04


 自分の隣の部屋に誰かが越してきたっていうのは知っていた。だがそれが女だったっていうのを知ったのはクリスマスの夜だった。
 アジトで騒いだ後で家に帰って来て、何か天気が怪しかったから雪でも降るのかと思い、窓を開けて空を眺めていたら……隣の窓からひょっこりと体を出してチキン片手に下を見る女がいて、その時はただ単純に急ぎの仕事が入ったらこの女を母体にするか程度にしか思わなかった。
 一応円滑に使いやすくするためにコミュニケーションでも取っておこうっていう具合で話しかける。チキンを持って「確かにめんどくさいかも」とか言っていたもんだから、じゃあそれくれよ程度に絡んでみた。
 顔はよく見えない。うっすらと見えたシルエットには胸の膨らみがあったから女で間違いはない……ただ年齢は分からないから「お姉さん」って呼ぶ。どうせ殺すから何て呼ぼうが自由だって具合だ。中身もなくその時はそう考えていた。
 ただ話してみてからこの女はいい奴だったことを知った。食べかけのチキンを欲しがったら新しいのを持ってきてくれて、しかも一本どころか数本も……思わず大声で感謝を言っちまった。タダで手に入れる肉とか久しぶりだったから感謝しかなかったぜ……アジトでも肉は出たが殆ど食えなかったしな。クリスマスが初めて最高に感じた。
 それからよく女とは外ですれ違うようになった。多分前からすれ違ったりしたんだろうが、自分の中ではこれっぽっちも眼中になかったんだと思う。パッと見何か暗いし体格も好みな母体じゃあないからな。特に興味とか湧かなかった。
 肉の礼を言うと困っているのか目を合わせずによかったとだけ言う。そそくさと自分の部屋に帰っちまってちっとも釣れない。何度も何度も見かける度に声をかけ続けて……ずーっと同じ感じだったもんだから、ついに言っちまった。

「お姉さんもっと栄養摂らないといい子供が産めないぜ?」

 あまりにも華奢だったもんだから、心配と振り向けって願いとで……ほんの出来心で言っちまった。
 そしたらずっと大人しかったのに獣みたいに怒りを剥き出しにして、奴はいい音を立てて人を叩いてきた。凄くいい平手打ちだ……思わず「ベネ!」って叫びそうになるくらい、ディ・モールトベネ。本当はその手を舐めていろんな情報も引き出したかったが、一応お隣さんだから我慢はした。段階は大事だよな、うん。
 それからはもう彼女はオレをちゃんと見てくれるようになった。おはようもこんばんはもサラッと言ってくれるようにだってなった。ただ朝と夜どっちに遭遇をしても元気がなかったのが気になって、訊ねてみたら「会社爆発して欲しい」って願望を一言……え、何だこの女ってなって固まって、しばらくの間混乱をきたす。
 秘めたる何かの可能性を垣間見たような、そんな感じだったと思う。こいつを母親にしてジュニアを産ませたらどうなるんだろうって、更にかなり興味が湧いた。
 とりあえずどんな奴かもっと知りたい。だから酒でも飲んで愚痴ろうぜって誘ったらノリよく乗ってきた。オレの部屋は職業柄入れるわけにはいかないから毎回女の部屋で開くようになった。

「会社の癒し系にめんどくさいって言われた!お前らがしないことをこっちはやってやってんのになー!」
「実家のわんこが死んだから里帰りしても意味がなくなった!またジャーキーあげたかったのにさぁ!」
「おいメローネ!聞いてんのか!」

 怒っているみたいなんだが怒っているように見えない。常に怒りの頂点に達しているような奴と一緒で慣れすぎたせいか、中くらいの鳥がギャーギャー騒いでいるようにしか見えない。

「聞いてる聞いてる。お姉さ「ハナって呼べよぉ〜!」
……ハナは頑張ってんだよな。」

 名前で呼べって言われたから名前で呼んでやって、まぁ飲め飲めって酒とすり替えた水を与えて聞いてやる。顔はぐしゃぐしゃだし化粧が崩れていたりで見た目的には凄い。

「全くだよもう!会社爆発して爆風からわんこ出てこないかな!!」

 凄いんだが、いちいち面白いから顔が崩れていたってどうでもいい。笑いを堪える方にいつだって必死だった。

「爆風から犬が出るわけないな。」
「ええー……マジで?じゃあにゃんこでいいよ……」
「猫も出ねーだろ。」

 楽しい。一緒に話すこの時間が。
 何度も何度も時間が合えば一緒に飲んで騒ぎ散らす。ほっといたらビールを何杯でも飲んじまうから無理矢理奪ったり、厳しく言ってやめさせたりもした。
 全てはいいジュニアを産ませるため。話を聞き出して凶暴な部分を引き出すのだって全ては仕事のため……こいつを知ることにはそういう意味があったはず。そのはずだった。

「もしもし?え、急ぎの仕事?」

 だったのに、いざその時がやって来たら「ハナだけはダメだ」って思ってしまった。
 ずっと捨て駒みたいに思っていたくせに、今更ながらに都合よく。いい奴のフリをして話を聞き出したりしたのに、一ヶ月間仕上げてきたのに、手間暇かけて築いてきたものが消えちまうのは勿体ないってなって、思うようになっていたオレがいた。

「近所に手頃な母体は……いない。とりあえず血液回収したら繁華街に……」

 ハナはいい奴だ。話は楽しいし見ていても飽きないし、何よりオレの性癖を見ても笑って完結してくれる。チームの奴らはスルーしたりやめろとか訴えたりするんだが、ハナの場合は事情を知らないせいか反応が違う。酔わずとも掘り下げて聞いてくれるし、今日なんて女を見る時はまず尻に目がいくっていう話をしたら、笑いながら「安産型が好きだから母体って言っちゃうのか!成程!」って分かっていないようで分かっているようなことを言っていた。何だかそこに希望が見えて……こいつへの信頼が一気に高まった。
 ハナといればただの普通な男になれていると思える。話に笑って乗っかってくれてノリがいいからとにかくこの時間に飽きはこない。だから何が何でもそこにいてほしい。

(あまり干渉はしないしな……)

 話はしても勝手に自分で落としてくれるから気楽な時間が過ごせることにとにかく救われた。仕事で汚くなった心が洗ってくれているんじゃないかと錯覚を覚えそう。都合がよすぎるくらいよすぎる。それがハナっていう女だ。

「悪いハナ、仕事行くから今日はこれで。」

 飲んでいる最中に電話が鳴って個室で出るとリーダーからの呼び出しだった。これから出掛けるとか最悪だが行かないといけない……バイクは置いてかないといけないのが悔やまれる。

「そうなの?じゃあまた今度飲み直そうか。」

 名残惜しいがオレ達はお隣同士であっても住む世界は違う。

「メローネ頑張ってるし、ご褒美に甘いの何か買っとくよ。」

 だがこの部屋にいる間は多分同じ世界にオレらはいる。都合よく解釈をしてそんな気になる。

「メローネだからってフルーツはよせよ?」
「成程……その手があっ「買ったら絶交な!」
女子か!」

 だからもう、母体って言い方はやめておこう。


「とにかくいってらっしゃい!飲酒運転しないでね?豚箱に入れられても引き受けないからな!」
「しねーし捕まんねーよ!いってきます!」


 ハナはただの一人の女。道具なんかじゃあないんだ。




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