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博愛主義もその辺で

※夢主の容姿について詳細に記述している場面有り


「霧、濃くなってきたねぇ」

黒鋼さん、私、ファイさんの順で列をつくるように霧の中を歩く。先程まではかろうじて行き先が見える程度には開けていた視界も今となっては濃霧に閉ざされ、数m先を見渡すことさえも難しくなってしまっていた。もしこの霧の中ではぐれてしまえば、合流するには大変な苦労を要するだろう。さしずめ一寸先は闇ならぬ一寸先は霧≠ニいったところか。あまり遠くまで行っては小狼君たちの所まで戻るのに難儀するかもしれないと意見を述べるべく口を開こうとするが――、

「うん、暗いね」

「!?」

思わずぎょっとして立ち止まる。な、なんだ今の!?

「かなり遠くまで来たけど、誰にも会わないねぇ。民家もないし」

「こわいなこわいな」

「……あ、あの、黒鋼さん……何か変なものでも食べたんですか……?」

知らぬうちに顔の筋肉が引き攣るのが自分でも分かる。いつもの迫力のある低音と、ぶっきらぼうながらもどこか芯の通った誠実さを感じさせる喋り方からは想像もできないほど愛らしい――というか、正直言って引くレベルで似合わない――言葉に何事かと彼の後ろ姿を見つめ、次いで後ろのファイさんを振り返る。その笑顔はいつもの柔らかいもの……ではなく、どことなく悪戯を仕掛けているときの小さな子供のようなものだった。つまりは、黒鋼さんをからかっているときのいつものあの顔である。

「まあちょっと見てなって」と小声で耳打ちされ、なんとなく流れを察した私は無言で頷き一歩後ろに下がってファイさんに中央の位置を譲った。この時点で私も共犯な気がしなくもないが、正直このふたりの掛け合いは――黒鋼さんにとっては甚だ不本意だろうが――見ていてもはやコントの領域に達しているので、こちらに害が及ばない限りは見物していたい気持ちもあるのだ。

「――大丈夫だよ、傍にいるから」

うっかり吹き出しそうになった。

なにせ一昔前の少女マンガに出てくるような王子様めいたレベルの、およそ女性なら大抵の人間は見惚れてしまう美青年が大真面目に同性相手に「傍にいるから」なんて言っているのである。しかも背後にはいかにも口説いてますといった感じのキラキラオーラ付きだ。

「黒鋼、うれしい!」

「くっ……!」

語尾にハートマークでもくっついてきそうな台詞に、ついに私の腹筋が限界を迎えた。思わずその場にしゃがみこみ、身体を震わせる。ぶっちゃけ、さっきまで黒鋼さんの頭の上で益体もない話をしていたモコナの姿が見えない時点で色々と察するものはあった。あったのだが――これはちょっと、あまりにもツボにクるものがあった。大声で笑っては黒鋼さんの山より高いプライドを傷付けてしまうだろうという精一杯の計らいだったのだが、

「誰が黒鋼だ――!!」

まったく意味をなさなかったらしい。

「黒鋼が怒ったー!」

「気色悪いことするな!! おい小娘、てめぇも馬鹿みてぇに笑ってんじゃねぇ!!」

「は、ははは……すみません……! ツボに、ツボにハマって……!」

ついでに、こちらの腕の中に逃げ込んできたモコナと一緒にまとめて怒られてしまった。それからひとしきり大笑いして落ち着いたあと、再び歩みを進めはじめた私たちの中でファイさんがふと口を開く。

「でもモコナ、声真似上手だねぇ」

「あー、笑った笑った……。そうそう、黒鋼さんにそっくりだった。すごいんだね、モコナ」

「モコナ108つの秘密技のひとつなの」

えへんと胸を張るモコナの表情はどことなく誇らしげだ。しかし108つとは、まさか煩悩の数にでも合わせたのだろうか。

「あと107つは?」

「な、い、しょ」

興味をそそられたのかファイさんが訝しげに首を傾げて尋ねるが、モコナはわざとらしくも愛らしい笑みを浮かべてはぐらかしてしまった。

「モコナったら、焦らし上手ー!」

「可愛いー!」

そんなうちのマスコットをファイさんとふたりで撫でくりまわしているうちに、黒鋼さんは「勝手にしろ」といかにも呆れたような表情で溜息をつき、さっさと元来た道を引き返していってしまった。おっと、危ない。このままふたりと1匹で迷子は御免被る。

「待ってー」とふたりプラスモコナで黒鋼さんを追いかけつつ、深い森を抜けていく。元いた湖に近付いてきたのか、僅かではあるが霧も晴れてさっきまでに比べるとかなり周辺の見通しが良くなっていた。

「ったく……。小娘も大概そこの魔術師に性根が似てきたな」

「え、そうですか?」

呆れたような黒鋼さんの台詞に、私は首を傾げた。まあたしかに、なし崩し的なものがあるとはいえ件の勉強会も手伝ってこのメンバーの中でいちばん一緒にいる機会が多いのはファイさんだ。平時のノリやテンションが似てしまうのは仕方ない話……なのかもしれない。

「オレ、未侑ちゃんの先生だもんねー?」

「でも未侑、ファイっていうより侑子に似てる! 誰かをからかうとき、侑子っていつもあんな感じ!」

「そうなの?」

会話に入ってきたモコナから、思わぬ名前が挙がる。どうやら所謂オフの日の侑子さんはこの手のギャグに積極的なお人柄のようだ。なるほど、それを考えると侑子さんとファイさんは結構気が合うのかもしれない。

「ちょっと雰囲気も似てるし!」

「え、えー……。そうかなー……?」

それはさすがに苦笑せざるをえない。私と侑子さんの共通点といえば、精々髪型が黒髪ロングのストレートなことぐらいだ。あんなミステリアスなオーラは微塵も持ち合わせていない。

「いやぁ、でも大人になったらほんとにあの魔女さん系の美人さんになると思うよー?」

「ファイさんって、女の人と見るやすごいスラスラ殺し文句が出てきますよねー」

阪神共和国のときも、プリメーラさん相手に「可愛い女の子」とか言って押し倒す紛いのことやってたし。しかしそれでもサマになるのがイケメンという生き物である。私はといえばこの数日でだいぶ慣れたもので、彼の軽口も割と流すことができるようになっていた。まぁどんなに慣れても彼が容姿端麗なのは変わらないので、心臓に悪いのはそのままなんだけども。しかし歯の浮くような台詞を並べ立てられても不快感を感じないとは、やはり人間ルックスの効果とはかくも絶大なものらしい。

「黒様は、どうー? 未侑ちゃんのこと、可愛いって思うー?」

「あぁ? うるせぇ、知るか」

黒鋼さんはといえばそもそもこの手の話題に興味がないのに加えて自分の物真似でからかわれたのが余程腹に据えかねたらしく、いつも言葉少なだったのが更に無口かつつっけんどんになっている。

さすがに謝罪をした方がいいだろうかとファイさんとモコナにアイコンタクトを飛ばすが、ひとりと1匹は「大丈夫大丈夫」と笑顔で軽く手をひらひらさせるだけだった。いつも黒鋼さんをからかってるだけあって、彼の機嫌の上下についてはある程度把握しているようだ。つまりこの程度なら問題ないということらしい。

そうやって皆で――相変わらず黒鋼さんは黙ったままだったが――談笑しながら、小狼君たちと合流すべく集合場所まで歩いていると、突然森の向こうが光りはじめた。光ると言っても点滅するようなものではなく、まるで太陽の光がそのまま漏れているような、目も眩まんばかりの激しさだ。あの方向は――小狼君たちがいる所だ。

「何だ!?」

「あっち、小狼たちのいる所! すごく強い力、感じる!」

モコナが光の差す方向を指差し、一気に黒鋼さんとファイさんが張り詰めた表情になる。ひょっとしたらふたりに何かあったのかもしれないと思うと、私の表情も知らず固いものになった。

「行こう、未侑ちゃん。だいぶ歩いたけど、まだ走れる?」

「勿論です!」

ふたりに何かあっては大変だ。とにかく、早く光の差す方向に向かわねば。

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