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過ぎるほど鮮やか

「ただいまー」

「ただいま帰りました」

「ただいまです。……あ、ファイさん。この荷物、こっちでいいですか?」

「うん、ありがとー。そこに置いといてー」

ファイさんに促され、両手に抱えた荷物をテーブルの上に下ろす。中に入っているのは、この国で生活するにあたって必要な衣服だ。食い扶持を稼ぐ手段と当面の拠点を得たのはいいが、いつまでもコスプレじみた格好で辺りを闊歩するのは憚られる。というわけで、それぞれに似合いそうな衣服をセレクトして買ってきたのだ。ちなみに留守番していた黒鋼さんの分の袴は私が、眠っているサクラちゃんの分はファイさんが各自独断と偏見でセレクトさせてもらった。

「ごめんねー、女の子なのに重いの持たせちゃって」

「いえ、これぐらいしかお役に立てることなんてありませんし。何かあったらいつでも言ってください」

申し訳なさそうなファイさんに、軽やかに笑って返す。大した戦闘能力も特殊な能力もない私では、精々荷物持ちや雑用ぐらいでしか役に立てないのだ。むしろこれからも率先してこういう役割は引き受けていくべきだろう。

「黒わんたもいい子で待ってたー?」

「だから犬みてぇに呼ぶな!」

思わず苦笑する。黒鋼さんは知るまい、まさかこの国で本当に犬扱いされているとは。……ファイさんも、いくらこの国の文字が分からないとはいえ不釣り合いな名前を考えるものである。

「あのねぇ、仕事決めてきたよー」

「結構実入りのいい仕事らしいですよ。黒鋼さんが引き受けてくださるなら、ですけど」

訝しげに首を傾げる黒鋼さんに、ファイさんは「鬼児を倒してー」「お金持ってきてー」などとイマイチ要領の得ない説明を繰り返している。が、そもそも昨日襲ってきた怪物が何たるかさえ知らない黒鋼さんは頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべるばかりだ。

「ガキ共、説明しろ」

「はい」

「そう来ると思いましたよ」

大人組ふたりの間でのしっかりとした意志疎通が難しいことは既に学習済みだった私と小狼君が、代わりに説明を引き受ける。まぁこの場合ファイさんが説明下手というよりも、あえて要領の得ない説明をすることで黒鋼さんをからかっているのかもしれない。現に今も部屋の隅で「黒わんころが放ったらかしにしたー!」といかにもわざとらしい嘘泣きをしては彼をからかっている。

で、ひととおり説明を聞いた黒鋼さんの反応はといえば。

「――鬼児狩りか。退屈凌ぎにはなりそうだな」

「黒鋼、ノリノリー!」

「でも、本当に大丈夫ですか? 危険なんじゃ……」

私の心配をよそに、壁に凭れている黒鋼さんの真紅の瞳は獲物を見つけた獣のようにギラついている。彼ほどの実力の持ち主なら私の心配など杞憂に終わるだろうしそれが何よりなのだが、それでも万が一ということがある。

「あぁ? てめぇみたいにへにゃへにゃしててろくに鍛えてもいねぇようなのと一緒にすんじゃねぇよ」

溜め息が漏れる。

「黒鋼さんと違って私にはお城の壁をパンチ一発で粉々にするようなスペックはないんですから。一介の女子高生にそんな切った張ったを求めないでください」

モコナから聞いた話だが、このひと、高麗国で領主の城に侵入したときに拳ひとつで壁を砕くという何とも人間離れした技を披露したらしい。はじめて聞いたときは開いた口が塞がらなかったものだ。彼はいったいどこまで自分の戦闘能力をインフレさせていくつもりなのだろう。

――この分だと、止めても聞かないかー……。

「何かあったときに手当てでてんてこ舞いになるのは私なんですからね。あんまり無理はしないでくださいよ?」

「ぎゃあぎゃあうるせぇな、言われなくてもてめぇの世話になるようなことはしねぇよ」

――はぁー……。そうだといいんですけどネー……。

やれやれと肩を落とす私に、ファイさんとモコナは小さく笑った。

「黒様ってば、素直じゃないんだからー」

「黒鋼は、心配しなくても大丈夫だよって言いたいんだよね!」

「うるせぇ!」

がーっと怒鳴る黒鋼さんは小さく舌打ちしたあと小狼君に視線を移し、眉を寄せつつも口を開いた。

「けど、おまえはいいのか」

「え?」

こちらに話題を振られるとは思っていなかったらしい小狼君は、驚いたように栗色の瞳を瞬かせている。

「鬼児ってのがどれくらい強いのか分からねぇが、それを倒す仕事があって金が支払われてるってことは素人じゃ手が出せねぇってことだろう」

市役所で受付嬢が説明してくれたように、鬼児狩りは数ある仕事の中でも特に危険な職種に分類される。更に言うなら、相手はこれまでのように害意のない人間が意図せずして力を暴走させたわけでも、実力の伴っていない人間が欲に溺れて羽根の力を濫用したわけでもない。自然災害じみた理不尽で無機質な力の塊だ。いくら黒鋼さんがついているとはいえ殺すか殺されるかの命のやり取りにまで発展するのは必至であり、少し腕に自信があるという程度では確実に痛い目に遭うだろう。……最悪、それだけでは済まない事態になるかもしれないのだ。

しばらく何かを観察するように小狼君を見ていた黒鋼さんは、やにわに小狼君の顔面の右半分を鷲掴み、乱暴にその前髪を掻き上げた。突然のことに驚いた表情を見せる小狼君だが――今のは、反応できない速度ではなかった。いきなりのことでびっくりしたにしても、鬼児の襲撃に反応できた彼ならば。

「おまえ――右目が見えてねぇな」

険しい表情の黒鋼さんは、視線を小狼君から外そうとしない。さすがのファイさんも片目だけとはいえ盲目だったとは思わなかったらしく、意外そうな表情で小狼君を見ている。

「……なんで分かったんです?」

私の問いに、黒鋼さんはひとつひとつこれまでの出来事を思い出すように腕を組みながら口を開いた。

「初めておまえが闘うのを見たときは、巧断とかいうのを使っていた。ありゃ精神力で操るものだ、目が見えていようがいまいが関係ない。その次の国――高麗国だったか。あそこに着いた途端、領主の息子とやらに姫たちが腕を引っ張られただろう。

……おまえ、あのときそれを全く見ずに反応したな」

思わずといった様子で小狼君が右目を隠す。……たぶん、彼自身嘘をついたり強いて隠し立てしたりする気はなかったのだ。ただ、目が不自由であることが明らかになればほかの皆を心配させてしまう。それが心苦しくて今まで言い出せなかったのだろう。……優しい子だと思う。

「あの息子は本気で姫たちを痛めつけようとしていた。殺気とでも言えば良いのか……放っておきゃあ、持ってた鞭でも振るうつもりだったんだろう。おまえは見えないからこそその殺気に反応して、先手を打って息子を吹っ飛ばした」

五感のうちどれかひとつが欠けている人間は、それを補うためにほかの感覚器官が高度な発達を遂げたり、視覚や聴覚に頼らない直感的な判断能力が高かったりすると聞く。小狼君の場合、他人の感情や気配を察することによる直感を左目の代用として使うようになった――ということでいいのだろうか。

「あとは、昨日の鬼児だ。右からの攻撃への反応が僅かだが遅かった」

「あ……」

思わず声を漏らす。たしかに昨日の戦闘で小狼君が怪我をしたのも右肩だった。あれは単に苦戦していたわけではなく、右目が見えていなかったからなのか。

「もっと強い鬼児相手だと、怪我するだけじゃ済まねぇぞ」

サクラちゃんの記憶を取り戻す、羽根を集める――その気概は立派だ。それが小狼君の信念なのだから。けれど現実は、信念だけで誰かを――あるいは自分自身を――守れるほど優しくはない。それに伴う力、そして手に入れた力に溺れない強靭な精神が必要だ。信念と精神は揃っている。けれど、今の小狼君にはその心に見合うだけの力が足りない。……黒鋼さんは、たぶんそう言いたいんだろう。下手をすれば命に関わることである以上、心なしかいつもより黒鋼さんの口ぶりも慎重なものに聞こえる。

「……できるだけ迷惑をかけないようにします。――お願いします」

深く頭を下げる小狼君。これが今の彼にとっての精一杯の覚悟の表明であり、黒鋼さんに対する誠意なのだろう。ふたりの間を、決して短くはない沈黙が支配した。

「おっけーだよね、黒様ー」

「……ふん」

黒鋼さんの後ろからひょこっと顔を覗かせたファイさんが、確認するように首を傾げる。……さっきまで部屋の隅っこでいじけてたのにいつのまに出てきたんだ、あのひと……。

「ありがとうございます」

「良かったね、小狼君」

「はい!」

やはり緊張していたのか、私の言葉に小狼君もほっとしたように表情を緩めている。……ひとまずこの件は一件落着。コンビ結成ってことでいいのかな?



「……えーと、買ってくるのは……」

――その後。昨日の戦闘で壊れてしまった家の内装の修繕と喫茶店への改装を兼ねて男性陣が力仕事に勤しんでいる間、私はファイさんから頼まれたものを購入するべく財布とメモを片手に街に出ていた。

頼まれたのは、紅茶の茶葉やコーヒー豆を中心に軽食の材料や調味料などだ。ほとんど買い揃えたので今となっては茶葉を選ぶ程度だが、言うまでもなくこれらは喫茶店で出す料理に使うものである。ファイさんから頼まれたものを私がメモにしてまとめたものだが、こうして改めて見ると数量や銘柄も細かく指定されていて、彼の料理に対するこだわりが随所に感じられた。ひょっとしたら、あれで食にはうるさいひとなのかもしれない。

「女子力高いよね、ファイさんって……」

まだ拙いものだが、私の応急手当も元々ファイさんから教わったものだし。美人で、優しくて、料理もできて、細やかな気配りも欠かさない――これで本当に女性だったら、さぞかし異性にモテていたことだろう。異性の私から見ても優良物件すぎる。

――男のひとに負けてる私って、何なんだろうなぁ……。

世の人々がイメージする女性らしさが女の全てとまでは言わないが、容姿は十人並み、これといって自慢できるような特技や才能もなく、最近は文字通り荷物持ちが存在意義と化しつつある私と比べれば雲泥の差である。しかも比較対象のスペックが同性ではなく異性なのだから、虚しい気分になるのも仕方ないだろう。

「やはりもっと女子力を高めるべき……!」

だが私の中で女子力の定義は絶賛迷子中だ。……この分だと、魔法だけじゃなくて料理もファイさんから教わることになりそうである。やはり女子力は正義なのだろうか。いや、そもそも女子力とは何なのだろう……。

――つらい。今、私はとてもつらい……。

「だめだ、もっと建設的なこと考えよ……」

このまま女子力について不毛な思考を続けるのは危険だと判断し、本来の目的を果たすべく無理矢理思考を切り替える。何はなくとも紅茶だ。茶葉だ。私の女子力についての脳内討論は後回しだ。

溜め息をつき、大通りの角を曲がろうと足を向ける――と。

「――おっと」

「わ!?」

くだらない考え事をしていたのが災いしたらしく、通りの向こうから来ていたらしい誰かに見事にぶつかってしまった。そこそこ強く当たってしまったらしく抱えていた荷物ごと思いっきりすっ転びそうになる。あっやばい、生鮮食品とか割と入ってるのに……!

「大丈夫ですか?」

「わ、わ、すみません!」

地面に激突するのを防いでくれたのは、私がぶつかってしまったひとだった。前から私の背中に腕を回して支える形になるので、自然と私が抱きしめられる形になる。声の感じからして若い男性だろうか。事故に近い形とはいえ異性に抱きしめられるなんて初めてなので、嫌でも頬が熱くなってしまう。ふ、不純だぞ私……!

「怪我はありませんか?」

「え、あ、いえ! 大丈夫です!」

すみませんすみませんとひたすら平謝りする。荷物が無事だったからこちらは良かったが、結構強く当たってしまった筈だ。向こうが怪我なんてしてたら大変である。

「あの、本当にごめんなさい……。あなたは大丈夫ですか?」

余所見していたのは私なのだから、今回は全面的に私が悪い。肩を落としながら問うと、彼は口許に淡い笑みを浮かべた。

「このとおり問題ありませんよ。そちらこそ、何もなくて良かった」

フードを取ったあとに現れた顔立ちは、非常に端正なものだった。声から感じた印象はやはり間違っていなかったらしく、フードの主はやはり若い男性だ。黒い髪と瞳、西洋人にしてはやや象牙色を帯びた肌――それでも並の東洋人と比べれば充分白い部類に入る――からしておそらく東洋人だろう。外見的な年齢は、ファイさんと同じか少し上程度といったところだろうか。無地のコートの下には、どこかカソックを連想させるマオカラースーツを着ているのが見えた。神父さんなのかな……? いかにも穏やかで優しげな感じのひとだ。

「考え事してて……。本当にすみませんでした!」

自分の失態に悪態をつきつつ、彼と別れる。……正直、あのままカッコいいひとと話してるのはちょっと気恥ずかしかったのもある。



「ただいま帰りましたー!」

「あ、未侑ちゃんおかえりー」

喫茶店カフェに帰ってきてすぐ鼻腔をくすぐったのは、チョコレートの甘い匂いだった。テーブルに目をやると、トレイの上にフォンダンショコラが6つちょこんと並んでいる。匂いの正体はこれだろう。

「うわ、すごいですねファイさん。まだそんなに材料揃ってないのにもう自分で作っちゃったんですか?」

「ううん。これ、さっき魔女さんから送られてきたんだー。今未侑ちゃんが帰ってきたら皆で一緒に食べようかって話してたとこ」

「侑子さんから、ですか……?」

首を傾げ、しばらく考えて納得する。そういえば、モコナの口を経由してあの店≠ニ物の送受ができるのだった。便利なことに、どうやら食品類も送ることができるらしい。……口を経由して食べ物を送るのか……。

「未侑ちゃんも帰ってきたし、ちょうどいいから皆で食べようよー」

私がモコナとフォンダンショコラをまじまじと見ている間、奥の厨房に引っ込んでいたファイさんは買ってきた茶葉で早速紅茶を淹れていたらしい。アールグレイの香りが心地好い。

「取り皿、どうぞ」

「ありがとう、サクラちゃん。服、着替えたんだね。可愛い」

「ファイさんが選んでくれたみたいで……」

まだ恥ずかしさが残るのか、白い頬を僅かに赤く染めているサクラちゃん。

私が外出している間に目が覚めたらしいサクラちゃんが着ていたのは、可愛らしい無地のエプロンを基調にした女給服だった。あちこちにフリルをあしらっているが決して装飾過多な印象は与えず、むしろ彼女の無垢で楚々とした彼女の雰囲気をより一層引き立てているように見える。これはもうファイさんグッジョブとしか言いようがあるまい。

「未侑も、似合ってる。可愛い」

「そ、そうかなぁ。いちばん無難なのを選んだだけなんだけど……」

苦笑する私の服装は、一言で言うなら大正時代の女学生のそれに近い。矢絣柄の小紋に海老茶色の女袴、編上げのブーツ。普段は纏めもせずに伸ばしっぱなしにしている黒髪は、紫色のリボンで括ってハーフアップにしている。

「俺ぁ要らねぇぞ」

ぷいっとそっぽを向いたのは、手近な椅子に座っていた黒鋼さんだ。

「あれ? 黒鋼さんって、甘いもの苦手なんですか?」

「和菓子みてぇにあっさりしてるのならいけるし、食べれねぇこともないがあぁいうのは苦手だな。匂いがこっちにまでぷんぷんしてきやがる」

フォンダンショコラを指差し、眉を寄せる黒鋼さんの表情はたしかにいつもより少し険しく見える。……ってことは、お饅頭とか、甘さ控えめのケーキとか、そういうのなら大丈夫ってことだろうか。まぁたしかに黒鋼さんが積極的にスイーツを頬張ってるところとかちょっと想像できないけど。

――ふむ。甘いの苦手なひとのために、甘さ控えめのお菓子とかそういうのもメニューに加えた方がいいだろうか……。

参考にするのを兼ねて手近なメモ用紙にメモりつつ、思案する。どうせやるならいろんなお客さんに喜んでもらえるお店にしたい。

「まぁまぁ、そんなこと言わずに――ほら」

どこからともなく現れたファイさんが、切り分けたフォンダンショコラを刺したフォークを黒鋼さんの口に突っ込む。喉の奥に届きそうなぐらい思いっきり突っ込んでるあたり、このひともなかなかに容赦ないな。ちなみに普段の態度からすれば黒鋼さんが思いっきりファイさんをしばき倒してるように思えるが、ファイさんもあれでよく見ると結構黒鋼さんには遠慮がない。このふたり、仲が良いのか悪いのか……。

ちなみに一方的に未知の物体Xを突っ込まれた黒鋼さんはといえば、ファイさんにフォークごと突っ込まれたまま顔を赤くしたり青くしたりしながら彫像のように固まっている。哀れな……。

「奪っちゃった!」

「奪っちゃいましたねぇ」

語尾にハートマークでもつきそうな勢いで茶目っ気たっぷりに笑うファイさんに、安全圏で紅茶を飲みながら気のない相槌を返す。気配を完全に絶ってまで黒鋼さんに近付くとか、ほんとこのひと黒鋼さんをからかうのに全力かけてるな……。

大人組ふたりの喧騒――主に黒鋼さんの怒鳴り声だが――をBGMに小狼君、サクラちゃん、モコナと一緒に上品な味の紅茶とフォンダンショコラを楽しむ。あー、なんかすごいゴージャスな気分……。

「あ、小狼君紅茶のおかわり要る?」

「ありがとうございます、未侑さん。お願いしていいですか?」

「ほいほいー」

今日も私たちは平和である。

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