大抵は善意でできている
金属を引っ掻くような耳障りな悲鳴をあげて、鬼児が消滅していく。即席とは思えない5人の見事な連携で倒れた鬼児は、空気に溶けるように消え去っていった。
「小狼君、竜王君!」
「二人とも、怪我は!?」
戦闘が終わり、一息ついた様子の小狼君たちのもとへ救急箱を片手に駆け寄る。強い敵を相手にしたためか表情には疲労の色が濃いが、幸いにも応急手当で凌ぎきれないほどに深い傷は見えない。良かった、みんな無事みたいだ。
「くっそー、結局一人で倒せなかったー!」
「龍王の実力とは関係ないよ。あの鬼児、ヘンだったもん」
店の中は激戦でぐちゃぐちゃになってしまったのでひとまず小狼君たちには床に座ってもらい、サクラちゃんと手分けしてふたりで戦闘員の手当てを開始する。
「慣れてるんだな、あんた」
「あ、あはは……。私は闘えないもんで……」
草薙さんのがっちりした腕にぐるぐると包帯を巻きつつ、思わず苦笑いを溢す。そこでふと先程の譲刃ちゃんの発言が気になった私は、情報収集を兼ねた好奇心から訊ねてみることにした。
「あの、鬼児が変って……どういうことですか?」
「あぁ、さっきの奴か? 鬼児ってのは段階ごとに戦闘でとれる行動が決まっててな。『イの四段階』の鬼児は形態を変えない筈なんだ」
それは……ゲームで言うエネミーキャラのAIのように一定の行動しかしないということだろうか。鬼児というのは恐ろしい怪物だと思っていたし、実際に目にしたあともその感想は変わらないが、なんだか随分と機械的な印象を受ける。
ほかの人たちにも色々と訊いてみたが、最後に結論としてみんなが口に出すのは、やはり「最近の桜都国はおかしい」の一言だった。それがサクラちゃんの羽根によってもたらされた異変なのか、あるいは全く関係ない別の何かが原因なのか、今の時点では私には判断がつきそうにない。
そうやってみんなと話し込んでいると、店の門が開く音がした。さすがにこんな夜更けにもなれば来客なんてそういないだろうし、そうなると――、
「たっだいまー」
「ファイさん!?」
「ちょっ、それ大丈夫なんですか!?」
門を開けて帰ってきたファイさんは、脚に怪我を負っていた。どうやら歩くことも儘ならないらしく、黒鋼さんに乱暴に俵抱きの状態で抱えられている。まさか骨でも折ってしまったのかと慌ててファイさんを見上げると、彼はいつもの笑顔のままヒラヒラと手を横に振った。
「ちょっと鬼児に遭遇して、ドジっちゃってー。大丈夫、挫いただけで折れたりはしてないよぉー」
「そうですか、良かったぁ……」
ほっと息を吐く。酒場で応急手当は済ませてきたようだが、その状態のままというのもきついだろう。とりあえず玄関の石段あたりにでも座らせてあげた方がいいかもしれない。
「ひとまず座って……あっそうか、下りれないのか。すみません黒鋼さん、ファイさんを下ろして……黒鋼さん?」
視線を横の黒鋼さんに移すが、彼は私の方を見ていない。より正確には、私の向こう――龍王君と話している蘇摩さんの方を見ている。
「黒鋼さん? おーい?」
聞いてますかー、と彼の目の前で手を振ってみるが、反応なし。いったいどうしたことかと内心首を傾げたところで、穴が空くんじゃないかってほどに自分を見つめていた視線に気付いたらしい蘇摩さんが黒鋼さんの方に振り向き……、
「…………蘇摩」
「わ〜」
「うわぁ!?」
――そのまま、私の上にばさっとファイさんを落っことした。
……結論から言うと、彼女は黒鋼さんの知っている蘇摩≠ナはなかった。
阪神共和国で小狼君がお好み焼き屋の店員さんを王様≠ニ勘違いしたのと同じだ。この世界の蘇摩さんは、黒鋼さんの知人である蘇摩≠ウんとは大元が似てるけど違う世界のひと――そうだ、かつて黒鋼さん本人がそれを魂と評していた――ということらしい。現に黒鋼さんが詰め寄っても彼女は怪訝そうに首を傾げるばかりで、黒鋼さんや、彼の知人の名前にも反応する様子は見られなかった。
「でも、本当にいろんな世界にいるんだね。次元の魔女が言ってたように同じだけど違う人≠ェ」
龍王君たちと別れ、ようやく人心地ついた私たちは居間で寛いでいた。私は怪我をしたファイさんの脚を診つつ包帯を巻いている。本人が言うとおり捻っているようで、何日か安静にしていれば治るだろうがそれでも心臓に悪い。
「前にいた世界で会った人ともう一回会うかもしれないって考えると、なんだか不思議な気分ですね……」
正義君や春香ちゃん、カイル先生……これまでの世界で出会った、いろんな人たちのことを思い出す。本質的には同じだけど、全く違う人生を歩んでいる別の世界の人。今回の蘇摩さんのように、そんな人たちとこれからまたどこかでお世話になったりすれ違ったりすることがあるのかもしれない。
「酒場の方はどうでしたか?」
思い出した、といった様子で小狼君がファイさんに訊ねる。色々あって有耶無耶になっていたが、元々ファイさんたちが酒場へ出かけたのは情報収集のためだ。何か羽根の手がかりになるようなものは手に入れられたのだろうか。
「そうだ! お土産があるんだよー」
「これ飲みながら話そう!」と風呂敷を開けたファイさんがご機嫌な様子で取り出したのは――、
「……って、お酒じゃないですか!」
「未侑、ナイスツッコミ!」
「ありがとう、モコナ……じゃなくて! 未成年の飲酒は禁止されてるんじゃないんですか!?」
元々、私たちが酒場へ入れなかったのも年齢が理由だ。お店の人はまさか家に未成年がいるなんて思わなかっただろうしお酒にも罪はないが、法律違反は良くないことである。
「まあまあ、ほら。固いこと言わずに〜」
「ファイってば、悪い大人ー!」
キャー、と黄色い歓声をあげるモコナに口元を引き攣らせる。こ、これは……。
「ニホンシュ? ってのも貰ったんだー。未侑ちゃん、どう?」
「いや、『どう?』じゃなくて」
首を傾げつつ勧めてくるファイさんにぎこちない笑顔を向ける。すごいな、本当に悪い大人の見本みたいな人だ!
……そして、ここで断れないのが私の小市民たる所以である。まあ、一口だけなら……うん。お酒、どんなのかちょっと興味あるし。アルコールに罪はない。おっけー。
――後に付け加えておくと。私は黒鋼さん曰く「酒豪の素質がある女」だったらしい。え、えぇー……。