電車に揺られ駅を降りて、再び電車に乗る。
悠々と天高く聳え立つビル。喧騒の中を四方八方に過ぎ去ってゆく人々。真新しいものが新鮮で、ついつい目移りしてしまう。

そんなわたしを尻目に、狗巻くんは自身のスマホや構内の掲示板を確認しながら、人混みの中を迷わず突き進んでいく。

きっと慣れているのだろう。すごく頼りになるなあと、その背中を尊敬の眼差しで見つめて、わたしは彼の後を追った。



「こんぶ」
「渋谷だ…!」



ワンコの銅像で有名な某都市。
若者向けのショッピングセンターやショップがひしめき合って、キラキラとした街中はたくさんの活気に満ち溢れていた。狗巻くんは慣れた様子でショッピングセンターに入って行くので、わたしはその後を遅れないようにぴったりとくっついて着いていった。

見たこともないような種類の洋服たち。可愛らしい雑貨屋さんや異国情緒漂う怪しいげな小道具店。東京のお店の多さをさまざまと実感しては、その数の豊富さに驚きが絶えなくて、刺激される好奇心がとても楽しくて。


「あ……」


しかし時折、人の合間を縫うように佇む、異形の姿を捉えた。音もなく、すうと消えては、また別の場所でこちらの様子を伺うように覗いている。あれもきっと、呪霊。

誰にも気付かれず、そこにいるだけの存在。負のエネルギーが蓄積されて形骸化する、人の悲しみや苦しみ、憎しみの塊。その存在に気が付かなかっただけで、彼らはずっとわたし達の側にいたのだろう。見えるようになった今、それを思い知らされる。


お昼を過ぎた頃、狗巻くんが立ち止まったのは某カフェチェーンだった。

確かに少し疲れたかもしれないとぼんやり考えて、一旦休憩を取ることにした。例に漏れず買ってもらったコーヒーを一口含み、わたしは一人分の席に積まれた袋の中身を一つずつ思い出しながら、ぽつりと呟く。


「他に何かいるかな…」


洋服と洗面用具、キッチン用品など、一通りは買い終えたと思う。言わずとも会計は全て狗巻くんがやってくれて。わたしはレジの少し離れたところで、支払いを済ませる彼の姿を眺めていた。


「あ、いや別に何か欲しいわけではなくて」
「ツナマヨ」


狗巻くんの視線が突き刺さって、わたしはうぐ、と押し黙る。ちょっと遠慮しすぎてしまっただろうか。でもちゃっかり必要以上の物も買ってもらった気がしてならない。
例えば、マグカップは二つも要らないし。でもあれは狗巻くんが勝手にわたしの手に取る物をぽいぽいカゴに入れていくから…と、悶々とその時の様子を思い浮かべる。

狗巻くんは再びスマホを取り出して、そこへ視線を落とした。タタタと今までにも何度か聞いた音が続いて少しすると、彼はその画面を見せるようにこちらに差し出した。



『何か必要になったらまた買いに来たら良い』



視界がパッと明るくなった、そんな感覚がした。
狗巻くんから発される後光の輝きを、わたしはしかと捉えた。


「いいの…?」
「しゃけ」


彼の返事に思わず頬が緩む。
しゃけは肯定だと知っていることがこんなにも嬉しい日が来るとは。フフフと意味もなく笑っていれば、こちらを見つめる狗巻くんの、マスクの下から、微かに空気が揺れる気配がした。






行きに見た高専への帰り道が、今は夕陽の赤色に染まっている。


「ほんっ…とうにありがとう」
「しゃけ」


ホクホクと購入品の袋を抱え直して、わたしは今日の事を思い出していた。

色々な場所とお店を点々として、少し寄り道もしたけれど、無事に全てのものを買い終えることができて良かった。
下着を買うときはヒヤヒヤしたけれど、某ファストブランドで他の洋服と一緒にカゴに入れたから多分大丈夫(?)

意外にも狗巻くんは買い物に積極的だった。
だからという訳ではないが、わたしの想像していたよりも多くのものを買ってもらってしまって、それについてはわたしが断ればよかっただけなのだけど、想像以上に、買ってもらった物以上に買い物そのものが楽しくて。

狗巻くんにはまた行ったらいいという許しを得たけれど、やっぱりまた行きたいという願いは図々しいのでは、と思ってしまう弱気な自分が、少しだけ悲しい。


「大切に使うね」
「しゃけ」


寮の前に着いて、狗巻くんに持ってもらっていた袋を預かる。ずんと重くなった購入品の数々にやはりちょっと買いすぎたかも、と二人で苦笑いを溢した。

思えば、こんな風に友達とショッピングするなんて久し振り。慕っていた祖父が亡くなって近頃は、勉強に没頭することで気を紛らわしていたから。



「今日はすごく楽しかった。また、本当にありがとう」
「しゃけ……こんぶ」



後を引く名残惜しさを断ち切るように、わたしは彼に背を向けた。







薄暗い廊下に夕陽が降り注ぐ。
目を瞑れば、視界はその色に染まる。

今日見た呪霊もやっぱり違った。皆、姿形は同様に異形の影を残すのに、あれは違う。

ちらりと窓の外を見やれば、影の黒に染まる木の葉がざわざわと揺れている。ひぐらしの音が甲高く鳴り響く傍らで、鳴くことをやめた蝉が、ぽたりと地面に落ちた。

夏が終われば、わたしは帰るのだろうか。
また、あの場所に。


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