愛灯歌
「か、怪獣大決戦……」
でかい、と呟く。とにかくでかかった。正義君の巧断は一歩足を進めるだけで周囲の建造物を積木のようにぶち壊し、遂には口からレーザー光線のようなものを吐き出して遠くの繁華街に建ち並ぶビル群まで破壊しはじめてしまった。これでは数分もしないうちに被害が凄まじいことになる。このままでは怪我人――下手をすれば死人が出るかもしれない。
よく目を凝らして見てみると、巨大化した巧断の掌の上にはすっぽりと正義君が収まっていた。といっても、巧断の掌の大きさと比べれば彼など蟻のようなものだ。彼の巧断は本能に従ってひたすら主を守ろうとしているようだが、これでは巧断に守られる前に握り潰されてしまう。プリメーラさんが巧断から正義君を解放しようと奮闘しているが、あれでは焼け石に水だろう。
状況から推測するに、どうやら正義君は崩落する阪神城の瓦礫からプリメーラさんを守ろうとしたらしい。が、上手く巧断を扱えなかったらしく暴走させてしまってこんなことになってしまった……と、そういうことでいいのだろうか。
確認の意味を込めて変わらず獅子の姿で臨戦態勢を保っているケロちゃんに視線を向けると、彼はふるふると首を横に振った。
「いや、どっちかっちゅーとあれは――」
「あった! 羽根!! この巧断の中!!」
ケロちゃんの指摘に被せるように、羽根の波動をキャッチしたモコナが鋭く叫ぶ。この巧断って……正義君の巧断か!?
「羽根はあの巧断の中って……アレにかよっ!?」
「羽根は強い巧断に取り込まれてるんじゃなかったの!?」
小狼君と合流してようやく4人揃ったものの、なす術もなく呆然と正義君の巧断を見上げるしかできない。ある程度羽根のシステムについて理解があるのか、「なるほどね」と得心したように巧断を見上げるファイさんの表情もいつもと違って険しく、それだけでも予断を許さない状況であることが充分に察せられた。
「ど、どういうことなんですか……?」
ここ2日、正義君はほとんどずっと私たちの傍で行動していた。彼の巧断が羽根を取り込んでいたなら、モコナが反応する筈だ。あんなに近くにいたのに気付かない筈がない。第一、それならいちばん最初に会ったときにモコナが反応して――
「あっ」
思わず口許を押さえる。そうだ、はじめて会ったときも正義君はグループ間の抗争に巻き込まれて危険な目に遭っていた。
「そう、巧断は憑いた相手を守る。いちばん力を発揮するのは、守るべき相手が危機に陥ったとき」
隣に立つファイさんが、私の考えを補足するように言葉を紡ぐ。
考えてみれば簡単な話だ。正義君の巧断はもっぱら人探しに使われていたが、そもそも巧断が最も力を発揮するのは主を守ろうとするときであり、最も力を発揮できる≠ニいうのなら、比例してその瞬間にこそ羽根の波動も強くなる。そして、羽根の力をモコナが観測したときは決まって正義君が危険な目に遭っていた。傍にいたからといって、彼が人探しにばかり力を使って強い力を発揮しない――すなわち、羽根の力が働かないのではモコナに羽根の波動を感じ取れというのも無理な話だろう。
よく見てみれば、正義君の巧断が着ている道服に描かれている太極図のような紋章の中央にキラキラと輝くものがある。遠目なので正確に視認することはできないが、もしかしてあれが羽根なのだろうか。
「どうなってんだ? あの巧断は」
「羽根の力が大きすぎるんだなぁ。正義くん、あの巧断を制御しきれていない」
「意図せずとはいえ、分不相応な力を手に入れてしまった反動やな。今のあの巧断は、いわば主を守る≠チちゅう本能だけが先立って周りが見えとらん状態や。暴走の原因になっとる羽根だけ上手く抜いてやれば止まるやろうけど――っと!」
こちらに迫ってくる瓦礫をケロちゃんが前肢で弾き飛ばして粉砕する。まだ巧断に襲われたり、光線に撃たれたりといった直接的な被害は被っていないがそれも時間の問題だ。第一、こうやって瓦礫が飛んでくるだけでも一般人からしてみれば大問題だろう。現に阪神城に来ていた観光客や野次馬たちは数分も経たないうちにパニック状態に陥り、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「どうする気だ?」
「さくらの羽根を取り戻します」
即答だった。既に小狼君は巧断と共に臨戦態勢を整えており、仮にここで言葉を尽くして止めようとしても、構わずに進んでいってしまうだろう。黒鋼さんもそれは分かっているようで、彼を制止するというよりは、どちらかというとその覚悟を試すような問いだった。
「あのでかいのとどう闘うつもりだ。下手したら死ぬぞ」
羽根のブーストが巧断の暴走に意図せずとはいえ手を貸していることに加え、そもそも物理的に小狼君の巧断が敵うような大きさではない。となれば一撃必殺級の攻撃で巧断そのものを倒すぐらいしか手がないが、下手に容赦のない一撃を繰り出せば正義君を徒に傷付けてしまう可能性がある。巧断が一定以上のダメージを受けた場合、その痛みや衝撃は憑いた主にも跳ね返ってくるのは既に黒鋼さんが闘った相手が実証していると聞いていた。戦闘における実力や経験は小狼君の方が遥かに上だろうが、闘いにくさにおいては今回はそれを上回って余りあるほどに小狼君の方が分が悪い。
――それでも。
「死にません」
それでも、彼は言った。
「まだやらなきゃならないことがあるのに、死んだりしません」
自己犠牲ではない。自暴自棄になったのでもない。さりとて何か必勝の策があるわけでもなく、かといって油断慢心の類でもない。ただ、その信念ひとつ。サクラ姫のために――それだけを武器に前に進もうとしている。
一瞬、黒鋼さんと小狼君の視線が交錯する。
「んん、ここは黒ぴーとケロちゃんがなんとかするから行っておいで」
「って俺かよ!」
「ワイもかいな!」
ひらひらと手を振りながら先に行けと促すファイさんにひとりと1匹からビシッと突っ込みが入るが、不満を訴えられた当の本人はどこ吹く風で「だってオレ、黒様たちと違って切った張ったは苦手だしー」と笑っている。
「……未侑さん」
止めますか、と小狼君が暗に視線で問いかけてくる。
「……えっと」
困ったなあ、と頬を掻いた。行くなと言いたいのが本音だが、現状私は小狼君に贈れる言葉は何もないし、そもそもここで止めても彼は振り切って行ってしまうだろう。だから、行くなと言うのは違う。無茶するな……と言うのも何か違う。そもそも彼は今も充分無茶をしているのだし。現段階でお荷物ルートまっしぐらな私は、本来ならここは黙って見送るべきだったのだが。
「……待ってるから、帰ってきてね」
気付いたら、そんな言葉が口を突いていた。誰が待っているのか――私だったり、ファイさんだったり、黒鋼さん……は正直何を考えてるのか分からないので何とも言えないが、ここで死んでこいと言うような鬼畜ではない筈なのでたぶん彼も。あとは、あるいは空汰さんや嵐さんだったり。そしてたぶん、サクラ姫も。……彼女のことは何も知らないので、本当ならこうやって話に出すべきではないのだろうけれど。
そんな自分でもよくまとまってない思いを小狼君は察してくれたのか、彼は小さく笑って「行ってきます」と返してくれた。
「小狼君は強いねぇ、いろんな意味で。彼にどうして炎の巧断が憑いたのか、分かる気がする」
炎の獣を伴って空を駆けていく小狼君を見送りながら、ファイさんは呟くようにそう言った。
彼の願い、彼の望み――渇望と言い換えても良いそれは、サクラ姫を必ず救うというもの。狂おしいまでの情熱を心に灯すために、その
――闘いの果て。ひとつ取り戻した羽根を愛しそうに掻き抱く彼を見ながら、これからもきっと小狼君は揺らがずに羽根を集めていくのだろうと、そんなことを思っていた。