ばさり。風に煽られたカーテンがはためいて翻る。窓から燦々と差し込まれる太陽の光がひどく眩しかった。
焼き尽くされる森と共に、あの日わたしは、黒い怪物に飲み込まれて死んだ。
それが、全貌で結末。わたしは、ただ静かに横切ってゆく時間の流れに、耳を澄ませていた。他人事のように自分のこととして紡がれる言葉は、まるでそのような物語を聞いているようであった。
ゆっくりと歩き始めた道を、ふと振り返ると、通ったかどうかも分からない別れ道を通り過ぎていた。それは、信じるとか信じないとか、そういった是非の別れ道。どちらに進んでいたのだろう。と、引き返そうとした足を止め、どちらでもいいやと、わたしは思考の匙を投げる。確かめたところで、それを受け止める余裕も、否定する勇気も、わたしには残されていなかった。
「じゃあまず君の処遇から」
その一。保護観察処分。
保護観察とは、罪を犯した人間が社会生活の中で指導監督を受けながら自らの更生を図ること。わたしが一週間眠りこけている間に、学校つまり呪術高専側で、わたしの今後の扱いについて話し合われたようだった。その結果下されたのが、夏の間学校側の監視下の元生活を行うというもの。特に思いつかないけれど、色々な選択肢があっただろう中で、最も平和的な解決策なのではないかと思う。
話し合いの場が設けられるほど重大(?)な、わたしが犯した罪とは、この場合、" 静止を聞かず呪霊に関わった" というところだろうか。
呪術高専。なんだか物騒な名前であるし、聞きなれない学校だ。それにただの学校ではないことはとっくに気が付いている。一体、この人、五条さんは何を教えていて、彼は何を学んでいるというのだろう。あの黒い異常気象のような化け物と対峙することがある授業なんて、そんなことあり得るのだろうか。許されるのだろうか。あの特殊な事例というか現象に対して、この学校ーーというより組織は、ある種の特権のようなものを持っているのかもしれない。そうでなければ、わたしに”処分”など下せないだろう。
途端に行く先を照らす明かりは消え失せて、あたりは真っ暗に包まれる。わたしはどこに行くのだろう。このままどこにも行けなくなったらどうしよう。白いシーツにくるまれた足の感覚が急に分からなくなって、このまま逃げ出してしまいたいような衝動に駆られる。
「それに、棘が君を生かした」
ぱっと、定まっていなかった焦点が彼に合う。棘、と呼ばれたその男の子。相変わらず、眠たげに緩められた目元はどこか違うところを見ていて、合うことはなかった。あの時もしていたネックウォーマーで、口元を隠しているのはやはりあの模様の所為だろうか。街中では目立つだろうな。あれはいつから彼の頬に鎮座しているのだろう。
その彼がわたしを生かした。確かに、わたしは彼に生かされた。しかし、この流れでのその言葉は、彼が先の平和的解決策の決定に一役買ってくれたということなのだろうか。それとも、あの時わたしの命を助けてくれたことを指しているのだろうか。どちらも当てはまりそうな一方で、どちらも違う気がした。
「あの、棘、さんは名前でいいんでしょうか…?」
「!」
「え、名乗ってなかったの?」
棘、という単語が出てくるたびに、それが気がかりで、もやもやとして仕方なかった。わたしは彼の名前をまだ知らなかったから。あの時はお互いに自己紹介をするほどの余裕も時間もなかったし、それに今だから言えることだが、当時は特殊な語彙のことで頭がいっぱいで、無意識に名前を聞くことを避けていたように思う。
彼は、今初めて自分の話題が出されたかのようにびくりと肩を震わせると、目を丸くしていた。五条さんの問いに、しばらく目を瞬かせていた彼は、うっかり忘れていたんだと弁明するみたいに首をぶんぶん横に振る。
「狗巻棘。ちなみに君と同級生ね」
「ツナマヨ」
呆れたような五条さんの横でピースをチョキチョキと動かす彼、もとい狗巻棘くん。その、こんな暗い雰囲気の中でもピースを作ってしまうような無邪気さと、同級生という単語がぴったりと結びついて、わたしは甘酸っぱい嬉しさを胸いっぱいに噛み締めた。緩みきった頬をどうにかすることも忘れて「よろしくね」と言えば、狗巻くんは、少ししてコクリと頷いてくれた。
そのニ。
「うん。まあちょうどいいかな。棘には君の監察官を任してあるから。何でも言うこと聞かないとだめだよ〜」
「おかか!」
狗巻くんがいきなり立ち上がるのでガタリと椅子が鳴る。監察官というのは何だろう。わたしに色々指示をしてくれる人ということだろうか。うーん。よく分からない。
「とりあえずわたしは何をしたらいいんでしょうか?」
「とりあえず何もしなくていいよ」
「え……」
「衣食住は提供するから」
つまり居候になれということだろうか。そんな、全てを与えてもらって何もせずにいるというのは、なんだか心苦しいし居た堪れない。既に迷惑をかけているのに、もし、ここにいる学校関係者の誰かから、さらに厄介者扱いなんてされてしまった日には、提供された居場所さえも無くなってしまう。嫌な想像が膨らんで、何と言うべきか考えあぐねていれば、見かねた五条さんがふむと一度考えてからこんな提案をしてくれた。
「じゃあ棘の任務のお手伝いっていうのはどうかな?」
「おかっ「お手伝い?」
狗巻くんと声が被ってしまったけれど、今回は譲れない。狗巻くん、ごめんなさい。申し訳なさと好奇心を天秤にかけて後者を優先した。監察官のお手伝いとはいかなるものか。想像がつかないのだけれど、お互いに一緒にいるのが一番いいのならば、助手として側にいるのが一番気が楽かもしれない。一方的に観察されるのも、放っておかれるのも、ただのニートになるのも嫌だ。
身を乗り出して五条さんの話の続きを促せば、のってきた五条さんが、同じようにこちらに身を寄せる。
「でも、そのためにはちょっとお勉強が必要だ」
そうすれば、さらりと白い髪が揺れて、溶けだした氷の水滴のようにきらきらと輝いた。まるで、内緒の悪だくみをするみたいに、囁いた五条さんの黒い目隠しのその奥が少しだけ透けて見えた気がして、わたしはごくりと喉を鳴らした。
「任せてください。こう見えて勉強は得意なんです」
わたしも負けないように意気込む。当事者である狗巻くんの「おかか!」の連発はちゃんと聞こえているはずのに、ちゃっかり彼抜きで話が進んでいることが面白くて、「あはは」思わず笑ってしまった。
前 | 戻る | 次