溜め息は何処にいく
「おい未侑、おまえ大丈夫か!?」
「朝食った鮭の塩焼きゲロりそう……」
「あかん」
阪神共和国有数の観光名所のひとつらしい阪神城。その天守閣の天辺に鎮座する金色の鯱に私はロープ一本で吊るされていた。正直今すぐ白目を剥いて気絶してしまいたい。こんなのロープがぶちっと切れてしまったら紐なしバンジーで地上にまっしぐらじゃないか、やめてくれ。私は絶叫アトラクションは苦手なんだ。というか、そもそもこんな所にくくりつけられて平常心を保てる人間もそういないと思う。隣の正義君も泣いてるし。……モコナはめっちゃ喜んでるけど。
「あのさケロちゃん、そう言うなら助けてよ。昨日のあの大きいライオンっぽいやつ。羽根生えてんなら飛べるでしょ……」
「構わへんけど、その場合わいやとロープを食いちぎったあと、背中に乗って安全バーなしのジェットコースター味わうことになるで」
「あー、あー! 空が綺麗だなぁ――!」
どっち道危険な目に遭うのは変わらなかった悲劇。ガッデム。
というかまず、と天守閣に仁王立ちしてる女性をちらりと見る。
「笙悟君は、ぜぇーったいに渡さないんだから!!」
「見たことはあるけど話したことないからそういう問題じゃねぇと思いますー!」
私と正義君、モコナをかっさらってきたこのプリメーラという女性――といっても、私よりひとつかふたつ歳上といった程度だ――。ひらひらのフリルのスカートにくるりとカールさせた長い髪、異性が「可愛い女の子」と聞いて思い浮かべる要素を全て持っているようなこの彼女と、その親衛隊たちにさっきからずっと監視されているのだ。下手に抜け出そうとすれば間違いなくややこしいことになってしまう。
親衛隊たちの話から拾い聞きした情報によると、可愛らしい外見のイメージどおり彼女はアイドルをやっており、幼馴染みのあのリーダー――彼女が言うところの笙悟君=\―のことを異性として好いているんだとか。
「だって笙悟君言ってたもの、あなたのこと気に入ったって!」
それはたぶん私≠ナはなく私の巧断≠ナあるケロちゃんのことだと思うのだが……。
「気に入ったってよケロちゃん」
「わい関係あらへんやん! 売り渡そうとするなや!」
「大いにあるでしょ!!」
くわっと一喝し、ぶらーんとぶら下がる私の肩に座っていたケロちゃんをむんずと掴んでプリメーラさんの方に放り投げようとする。プリメーラさん、こいつです。あなたの好きなひとが気に入ってるのは私じゃなくてこっちのぬいぐるみもどきです。
わあわあとひとりと1匹で言い争っていると、観衆たちのざわめきに負けないほどの響くような大声が耳に届いた。
「この手紙を書いたのは誰ですか!?」
「小狼君!?」
遥か眼下に広がる地上には、私たちを連れ戻しにきてくれたのか小狼君と黒鋼さん、ファイさんが揃っていた。何やら紙きれのようなものを掲げるように見せて差出人を探しているようだが、この距離ではその内容までは分かりかねる。
「あたしよ――ぉ!」
その問いかけに、語尾にハートマークでもつけそうな可愛らしい声でプリメーラさんが答える。天守閣から身を乗り出しているが、身体能力には自信があるのか平気そうな顔をしていた。
「未侑さんと、モコナと正義君を下ろしてください!」
「……あれシャオラン≠カゃないの?」
「えっ」
プリメーラさんがきょとんとした表情で頭上に吊るされている正義君を指差すが、残念ながら名前も容姿もまったくかすっていない。どうやら彼は人違いでここに連れて来られてしまったらしい。……なんという運のなさか。
「小狼はおれです!」
「ばか――ぁ! 思いっきり間違えてるじゃないのよ――ぅ!」
プリメーラさんが私たちを連れてきたらしい親衛隊のメンバーたちをべしべしとハリセンで叩く。が、叩かれた当の本人たちはなんとなく嬉しそうな顔をしていた。……えっと、マゾ?
「用があるならおれが聞きます! 早く3人を下ろしてください!」
「だめよ」
プリメーラさんはあくまでも耳を貸さないつもりらしい。軽やかに城の屋根の上に降り立ったプリメーラさんは、小狼君にびしっと人差し指を突きつけた。
「返して欲しかったら、あたしと勝負しなさい!」
その申し出を受けると言わんばかりに一歩前に進み出たのは、小狼君ではなくファイさんだった。次の瞬間彼を包むように薄緑の翼が顕現し、そこからゆっくりと巨大な鳥が姿を現していく。額中央に埋め込まれるようにして輝いている、大きな石が特徴的な大鳥だ。同じ鳥でも一目で先程私たちをさらった巧断よりも格が違うと分かる。ほぼ間違いなく特級位。なんだこりゃ、特級位のバーゲンセールか。
絶句している私をよそにファイさんはいなすように巧断の頭を撫でると、そのままふわりと浮き上がった。
「と、飛んだ……」
「憑いた相手に飛行能力を与える巧断やな。空を飛ぶ能力っちゅーんもなかなかにレアなやつやで。ま、空飛べるようになった言うても元の身体能力は変わらんままやし管制や制動の類は全部自分でやらなあかんから、珍しい分ごっつ扱い難しいんやけど」
なるほど、ピーキーということか。
しかし、ファイさんの動きはそんな扱いの難しさなどまったく感じさせない実に軽やかなものだった。ものの数秒で巧断の特性を掴んだのか、プリメーラさんが次々と繰り出す攻撃をひらりひらりと避けていく。
「なんで当たらないのよ――ぅ!」
「当たったら痛そうだしぃ」
へにゃんとした笑顔は完全にいつものそれだが、相手からしてみれば自分をおちょくっているようにしか見えないだろう。現にプリメーラさんは額に青筋を浮かべて、いかにも怒ってますと言わんばかりに頬を膨らませている。完全にファイさんの挑発に乗せられていた。……彼本人に挑発の意図があるかどうかはいまいち分かりかねるが。
頭に血が上っているのか次第にプリメーラさんの攻撃も狙いが雑になっていき、どんどん周囲の建造物や城の石垣を破壊し、時間をかければかけるほど洒落にならないレベルの瓦礫の山ができあがっていく。――が、それでもファイさんには届かない。
……あれ、大丈夫かな私。今なら監視も手薄だし、そろそろ脱出した方がいいんじゃあ。
そろそろ冷や汗ものの一方的な破壊活動――なにせファイさんは防御と回避に専念していて、これまで一度も攻撃はしていない――は顔を青ざめさせるレベルに到達し、ついに、
「――可愛い女の子に怪我させたくないから、やめない?」
……プリメーラさんの攻撃をかわしつつ天守閣に辿り着いたファイさんが彼女を制圧するという形で決着がついてしまった。
「悔しい――!」
「あっ」
どうやら彼女、マイクのスイッチを切っていなかったらしい。大声で放たれた悔恨の叫びがスタンドマイク型の銃口から発射され、見事に私たちが吊り下げられていた天守閣をぶち壊す。れっつ紐なしバンジー。
「ほらやっぱりぃ――!」
だと思ったんですよね――! 助けてケロちゃぁーん!