勧誘

「あ、上がってる」

 入学実力考査の結果が出た。一年の教室が並ぶクラス棟四階の階段ホール、三二十人全員の順位が貼り出された。下位の方では悲鳴が上がっている。入試15位だった私の名前は五つ順位を上げ10位、ちょっと嬉しい。

「おー1位、さすが」
「有難う、結希も10位おめでとう」
「ありがと。おはよ花宮さん、今日も爽やかすぎて寒い」
「おはよう。春は朝晩が冷えるからね」

 さらりと流しとぼけるまこちゃんが足を踏んでくる。小指をほんのちょっと、周りにはバレない無駄な技術力。校舎内は上履きだから攻撃力は低い筈なのに、地味に痛い無駄な技術力。それより、

「健ちゃんほんとに次席だったんだ」
「ぁあ? 誰だそれ」
「お隣さん。2位の人」
「誰だそれ」
「だから隣の席の人」

 優男モードは良いの? 表情は爽やかなまま声だけ素を出す姿に、相変わらず分厚い猫の面だなと思う。小声とはいえこれだけ密集してるとバレると思うんだけど。寧ろバレろ。
 と、階段を上ってくる健ちゃん発見。挨拶をして順位を指すが、そちらは見ずに私の横へ視線をやって「彼氏?」と訊くので否定する。

「おはよう。友 人 の、一組花宮だ。結希から次席と聞いたよ、頭良いんだね」
「お前主席だろ、皮肉? 二組の瀬戸。てか怖いんだけど」
「怖い? なに「全体的に。あと種田痛くないの?」
「地味に痛いよ」
「ごめん結希、全然気付かなくて……大丈夫?」
「うん。健ちゃん鋭いね」
「普通に気付くでしょ、だって思いっきり踏んでたよね」

 そして訪れる沈黙。まこちゃんと健ちゃんは見つめ合っている……恋かな、目と目が逢う瞬間好きだと気付いたのかな。予鈴が鳴ったので、まこちゃんにまたねをして健ちゃんと教室に向かう。

「俺次席って言ってないよね」
「うん、でも入学式早く来てた。主席はまこ……花宮さんだから、新入生挨拶の保険「なるほど。てかお前それなりに頭良いんだな」
「これは『皮肉?』って返すとこ? それより花宮さんが怖いって「全体的に」
「具体的に」
「俺の事かなり警戒してただろ。だから彼氏かと思ったんだけど」
「まさか、中学からの友達。『怖い』って、爽やかで優しそうな優等生って感じしない?」
「……なに、お前にはそう見えんの?」

 健ちゃんはドン引きしている。まだ出会って数日だがこういうリアクションは珍しい。サイズ感か、ほくろ効果か、授業中も爆睡するふてぶてしさからか、彼はどっしり構えているイメージがあるから。と言うかそうだろう。つまり健ちゃんにはそれだけ衝撃的なのだ、花宮真優男説が。
 頭の回転が速いとは感じてたけどやっぱり鋭いな、足踏んでるのも気付いてたし。なんて、私に言わせると寧ろ他の人達が騙され過ぎなのだ。一時期は解っていて騙されてあげているのかとも思ったが、「花宮くん本当に紳士だよね〜」「あの顔で勉強もスポーツも出来て性格も良いとか、完璧過ぎて嫉妬もできねぇ」なんて会話を何度も耳にした。皆は何を見ているんだろう。猫の面か。






 少し長引いた四限の授業が終わり教科書を片付けているとまこちゃんが来た。中学時代お昼はいつもしょーいち先輩とまこちゃん、時々べーちゃんで屋上で食べていた。今はべーちゃん提案「種田友達作り月間」なので教室で食べている。こっそり誘いに来てくれたのかと嬉しくなった気分は「結希と……瀬戸クンも」の言葉に突き落とされた。健ちゃんへの用事のついでか。私もまこちゃんも今日はお弁当は持っていないので購買か食堂になる。珍しくチャイムの音に起きていた健ちゃんは、意外にも了承した。
 途中でべーちゃんに出会った。「お花、狡いぞテメー! なに抜け駆けしてんだよ!」こちらを指差して叫び、一緒にいた女子達に謝って走って来る。その時ピクリと眉を動かしたまこちゃんを健ちゃんはじっと見ていた。屋上で食べると言うので購買でお昼を買う。ウィダーと野菜ジュース、なんとなくレッドブルを手に取ると、べーちゃんが激辛カレーパン、まこちゃんがサラダを追加した。過保護。
 購買を出て向かった屋上は誰も居ない。柵に寄りかかろうとして蜘蛛の巣が張っているのが目に入った。数歩分場所を変える。まこちゃんのご飯の量の多さに軽く引いている健ちゃんへレッドブルを献上するが「要らない」とばっさり切り捨てられてしまった。そこで彼が持っていたペットボトルを奪いレッドブルを置く、強行手段だ。

「随分仲が良いんだね」
「お花! なんか一緒に写メ撮ってたよ、ええと次席の「瀬戸健太郎」
「八組の田辺つかさ。ユーキがお世話になってるみたいだけど、どういう関け「となりの席」
「ッ……写メ見たけど「頼んだのは種田の方だぜ?」
「うわウッザ!!! 思ってたのと別モンじゃん! お花どーするよ!?」
「口が悪いよ、失礼でしょ」

 べーちゃんがケラケラ笑い吐く辛辣な言葉に、優男モードのまま注意するまこちゃん。たぶん健ちゃんに対してじゃなくて「お花」呼びが自分にとって失礼だと言っているのだろう。健ちゃんはまた観察するようにまこちゃんを見ている。

「まこちゃんべーちゃん、健ちゃん優しい人だよ」
「まー優しいかは知んないけど、ユーキ超懐いてるもんね。入学早々こんなに懐く人が出来るとかお母さん達嬉しいけど、ぶっちゃけ超心配だわ」
「喋っても普通だしあんまり喋らなくて済む。少し意地悪だけど、たぶん」
「……」
「頭も良い」
「……」
「まこちゃん」
「はぁ、解ったっつーの。まじで懐いんな……そもそも気付いてただろ、こいつ」

 やっとまこちゃんが素を出した。

「いや? ここまで口が悪いとは思わなかった」
「お花が悪いのは口だけじゃないけどねぇ」
「笑顔で足踏んでる時点でイイ性格してるなとは思ったよ」
「まこちゃんの事、爽やかで優しそうな優等生って言ったらドン引きしてたもんね」
「ふはっ、悪くねぇ」
「お花マゾかよ」
「まぞ?」
「気にすんな忘れろ。ナベ、屋上だ丁度良い、さっさと飛び降りろ」
「残念ながらアタシの飛び込みはプール限定なんだよ」

 テンポよく軽口を交わしながら昼食を食べる。一足先に食べ終えた健ちゃんがこちらに手を出したが、無視してレッドブルを押しやる。これで初めて、起きて授業に参加する姿を見れるかもしれないのだ。譲れない。彼は諦めてくれたのか、溜め息を吐いて缶を開け、少し飲んでから口を開いた。

「で? 種田が懐く奴を見極めるついでに、何の用?」
「……察しが良いのは悪くねーが、良過ぎるのは癪だな」
「俺は優しくて、少し意地悪らしいからね」
「うわぁ瀬戸もイイ性格してる「田辺もね」

 二人とも過保護だが仕方ない。今まで数人としか交流を持っていなかった私が、会って数日で結構気に入ってるから。

「瀬戸健太郎、バスケをやった事はあるか?」
「は? 授業ではあるけど」
「入学は部活推薦「一般」
「志望の部は「無い」
「バスケ部入れよ」
「は? 汗水垂らして青春ゴッコとか無理。部活は入んないよ、家で寝たいし」
「ふはっ、青春ゴッコな……良いじゃねーか……知らねーのか、霧崎第一は部加入強制だぜ? お前は頭もキレるようだしその長身は丁度良い。今日のスポーツテスト見る限り、運動神経も球技のセンスも申し分無い」
「お花ストーカーかよ」
「健ちゃん、残念ながら文化部の門は狭いよ。経験者かつ賞必須」
「……」

 霧崎は必ず何かしらの部活に入らなければならない、更に運動部に力を入れるこの学校の文化部はかなり少ない。まぁ「体を鍛えて健康じゃないと脳に血が巡りません」な考えだから仕方無い。そして数少ない文化部に入れるのは経験者のみ、しかも過去にそれなりに良い成績を修めた者に限られている。

「花宮はバスケ上手い、」
「中学の大会最高成績は全国2位。仮入部中だから放課後第一体育館に来ればプレーは見せてやる」
「……そんな大層な奴に誘われるくらい俺に見込みは、」
「使えなかったらその時だ……だが、心配は要らねーだろ」
「潔いね。そんなに俺を買ってくれ、」
「買ってんのは俺自身の先見性だ」
「……」
「そもそも。俺がお前に何かしら用があると解ってて来たんだ、一切興味がなきゃメシ誘った時点で断れば良かっただろ? さっさと腹括れよ──……」

 ──なぁ、健太郎?

 笑う悪い顔はあの日の試合中に似てる。あぁ、人に散々懐くどうこう言ってたけど、まこちゃんだってこの短い時間で充分に気に入ってるじゃないか。それが可笑しくて笑う。健ちゃんは深くふかく溜息を吐いて「悔しいな、」と言いながら飲み終わった缶を潰した。まこちゃんを眩しそうに見る様子が印象的だった。

「花宮には敵わないみたいだ」

 交渉成立かな。
 ふと視界を過った小さな蝶々が、数歩先にある蜘蛛の巣に捕われたのを見た。

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