08


 普通でいたい。いつも通りビールを飲みながら文句をぼやいて酔って寝る。ずっとそれだけを考えながら仕事をこなして、帰ってきたらすぐに冷蔵庫の中のビールを飲んだ。

「はぁ〜……」

 ビールは人間とは違ってちっとも私を裏切らない。変わらない味に変わらない量……いつだって同じままでいてくれるから、安心感が半端ないし信頼も厚くもてる。
 それに比べて人は毎日ころっころ言うことも考えることも変わってしまうから非常に解せない。ついさっきまで癒し系に見えていたと思えば実はただの仮面を被った最低人間だったり、昨日まで普通に接してきてくれたかと思ったらいきなり人が変わったように獣へ変貌しちゃったり。そしてそんなことを考えながら爆発しろだのと思っちゃう私もこれまた然りで気持ちは果てしなく複雑だ。この世の生きとし生けるもの全てが裏切り者なんじゃないかとさえ思えてくる。そのくらいにいろいろと考えたもんだから気持ちが疲れ果てていた。

「今日も帰ってないか……」

 メローネはこの前のあれ以来姿を見せていない。多分不定期に長い謎の仕事のせい。今回はなかなか帰してはもらえないのか……本当奴は一体どんな仕事をしているんだろう?

(別にメローネの自由だけどさ。)

 そう、私にはメローネがどこで何をしようが関係ない。メローネはお隣さんでお友達ではあるものの、元を正せばただの他人だった。だからメローネが何をしようと自由だし誰かとデートしようが寝ていようがキスをしようがこれっぽっちも私には関係ない!他人っていうことはつまりそういうこと。頭の中ではちゃんと分かっている。分かっていた。
 本当にメローネは他人でしかない存在だった。でも他人のくせに世話を焼いてくれていらんことに口を出したりで、そんな記憶がチラつく度に分かっていたとしても一度でも「他人」の言葉の意味を気にし始めたらもう、考えることは止まらないし止められない。真面目な人間だってメローネは私に言っていたけれど、自分ではちっともそうは思わないけれど、確かにこうやって真面目に考えちゃう私がいるのを知ったらもう、メローネってば凄いなっていう単純な言葉しか出て来なかった。言われた時は自分の可愛げのなさにショックを受けたさ。でも今となってはよく見てるんだなっていう気持ちと見てくれていたんだなっていう気持ちが強く勝っている。

「一本だけ……」

 言われてから缶一本しかビールは飲まない。だから味わいながら飲むようになった。

(苦い。)

 そして単純に感じてしまう苦味に眉が寄る。私はこんな苦いものを勢いのまま美味い美味いって飲んでいたんだなって、この苦味部分だけを切り取ったらそう思う。少しだけ複雑な気持ちを抱いた。ワインの方が味わう分には向いているかもしれないな……ソムリエとか匂いを愉しんでから味わうし、今更になってちょっと意味が分かって成程なって思う。メローネが言っていた苦いのより甘い方がいいっていうのはあながち間違っちゃいない。多分意味合い違うけど。

「……静か。」

 自分の目の前に出したチーズとサラミはほぼ放置状態だ。話す相手がいないとこんなに酒もつまみも進まないんだな……前までは帰ってきて早々に涼しい顔をしながら普通に飲んでいたけれど、メローネが来るようになってから静けさが痛くて改めて楽しかったんだなって知ったかも。

「……」

 こうやってぼんやりしていると、音がないと記憶を振り返って考えてしまう。

(メローネは……やれたらそれでいい人なのかな。)

 この前の発言をプルタブを見ながら思い出したら少し指に力が入った。
 あれは、あの「協力する」っていう言葉はつまり、やらせろっていう意味だよね?
 男性と女性は見方が違うっていうのは聞いたことがあった。私はこうやってビールを飲んで愚痴って笑って一日を締めくくれたらそれでいい。でもメローネは交わって気持ちよく一発出来ればストレスが吹っ飛ぶって……それは男のメローネには当たり前なもので、人って見かけに寄らないとかそういう問題とかではなくて……いや寄っているよね?メローネは見た目も危ない奴だぞ?最近メローネに夢見すぎじゃないか私……!
 でも私は明らかにメローネの好みじゃないだろうに。メローネはいい母体になるような安産型の女性が好みみたいだし、やたら太らせようとしてくるし、それってつまり私の尻じゃ生理的に無理だから近付けってことでしょ?悪かったな不健康体で!
 しかしだ、こんな不健康体の私を見て興奮気味になっていたメローネを思い出すと私でもいいのか?っていうちょっとの希望が生まれてくる。

「言い方まで夢見てるよ……」

 希望っていうとまるで好きみたいな言い草だよね。メローネに恋しちゃったみたいな……しているみたいな表現。好きな人に想われているのではっていうそういうくすぐったい感じの表現がぱっと浮かんじゃって、さっきから胸がそわそわする。

(みたい、じゃないよな。)

 そうなってしまう理由は、それは決して仮定的な話ではないっていうことだった。実際にそういうものを抱いてしまったんだ、私は。
 不思議なことにあの日の言葉達が全部私の引き金を引いてしまっている。あんな熱烈なことを言われたせいか、密着されたせいもあってかメローネにホイホイと結構な頻度に意識が傾いている私が現れた。
 恋だなんてもう何年もしていなかったから忘れかけていたし枯れていた。あのマスク野郎のことを考えると胸がぽわぽわしてしまう……この感じは思い出したらもう拭いきれないもの。少し考え始めたら溢れんばかりに気持ちが込み上がってしまっている。
 「メローネがいないと寂しい。」それが私の出した答え。

(好きだったんだ、ずっと。)

 どうやら私はいつの間にかメローネに恋愛感情をしっかりと抱いていたらしかった。
 今まで考えたら終わりとか思っていたしまだそれはちょっと思うけれど、私だってもう大人だ。ちゃんと相手を見極められるし間違いとか危険とか冒そうとは思わない。
 悔しいけれど変態でもメローネが好き。違うそうじゃないって否定したって「好き」って一瞬でも、一度でも感じてしまったらもう終わり。絶対に勝てる気がしないからどうしても楽な方に転んでしまう。
 ……でも、だ。好きになってもだ。

(簡単に股は開かないけどね!)

 好きという気持ちを抱えているとしても都合のいい女にだけはなりたくない。飲み合う分には都合がよくて構わないけれど、男女間でのとしたら都合よく済ませるわけにはいかないぞ。
 私が欲求不満になることはまずはない。交わることよりアルコールの方が好きだもん。飲んで心地よく眠って朝を迎えた方が凄く楽だし気持ちがいい。それが私にぴったりの頑張る為の唯一の方法だ。
 そりゃあさ?好きな人とイチャイチャ出来たら最高だけど?相手はメローネだよ?あいつ絶対変態プレイばっかするよね……偏見は良くないかもしれないけれど、昨日の肩の揉み方はどことなく手つきがエロかった。
 そもそも愛がない交わりをしたくない。そもそもメローネに私への愛があるのか知らないし。する相手は両思いじゃないと絶対に嫌。片思いのままにやったら終わった後が虚しいだけだし、気持ちいいんじゃなくて後味が悪い気持ちしか残らないでしょ。

「真面目で悪かったなぁ!」

 何だか悔しくなってきた。メローネのせいで情緒不安定だよ……男なんてクソだ。

「都合のいい女にはなりたくない……」

 既になっていそうだけれど何度思ったことか。やっとこの暖かい気持ちに中身が生まれた今それを思うってしまうとこういう風に思ってしまうのは好きだったからかって納得をしてしまう。好きだから愛されたいんだなって……何だかくすぐったさもあるし痛みも感じる。甘やかされすぎてもっと欲しくなっちゃった子供みたいだし、駄々を捏ねたくても捏ねられない歯痒くなった幼児みたい。いい大人がよくもまぁピュア全開になっちゃって……あんな変態に……

(変態でもいい奴なんだよ、)

 しょうもないことに興奮しちゃう奴だけれど、しょうもない私に優しくしてくれたいい奴。イタリアに来て初めて会社以外で親切にしてくれたのはメローネだった。だからこんな風に特別になっちゃったんだ。

「もう……」

 ため息しか出てこない。メローネがいないと楽しくない……メローネがいないと……寂しい。いないと日々が物足りなくて困る。下ネタでもなんでもいいから楽しそうに話している姿をずっと見ていたいとか、そういう感情が込み上がるの。綺麗な顔だから見ているだけで目の保養になるし、笑ってくれると私まで笑顔になれる。

「早く帰ってきてよ……」

 早く会いたい。どうしたって変態だけれど好きになっちゃったメローネに。

「ビール二本目飲んじゃうぞぉ……」


 認めて楽になったら最後、ビールを飲む以上にメローネのことが好きになっている自分に驚かされつつこの夜は更けていった。




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