逃げる事を知らない君へ
「よっ、と。未侑ちゃん、大丈夫ー?」
「あ、ありがとうございます……」
ケロちゃんが眩い光と共に獅子の姿に変貌し、慌てて私を受け止めるよりも早く動いたのはファイさんだった。軽やかな体捌きで落ちてくる瓦礫を避けながら、ひょいと私を受け止めてくれた。……くれた、のだけれど。
「……あの、ファイさん。重くないですか……?」
「え、全然ー。大丈夫だよー?」
ふにゃりと笑うファイさんは、天守閣から落下してきた私を横抱き――いわゆるお姫様抱っこしている。ひぃ、恥ずかしい。というか、私あんまり軽い方じゃないんだけどな! 体重がバレるから嫌だな!
「そういえば、正義君たちは……」
「例のチームのリーダーが助けてくれたみたいだよー。ほら」
ファイさんがやった視線の先を追うと、同じく天守閣から落ちてきたモコナと正義君が、あのエイのような巧断の背に受け止められていたところだった。あのひと、来てたのか。
「何やってんだ? プリメーラ」
「笙悟君!」
「おまえ、仕事だろ。コンサートはどうしたんだよ」
その後わあわあと揉めはじめるふたり。どうやら口論の内容からするにプリメーラさんは別に彼の指示を受けて小狼君をさらおうとしたわけではなく、こうすれば彼が構ってくれると思ったわけで、つまり完全に独断での行動だったらしい。
「小狼――! 小狼――!」
と、阪神城の屋根の上に不時着したモコナが急にぴょんぴょんと跳ねはじめた。よく見るとその顔は妙にリアルなものになっている。羽根の波動を感知したときのものだ。近くに羽根の気配があるのだろうか。
「ある! 羽根がすぐ傍にある――!!」
「どこに!? 誰が持ってる!?」
「分かんない――! でもさっき、凄く強い波動感じたのー!」
ぴょーんと大きく跳ねたモコナは、そのまま器用に屋根を伝うように跳ねていきながらこちらに戻ってきた。最終的にすっぽりと私の腕の中に収まる。
「モコナ、よく私のところに来るね」
「未侑の傍、なんだか安心できる!」
「そっかぁ」
気を許されている、ということなのだろうか。相変わらずブレないモコナの可愛らしさに彼女の頭を撫でていると、獅子の姿のケロちゃんがぐいっと服の裾を引っ張ってきた。
「おい、あんまり心配かけさせるなや!」
「ご、ごめんごめん。守ろうとしてくれたんだよね、ありがとう」
モコナを頭に乗せて両手を空け、不機嫌そうに唸り声をあげているケロちゃんの頭を撫でる。彼の頭部はよく見ると鎧を連想させる金属の部品で覆われているので、撫でると冷たくてちょっと気持ちいい。金属部分に埋め込まれるようにして鎮座している赤い宝石が日光を受けてキラキラと輝いていた。
そして小狼君は、やはり笙悟さんと闘うことにしたらしい。羽根は強い巧断に憑くものであり、巧断が主を守ろうとするときにいちばん強い効果を発揮する。今このとき、小狼君たち以外のメンバーでいちばん強い巧断を憑けているのは間違いなく笙悟さんであり、彼が羽根を憑けている可能性がいちばん高いのだ。確かめるにしても荒事になってしまうのは申し訳なくもあるが――当の笙悟さんも、小狼君と闘うことを望んでいるらしい。ならば私たちが無闇に手を出すのは本意ではないだろう。まあ、強い巧断を憑けてる割に私は最初から戦力外だけれども。
「……その申し出、受けます」
「おまえら、手ぇ出すなよ」
私とファイさん、黒鋼さんの3人は既に闘いの被害が及ばない高い石垣の上に避難している。私はファイさんたちのようにひょいひょい石垣の上に跳び移れるような身体能力はないので、ケロちゃんの背に乗せて連れていってもらった。
「ヒュー。かっこいー、小狼くん」
「素直が取り柄の馬鹿じゃあねぇようだ」
「素直なの、いいことだと思うんですけど……」
「おめぇは素直すぎて逆に馬鹿」
「えー……」
そして横でさりげなく頷くのやめようよケロちゃん。
「でも本当、遺跡発掘が趣味の男の子ってだけじゃないね。――まだ子供だけど色々あったのかもね、彼にも」
闘いはやや小狼君の有利に進む。巧断は憑いた人間の意志や心の強さに左右されるもの。少なくともこの場では、絶対に羽根を取り戻すという強い意志を持つ小狼君の方が巧断の強さを十全に引き出せているのかもしれない。
「SET!
――GO!!」
そんな風に3人で会話している間に、笙悟さんの巧断が大量の水を吐き出して小狼君を攻撃してくる。モーションこそ繁華街で目撃した技と同じだが、威力は前に見たそれとは比べ物にならない。プリメーラさんとファイさんの闘いで崩れた瓦礫さえも押し流し、防御や回避の暇も与えず文字通り怒濤のごとく小狼君と彼の巧断を飲み込んでいく。……ここで決めにかかるつもりか。
――それでも、小狼君は立っていた。炎を纏った獣のような姿をしていた彼の巧断。それが膜のような形に変化して小狼君を包み込み、彼の盾になったのだ。巧断が自己判断したのか、咄嗟に小狼君が巧断の形を変えて変化させたのか……どちらにせよ、よほどの機転を利かせなければ不可能な技だ。巧断や自分が危機に陥ったとき、いかに柔軟な対応ができるか――こういうのも、いわゆる心の強さ≠フひとつなのかもしれない。
と、これまでの連戦に耐えかねたのか、阪神城の屋根の一部がミシミシと耳障りな音を立てはじめる。嫌な予感がして咄嗟に上を振り仰ぐと、屋根瓦の上に避難していた正義君とプリメーラさんの頭上に、一部が崩壊した阪神城の瓦礫や屋根瓦が雨のように降り注いでいるところだった。あんなのがまともに当たったらただでは済まない。ふたりとも自分の巧断には防御機能がないのか、頭を抱えて蹲っている。
「ケ、ケロちゃん!」
「あかん、間に合わへん……!」
思わずケロちゃんを呼ぶが、瓦礫が落ちてくる速度が速すぎて間に合わない。どうしよう、と一瞬頭が真っ白になる。異変に気付いた小狼君が戦闘を放棄して自分の巧断を助けに向かわせようとするが、あの場所から屋根の上までは距離が遠すぎて追いつけない。
「守らなきゃ!! 強くなるんだ――!!!」
もうだめだ、という言葉が脳裏をよぎったとき、眩いばかりの光が辺りを包む。思わず顔を手で覆って瞳を閉じ、次に目を開いたときには――
「な、なんぞこれ……」
――どういうわけか、正義君の巧断が阪神城さえもちっぽけに見えるレベルの大きさまで巨大化していた。