2018.7.19!

7.19&1.1


「ボス、ケーキ買ってきたから食べよう」

「んん?」

 何が楽しいやら地面に頭を向けた体勢で中空に浮かんだコン=エルが、おそらくワンホールケーキが入っているであろう箱をティムの目の前に突き出した。
 メタヒューマンの未成年を犯罪に利用しようとする組織について情報をまとめていたティムは、突然の出来事に思わず間抜けな声を上げてしまう。
 するといつまでもティムの返事がないことに焦れたのか、コンが再びケーキの箱をティムの鼻先に突き出した。

「ほら、ティム。悪くなるから早く食べよう」

「お前は何もかもが全部唐突だな」

「そうでもない。この前お前が言ったんだろう」

「なにを」

「七月十九日がお前の誕生日だって」

「あぁ」

 そういえばコンに聞かれて以前誕生日を答えたのだったか。今日の朝からチームメイト何人かに『おめでとう』と言われたので、誕生日だというのは認識していたのだが、まさかこんなに唐突にケーキ付のおめでとうを前触れなく言われるとは思わなかった。
 ティムがケーキの箱を目の前にして戸惑っていると、コンが上下逆さの体勢で首を傾げた。

「その仕事、急ぎではないだろ?」

「まあ、そうなんだけどね」

「じゃあいいだろ。お前には息抜きも必要だぞ」

「あぁ、よく言われるね。お前に」

「よく思ってるからな」

 ティムが片眉を跳ね上げると、コンは何が面白いのか、眦を細めて吐息のような笑い声を漏らした。海を思わせる深い青の虹彩が、太陽の光を受けた水面のようにキラリと光る。

「いいから少し休もうティム。ケーキ食べよう。チーズケーキ買ってきた」

「それお前が昨日食べたいって言ってた奴だよな」

「チーズケーキ食べようティム」

 拒否権はないようだ。微かに頬を染めたティムがため息を吐き、首を軽く左右に振った後

「……そうだね、そうするよ」

 と弱々しく答えた。
 途端、まだ幼さを残すスーパーボーイの表情がパッと明るくなり、力強い右手がティムの腕を掴んだ。

「じゃあ、上で食べよう!」

「はっ!?」

 ティムがなにか言う前に、彼の体は重力から解放されて気がついたら雲の上にいた。
 風が肌に刺さらないのは、おそらくコンがどうにかしてくれているのだろう。
 人の都合は聞かないくせに、妙なところで気が回る男だ。
 真っ青な空が頭上に広がり、眼窩には薄い雲の絨毯と、合間から微かに覗く街並みが見える。
 まるでミニチュアだ。オモチャのように小さくて壊れやすいソレを、守りたいと思ったことも、憎らしいと思ったことも、全て遠い些事のように思えた。
 太陽は眩しいが、熱くはない。やはりコンがなんとかしているのだろう。
 ティムの手を掴み、ニコニコと笑う少年に視線を向ける。
 ふたりの体を赤い閃光が柔らかく包み、すぐ横で独りでにケーキの箱が開いていた。

「ほら、ティム。ケーキ」

 赤い光に包まれたレアチーズケーキがやはり独りでにカットされ、綺麗な三角形としてティムの眼前に浮き上がる。
 ナイフも使わず作り上げられたカットケーキを見て、ティムは目の前の少年に人差し指を向けた。

「皿とかフォークとか持ってこなかったのかお前」

「あ、忘れてた。取ってこようか?」

 悪びれなく言われては、これ以上なにか言う気もおきない。

「……いいや。手で食べる。お前もそれでいいだろ?」

「俺はそっちのほうが食べやすくて好きだ」

「今日はいいけどな、いつもはちゃんと使わなきゃダメだからな」

「分かってる。使えはするんだ。本当だぞ」

「なら良いけど」

 コンが嬉しそうに自分の分のカットケーキにかぶりついた。ティムの分より幾分か大きめにカットされているのは気のせいだろうか。
 団栗眼をキラキラと輝かせ、元気よく口を動かす様は人というよりハムスターに似ている。言ったら怒るので言わないが。
 なんだか全てがどうでもよくなったティムもケーキにかぶりつくと、すこし酸味のある濃厚なチーズと、微かに香ブルーベリーソースが口の中いっぱいに広がった。
 ビスケットの土台がサクサクと軽い音を立て、歯触りも楽しい。
 ティムが思わず笑みを零すと、向かい合ってケーキを食べていたコンも、口の端にビスケットを付けたまま破顔する。

「美味いな」

「ああ」

 口に付いてるぞ、と言うと、節の目立つ指が頬を撫で、ビスケットが中空にパラパラと落ちた。
 妙に子供っぽい動作が愛くるしい。

「とれたか?」

 と聞いてくる少年に、ティムは

「ああ」

 と穏やかな声音で答えた。
 するとコンも、気恥ずかしくなるほどティムを真っ直ぐに見据えて言う。

「お前が楽しそうで良かった。お前が楽しそうだと俺も楽しくなる」

「そうかい?」

「ああ」

 なんだか照れくさくなって、ティムが思わず顔を伏せると、スーパーボーイが不思議そうに首を傾げた。
 彼は少し考え込んだあと、俯いてしまったティムの顔を覗き込む。
 その動作すら、ティムは酷く気恥ずかしかった。
 スーパーボーイの唇が動く。

「なあ、残りのケーキ俺が食べていいか?」

「ふざけるなよ、コン=エル」

 えぇええ、と言う不満げな声に「僕の誕生日だぞ!」と返して無理矢理チーズケーキを半分ほど手でちぎる。大口をあけて食べていると、向かい側のコンが半分残ったケーキを前に残念そうな顔をしていた。

「どれだけ食い意地張ってるんだよ。半分はお前のものなんだからいいだろ」

「俺が買ってきたのに」

「ふざけるなよ、僕の誕生日ケーキなんだから僕のもんだ」

 またコンが不満げな唸り声を上げる。ティムは無視してケーキを食べることに決めた。
 やがて、前方から楽しげな声が飛び出してくる。

「そうだ、ティム!」

 感情の起伏が激しい奴だ。まだ生まれたばかりと言えるのだから、仕方ないと言えば仕方がない。
 ティムが顔をあげると、不満げな顔が嘘のように、スーパーボーイはニコニコと笑っていた。
 
「一月一日!」

「は?」

 太陽のような笑顔を前にして、思わず目を細める。赤い光が眼窩を通り過ぎていき、海色の瞳が小さく赤い火花を発した。

「一月一日を俺の誕生日にしたから、その時はティムが俺にケーキを買ってくれ」

 チョコがいい、と宣うコン=エルを見て、ティムは肩を竦めた。

「いいけど、元旦が誕生日ってちょっと安直すぎないか?」

「なにいってるんだ、思いつきじゃないぞ。特別な日だ」

「なんで?」

 確かに世間一般から見れば元旦は特別な日だろうが、コンがそこまで楽しみにしているとは思えないティムは視線を上方に向けた。
 不思議そうな表情のティムを見て、コンが笑顔のまま弾む声を響かせる。

「俺とお前らが出会った日だ。俺が、人として生まれた日だ!」

 赤く輝く少年を見て、眩しい、と思ったティムは、体温の上昇を感知して再び顔をうつむけてしまった。

「おい、ティム、どうした?」

 頭上からコンの声がする。

「な、なんでもないよ……大丈夫……」

 今年の一月一日は、なにがなんでも予定を開けておこうと、レッドロビンは強く決心したのだった。
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美しくなんて死ねると思うな