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 やりたいと思ったら既にやっている。この世界での常識のままに言ってしまって現在のオレには後悔しか残されていない。

(だからってハナに言っちゃあ駄目だよなー……)

 ハナのことを普通の女として見るつもりでいたはずだった。だったんだが……ビールを飲んで騒ぐよりも愉しいことがしたいっていう欲がいきなり入れられたスイッチのせいで出てしまい、なんの気無しに投げ付けたシュークリームのおかげで取り返しがつかなくなるような下世話な内容を爆発させて、現在脳みそでは反省会が開かれている。
 下手したらもう部屋の扉を開けてくれないかもしれないくらいにやばい。かなりやばい。冷や汗ばかり出てくる。

(ハナも……ハナだって悪いんだぜ……)

 大事にしたいっていう最初の気持ちは歪み切って千切れて消えた。クリーンな関係を築きたいと思っていたオレも既に霞んでディープなものを望み始めてあの意志はゴムが伸びたズボンのように無駄だったことを思い知らされる。
 もうずっとハナのあの舌が忘れられなくて勝手に思い出しては興奮していた。猫みたいにチロチロとクリームを必死になって舐め取る姿は正直可愛い……だがもっと大胆になったらハナは多分化けると思ったのが運の尽きだ。気が付いた時にはもう熱く語って固まらせてしまった。訂正しようにも過ぎちまったらもうどうにも出来ない。ハナはアル中でも根は真面目だしな……多分今頃失礼な奴だとか思っているんじゃあないか?それともアルコールで忘れてくれたか?

「おいメローネ、おまえいつになったら帰るんだァ?」

 かれこれ仕事が終わってからずっとアジトの中に泊まり続けている。帰ったらハナに無視されるんじゃあないかとか思ったらなかなか足が向かなくて、おまえらだって人のこと言えないくせにって思うんだが、周りからは帰らないオレは変な目で見られていた。

「別にいいじゃあないか。たまにはアジトにいたい気分なんだ。」

 ホルマジオに言われてはぐらかすように言葉を返す。理由を言ったら絶対にダセェだのあのメローネがだの言って笑われるからな……絶対に言いはしない。プライドが折れるようなことは──

「メローネおまえ……ブザー女にフラれたかァ?」

──んんんしかしこの空間には空気を読まないギアッチョという男がいた!この前あげたクロスワードについにキレて破き散らした後、言葉を拾ってしまったようでズバッとその存在を言っちまった!

「あ?ブザー女?」
「隣に住んでるっつー女だぜ。この前の菓子もその女のだろ?けっこー買い込んでたからなぁ……」
「いい奴じゃあねーかブザー女……」

 ギアッチョめ、あまり馴れ合いはしないがチームでよく組むからハナのことを教えてやったのに……よりにもよってホルマジオに教えるとか言語道断だ。後でお詫びに血液貰おう。

「フラれてはいない……多分。」

 ブザー女じゃあないぜ、ハナっていう可愛い名前があるんだぜって言い返したいのを堪えながら、オレは頭を抱えてハナのことを改めて考える。
 ハナはいい奴だ。汚れ仕事ばかりしてるオレなんかにビールや甘いものを与えてくれる優しい奴だ。スタイルは……特に尻に少し物足りなさがあるんだが、逆にそこがいい。これから時間をかけて育てていけるとか思うとどうしても興奮するし、それが欲しくて堪らなくなる。仕事で女を漁るのとは違う、ハナに抱くこれは別物の情だと感じたら胸がざわついた。
 オレが仲間以外に情を抱えるだなんて正直思いもしなかった。いつも過程をすっ飛ばして女を漁っていたオレが、まさかって……認めたら最早世界の終わりだった。

「オレ、平然と下ネタ言ってたんだぜ……」

 話しやすさに甘えてハナには結構要らんことまで話していた気がする。

「確かに尻は重要だ。赤ん坊を無事に産むにはかなり大事だからな。安産型に越したことはない……越したことはないないんだが……」

 それに比べてハナは安産型ではない。仕事の多忙さから夜は食欲がないのかそんなに食わないしな……心配せずにはいられなくてつい癖で世話を焼いてしまう。体には欲情しないんだ……しないんだが……あいつの口の中。あの控えめな舌を大胆にさせたいとか、あわよくばその舌を舐め回したいとか。オレからしたら普通でもハナが聞いたら絶対くたばれって叩くだろうくらいのことが頭を占めてしまっている。安産型の尻よりハナのアルコールに塗れたほろ苦そうな舌。あれに酔いしれたくて今はしょうがなかった。
 ……って考えながら思うんだが、あいつがオレみたいな思考回路だったらよかったんだが残念ながらそうじゃあない。ハナは文句を言いながらも真面目に仕事をする真っ当な人間だ。だからこの気持ちは絶対に伝わりはしない。
 ハナが普通だったから狂っているオレはそれに惹かれた。あの表向きに真面目な頭を壊して乱してみたいっていう感情に駆られるようになった。酔った時のギャップがいいと思うし、あの潔すぎる平手打ちは堪らない……そもそもあの日たまたま窓を開けなければずっとすれ違うような間柄だった。ここまでの仲にはなれなくて、まさにあれは奇跡みたいな出会い……だからだろうか、変に運命じみたものを感じてしまうのは。

「なぁ、ただのお隣さんのままじゃあ嫌な時って……どうしたらいい……」

 いい奴のままで留めるとか苦しい。酒を飲む以外にハナといろいろしてみたい。キスをしたり交わったり、決して他人にならない男女の関係……セフレはちょっと違うな、そんな中途半端なものよりも濃厚でちゃんとした、普通のハナが頷くような繋がりが欲しい。

「そんなの、普通に口説いちまったら片付く話だろ?」

 項垂れながらプロシュートのペッシ無限撫で回し大会を眺めていると、ホルマジオがサクッと今までに閃かなかったアイディアを発掘してくる。

「おまえの変態悪趣味に付き合える奴なんて滅多にいねーしよ、菓子が貰えなくなるのはオレらも困る。だったらもういっそテメェの女にしちまった方がいいぜ。」

 いろいろ失礼なことを言われたが、人の副産物を狙っているような話が出てきたが。それは確かにと頷くくらい的を射た回答だ。

「口説く……」

 口説くという選択肢は今まで考えなかったような気がする。スタンドの都合上健康で過激な女を選び続けてきた上に、愛し合う過程だなんてものはすっ飛ばして子を植え付けてた挙句に産ませたら後は殺すことを繰り返し続けてきたようなオレにはまず浮かんでこない。

「いいや、無理だ。」

 だがしかしハナにそれは通用しないだろう。威張ることじゃあないんだが、出だしで既に失敗をしているからな。お節介の言葉をかけたら平手打ちを食らった上それが切っ掛けで本性もバレた。今更着飾って口説いたところで絶対何の冗談だってなるだろう。

「じゃあプレゼント作戦でもするか?女ならネックレスとかピアスとか、バッグとか。」
「あいつはアクセサリーはしないしバッグはこの前買ったって見せびらかされた。」
「だったら美味いもん食いに行くとか、」
「あいつは夜は家でビール一択だぜ。」
「オヤジかよ……それなら家で映画見ながら空気を持っていっ「残念ながら家にはAV系しかないんだ。」
しょーがねーなー!本当に口説く気あんのかよ!」

 口説くのが無理ならどうするっていう論争をホルマジオと繰り広げる。だがどれもしっくりと来なくて首は傾くばかりだ。職場の男の毒を見て会社の爆発を懇願するような女を口説くとなると、やはり最初の好感度が大事だしそしてその好感のまま演じ切らないとならない。最早修正の余地がなくただただ無理という言葉を連呼するしかなかった。

「大体緊急の仕事が入ったらどうせ殺すんだろうが!」

 おまけにそんな言葉まで出てくる始末だ。「どうせ殺す」っていう言葉は今のオレには胸に刺さる。何でだよ、どうしてハナは取っておいちゃあいけないんだ?そもそもハナは母体に向いてないのに。嫌になるぜ……

(帰ったら……どうするか……)

 嫌なことがあったら飲む。ハナはビールを飲めば嫌なことも吹っ飛ばせる。
 だがオレはそんな風には出来ない。嫌なことがあったら殺意が湧くし交わって気を晴らしたくなる。組織に入った以上無駄な殺しは出来ないが、後者は……今は無理だろう。なかなか困るな……

「なぁ、メローネのそれってよォ?」

 ずっとプロシュートに撫でられ続けていたペッシはオレとホルマジオの話を聞いていたようで、顔をこっちへ向けながら少し困惑気味に訊ねてくる。

「その女のことが好きってことでいいんですかい?」
「……え?」

 そしてそれを聞いたら最後、オレは周りから痛い目で見られることになったという。


「いや、好きなんじゃあじゃあねーのかよ。それ……」




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