日々の癒しが会社の男性じゃなくてビールに変わった。
しかもビールは裏切らない。美味いしいい気分にして気持ちをハッピーにしてくれる……最早究極の飲み物だ。ビールを飲むために生きていると言ってもいいくらい、ビールに生かされているって言っても過言ではない。
ビールビールって煩いくらい言っているけれど!私は決してアル中ではない!ちゃんとセーブは出来ているつもりだ。休みの日は昼から飲んじゃうけれど、普通の日は缶ビール三本くらいで完結しているし……実家の父親と比べたら飲んでない方だと思います。
「ちょっとハナ、おまえ飲みすぎなんじゃあないか?」
だから思っていたからこそ、メローネの指摘を受けてからは自分が飲みすぎなんじゃ?っていう気になってきたっていうか……まさか私が?っていう気に少しだけなってきた。
メローネとたまの夜の時間を過ごすようになってからはいろんな自分の基準を覆される。健康に注意しろだの野菜も食えだのその口から出てくる言葉は母親の如し……何故か私に説教まがいにチクチクと小言を言ってきた。死んだ実家の犬みたいだと思っていたけれど、最近のメローネは最早実家の母親にしか見えない。口煩く言われると反抗期の息子並みにうるせー!黙れー!ってなりそうだけれども、メローネの注意はめちゃくちゃ的確で蹴ることは難しい。ぶっすりと胸に刺さるくらいの攻撃性を感じる。
「せめて一本にしろよ。肝臓すぐにやられちまうぜ?飲みたいなら他の……ほら、ミルクとかにしておけ。ホットミルク。あれは胃はおろか体に優しい。」
貴様は本当に私の母親にでもなったのかな?イタリア語だと……マンマ?夜にホットミルクとか眠れない子供じゃないんだからそりゃないでしょってなる。私はママっ子じゃないんですよね。
って言い返せたらどんなにいいことかと思う。しかしメローネのこの言葉にはちょっと悩まされてしまう……確かに異国の地で大きな病気っていうのはあまりしない方がいいよね?そもそも入院とかしちゃったら生活が困難になってホームレスになってしまう……そう思うと納得しちゃいそうになって何だか複雑だ。
折角癒しを求めてめちゃくちゃ頼るようになったものを一本だけっていうのはお口が寂しい。サラミとかチーズだけじゃ充たされない。まるでオヤジみたいになってしまって若干悔しい。
「せめて二本……」
一本だけ減らす!だったらまだ我慢が出来る!気がする!
指を二本だけ立ててピースを作り、私はメローネへと訴える。人のビールを分け与えているのだから文句は言えないはずだ。主導権はこの私に……提供をしている私にある、はず!
「一本な。」
「ああー!」
しかしメローネは揺るがない。私の目の前に置いてあったまだ中身が残っていたビールの缶をひょひょいと手に取ると、そのまま自分の口の中へと入れてしまった。
しかも一気飲みね?喉を鳴らしながら美味しそうに、上を向いてぐいーって。そこに容赦と慈悲は一切ないらしい。
「私のビールが……」
今日はまだ一本と二本目の一口くらいしか飲んでいなかったから凄くショックが大きい。メローネと一緒に飲むのって意外と楽しいから酒が進むんだよ?ペースが上がるのはしょうがなかったんだよ?死んでも言わないけれどちょっと複雑。口が開けば鳥肌が立つようなことばかり言う相手に楽しいって感想を持っちゃっているのは複雑。
「おまえのためだぜ。」
そう言ったメローネの顔はめちゃくちゃ笑顔だったという。
メローネは最近やっと顔の布を取ってくれるようになって、思っていた通りの綺麗な顔を見せてくれるんです。だがしかしだ。布を取ったところで中身は変わらなくて、事ある毎に癖なのか舌舐めずりをしながら気持ち悪さを発揮する。
そもそも飲み過ぎだという話になった切っ掛けは健康な母体云々話が原因だ。余計なお世話だし母体も何も結婚すらしていないし子供とか身ごもってすらいない……日本だったらセクハラ騒ぎだぞ。ポリスを呼ばれて即逮捕だよ。
「酒が飲みたいならワインにしとけ。ワインはいいぞ?フルーティな味わいで苦味らしい苦味もなくて……」
ワインの良さをメローネは語るけれど、ビール美味いって飲んでいたくせにどの口が言ってんだかちょっと分からない。口は一つしか付いていないけれど、どの口が何寝ぼけたことを抜かしてんのってなっちゃってイライラしか残らない。
「じゃあ今とかビール飲まないでワインでも飲めばいいでしょ。」
「それとこれは別だな。」
「めんどくさ!」
ここがイタリアなのが悔やまれる。メローネをポリスに突き出したってメローネがそこで賄賂を出して見逃されたらアウトだしな。悔しいけれど目を瞑るしかないっていうのはもう畜生だよ。
ビールもワインもアルコールだし、ぶっちゃけワインに変えたって胃袋に入って体に廻ったら変わらないような気がする。それ以外の……お口の寂しさを埋める方法をアルコール飲料以外って考えてみると、次に来るのは甘いものかな?イタリアのお菓子って美味しいから好きだけれど、食べようにも帰る頃には店が閉まるか売り切れだしな……って思うと最早どうしたらいいのか分からない。サラミとチーズだけ食べても次に恋しいのはビールだもんな。無理だ。
「癒しがないってしんどいよね。」
メローネの目の前に置いてある私が飲めなかったビールを見ながら、膝を丸めてぼっそりとぼやく。
「実家に電話してももうわんこの声は聞こえないし、会社は働きやすくても社員には日本人丸出しに仕事しちゃあ影で悪口言われるし……」
わんこは結構生きてくれたからしょうがなかった。ただあの男性はしょうがないでは済ませられそうにない。日本式で仕事をしたら煙たがるからなるべくこっちに合わせて動くようにはしているけれど……スケジュールのメモだけはやめられなかった。細かろうが予定を忘れるよりはマシ。何時に何するとか分かりやすくするとやる気だってめちゃくちゃ出る。何より分かるところにあれば絶対に間違えないし大丈夫。
「メローネには老け顔だって言われるしなぁ……」
あとついでに愚痴っておく。初めて話しかけられた時「お姉さん」って言われた。めっっちゃくちゃショックだったしあれからもうケアに必死だよ。化粧水とか色々買っちゃった。
「いや、老け顔だなんて言ってないし。」
「言った!お姉さんって言いました!」
「普通じゃあねーのかそれ?」
言い訳をしたって無駄だ。イタリアの可愛い子達と比べたら日本人の私だなんて地味だろうし、服装だって奇抜なメローネと比べたら……比べたくないけれど地味だし、老けて見えたってしょうがないんです。周りを観察して導き出した答えだから間違いはない。
「どうせババアって思ったでしょ……お世辞でお姉さんって言ったんでしょ……お世辞ありがとー……」
自分で言って泣きそう。ほんの少ししか飲んでいないのに、酔ったみたいにめんどくさいことばかり言っている。
「ハナってそういうとこめんどくさいよな。」
おまけにメローネに本当にめんくさがられていたとは。
「ビールがあれば黙るよ……」
そもそもはビールを取り上げたメローネのせいである。人の癒しを奪っておいてめんどくさいとか理不尽だし酷すぎる。
「……年上か年下か分かんなかったんだよ、あの時は。」
「え?」
ぐでぐでに不貞腐れていると、メローネは言葉をこぼすようにポロッと話しかけてくる。
年上か年下か分からなかった?何だそれ……
「お世辞とか社交辞令で言ってるんじゃないでしょうね?」
まるで予防線だ。年上か年下かなんてそりゃあ初対面だったら誰だってどっちだってなるよ。かなり差が開いていない限りは誰だって抱く疑問だ。
「社交辞令とかじゃあないさ、マジだぜ。」
メローネは首を横に振り、私の質問を否定してくる。
「暗がりだってのもあって最初はどっちか分かんなかった。外で会った時に見た時なんておまえ疲れた顔してたし……まぁお姉さんって言っておけば間違いないって思ってな。」
「……」
言い訳……にしてはしっかりしている。これは多分、いや、もしかしたら本当に本当のことを言っているのかもしれない。
初めて会った時っていうのは家の中にいたにしても夜中だ。窓から体を出していれば布を付けているメローネには見えづらさがあるかもしれないし、部屋の外で遭遇をした時は私の方は仕事で若干の疲れが確かにあった。確かに言われてみれば……ってなる。ましてや私は日本人だし顔の作りだってメローネが見慣れている女性達とは違うし……
「……あのさメローネ、」
一理ある、かも。
「お姉さんって言われるよりお嬢さんの方が嬉しいんですけど。」
ちょっと嬉しい気持ちもある。でも照れた顔を丸出しにするのは恥ずかしさがあって、顔をメローネから逸らして一つ指摘をした。
よかった、ババアって思われていなかった。メローネってば結構いい奴だな。間違いないようにお姉さんって……疲れている顔を見てババアって言うわけないよね普通。ここはイタリアだし男尊女卑だなんてある方が珍しい国だしな!
(本当いい人……)
ちょっとメローネのことを見直した気がする宅飲み会だった。
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