ロイ→ジェイ→ディック


「ジェイバードはディックのどこが好きなの」

 ジェイソンの目の前で、酒の入ったグラスが甲高い音を立てた。硬直するジェイソンを尻目に、ロイは琥珀色の液体を一気に飲み干し、氷だけになったガラスをテーブルの上に置く。無意識に追加の酒をそそいでやってから、ジェイソンはやっと酔っ払いの戯れ言に言葉を返した。

「ディックが嫌いと言ったことはあっても、好きだなんて言ったこと1回もねぇぞ」

「うん、そうだな」

「そんな奴にどこが好きかなんて聞くか? どこが嫌いかならまだしも」

「じゃあどこが嫌いなの」

「綺麗ごとばっか吐くとこ。偉そうなとこ。自信満々なとこ。顔がいいとこ。態度がデカい。女にモテる。とにかく全部」

「へぇー」

 気のない返事をしてロイがまた酒を飲んだ。今度はグラスに半分ほど液体を残しテーブルに置く。今やすっかり寛いで部屋の主のような顔をしているロイだが、ここに来たのは今日が初めてだった。
 彼らふたりがいるのはジェイソンのセーフハウス。ケンタッキー州のルイビル市にある小さな家を買い取ったものだ。仕事の都合上、この家を使うのが一番よかったので連れてきたが、こうも大きい態度を取られると心中複雑である。

「お前はどこでもすぐくつろげていいな」

「適応能力すげぇから俺」

 ジェイソン最大限の皮肉は綺麗に受け流されてしまった。彼が軽いため息をつくとロイが小さく笑う。再び酒を飲んで、皿に出されたナッツを三、四つ口に放り込んだ。バリバリと木の実をかみ砕く音がする。彼の顎の動きに不機嫌さが滲んでいるように思え、ジェイソンは軽く頬を掻いた。
 気持ちよく酒を飲んでいるのだと思ったが、なにか不機嫌になる原因でもあっただろうか。ロイの顔色を窺うようなマネをするつもりはないが、突如機嫌が変動すれば不思議になるのも当然だろう。場合によっては飲酒を辞めさせる必要もある。そういえば相手は元アル中だった。
 注意深くロイの顔を観察しながら、ジェイソンも自分の手元にあるグラスに口を付ける。
 不意に赤毛がジェイソンを見た。緑の目はアルコールのせいか少し眠そうで、裸電球の光を受け水面のように揺れている。木漏れ日を思い出したジェイソンは、酔っ払いの目と美しい自然を重ね合わせてしまった自分に苦笑した。
 ロイの口が開き、音が零れる。

「俺にすりゃいいのに」

「は?」

 ロイがまた酒を飲む。会話が成立していないのは相手が酔っているからだろうか。真剣に酒を取り上げることを見当しはじめたジェイソンだったが、ロイは彼の思惑など無視してさらに言葉を続けた。

「俺はお前の相棒だぜ」

「ああ、そうだな」

「結構相性いいと思うんだよな。気も合うしよ。最低の底辺同士気楽だろ」

「はっ、そりゃそうだ。俺もお前も、落ちる地獄まで一緒だろうからな」

 ロイがうっすらと笑う。酒の入ったグラスをテーブルに置き、ソファにもたれかかって天井をあおいだ。

「だろ? だからさ、俺にしとけよ」

「話が繋がってねぇぞ」

「繋がってんだろ」

 わかれよ、と呟いたロイの顔は見えない。天井をあおいでいるからだ。声色も酔っているせいか感情が読み取れず、ジェイソンはグラスを持ったまま戸惑った。
 緑の目が見えない。赤い髪が、黒い革張りのソファにやたらと映えた。冷静に最初から会話を追えば、きっと彼の言わんとしていることを、理解はできずとも察することはできるのだろう。

「ありゃダメだぜジェイバード、近くにいたって息苦しいだけだ」

 だから何の話だ、と言いたいのに喉から音が出てこない。首を絞められたように息苦しい。少し迷って、ジェイソンは酒を飲み干した。熱い液体が喉を無理矢理こじ開けていく。なんとかマトモな状態になった声帯でさてどんな言葉を変えそうかと思案したが、今度は頭が上手く働かなかった。

「……知ってるよ」

 つい口から零れた言葉は、それ以上続けることができない。ロイの口元が笑みの形に歪んだのを見て、ジェイソンはなぜだかひどく安心していた。

「難儀なもんだな、俺もお前も」

 天井を見上げたまま呟いたロイの言葉が、いつまでもジェイソンの耳に残って離れなかった。
[*前]- 1 - [次#]
[しおりを挟む]
目次 戻る
美しくなんて死ねると思うな