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 メローネって何をしている人なんだろうってたまに気になる時がある。
 あんなファッションで街中を歩いているっていうことは多分一般人がするような仕事じゃないと思うんだよね。モデルとか俳優とか……って考えもするけれど、ネットで調べたところでメローネの顔は出て来なかった。芸名とかで載っているかもって考えもしたけれど、有名な人だったらそもそもアパートには住んでいないよなって考えて、それ以降は調べない。レストランの店員っぽさもあるけれど、ちょっと似合うんじゃとか想像しちゃったけれど、稼ぎが悪いって愚痴っていたから多分安定した感じの職種じゃないよな……気になって考えたところで何だろうっていう疑問がもっと湧いただけだった。

「今日は来ないんだな……」

 おまけに夜はいたりいなかったりな感じだったりで、最早疑問しか抱けない。
 隣同士だからか扉の開閉音とかが聴こえてくるけれど、メローネは朝早くに出掛けたり逆に朝に帰ってきたり、宅飲みをした後に出掛けたりとやたら忙しないスケジュールで動いているらしい。シフトが全く読めなくて不気味さばかりが取り残される。お隣さんでも他人同士だからこういうプライベートなことはね……やっぱり訊けなかった。

(今思うとあまりメローネのこと知らないんだよなぁ。)

 あの窓際のクリスマスから一ヶ月程が経つ。飲み合う仲だしお互い愚痴だって言い合うのに不思議な程メローネのことはよく分からない。そもそもいつも飲みの会場は私の部屋だしな……メローネの部屋ってどんな感じなんだろう?気が付いたら何ていうか、仲良くなったつもりみたいになっていたんだなって、ご近所なのに部屋に招いてくれないんだなって思ったら寂しさしか感じない。

(いやいやメローネ相手に寂しいとか……!)

 思っておいて慌ててくる。
 メローネ相手に寂しいとかやめておけ、彼はいい奴ではあるけれどもどことなく口から出る言葉は危なっかしい。女性のことを「母体」って言う辺りからして何らかの性癖?のようなものを感じるし、好みの女の子ってどんな子だとか訊いたら多分耳が死ぬ。いろんな意味で背筋まで凍る。偏見はよろしくないけれど!よろしくないけれど寂しくなるのはよした方がいい!!好みの子は今度訊いておこ!!
 偏見と言えば会社ですよ。細かいとか抜かしやがるあの男性、よくよく見たらちっとも癒しじゃないんだよ……メローネの方がまだ癒しだ。一緒に喋ると楽しいし、何故か女性のトレンドに詳しいからいろいろ教えてくれるし、何より私のしょうもない愚痴を聞いてくれる。めんどくさいだなんてちっとも言わないんだ。私はメローネにめんどくさいって言うけれど、メローネの方は決して言わな……いやこの前言われたわ。忘れていた。そして服は寒そうだけれどちっとも寒いって顔をしないから、最近は逆に清々しい。本当にいい奴だ。

(きっと仕事も出来る人なんだろうな。)

 多分失敗をしたらどんまいとか言ってくれるんだろうなっていう空気はある。目を閉じてあのファッションさえ見なければ、メローネは凄くいい上司なイメージが強い。いい部下でもありそうな気がするよ。おまけに人の健康を気にかけてくれるんだよな……「母体」って言いながら……

「母体って、どういう意味なんだろう……」

 ずっと思う疑問を呟いてから、開けたままになっていた缶ビールをぐびぐびと飲み干す。一日一本ってメローネに言われてから本当に一本しか飲まなくなってしまった。完全に私の習慣になりつつあるんだなって思う。そのおかげか目覚めが良くなって疲れも前よりは抜けるようになったように感じる。

(毎日楽しい……)

 会社の男性は最早癒しじゃない。究極の癒しだった実家のわんこだってもういない。でも今はメローネが壁の向こう側にいてくれる。一緒に酔って笑い合える友達がいるって最高だってこと、久方ぶりに思い出せて毎回気持ちよく酔っている私がいることに驚くよ。

(明日は一緒に飲めるかな?)

 明日またメローネと飲めることを楽しみに、ふわふわな気持ちのままテーブルの上のもの達を片付けるのだった。




「ハナー!」

 明日が今日になっていつも通りに朝起きて、かったるい仕事へ向かい、自分のデスクに着いてからすぐにいきなり会社爆発しないかなーとか思いつつ作業をする。定時前に終わったと思ったら新しい仕事が入ってきて、ムカムカして……定時を結構過ぎてしまって慌てて帰ってみたら、昨日はいなかったメローネが私の部屋の扉の前で待ってくれていた。

「メローネぇ!」

 一日ぶりのメローネだ。初めの頃はそのファッションとセクハラ発言に悩まされて早く消えろとか思っていたはずなのに、何でか最近は待ち伏せとかそこにいてくれることに対して嬉しさばかりが込み上がる。
 昨日は何してたのとか、どんな仕事だったのとか本当は訊きたい。しかし私達はあまり干渉をしないから上手くいっている節がある。昨日は気になる木みたいになっていたものの、メローネには夢を見たいっていうか……元癒し系の人を見ていたら知らない方が見られるものを思い直してしまい、気が変わった私は何も訊かない代わりに笑顔で迎えた。

「相変わらず寒そうだね、腹巻買ってあげようか?」
「ハラマキ?何それ。」
「お腹に巻く日本の防寒グッズ。クマちゃん柄からハート型まである。」
「ディ・モールトダサい予感しかしない。」

 冗談を言いつつ扉を開けて部屋の中に入る。すぐに暖房を付けたら着込んだコートを脱いで、セッティングをしつつカーテンを閉めてその柄に馴染むメローネの方を見ながらちょこっと考える。

(スタイルいいよなぁ……)

 服はともかくスタイルはいい。細いし首筋とかちょっと色っぽいし……でもモデルとかじゃないんだよな、あれで。華やかなところにいたらきっといろんな人がほっとかないんじゃないだろうか?口さえ開かなければ。

「……メローネってさぁ、」
「ん?」
「結構モテるでしょ。」

 思わず言ってしまう。気まずいから視線を逸らして、テーブルを拭きながら。

「いやー、仕事とか出来そうだし後輩に頼られてそうだなって思っただけなんだけどさ……」

 しかし言っておいてあれなのだけれど、さっきも感じた通り別に答えは聞かなくていい。後輩がいたら頼れるメローネさんとか思われていそう、っていう夢を抱いたままでいたいしな……メローネさん……

「メローネみたいな人は貴重だと思う。」

 とりあえず笑って誤魔化して、冷蔵庫から二本ビールやら肴を取り出して。そこに座ったら早速プルタブを開けてグイッと飲む。とにかく飲んではぐらかそうと必死……バレなきゃいいな、これ。

「……いや、オレモテるようなタイプじゃあないぜ?どちらかと言えば嫌がろうが突っ込んでくし。」

 そしてメローネもいつもの場所へと腰を下ろすと早速自分のビールを開けて、一口二口と飲んでからその続きを勝手ながらに話してくれた。

「モテモテ担当は別の奴がやってからな。後輩の面倒を見るより他に面倒を見なきゃいけない奴とかいたりして、そっちが主体だから周りの世話は厳しいんだよ。」

 メローネはあまり自分のことは話さない。

「モテモテ担当……はともかくとして、他に面倒見てるってそれは私のことじゃないよな?」

 愚痴ったって大体口から出てくるのは給料が少ないって話とかお偉いさんくたばれとかそんな感じだった。

「もちろんハナも含んでる。」
「くそ!メローネくそ!」
「いいねぇ〜その調子その調子!」
「何がその調子!?」

 だから自分のことをちょっとでも話してくれたのは嬉しくて、くそとか言いながら笑っちゃう。楽しいしおかしいや……メローネってどうなっているんだろう?

「ハナのたまに出る凶暴なとこ結構気に入ってるんだよ、オレ。」

 変な部分を気に入れられて複雑だけれど、やっぱりこの時間は好きだと思う。

「そういうこと言ってるとその髪毟ってやりたくなる。」
「ディ・モールト……」
「うっとりすんな!」

 嫌なことを吹っ飛ばしてくれるメローネはやっぱりいい奴だなって、そう思うよ。




「もしもし?え、急ぎの仕事?」


 気持ち悪くたっていい。風変わりだっていい。


「近所に手頃な母体は……いない。とりあえず血液回収したら繁華街に……」


 メローネの良さは多分そこだから。




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