隻手の声は聞こえるか

2


 ジェイソンと交戦した侍たちが、今度は尾張で妙な動きをしている。
 不穏な連絡がディック達に届けられたのは、その日の夕刻のことだった。
 蝙蝠衆のひとりから連絡を受けたナイトウイングたちは、負傷したジェイソンを除き全員が玄関近くの表座敷に集まる。
 蝙蝠衆数人を含めて顔を突き合わせた駒鳥たちの中で、最初に沈黙を破ったのは長兄だ。

「僕が敵の動向を探ってくる。なにかあったら蝙蝠で連絡するから、お前達は里に待機していてくれ」

「わかったよ」

 と、ティムは頷いたが、ディックと向かい合わせの場所に座っていたダミアンが、不満げに口を尖らせた。

「僕のほうが小回りが利く。索敵なら僕のほうが向いてるはずだ」

 末弟の言葉に、ディックが首を横に振る。

「いや、子供の単独行動は不自然で目立つ。一日や二日なら問題ないだろうが、ジェイソンも敵の動向を探るのに日付を要したんだ。どのくらい時間がかかるか分からない。一週間もあれば敵に気づかれるだろう。そうでなくても、尾張にはジョーカーがいる。あいつがどう動くか僕にもわからないんだ。なるべく目立つ行動は避けたい」

 長兄が喋っている間、ダミアンの指先が速いリズムで畳を叩いていた。トントントンという軽い音と共に、まだ幼い顔立ちが、トゲのある強い声音を響かせる。

「グレイソンは、トッドと喧嘩して逃げたいだけだろ」

 ディックの視界の隅でティムが肩を竦めていた。「あーぁ、言っちゃったよ」と言う態度を隠そうともしていない。ということは、ダミアンもティムも、ディックの今回の決断を"そう"捉えているということだ。
 この共通認識がアルフレッドにまで共有されていなければいいと思わずにいられない。
 
「そんなことないさ」

 ティムもダミアンも、苦笑するディックを胡乱げな目で見つめていた。得に真正面から長兄を見据えるダミアンに至っては、ナイトウイングから視線を逸らさず派手なため息を吐く始末だ。
 次いで弟の口から吐き出された言葉に、ディックの体が大きく揺れる。

「僕はお前のロビンなんだから、嘘なんかつけると思うなよ」

 目を見開き、硬直してしまった兄に何を思ったのだろう。ダミアンはフン、と小さく鼻を鳴らして腕を組み、なんのリアクションも取れないままでいる無様な長兄を軽く睨んだ。

「情けない顔で仕事に行かないでよ。やるなら気合いいれろ。ヘマしたら許さないからな」

 ロビンの双眸は、彼の父であるブルース譲りの鮮やかな色だ。木漏れ日色の虹彩がディックに虚偽を許さず、かといって批判するでも否定するでもなく、真っ向からぶつかってきてくれる。
 
「……お前には敵わないな」

「あたりまえだろ」

 なぜかダミアンが胸を張った。ティムは蝙蝠衆が提供してくれた情報の精査を勧めており、筆で器用にメモを取ったあと、尾張の地図でディックの背中を軽く叩く。

「メンタルケアが終わったなら出発して。付き合う前にフラれたのは生まれて初めてだろうし、ショックなのは分かるけど、そんな下らない理由でヘマしたら一生笑いものにしてやるから」

「お前はデリケートな部分をひどくキツい言葉で抉るね……」

 ていうか、知ってたんだ? と問うと、歴代ロビン一優秀な探偵が口の片端を歪めて見せた。

「貴方はひとりでベラベラ喋る前に、目の前にいるのが誰か理解するクセをつけたほうがいいね」

「アッハイ、仰るとおりです」

 なら行ってきなよ、とティムが兄の背中を押す。振り返ると弟がふたり、並んで自分を見送ってくれていた。
 末弟がもう一度、腕組みをしたままふんぞり返って口を開く。

「ヘマしたら許さないからな」

 思わず口元が緩んだ。「僕の弟はみんな強いな」と思ったら、目の前の二人も、今怪我をしている次男も、心の底から誇りに思える。

「ありがとう。大丈夫だ、行ってくる」

 ディックの口から出た声は、自分でも信じられないほど力強かった。
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美しくなんて死ねると思うな