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三千世界で待ち合わせ

「賑やかだねー」

「ひと、いっぱーい!」

「ちょうどこのあたりがここ一帯の中心みたいですね」

所変わって、私たちは賑やかな喧騒を見せる街中を歩いていた。人混みで溢れているが決して不快や不便さを感じるようなものではなく、どことなく暖かい感じがするのは国民性だろうか。通勤通学の時間帯と被ったらしく、道行く人々を観察してみるとスーツや学生服で道を急ぐ姿がしばしば目につく。私はといえば明らかにおのぼりさんといった様相できょろきょろとあたりを見回す男性組3人に苦笑しつつ、いちばん後ろで地図を眺めながらナビゲートに徹していた。特に黒鋼さんはあれは何だこれは何だと隙あれば列から外れようとするため、さりげなく声をかけて引き止めるのに必死だ。

「小狼君はこういうの見たことあるー?」

「ないです」

「未侑ちゃんはー?」

「私のいた世界っていうか、国の中心部がちょうどこんな感じでしたよ。私が住んでたのはもうちょっと郊外……田舎の地方だったんで、こんな人混みの中を歩くのはさすがにはじめてですけど……」

街並みを見渡していちばん最初に連想するのは大阪だ。虎のマークといい空汰さんの方言じみた口調といい、もし大阪がひとつの国として独立したらこんな感じなんだろうか……。

「黒たんはー?」

「ねぇよ! んでもって妙な呼び方するな!!」

猫か何かのように全身を逆立てて反論する黒鋼さんは、もうファイさんとは話すのも嫌だといわんばかりの有り様だ。年長組ふたりの間には完全に溝ができてしまったらしい。……というよりは、ファイさんが一方的に黒鋼さんをからかったり弄り回したりして遊んでいるというのが正しく見えたが。現にファイさんは面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりのキラキラした笑顔を黒鋼さんに向けている。

そんな風にわいわいと4人で街を歩いていると、明らかにおのぼりさんな気配が珍しいのか、やはり一行への視線を感じる。……ん、いや。これは私たちにというより……、

「……モコナ?」

道行く人々の視線は、明らかに先頭を歩く小狼君――の頭の上に乗っかっているモコナに集中している。気味悪がられるというよりは小動物のような愛らしいものを見る視線なのが幸いといえば幸いだが、それでも珍しいものを見る顔つきというのには変わらない。……うーん、やっぱり置いてきた方が良かったのかなあ。

「笑われてっぞ、おめぇ」

「モコナ、モテモテ!」

「モテてねぇよっ!」

普段弄り回されてる仕返しとでも言いたげに黒鋼さんが嫌味ったらしい笑みを浮かべて指摘するが、モコナのポジティブシンキングによりあっさり流されてしまう。てれてれと頬を赤くしているモコナはどこ吹く風といった様子だ。

「モコナ、可愛いもんね」

「そう、モコナは可愛いの! みんなのアイドル! さすが未侑、分かってるー!」

「そっかー、アイドルなんだ。モコナ」

たしかにこの可愛さならアイドルを自称するのも頷ける。丸っこいフォルムといいふかふかの身体といい、いい感じに私の好みど真ん中で、叶うなら一日ずっと可愛がっていたいぐらいだ。

特に羽根に関する情報も得られず、さりとてモコナが羽根の波動をキャッチすることもなく、物珍しさもあって半ば目的を忘れかけ、すっかり阪神共和国ぶらり旅ご一行と化している私たちが商店街に入ると、八百屋の店先で果物を売っていた店主さんが声をかけてきた。

お言葉に甘えて軒先を眺めてみると、新鮮そうな野菜や果物がずらりと並んでいた。目にも鮮やかで、こうして見ているだけでひとつ頂いてしまいたくなる程である。

「え? それ、リンゴですか?」

冷やかし半分で商品を眺めている横から、驚いたような表情で顔を出してきたのは小狼君だった。手に取ったリンゴを、信じられないものを見るような目つきで観察している。

「これがリンゴ以外の何だっちゅうんだ!」

「で、ですよねー? 小狼君、どこからどう見てもリンゴだよこれ」

店主さんの言葉に同意を返す私だが、小狼君はそれでも訝しげに首を傾げている。

「小狼くんの世界じゃ、こういうのじゃなかったー?」

「形はこうなんですけど、色がもっと薄い黄色で……」

「ん? そりゃ梨だろ」

八百屋の前で足を止めている私と小狼君に気付いたのかいつのまにか前を歩いていた黒鋼さんとファイさんが引き返してきて話題に入ってくるが、話はどんどん食い違っていくばかりだ。

「いえ、ナシはもっと赤くて、上にヘタがあって……」

「それ、ラキの実でしょー?」

「いや、赤くて上にヘタっていったらイチゴですよ、やっぱり。っていうかラキの実って何です?」

「嘘!? 未侑ちゃん、ラキの実知らないのー!?」

「今はじめて聞きました……」

カルチャーショックを受けたらしいファイさんが衝撃を受けたように立ち尽くしているが、ラキの実というのは私も初耳だ。ひょっとしたら外国にはあるのかもしれないけど、少なくともあの%本で暮らしてる間は見たことも聞いたこともなかった。

「で、要るのか! 要らんのか!」

「要るー!」

「「え!?」」

……リンゴ5個、しめて合計640円お買い上げです。



「美味しいねー、リンゴ」

「はい」

「でも私たち、本当に違う国……っていうか、世界? から来たんですね」

間食も兼ねたリンゴをしゃくしゃくと齧りながら、4人揃って橋の欄干に凭れかかる。川から眺める風景からして、ひょっとしてここ道頓堀川かなあ。

ちなみに小狼君の肩に跳び乗ったモコナは、私があげたリンゴを一口で平らげていた。文字通りの丸呑みだ。……どこで消化してるんだろう……。

「そいえばまだ聞いてなかったね。小狼くんは、どうやってあの次元の魔女の所に来たのかなー」

昨日の話だと、たしか魔力とかそういうものは持っていないとか言ってた気がする。……そもそも、魔力という存在そのものが私にはよく分かりかねるんだけども。

「おれがいた国の神官様に送って頂いたんです」

「シンカン?」

「えっと、神殿とか、神様を祀る場所に勤める方のことです」

「ふーん。巫女さんとか、神主のことかな」

首を傾げる私に小狼君が説明してくれるが、イマイチ分からなかったので適当な役職に置き換えて納得しておく。

「すごいねー、その神官さん。一人でも大変なのに、二人も異世界へ同時に送るなんて。未侑ちゃんは……誰かに召喚されたって言ってたね」

「あの魔女に喚ばれたんじゃねぇのか」

横から会話に入ってくる黒鋼さんに、首を横に振って否定する。

「なんか、違うみたいなんです。普通に暮らしてたら、いきなり誰かに召喚されたみたいで。私の世界には魔法とか魔力とかそういうのは存在しないから、すごくびっくりしました。私を召喚したひとじゃないと元の世界には戻せないらしくて、だからこうして一緒に行かせてもらってるんですけど……」

「大変なんですね……」

眉を八の字にして労るような視線を向けてくる小狼君に「大丈夫だよー」と笑って答える。昨日色々ぶちまけたおかげか、ことの経緯についてもだいぶ心に余裕を持って話せるようになっていた。

「未侑ちゃんの世界には、魔法とか魔力は存在しないんだねー」

「一応、おとぎ話や言い伝えの中には登場しますけど……。実際にそういうものを見たことはないです。ひょっとしたらずっと昔には存在してたかもしれませんけど、私が暮らしてた時代は……えっと、科学技術っていうんですか。産業技術? そういうのが、凄く発達してるんで」

うーん、まったく日本のことを知らないひとたちに一から分かりやすく説明するのがこんなに難しいとは思わなかった。これが日本語の達者な外国人相手ならまだ話が通じるだろうが、そもそも文字通り生きている世界が違うのでちょっとした単語でも突っ込まれたら説明するのに一苦労だ。……日本の文化とか、もうちょっと真面目に勉強しとくべきだったかなあ。

「黒りんはー?」

「うちの国の姫に飛ばされたんだよ! 無理矢理」

いかにも忌々しそうな表情で経緯を語る黒鋼さんを、ファイさんとモコナは「悪いことして叱られたんだー?」「叱られんぼだー」と弄り回している。ひょっとして図星なのか。

「そういうてめぇはどうなんだよ!」

「オレ? オレは自分であそこに行ったんだよー」

「ご自分で、ですか……?」

「うん、そうー」

へにゃっとした表情で頷くファイさんをまじまじと見つめる。

異世界――または違う次元の世界にほかの人間を渡す、あるいは自分の意志で世界を渡る。その行為がどれだけ難しいことかは、魔法についてまったく知らない私にもなんとなく想像がつく。

この前侑子さんは「この世界にはあたし以外に異世界へひとを渡せる者はいない」と言っていた。つまり異世界への渡航はそれだけ選ばれた人間しかできないことなのだ。それをやってのけるということは、ファイさんは元いた世界では結構強くて有名な魔法使いだったのかもしれない。

「だったらあの魔女頼るこたねぇじゃねぇか。自分でなんとかできるだろ」

「無理だよー。オレの魔力総動員しても、1回ほかの世界に渡るだけで精一杯だもん」

へにゃんとした表情で、しかしはっきりとファイさんは否定する。彼の願いはいわば元いた世界に帰ることなく、延々と別の世界を渡り続けたい≠ニいうもの。一度魔力を使い果たしてしまえば世界間の移動は二度と叶わず、その世界での定住を選ぶより道はなくなる――つまり彼の願いは叶わない。だからこそ、その一度≠侑子さんの店≠訪れる機会として利用したということか。

「小狼くんを送ったひとも、黒ちんを送ったひとも、未侑ちゃんを召喚したひとも――物凄い魔力の持ち主だよ」

それでも誰かを異世界に渡せるのは一度きりだという。だからこそ彼らは侑子さんのもとに送ることを選んだのだ。

「未侑ちゃんを召喚したひとは、ちょっと分からないけどねー。でもそのひとの魔力は、小狼くんの所の神官様や黒ぴっぴの所のお姫様よりも、きっとずっと強いんじゃないかなー」

「そ、そうなんですか……?」

首を傾げる私に、ファイさんはちょっと真剣な表情で解説する。

「術者が次元移動させる相手を視認していないにも関わらず、それを特定して限定された場所に送るっていうのは、とても難しい魔法なんだ。そんなのはオレでもできないし、もし魔法が暴走したらどんな反動が返ってくるか分からないからそもそもやろうとも思わない。どこの誰が、どんな目的でその魔法を使って未侑ちゃんを召喚したのかは分からないけど――

そのひと、凄い魔術師ウィザードだよ。きっとオレなんかじゃ及びもつかないぐらい、ね」

「……」

その迫力に思わず黙りこむ。いったいどこの誰が、どんな目的で私をあの店≠ノ呼び寄せたのか――見つけたら一発殴ってやろう程度の気持ちだったというのに、ファイさんの話を聞く限りどうも只事ではない様子だ。……ひょっとして、何か深い事情があるのだろうか。

「なんて、よく分かんないんだけどねー。怖がらせちゃってごめんねー」

「分かんねぇのかよ!!」

黒鋼さんがずっこけながらファイさんに突っ込みを返す。彼にその気はないのだろうが、黒鋼さんはこの1日ですっかりリアクション芸人としての地位を確立しつつあった。うーん、たしかに面白い。

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