上まで見ちゃっていますよね?ナランチャが見ていたってことはブチャラティもアバッキオも見ていらっしゃる、ということですよね!
(ナランチャああああ!!)
恥ずかしさと怒りとでちょっと頭が爆発してしまいそう。あまりにも素直な反応をされたものだから、ナランチャの方に意識を向けるのがしんどい。頭を抱えて丸まりたいのにナランチャに主導権を握られているから体にいたって何も出来やしない!悔しい!
「シニー!そこにいるのか!」
最早このまま消えてしまいたいとさえ思い始めていると、後ろの方から丁度よくウーゴの声が聴こえてくる。
ナランチャの言う通りすぐに来てくれた。やっと見つけてくれたんだ……電話をかけてから何時間経ったか分からないけれど、助かったんだな私……
「シニー、オレはもう行くよ。」
恥ずかしさは残るものの、やっと安心をすることが出来た私にナランチャはそう言うと、少しずつ私の体から心を離してゆく。
「ま……っ!」
薄らと視界にナランチャが見えて、そこにいるナランチャは寝転がっている私を見下ろしていた。手を伸ばして都合よく逃げようとするナランチャを掴もうとするものの、麻酔が未だに取れていなかったようで腕を持ち上げられない。しかも無理矢理動いていたのも有り余って体中がバキバキに痛い……ナランチャってばよくこんなので動いていたよね?私だったら無理だ。
「オレは、オレ達はずっとおまえらのこと見守ってる。」
手を伸ばせない私の代わりに透明のナランチャが私へ手を伸ばしてくれる。手が頬に触れるとそこが暖かく感じて、何だかくすぐったい。確かにナランチャがここにいることを感じる。
「こっちに来ようとしたら許さないからな!いっぱい生きて、そしたらいつかまた───」
ナランチャの声も体も光になって消えてゆく。口が動きでどうにか読み取ろうとしても、何を言ったのかまでは分からない。
「ナラン、チャ……」
空からナランチャのエアロスミスだったトロイメライが降りてきて、私の顔へと落ちてきては姿を消す。それと同時に片方だけが暗くなっていた私の目に視力が戻ってきて、自分の意志で見渡せるようになったみたいで……トロイメライが目に化けたのか、目を返してくれたのかは分からない。自分が棲んでいたその場所に再び戻るべくして結果見えるようにしてくれたのかな……見えればどうでもいいかな?
(消えちゃった……)
元に戻ったその両目で目を凝らしてももうナランチャはそこにはいないみたいで、姿はもう見えなくなっていた。少し寂しいけれど、でも私はもう一人じゃない。
「シニー!やっと……やっと会えた……!」
一人になれる暇がない場所に帰ってきたのだから。
ナランチャがいなくなればそこにウーゴが現れる。ウーゴの瞳は少し濡れているみたいでうるうるしていて、私の背中に腕を回したら抱き寄せるように体を起こしてくれた。
「ごめ、ん……」
これは泣いてる……よね?泣かせたのって私のせいだよね……怒涛の展開に呑まれすぎて、ウーゴがこうなることを全く考えていなかったな。
「ふね……と、小屋……はんに、ん……」
ウーゴの温もりでいっぱいになると力も意識も消え入りそうになる。とにかく大事なことは伝えて、後はもうしばらくは休みたい。
「うん……分かった。後は任せてくれ。もう大丈夫だから……」
ウーゴは優しく頭を撫でてくれると笑顔を向けながらついに涙を流して泣いていた。悲しんでいるのか嬉しいのかよく分からない顔をしていて、こんなウーゴを見るのは二度目だなって、ついこの間のように思い出す。大切にしてくれているのは嬉しいけれど、この人はもし私が本当に消えたら壊れるんじゃないかと不安にも思った。
大丈夫だよって言いたくても声はもう出てこない。体はもう鉛以上に重たいし、瞼なんてもう限界だ。夢から現実に戻ったような……こっちが現実なのに、何だか不思議な感じだ。
(起きたら……ウーゴとゆっくりしたいな……)
幸せな日常に戻りたい。ウーゴと一緒にまた眠りたいし、そしたらめいっぱい愛してほしい。
やりたいことがいっぱいある。諦めた時にこうしたいなって望んだことを、現実にしたいなってそう思う。二度とこの人から離れたくないし、この先も最後のその時までそばにいたい。
(おやすみ、ウーゴ。)
ウーゴの腕の中で、安心出来るその場所で、私は少し深めの眠りに就いた。
起きたらを楽しみに、私は本物の夢を見る。
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