オレはずっと恋愛だけはしないと思っていた。
愛し合う過程云々を語るくせにただ単純にその過程だけに興味はあるだけで、中身らしい中身を抱いたのは多分自分がガキだった頃。相当昔の話だった。最早おとぎ話の事象のようにしか思えなかったし自分に降りかかるものだと思いすらしなかった。
ただあの頃どういう恋をしていたかっていうのを思い出してみると、ただ単に顔が可愛いからとかそんな幼稚で単純なな気持ちからのものだったんじゃあないか?そこに今のような中身らしい中身はなかったように思う。だからペッシに言われて初めて自分の中へと落ちてきたような気がする。
(恋、してたのか。)
ただやりたいって思うのとはちょっと違う。こいつとじゃあないとって、独占したくなるような……心の底から湧き上がるような気持ち。まるで普通の人間らしい、非道で無慈悲な世界にいる狂ったようなオレが恋をしていた。周りは変だと笑わず寧ろめでたいと祝ってくれて、少しだけくすぐったかったな。
ハナに抱く気持ちは確かに好きから来るものだろう。めちゃくちゃにしたい口内だって、元を正せばハナが好きだからそうしたいと駆られる以外に理由はない。正常な人間は愛を感じると性欲が出てくるし、科学的に証明は一応されているし……正常じゃあないオレもハナに抱くこれは正にそれではと、そう感じる。
ハナと交わりたいと思うこと、そして気持ちよくなって余韻に浸りたいと感じること。全ては「情」……愛を感じているからこそのものだった。感覚が狂っていても分かる。オレはハナ「だから」そうしたいと思えたのだろうって。
そもそもハナは最初から特別だった。ハナといるとギャングなんかじゃあなくてただの普通な男になれたし、そこにいるハナ自身がそういう目で見てくれていたから救われていた。下ネタを言ったって笑顔でハナは受け止めてくれたし乗っかってもくれるんだ。オレにとっては絶対的に特別でいてくれるのがハナっていうディ・モールトいい女だった。
そう考えると問題がある。自分の手で好みな女にさせられることを悦んでいたオレなんだが、それは絶対にやっちゃあいけないってことだと気が付いてしまった。
オレ好みに変わったとしよう。中身まで変わってしまったらとしよう……そしたらどうだろうか?今のあのハナはいなくなるのは間違いない。オレが好きになったのはあくまで今のハナであって、それは何があろうと非常に大事なことだった。
尻への拘りだけは譲るつもりはないしちょっと太らせた方がいい気はする。だが中身だけは絶対にあのままでなくっちゃあ困る。下ネタを言った後時間差で少し赤くなる耳たぶとか好きなんだ。耐性が出来てしまったらもう見えなくなっちまうだろう?それだけは何としても避けねばならない。
ハナ「となら」したいことは山ほどある。あの酔っぱらいに通用しないことは百も承知だが……ハナとじゃあないと多分オレは夢を見られない。
(口の中を荒らしたい。)
キスがしたい。ねっとりと舐め回すように、味わうように攻め立てたい。
(あの体を飽きるほど触りたい。)
感じるままに溶け合ってみたい。繋がって下で善がるハナの姿が見てみたい。
(どんな声で喘ぐ?)
悶え声はどうだろう?可愛いだろうか?もっと愛しくなる気しかしない。
(……どう思われてるだろうか。)
ただそんかことが実際に出来る日は来ない。そんな気がしてくると浮き沈みが激しいクラゲみたいに頭がふわふわと揺れてしまう。
ハナは多分オレみたいな得体の知れない男よりも、中身がちゃんとしている一般的な男を選ぶだろう。やっている仕事すらまともに話せない上チキンを貰って尻尾を振ったオレだ。おまけにこの前の行き過ぎた言動といいこの性格……悲しいが断言出来る。ハナはオレのことを絶対にただの隣人としか思っちゃあいないと。
「メローネ、そろそろ自分の家に帰りなさい。」
みんなと話してからもアジトにずっと居続けていると、ついにリーダーがオレのところへやって来ていつも座っているソファに腰を下ろす。
「帰りたいのは山々なんだが……」
そりゃあオレだって帰りたい。シャワーを浴びてゴロゴロしたいさ。
「……怖いんだ。」
ただ隣にいる好きな子に顔向け出来ない程の欲をぶち撒けたもんだから、遭遇するかもしれない恐怖とかしても避けられるのではっていう自意識過剰が強すぎて帰りたくない。
まるで罰が悪くて家になかなか帰れないガキみたいな理由だ。いつもの反応を見て楽しくなるオレの姿はどこに行ったんだ?罪悪感を抱いたのは一体何年ぶりだろう、どれだけオレは人間らしさを捨ててきたんだろうか?
「男ってさぁ、好きな女が出来ると何で相手とすぐにやりたいって思っちまうんだろうな?オレなんて特によォ……」
頭を抱えて髪を掻き乱す。自分が下半身で動く生き物だったことを呪いたくなるくらいクソみたいなことをリーダーに訊いていることがただただ虚しい。
好きじゃあなくたってオレのセンサーは勝手に動くし、あわよくばスタンドを孕ませて生ませてからしばらく使い込んだりもする。オレにとっての女の使い道ってのはそんなもんだったのに今、ハナが好きだと分かってからは凄く複雑。
ハナにオレの正体や女にしてきたことは言えないが、不幸なことにもオレが好みの母体を見ると興奮するということは知っている。きっと条件が合えば誰とでも交わるとか思われていそうで怖い。今更違うって言い訳をしたって信じるのは無理な話だ。
「そんなの……抱きたいくらい好きになっちまったからやりたいって思っちまうんだろう?」
オレの質問にリーダーは丁寧に答えると、脚を組んで頬杖を突く風格のあるポーズをとる。
「理性が利かないくらいおまえはその女を愛してる。それだけの話だぜ。」
「……」
理性が利かないくらいハナを愛してる……聞くと小っ恥ずかしいし口から砂糖が出そうなんだが、今まで浮かんでこなかった言葉だったから少し考えさせられる。
(理性……)
オレみたいなのに理性があるとは思わない。だって好みな体の女がいればどんな中身であろうが興奮出来るしな。変態って呼ばれる所以はそのせいだ。
ただそれはただの基準にすぎない。オレは自分のスタンドを孕ませて使うためだけに女を見る。いい女と思ったら使っちまうしそこに愛は必要ない。そもそも感じたことがない……だがハナは違ったんだよな。
「……初めて自分基準で考えた。」
オレ自身がハナを抱きたいって思ったんだよ、あの瞬間。
使い捨てなんかじゃあない。ハナと毎日夜を過ごしたいって。互いに気持ちよくなって余韻に浸りながら平穏な時間を過ごしたいって。
「なぁリーダー、オレみたいなのが恋愛していいと思うか?」
傍から見れば変態だ。仕事だってろくなことをしていない。汚れ切ったオレが綺麗なハナに手を出していいものか……オレだけじゃあ決められなかった。だからってリーダーに訊くっていうズルをしていいものかとも思うが……仕事はともかくとしてリーダーの中身は他と比べればマシだろう。せめて意見を聞いてみたい。
「こっちに巻き込まないように気が配れるならしてみるといい。」
そんなリーダーはまるでペットでも拾ってきて飼ってもいいだろうか、みたいな質問をした後の答えを返してきたんだが……当たり前な回答すぎて思わず固まってしまう。しかしそのリーダーの目は真面目だし笑っていない……この世界に入った時に訊かれた「覚悟」を問われた時と同じ目をしている。
(そうか……)
目力が全てを物語っていた。きっと同じことなんだろう、恋愛っていうものは。中途半端に軽くあしらうような真似は絶対に許されない。人と向き合うっていうのは命を向き合うのと同じくらい、生半可な気持ちでいたらいけないことなんだろう。世間から見放された身だからこそ変に落ちてくる。愛っていう言葉の重たさが。
「とっくに気配りはやってるぜ。」
こっちに巻き込まないように、はもう既に実践中だ。仕事のためにハナを使うことは絶対にするつもりはない。そもそもハナは向いていないしな、オレが求める理想の母体は凶暴でないと……優しいし変に包容力があるし、あれはある意味母親向きではある。
「それと相手に向かって舌舐めずりをするのはやめておけ。あれはチーム内では不評だ。あと女のせいで任務の質を下げればメタリカだ。仕事とプライベートはきっちりと分けろ。」
「マンマみたいだなリーダー……オレってそんなにいい加減に見えるか?」
「いい加減というより本能に忠実すぎる。逆らうことも覚えろ。嫌われるぞ。」
「えええ……」
眉が寄るようなアドバイスを受けて、オレは一瞬だけ恋ってめんどくさいんだなぁとか思ってしまう。自分を抑えなくっちゃあ出来ないだなんて結構息苦しくないか?職業だけは絶対に言えないとして、性癖部分は閉じ込めておける自信がないしそれがオレのアイデンティティなのに。優しい世界じゃあないのかここは。
そもそもハナはそういうところも受け止めてくれる。気持ち悪いとは言いはするが一切馬鹿にはされたことがない。だから今まで一緒にいることが心地よかったんだ。こんな女他にはいないって、惚れたんだよ。
「まぁ何はともあれ言わないと始まらないよな。」
ただ一言でいい。「好き」って言う。愛しているは流石にまだ早いだろうしまだ価値が足らないから言えはしないが、今の気持ちはその一つ……ハナが好きってことだけでいい。
オレの口から伝えたらどんな顔をするんだろうか?考えると楽しみになってくるな。だがな……
(笑い飛ばされそうだよな。)
ひと匙の不安がやっぱりどこまでも拭い切れない。
アルコールが入っていたら酔ってるのかって疑われかねないだろう?そうなると飲む前に言わなくっちゃあならない。だがいざとなれば言いづらくなる可能性を考えると、アルコールで勢いを付けることは必須だ。ハナみたいにアルコールに頼るしか気持ちを保てる絶対な選択肢がないように感じてしまう……そしてハナはビールが一番好きなもので奴はビールは男より永遠に裏切らないとか思い込んでいて……って考え始めたらビールに勝てるのかオレはって気分になってきてしまった。まるで生理前の情緒不安定な女みたいだぜ。
「まずはビールを超えないと……」
「ビール?何の話をしているんだ、おまえ。」
覚悟と腹は括ったが、肝心の勇気が湧いてきてくれないオレだったという。
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