表情

 先週の土曜に体験入部・仮入部が終わり入部届けが締め切られた。
 まこちゃんが健ちゃんを勧誘した日の放課後、眠る彼をなんとか起こしバスケ部見学に誘った。

“花宮には敵わない、初めてだ。興味湧いたから入るわ。あいつが誘う俺がどれだけ出来んのかも確かめたい”

 そう気怠げに、でも楽しそうに笑う健ちゃんに、まるで少年漫画みたいだなと思った。俺はアイツには勝てねぇ的熱い展開だ。だけど「入ったら忙しいだろうし今週は寝倒す」とさっさと帰っていったせいでぶち壊しだった。






 週明けの月曜。今日から本格的に部活動が始まる。

「マネージャーからビブスを受け取り着けた者からこっちに来い。軽く実力を見てやる! じゃあ君、初仕事宜しく」

 監督はそう言うと名簿と段ボールを私に託しゴール下へ向かった。段ボールからビブスを取り出し、名前を呼んで来た者に渡していく。読み辛い名字には名簿にフリガナを打つのを忘れない。健ちゃんは立ったまま寝ていて呼んでも案の定起きなかったが、まこちゃんが声をかけるとすぐに起きた。認めた相手にしか反応しないのかな。ほんと、少年漫画みたいだ。
 健ちゃん以外はすんなり進み、あと少しで終わるというところだった。

「コバシさん」

 名前を読んだが来ない。名簿を確認してフルネームを呼ぶ。

「コバシさん。コバシ、コージローさん、居ませんか?」
「フルハシだ」

 休みかとビブスを除けた時、訂正される。顔を上げると髪も目も墨のように真っ黒な男がいた。瞳孔も解らないくらい黒い目って初めて見たかも。思わず一歩近づいて瞳孔を探す。中々見付からない。男がもう一度「古橋フルハシだ」と訂正した。その声で我に返って、慌てて名前を読み違えた事を詫びた。無表情でじっとこちらを見下ろす古橋さんの視線から逃れ、ビブスを手に取り渡す。だが相手は動かない。困惑して顔を見上げる。真顔。私の短い経験の中に、こう真顔でじっと見られた事はない。どうすれば良いかよく解んない。
 そわそわしていると古橋さんは軽く握った拳をこちらに差し出した。

「ここに顎を乗せてくれないか?」
「えと……」

 疑問はあったが名前を読み違えた非礼もある、一切変わらない表情はもしかしたら怒っているのかもしれない。下手に断って更に怒らせるのも面倒でおずおずと従う。先程覗き込んだ瞳をなんだか今は見れなくて、まこちゃんが気付いてどうにかしてくれないかと一年が練習している方へ目をやった。

「次は手を乗せてくれ」

 なんだこれ。
 もう一度見上げるも状況も相手の表情も変わらない。手を乗せる。古橋さんの冷たい温度が掌に伝わる。彼は頷き拳を解くと、私の手を掌が上に向くよう返した。手相でも見ているのかと相手を見るが、目線はこちらから外れていなかった。

「安心しろ、これで最後だ。爪を見せてくれ」

 上を向いた掌のまま、軽く握り差し出すように挙げる。もうこれで最後って言ってたよね、と古橋さんを見上げると、ずっと変わらなかった無表情がほんの少しだけ緩んだ気がした。「もう良いぞ」と言う声に安心しているとビブスを取りさっさと監督の方に歩いていった。ほんと、なんなんだ。少し悩んだがよく解らない事は考え無いに限る。
 段ボールから新たにビブスを取り出し名前を呼ぶと、次の部員が話しかけてきた。中々終わらない古橋さんのやりとりを疑問に思ったらしい。

「さぁ……爪見せてって」
「はぁ? わっかんねぇな。あいつ同じクラスなんだけど、誰が話しかけてもちっとも表情変わらないんだぜ。マジおっかねぇわ」
「そう。でも……」
「どうしたの?」
「いや、なにも」
「それよりさぁ──……」

 疑問は解決しただろうにまだ何か話しかけてくる部員を無視して次に取りかかった。
 古橋さんはクラスでもずっと無表情なのか。でも……最後、爪を見せたあの時は違った気がする。同じ無表情でもほんの少しだけ緩んだ気がする。という事は、今のところあれは私しか知ら無いのか。独り占め、それは悪くない。柄にもなく優越感に浸った。






 ビブス配りが終わりマネージャーの仕事に取りかかる。今までマネ業は一年がやっていたらしく、入部するとまず一週間かけて先輩から仕事を教わるらしい。初日は一年の実力を見るため明日から教える、そこに混じれば良いと言う監督。マネ業に一週間も使って引き継ぎってアホなのかな。あとここにマネがいるから一年には教えなくても良いのにアホなのかな。監督には適当に頷いておいて、去年度までマネ業を中心にやってしていた先輩達へ挨拶に行く。因にその内の一人は見学で良い動きをしていた人だった。監督アホだ、決定。

「監督には一週間使い仕事を引き継ぐと伺いましたが、先輩方の貴重な練習時間をだらだら使わせて頂く訳にはいけません。一日で覚えますので、どうか今日だけ付きっきりで教えて下さいませんか? 宜しくお願い致します」

 頼みごとは丁寧に相手を持ち上げつつが鉄則、深く頭を下げる。そんなに畏まらなくて良い、自分達で出来る雑用をマネージャーに押し付けるのは申し訳ないけどこちらこそ宜しく、とずいぶん慌てながら握手された。一応一年にも教えるから明日からでも良いと言うのを押し切って、お仕事スタートである。
 良かった。先輩達もだが何より一年──まこちゃんと、彼が買っている健ちゃんの練習時間を削られるのが嫌だった。
 日誌やスコアの書き方、ドリンクの作り方、ビブスやタオルを洗う洗濯機の場所と使い方等を教えてもらう。ボトルやラダーなどの用具は男バス第三部室、物置と化した通称・部室倉庫に置いてある。因にその部屋は現在ドアのついた簡易パーテーションで区切り、マネの更衣スペースと兼用している。着替えの時は必ず内鍵を閉めてね、と言われた。
 時に実際にやりながら詳しく説明して貰えばあっという間だった。本日の練習が終了し、モップ掛けや用具の片付けを一年と手分けする。

「いつでも一年や俺らに手伝い頼んで。種田ちゃんは大丈夫って言うけど、ウチ部員も多いし絶対保たないよ? 本ッ当一人でやるのは大変だからさ、小さい女の子じゃ無理だって!」
「大丈夫です、先輩方は優しいデスネ」
「そんな事無いよ、オレら一気に教えたけど大丈夫? 明日も手伝うよ? 一年にも仕事教えるし」
「いえ、一人で出来ますヨ」
「そう? やっぱ無理って時は気にせず言ってね?」
「……水曜日は私用で遅れるので、その時はお願いするかもしれません」
「全ッ然良いよ!」
「助かります。今日は本当に有難うございました」
「めッちゃ健気! 良いマネ入って良かった!」

 最後に優男モードのまこちゃんをイメージして、精一杯の笑顔を振り撒く。嫌われてはいないと思う、それどころかしょーいち先輩の言う通りにしたら最後は良いマネとまで言われた。“──厚意は二回断ってもアカンかったら了承が吉やな”有難う妖怪サトリ。
 覚える事なんて自分もバスケをやっているので大して無かったし、仕事量も想定内だった。ただ女バスのゲーム練習は水曜だったのでそれは伝えておく。本当は先に来て軽く仕事を済ましてから女バスに向かうつもり、大丈夫だとは思うけれど厚意を頑なに拒絶する必要はないだろう。確かに部員が多いからドリンクは大変かもしれない。小さいは癪だったな、明日から頑張ろう。

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