05


 メローネに甘いものを買う。約束をした私は早速大量にいろいろと買い込んで、ひんやりした夜の街中をゆらゆらと歩く。

「買いすぎた……」

 目に止まったものをカゴに入れて会計したものだからとにかく量が半端ない。無駄遣いなんじゃないのって思うけれど、仲良くしてる友達にあげると思ったら無駄ではないって気持ちになれる。ただ心配なのはメローネの細い体に贅肉がつくかもしれないってことだけで、私は別に関係ないから……結果オーライだよね!
 因みに買い込んだものはメローネへあげるやつ以外にも自分用のご褒美を買っていたりする。

(寒い日のアイスって最高なんだよな……)

 不思議なのだけれども寒い日ってアイスを食べたくなってつい買ってしまいがちだ。しかも大きめのサイズのやつ。ひんやりをもっと堪能したいっていう気持ちがめちゃくちゃに働いてしまって浮かれてしまった……メローネに言ったら「ドMなの?ヒュー!」とか言われそうだから死んでも言わない。死にとうないけれど死んでも言わない。
 どのアイスを食べようかなって頭の中で考え込む。アパートまでやって来たら重たい袋を抱えながら一生懸命階段を昇り、自分の部屋までやって

「ん?」

来たのですが、メローネの部屋の前に知らない誰かがいらっしゃって、その珍しさに思わずドアノブを持ったまま固まって視線を飛ばしてしまう。

(どうなってんだ、あれ……)

 そこに立っていた人……男の人は凄い顔をしながらメローネの部屋の呼出ボタンを高速に押して鳴らしている。イライラしているみたいで目がギンギンに開かれていて、あと何か髪の毛……渦を巻くようにクルクルした髪は癖なのかセットしたのかいまいち分からない。服装はメローネとは違う輝きを放っている気がする。多分友達……かな?メガネが赤いのオシャレでいいな。

「チャイムってよォ〜!」
「ヒッ!」

 地鳴りでも起こすんじゃないかってくらいの低い声を出しながら、視線に気が付いたのか男の人はこっちへと振り返ってくる。

「ベルのことだろォ〜?ベルの音っていうのはチリンチリンとかリンリンとか、金属がぶつかるような音じゃあねーか……チリンチリンなら分かる……リンリンも分かる。だがなァ〜……このチャイムは何だァ?チリンでもリンでもなけりゃあビィビィ言いやがって!全然チャイムじゃあねーだろうが!クソ!!クソ!!」

 こ、怖っ!こっち向いて何言うのかと思ったらチャイムへの文句とか、何だこの人……レベルが高すぎる話の振り方!
 でもそうだよな、確かにチャイムっていう割には音がビィビィしていてうるさいんだよな……分からなくもないよその疑問。
 日本も昔のチャイムはオシャレな音をしなかった。アパートとか集合住宅だと大体はここと同じ音だったし……あとその時彼らはこの音と同じタイプのものをこう呼んでいた。

「チャイムじゃなくて、これはブザーなんだと……思います……」

 呼出ブザー。このアパートのタイプのはチャイムじゃなくて、呼出ブザーっていうんだよ。

「……」

 私が答えると、男の人は怒った表情のままブザーをずっと鳴らし続けて更に廊下をうるさくする。
 余計なことを言っちゃっただろうか……無言で固まられるとかめちゃくちゃ怖いんですが。その上ブザーの全開の音……圧力しか感じない……!

「ギアッチョ、うるさいんだけど。」

 目を逸らしたら殺られる弱肉強食の世界みたいな空気になっていると、その空気を切り裂くようにメローネがゆっくりと扉を開けて部屋の中から現れる。彼の名前ギアッチョって言うのね……お隣さんの知り合いならちゃんと覚えておかないとだな。忘れないようにしないと。

「ってハナ!今帰ったのか?」

 メローネはギアッチョとやらの手をブザーから無理矢理剥がすと、サラッとこちらに振り返って私の方へ笑顔を向けてくれる。

「う、うん。ただいま。」

 昨日ぶりのメローネだ。今日は日中に帰れたのかな?寝ていたのか髪に寝癖が付いているし、布を巻いていない代わりにアイマスクが額にある。これは……寝起きのメローネ?初めて見るから新鮮……!

「約束の甘いもの買ったけど……お友達がいるならまた今度かな。」

 意外にも寝起きのメローネは普通だった。着ている服なんてトレーナーに普通な無地のズボンだし、あの奇抜さが封印されているしでまるで一人暮らしの女子みたいに見える。ちょっとフフってなった。

「いや食べる!食べに行く!ギアッチョの要件が終わったらすぐ部屋に行くからちょっと待っててくれ!」

 私の言葉に顔を明るくさせたメローネは「腹減ってるんだよ」って言いながらお腹を押さえる。その仕草はまるであざとめな女子……メローネって……女子だったっけ?

「分かった。鍵開けとくから勝手に入って。」

 果たして寝起きに食べても大丈夫なものを買っただろうか……甘いものは胃酸の分泌を促進させるからな。胸焼け起こさなきゃいいけれど、メローネなら多分大丈夫かな。頑丈そう。
 とりあえずずっと握り続けていたドアノブを回して部屋の中へと入る。そしてそのまま扉に寄りかかったら、ずっと詰まっていたらしい息が口から全部吐き出された。

「殺られるかと、思った……」

 ギアッチョさん?くん?との見合いっこがとにかく怖くてやばかった。威圧感が半端ないし、とにかく顔……顔が怖いのなんのって!夢に出たらどうしようっていうレベルのガン飛ばしを食らったぞ!
 家に入ってから変な汗が出てきた上心臓が走ったみたいにバクバクしている。でもあのメローネの友達ってことは結構いい人かもしれないし、こうやって見た目で怖がるのは失礼かな。しかしあのメローネの友達だけあって只者ではない気もして……これはあれだ。深く考えない方がいい。彼はメローネの友達ってことで完結させましょう、うん。

「とりあえずアイス冷やして、甘いもの出して……」

 とにかく今はメローネに甘いものを与えねば。玄関から離れたらすぐに準備に動き回った。




******

「あれが噂のお隣さんかァ?」

 ギアッチョが来るのは分かっていたが、疲れで寝過ごしてしまいブザーをギンギンに鳴らされた。

「ああ。」

 昨夜の急な任務中、隣に女が住んでいるって言ってたくせに何で使わなかったんだ?時間食っちまったじゃあねーか!ってギアッチョに言われ、渋々あいつは違うんだっていう話をした。いい奴だっていろいろ言いはしたんだがどこか気持ち悪いものでも見たかのような顔をされて……それで話は終わったはずだったんだが、偶然に会ったから話が再び戻ってきた。

「ハナは見ての通りいい奴でな。オレが求めてる母体とは違うんだ。」

 ハナは凶暴っちゃ凶暴なんだがそれはアルコールが入った時じゃあねーとなかなか見せてこない。叩いたあの時に見せた攻撃性だってただ単に反射的だろうし、ジュニアを創っても多分求める姿にはならないだろう。

「確かにいい奴だったな。疑問を解決してくれたしよォ〜」

 ギアッチョはオレの後ろでそう言うと、扉を閉めて完全にオレの家へと入り込む。

「だろ?」

 音だけでそれ確認した後で今日渡す約束だったブツを手に取り、ギアッチョへと振り返ってからハナの良さをちょっぴりとだけ話してやった。

「どんな話でも乗っかるし、気さくだし、ただのお隣さんだってのに貴重な酒を分け与えてくれるしでな……めちゃくちゃよくしてくれるからもう、殺すだなんて心が痛む……!」

 何度かハナを殺す夢は見た。手順通りにスタンドで孕ませて、そして立派なジュニアを創る……しかしだ。不思議なことに夢の中ではそこにジュニアが現れない。代わりにいるのは死んだはずのハナだ。笑いながらビールの缶を持って、オレに差し出していた。夢の中でも飲むのかあいつはってなったよな。

「確かに話には乗ってくれたが……別におまえがお隣さんをどう思おうがどーでもいいぜ。」

 しかしギアッチョは話を振っておきながらピシャリと「どーでもいい」とかぬかしやがる。っていうか話振ったのかおまえ。知らない女に向かってか?

「ただよォ〜メローネぇ?女にかまけて任務に支障をきたすとかはやめろよなァ〜!いざとなったら使えるもんは使う、その覚悟だけは忘れんじゃあねーぞ!なぁ!」

 疑問が残る中で痛いところを突くようにオレにそう言うと、ギアッチョはオレの手から目的の物を奪い取り、背中を向けて再び扉の方へと歩き出す。

「じゃあな!明日遅刻すんなよ!」

 そして扉まで辿り着いて乱暴にそれを開けると、そのまま外へと飛び出してギアッチョは部屋からいなくなったのだった。

「……覚悟、か。」

 使えるものは使う。そうしないとオレらの世界では生き延びることなんて出来やしない。ギアッチョが言っていることはオレらの間では正しい選択でしかなくて、今のオレには何故か複雑さしか感じられない。

「絶対母体には使わないって覚悟ならしてんだけどな……」

 大事なお隣さん。ほとんど死んでいた心の中にパッと明かりを灯してくれた女……オレの都合に合わせてくれる貴重な人間。だからあいつを殺めるとかそんなこと、その都合が欲しい今のオレには出来そうにない。

「つーかクロスワード片手に言われてもなァ〜!」

 まずは説得力を以て話してほしい。そう思うオレだった。




 久々に触れた優しさの相手がハナだった。


「あ、あの……」
「あ゙?何だよブザー女ァ!」
「いやどちらかと言えばそっちがブザー……じゃなくて、これ差し上げます。」


 だから特別なんだと思う。


「んだよこれはァ?」
「チョコです。いっぱいあるからどうぞ!それじゃ……」


 そのままにしておきたいって思ってしまう。


「……マジでめちゃくちゃいい奴じゃあねーか……」


 だが腹の奥底では欲しくて堪らない自分も現れ始めていて、毎日葛藤を繰り広げ続けている。

 頭の中は矛盾な言葉ばかり。どうしたってオレは汚れていた。




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