体がぽかぽかして気持ちがいい。頭はちょっと固いけれど、かかっている毛布はふわふわで最高級品質かってくらい。幸せな気持ちでいっぱいになる。
「う……」
自分がそれに気が付いたのはついさっきだった。あまりの気持ちよさが体に染み込むように思えたその瞬間に、ずっと重たくて開けなかった瞼がようやく見開いて、視界いっぱいに最近まで見かけなかった懐かしい白い天井とこんにちはをした。
(ここ、は?)
ぼーっとしながらここにいる理由を思い出そうとする。でも人間っていうのは起きたばかりだとちっとも何も思い出せないもので、言葉も記憶もすぱっと出て来てはくれない。ここにいる理由が見つからなくてただただ混乱をするばかりだ。
とりあえず体を起こそうと腕に力を込める。でもなかなか入らなくてしかも痺れまであって……ちょっと動かすだけで何とも言えないあのビリビリが……!
「シニー……?」
声にならない悲鳴を上げそうになっていたら、突如として私の視界に視界にウーゴが現れた。私が起きているのを見て何故か目を見開かせて驚いたような顔をしていて……
「起きたのか!」
「んっ!?」
そして勢いを付けて、横になったまま苦しむ私の体に飛び込んできたのだった。
「ちょっ、ウーゴ……やめ……」
痛いのと急激な刺激で痺れが活性化してしまって顔がいろいろと歪みそう……じゃなくて!何で?どうしてこの人は私が起きたのを見てこんなに喜んでいるのか?何か怖いことでもあったのかなってくらいの勢いがある。
今いるここは病院だ。見れば分かるし匂いも独特だしで分かりたくなくたって分かってしまう。毛布は気遣いでいいやつなのかもしれないけれど、下は硬いし枕も硬いしで上以外は最悪でしかない。退院をして数ヶ月しか経っていないけれど、懐かしさに今もの凄く包まれて……でもどうして私が病院にいるのかは思い出せなくて、今の状況が本気で分からない。
「ずっと寝てたんだぞ?覚えてるか?二週間前港で……」
そんな混乱と痺れでガチガチになっている私を知ってか知らずか、ウーゴはこういうことがあって今ここにいるんだよっていう経緯を、私にべったりとくっ付いたまま丁寧に、言い聞かせるように教えてくれたのだった。
港に誘拐されてしまったこととかそこで目が一瞬抜き取られてしまったこと(検査結果で分かったらしい)、逃がさないように脚を刺されたりと酷い目に遭ってしまっていたこと……でもそこで何かが起こって私の命は助かって今ここにいる……最初は映画みたいだなって思って話を聞いていたけれど、部分部分でどうにか何があったのか思い出せてきて、ウーゴがどうしてこんなに喜んでいるのかも理解した。
そうだった。目が抜き取られて見えなくなって、それでもとにかくそこから逃げたくて、抵抗をしようとしたら脚を刺されて……諦めたその時に奇跡みたいなことが起こったんだ。夢みたいに私の中にナランチャが助けに来てくれて、ぼろぼろの私の体を動かしてトロイメライが化けたエアロスミスで犯人を全員やっつけてくれたんだった。それでウーゴが来てくれたその時にナランチャは上に帰っちゃって、私が体の主導権を取り戻した矢先に痛みと疲れで眠ってしまった……これが今回のここにいる理由だ。私の中では全てが一見落着に終わって、目が覚めてからこれからのことを考えるって決めて……こんな大事なことを忘れるだなんて、自分の中でこの事件はとんでもなくショックだったみたい。単純に内容が濃すぎて思い出せなかったのも否めない。
「SPW財団も今回の事件に懲りてかおおっぴらにきみを死んだことにしてくれたよ。これ以上は誰にも触れられないようにしてくれた。もうきみが狙われることもなくなるって。」
さらりとウーゴは私は死んだことにした発言を繰り出してきて、私はそれに対してどういうリアクションをしたらいいのか分からない。苦笑いでそうなんだって頷くしか出来なくて……心配するなと私の頭を撫でてくれるけれど、心境はめちゃくちゃ複雑だった。
どんな展開があって協議を交わして、そんなまさかなことになったのかとか私には全く分からないけれど、ここは難しく考えずにもう大丈夫だっていう結果だけを素直に飲み込めばいい。ジョルノだったらもう過ぎたことだし無駄って言いそうだよな……確かに死人に口なしって言うし、これから何を訴えたって無理かもしれない。死んだことになっている訳だしな。
「とにかくもう大丈夫。悪夢はもう終わったんだ。」
ウーゴは私から体を起こすと頬に手を当てて撫でてくれる。
「おはようシニー、もうドルチェの時間だよ。」
ついさっきまで起きていたように思えるけれど、体は正直なもので私の心を置き去りにしてこの感触を懐かしいと捉えてしまう。ウーゴの手は暖かくて気持ちがよくて、たまらなく私を幸せへと落としにきてまるで魔法の手みたいだ。
「おはよう……何か食べたいな……」
悪夢はもう終わった。こんなことはもう二度と起こらない。残ったのは本当の幸せだけ……そう言い聞かせるようにウーゴは優しく触れてくれて、本当にもう大丈夫なんだって気持ちが強くなってくれば段々と気持ちも和らいでいった。
「フーゴぉ〜この前の会議の資料……って、起きたのかシニストラ!」
『シニストラ!オハヨウ〜!』
『会イタカッタゾ〜!!』
「ふふ、おはよう。」
ウーゴと見合って笑い合っているとミスタさんとピストルズくん達が病室に入ってきて、凄く久しぶりの賑やかさに包まれる。自分が無事だったことがどこまでも奇跡のようにしか思えなくて、あの時ナランチャが助けに来てくれなかったらと思うと少しゾッとした。
まだこの世界が続いている。この先もまだ、全うするまで多分続いてゆく。
そしてそれを理解した上で私はこれから自分がどうやって生きていくのかを本格的に決めなくちゃいけなくて……段々と色濃く思い出してきたら気が重たくなってきた。
『このままギャングを続けたいって思うか?』
ナランチャにそう言われて後で考えるっていう話をして別れたけれど、私はどうしたいのかは分かっているようで分からない。
起きたばかりだからかもしれないけれど、本当にこれだけは自分だけでは決められそうになかった。スタンド能力がある限り、パッショーネとしては監視をする形で組員として置かざるを得ないと思うけれど……私、SPW財団では死んだことになっているんだよね?ってことは協力関係を結ぶこの組織としては私がそこにいるときっといろいろ気まずいと思うんだ。迷惑になるんじゃないかなって、勝手ながら思うんだよね……
「んー……」
体の傷は全てジョルノが治してくれたようで、ただ眠っていただけの状態だった私は痺れさえ取れれば思う以上に元気だった。夜にはもうベッドを起こして体をそのまま座らせることも出来たし、食事がリゾットだったのはちょっと悲しかったけれど、しっかりと食べることも出来たりとにかく元気だ。
「どうかしたのか?」
私が眠っている間もずっと私の病室で仕事をしていたらしいウーゴは、唸る私を見ると書類から目を逸らして私の方に視線を向ける。
「いや、これからどう生きようかなって思って……」
落ち着いてからはもう目前のことよりもこの先のことばかり考えている。医者からさっき説明を受けたけれど、私の脚は酷使したせいで少しの障害が残ってしまっているらしく、前みたいに全力では走れないらしい。聞いた話だと筋肉の使い方がもうずっと限界だったっぽくて、積み重なったものと今回のとが重なったせいで無理が生じたようで……聞いた瞬間頭が真っ白になったけれど、変にここまでかっていう諦めも着いて、今は気持ちも安定して落ち着いている。ウーゴは落ち込むかと思っていたようで慰めの言葉をいっぱいかけてくれたけれど……私はもう充分走ったから、ここいらで終わってもいいかなってちゃんと落としていたから落ち込みは三割程度で済んだ。
「生き方、か……」
ウーゴは私の言葉に首を傾げると、一緒になって唸りながらこれからのことをウーゴなりに考えてくれる。
「例えば……そうだな、何かしたいことをしてみるとか……」
でも口から出てきたものは大雑把すぎる。「何かしたいこと」って言われてもいきなりそんなものが出てくるわけがないし、そういう内容を求めて考えていたわけじゃない。見当違いの答えだ。そうじゃなくて私ってギャングのままでいられるのかとかそういう悩みなわけで……でもこんな話、ウーゴに訊いてもしょうがないことかもしれないよね。
「あのね……」
とりあえず今回のことで感じたままの話をウーゴにして、自分の気持ちを整理させようと試みようとする。
「私、痛くて苦しかった時……一度生きるの諦めちゃって。」
毛布を握りながら、下を向きながらウーゴへ言葉を吐き出してゆく。
「もうダメだ、これで終わるんだって思ったの。でも諦めるのは早いって言われて……助かって……」
多分もう走れないのは諦めようとした罰だ。でも助かったのは諦めようとしたからで、それが凄く複雑で……代償があって生きているけれど、生き甲斐を失ってしまった今がある。しょうがないって分かっているし受け止めはした。でも生き甲斐が消えた今、今まで通りに出来ない今、どうやって生きていけばいいのか分からない。
「……今度こそ死ぬと思ったら怖かったけど、生き抜いた後に生きているって思えた唯一のものを失って、私はどうしたらいいのかちっとも分からない。」
単純だから難しいことは考えられない。肝心な時に動かない頭に腹が立つ。
「追跡任務ももう出来ないと思う。戦いになったらきっと足手まといになる。ギャングとしてはもう……使えないと思う。」
そう、頭ではもう分かっていた。ギャングでいる資格はもうないって。
トロイメライだってもう前のトロイメライじゃない。今までしてきたことが出来るかだって分からないんだ。毎回ナランチャを呼ぶわけにもいかないし……私じゃないみたいに気弱になってしまう。
「ごめん、ウーゴに言ってもしょうがなかったよね。」
こんなことを言ったらただ困らせるだけだよね?言った後で後悔をした。ウーゴの方に顔を向けて謝ると、私はベッドを倒してそのまま寝込む。
「疲れてるから……こんなこと考えちゃうのかな……」
きっとそう。私にとってはまだついさっきの出来事なんだ。あの日みたいにまだ時間が経った実感が湧かなくて、しかも大事なことを考えなくちゃいけなくて混乱をして暗い方に向いてしまう。私らしくなるにはまだ時間がかかりそう。
「……そうだな、今はゆっくり休んだ方がいい。」
ウーゴはカサカサと紙をいじりながらそう言うと、束にしたらしい書類を片手に寝転ぶ私の前に顔を寄越してくる。
「元気になったらどこか気晴らしでもしに行こうか?街に出て美味しいものでも食べにさ。」
表情も声も優しい。ウーゴが優しくしてくれるのにはもう慣れたけれど……何となく怒られそうで逃げた部分があったから少し気まずさがある。
「うん……」
あまり気分ではないけれどウーゴとお出かけは普通にしたい。素直に返事をするとウーゴは頭を撫でてくれて、唇にキスをしてくれる。時差ボケも甚だしく何だか懐かしい行為だなって思ってしまう私がいて、頭が馬鹿になった気分になってくる。
「また明日、おやすみ。」
ウーゴが部屋から消えたら私は取り残されたように一人になった。夜に一人になるのは久しぶりで少し寂しい……最近はウーゴと一緒に寝ていたからしょうがないかもしれない。いつの間にかこれも当たり前になっていたのかな。
(これからどうしよう……)
一人になったところで改めるように考え始める。一人じゃ決められないことではあるけれど、今初めてウーゴに言ってから気が付いた。これは多分誰かが答えを与えてくれるわけにはいかないことなんだろうなって、言ってみて感じた。
っていうか自業自得とは言え速く走れなくなるとはさ、ナランチャと話していた時点では思わないじゃない?起きてみて話を聞かされてああそうかぁってなってもさ、頭の中では落とせてもやっぱり心ではまだ信じられていないんだよ。まだ私はあの風をヒュンヒュンと切れるペースで走れるって思うんだ。
ここまで充分走ってきた。ウーゴに会いに行くために走ったり、この街を一緒に走ったり、ジョルノと競争をして勝ってジェラートを奢らせたり……時には負けて奢らされたこともあった。ミスタさんと任務でこの街を守るために走り回ったり、その瞬間に諦めさせないために必死になって裸足で追いかけたりもした。
この脚がなかったら多分今の私はいない。走り回る楽しさを感じなければウーゴと出逢うことも多分なかった。矢に射貫かれた時に生きていたのは多分、走ることで手に入れてきた諦めを知らない意志……ううん、意地があったからで、つまりこの脚がなかったら多分射貫かれた瞬間には死んでいたと思う。そのくらいこれにはお世話になっていて、当たり前のようにずっとそばにあって……でももうあの頃みたいに走れなくなって、今日初めてこの脚にありがたみを覚えた。
これからどうしたらいいんだろう?私は走るしか能がない。しかもトロイメライだってもう昔のままじゃない。誰かのスタンドに化けられるにしても、多分ピンチにならない限りは使えないものだと思う。
「……トロイメライ、」
天井を見上げながら呼んでみる。次の瞬間には左目から世界が消えて、私の上にトロイメライが現れた。
前より大きくなったみたいで体も前より神々しく輝いている。片目には私と同じ空色の瞳がはめ込まれていて、今ないはずの私の左目側にトロイメライの視界が映り込んで……この前は気にならなかったけれど、どちらか一つに視界を集中をしないと頭が痛くなる。二つの世界を同時に見るのには本当は無理があった。
「ねえ、どうしたらいい?」
目の上に腕を乗せて目を閉じて、トロイメライに聞いたってしょうがないのに訊ねてしまう。トロイメライが外に出て来てくれたことは嬉しいけれど、前みたいに星が流せないと皆に道標を贈れない。皆に体を与えられない……約束を、守れないんだ。
「……っ」
後悔をし始めると右目から涙が流れてくる。段々と流れてくる量が増えれば小さい声まで出て来てしまって、嗚咽が始まると段々と息苦しくなってきた。悲しいっていうよりもそれは悔しさから来たもので、泣いたってどうしようもないって分かっているのにどうにも出来なくて、勝手に出てくることにすら悔しくなってしょうがない。
「インベチーレ……」
ウーゴが言う通りだった。私は馬鹿野郎だ。体のサイレンを無視し続けてきて、トドメを刺されて自滅して……凄く馬鹿。ダサくてかっこ悪い。
「生き地獄みたい……」
幸せにしか向かわない。そんな未来になったのに。だからこういう風には終わりたくなかった。周りから見たらそのくらいって思うかもしれなくても、私は全力で走ることで自分が生きていることを感じて充たされていたから、アスリートじゃなくても生き甲斐だったから、とにかく辛くてたまらない。
ジョルノに脚を創り直してもらう?でもそれにはこの脚を捨てないといけない。そんなのは嫌。この脚じゃないと……この脚だからいいのに……
「死にたく、ないなぁ……」
心がゆっくりと死んでいく。つま先からじわじわと、侵食してくるように迫ってくる。暖かい毛布をかけているのに寒さを感じて、トロイメライに腕を舐められたけれど振り払って頭まで毛布を被って潜り込んだ。
私はもう明るい方には走れない。
突き付けられた現実は苦しくて、寝落ちして起きてもただただ悲愴感に震え続けるばかりだった。
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