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嘘つきばかりのイデア

「というわけでファイさん――魔法教えてください、お願いします」

「……えーと……?」

「てめぇに矜持とかそういうもんはねぇのかよ……」

そんなわけで、あれから空汰さんたちの家に一時帰宅し、あちこち擦り剥いてボロボロになった黒鋼さんを手当てするべくファイさんたちの部屋を訪れた私は、黒鋼さんの応急手当を済ませたあともはや意地もプライドもなくファイさんに頭を下げていた。

黒鋼さんは額に手を当てて呆れ返り、ファイさんはいつもの微笑みに若干困惑を滲ませているが、知ったことではない。というか、凄く申し訳ないが迷惑なのは百も承知で頼んでいるのだ。ちなみにプライドとかは元々あんまりない方であると自認している。素晴らしきかな当たって砕けろ精神。

「だって! 現状私がいちばん足手まといじゃないですか! 阪神共和国ここでは巧断が憑いてるからまだいいですけど、これからそれなりに旅が長くなることを考えるとやっぱり最低限自衛ぐらいはできなきゃまずいよなぁと。で、色々考えた結果がファイさんでした」

まず黒鋼さんは論外である。男女の性差による膂力の違いはどうにもできないし、私にはそのパワーを補えるだけのスピードも反射神経もない。更に言うなら闘いなんて全然経験したことがないから、刀剣類のような武装を扱う技量もない。

先程の戦闘を見てなんとなく分かったが、黒鋼さんは理詰めで相手に理解させるよりも直感と経験を積み重ねた荒々しい戦闘を好むタイプだ。そんなひとが誰かに物を教えるというのは、その手の波長の合う人間でなければ無理だろう。……案外と、小狼君あたりは合うかもしれないが。

その小狼君は……これもやはり膂力の差で自衛の域に昇華させるまでには至らない。というか、小狼君は今サクラ姫のことで頭がいっぱいなのでそもそも頼める雰囲気ではない。

「……その、会ったばかりでおかしなこと言ってるのは充分自覚してます、分かってます。馴れ馴れしいとも思ってます。でも私、このままじゃだめだと思うんです……!」

この世界を出たら、巧断はいなくなる。私は完全に無力なただの人間になる。……その前にケロちゃんが私に魔力があると教えてくれたのが救いだった。勉強すれば、魔法が使える……かもしれない。分からないけど、やってみる価値はある筈だ。たぶん、一応。

「えーと……心意気は買うけど、オレ、魔法は使えないんだよー。次元の魔女さんにあの刺青を渡しちゃったからねー」

「えっ」

申し訳なさそうにファイさんは小さく笑って言葉を続ける。

「あれはオレが魔法を使うのに必要な魔力の素を兼ねてたんだ。だから今は魔法は使えない。未侑ちゃんに実際に魔法を教えてあげることはできないんだよー」

「そ、そうなんですか……」

がっくりと項垂れる。対価として魔力の素を差し出してしまったのなら、ファイさんは魔法は使えない。それならしょうがない、と諦めようとしてとぼとぼと部屋を出ようとする。

「――おい、待て」

「はい?」

私を引き留めたのは、壁に凭れる形で胡座をかきながらファイさんの話を聞いていた黒鋼さんだった。あちらの方から進んで私に話しかけるというのはなんだか珍しい……というか、ひょっとしたらはじめてではなかろうか。

「俺ぁ魔法については門外漢だ。なにせ魔力がねぇからな。小難しい話も知ったこっちゃねぇ。けど、実際に魔法とやらを使って馬鹿娘に教えてやることができなくても、座学として理屈を教えてやることはできるんじゃねぇのか」

……それは、たしかに。

「小娘が魔術師として使い物になる所まで伸びるかどうかは、本人の努力次第だろう。一から十までてめぇが手助けしてやる必要はねぇ筈だ。……そして、それが分からねぇほどてめぇも馬鹿じゃねぇ。現状、この中でいちばん足引っ張ってんのが誰なのか考えたら、むしろ魔法を学ばせることには利点しか生じねぇだろ」

紅い瞳がファイさんを捉える。……あの、ひょっとして私除け者っつーか、要らない子扱いっつーか、この場のメンバーとしてカウントされてないんじゃないですか。


「――それとも、こいつに力をつけられたら不都合な理由がてめぇにあるのか」


ファイさんの笑顔の質が変わる。割れかけた仮面の上から更に無理矢理もう一枚仮面を被せたような、無機質な笑顔。

「……そんなことないよー。黒様、ちょーっとひとのこと疑いすぎじゃない?」

茶化すような声は、いっそこの場では不自然なほどにいつも通りだった。

ファイさんの視線が私に移る。

「……あの、ファイさん。ファイさんが嫌なら、私はいいですから……」

「――いや、いいよ。未侑ちゃんに魔法を教える」

緊迫した空気に耐えかねて引き攣った笑顔を浮かべつつも「やっぱり迷惑でしたよね」と続けようとした声は、断ち切るように遮られた。

「オレが魔法を使えないのは本当だから、机に向かって勉強するのが中心になるけど大丈夫かなー?」

「え、あ、はい……」

思わず頷いたあとには、ファイさんの笑顔はいつものそれに戻ってしまっていた。

「なら良かった」と笑ったファイさんは、そろそろ夕飯ができるからと下に降りていってしまった。ああ、気まずい。

……黒鋼さんとふたり、取り残される。

「……あの、黒鋼さん」

「チッ。あのへらい魔術師、やっぱり気に食わねぇ。何考えてやがる」

黒鋼さんは不愉快そうに舌打ちして、それっきりいつものように黙りこくってしまった。

――私、ひょっとしてというか、これ絶対ファイさんの地雷踏んだよなぁ。

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