image

優しいのですね、囁く矛盾

「つうわけで。部屋ん中でじっとしとってもしゃあない、サクラちゃんの羽根を早よ探すためにもこの辺探索してみいや」

「はーい」

「はい」

「そうします」

「……」

ファイさん、小狼君、私の順に返事を返す。黒鋼さんは朝から黙ったままで、常にむすっとしていた。機嫌が悪いのかと思ってたけど、ひょっとしてこのひとデフォルトでこんな感じなのかもしれない。

皆それぞれ阪神共和国での私服に着替えているが、やっぱりこの世界は現代日本に近いのか、彼らの服はどれも私のいた世界にそのまま行っても違和感なく馴染むものばかりだ。ちなみに私はシンプルな藤色のワンピースを着ていて、下は白のスポーツサンダルだ。どれも嵐さんが選んでくれたもので、朝から別室でモデルか着せ替え人形のごとく大量の服を試着するはめになり、普段あまりファッションに拘らない私は面食らってしまった。

「おっと! わいはそろそろでかける時間や」

ふと腕時計に目をやった空汰さんが「先生が遅刻したら洒落にならんでー」と呟き会話を打ち切る。どうやら空汰さんはこうして自宅を改造して民宿を経営しているほかにも、学校で教師として歴史を教えているらしい。そういえば昨日も阪神共和国について教えてくれてたときに先生をやっているとか言ってた気がする。

「歩いてみたら、昨日言うとった巧断が何かも分かる筈やで」

「はい」

ちなみにあのあと私はどうなったのかというと泣き疲れたのか昨夜はあのまま眠ってしまったらしく、気が付いたら自室の布団の上で眠っている状態で朝を迎えていた。たぶんファイさんが運んでくれたんだろう。私あんまり体重軽い方じゃないのに、悪いことをしてしまった。

そういえば眠ってる間に変な夢を見たんだけど、あれは何だったのだろうか。何やら翼の生えた大きなライオン……の、ようなものが出てきたけれど。

「……あの、ファイさん」

「んー?」

モコナと一緒に賑やかしく黒鋼さんをからかっているファイさんの服の裾を引っ張り、小声で話しかける。

「……その、昨日のことなんですけど」

「大丈夫だよー、誰にも言ったりしないよ。これでもオレ、結構口固いからねー」

あまり大声で話す話題ではないと察してくれたのか、ファイさんは同じく小声で返し、こちらを安心させるようにぽんぽんと軽く背中を叩いてくる。……うーん、やたらと吹聴されたらたしかに恥ずかしいんだけど、そういうことじゃなくて。

「あ、いや、そうじゃなくて。昨日、ありがとうございました。おかげでちょっと気が楽になりました。優しいひとなんですね、ファイさん」

「……っ」

一瞬ファイさんは虚を突かれたように目を見開いて黙り込み、すぐに笑顔を浮かべて視線を逸らしてしまった。……えーと、何か悪いこと言っちゃったかな。

「ファイと未侑、なんかお話してる! モコナにも聞かせて聞かせて!」

ふたりの間に流れた微妙な空気に割って入るように、黒鋼さんに物理的に弄り回されてたモコナがぴょんぴょん跳ねながらこちらにやって来る。そのまま毬のように跳ねあがったモコナは、すっぽりと私の腕の中に収まった。

「えーと、内緒話だから……」

苦笑しつつモコナの頭を撫でる。うーん、やっぱり可愛いなあ。

「ふたりとも、会ったばかりなのに内緒話するぐらい仲良くなったんだ。モコナ嬉しい!」

「そ、そうなの……かなあ?」

ファイさんに多大なる迷惑をかけてしまったのは申し訳ないが、彼に泣きついて色々と楽になったのは事実だ。時間を見て、あとでちゃんとお礼とお詫びをしておこう。

「うし! んじゃ、これとこれ!」

小狼君との会話が終わったのか空汰さんはぽんっと彼に財布を渡し、次いで私に地図とガイドブックを渡してきた。地図はちょうどコンビニや観光案内所でよく見かけるような持ち歩きができるポケットタイプのもので、ガイドブックは……軽く捲ってみたが、あまり羽根の探索に役に立ちそうな情報は載ってなかった。ついでに観光もさせようという趣旨なんだろう。

「お昼ご飯代入ってるさかい、4人で仲良う食べや。あ、そっちは地図とガイドブックな。未侑ちゃんがいちばんこの国の文字読めそうやったさかい、君に渡しとくわ」

……おお、本当だ。文字が読める。やっぱりここ、私がいた世界と文化的に近いんだろうな。

「地図とかはともかく、財布はなんでそのガキに渡すんだよ」

「いちばんしっかりしてそうやから!」

「どういう意味だよ!」

暗に抜けてる奴と言われ黒鋼さんはご立腹のようだが、ファイさんはその隣で声をあげて笑っている。先程の仮面が剥げ落ちたような表情や雰囲気はもう微塵も残っていない。……気のせい、だったのかな。

「それじゃあ、れっつごー!」

抱えていたモコナが、やる気満々といった調子で右手――というべきか右前足というべきか――を挙げる。結局この場で駄弁っていても始まらないからとモコナに押しきられるようにして出発することになり、私の頭の中の疑問は流されて消えてしまった。

ALICE+