悪戯

 学校にもマネ業にも慣れてきた四月下旬のある日、Cコートの休憩中ドリンクを配っていると声を掛けられた。

「ねーマネージャーチャン。オレのドリンク、なんでザキと色違うの?」
「ざき?」
「うん。ザキのボトルは赤でオレのはピンクじゃん。ボトル分けてんのかと思ったけど、赤は他にももいるし気になってたんだー」
「あぁシール……それ味が違う」
「味?」

 中学時代、試合で顧問が買ってくれたスポドリの味が合わなくてかなり嫌だった事がある。ポカリを好んで飲む私にはオレンジのパッケージは馴染めず、試合中も酷く口の中が不快だった。
 部倉庫のドリンク粉末は色々な種類があった。先輩曰く、それぞれ好みが違うので毎日ローテーションで飲んでいたそうだ。私も最初はそれに従った。そして毎日の減り具合や、時に希望を訊いて、今では個人によって種類を分けて作っている。シールはその印。

「ピンクのシール……それだけだけど。そのドリンクは甘くない」
「確かに。なんで?」

 彼は練習中持参したミネラルウォーターばかり飲んで、あまり部のドリンクを飲まない。潔癖では無さそうだし、一番減りが多かったのは後味の引かないドリンクの時。好みというより彼がいつも噛んでいるガムが理由だろう。フワリと香るミント、味が濃いと混ざって不味い筈だ。そこで試しに、甘くない、味がしつこくないものを少し買って出してみれば大正解だったようでよく飲んでいる。そう伝えれば彼は驚いた。

「マジ? 最近あんま味変わんないなーとは思ってたけど」
「もう粗方個人のドリンクは確定したから。嫌なら変える、丁度その粉は無くなりそうだけどどうする? 因にミント系の味は存在しない」
「これで良いけど……なんでそんな見てんの? オレの事好きだったりー?」
「「「「「ブフッ!」」」」」

 ニヤニヤと投げられた質問に、周りの部員がドリンクを吹き出し噎せた。タオルを渡して汚れた床をぞうきんで拭く。

「その理屈だと部員全員が好きだよ」

 答えるともう一度部員が吹き出した。おい。
 別のぞうきんを取るべく立ち上がると、マネ業を教えてくれた先輩の一人が横から抱きついて来た。「そうか好きか! 種田ちゃん有難う!」いやその理屈だと、と言った筈だ。なんなんだ。先輩は疲れているのか寄りかかるようにしているので重い、私に筋力があっても流石に重い。

「そこまで部員の事考えてッ! 種田ちゃん本ッ当に良いマネだわ。よく働くし重いドリンクも余裕で運ぶし。最初絶対やってけないと思ってたのに!」
「先輩汗びしょびしょで不快、離れて下さい」
「とか言いながら逃げ出さない種田ちゃん天使!」
「センパイキモすぎっしょ!」
「原! 先輩に向かって酷いぞ!」
「天使? 先輩、べたべたしてるとまこちゃんに怒られます」

 逃げ出さないのではなく、逃げたら先輩が倒れそうだろうから逃げれないの間違い。ほんと重い。それにさっき、隣のBコートで練習しているまこちゃんと目があった。部員相手に下手な事は出来ないから仕方ないのに。後が怖い。

「原さん、先輩どけて」

 目の前の原さんに頼むが彼は動かない。Bコートを一度振り返り、こちらを見て相変わらずニヤニヤ笑っている。

「ねー、マネージャーチャンって花宮と付き合ってんの?」

 その瞬間休憩中の部員全員の視線が集まるってたじろぐ。「ないよ」「天使だもんね」先輩よく解んない重い。

「なんで?」
「他の男とベタベタしてると怒られるんでしょ? 花宮に」
「違う。親しくない人とべたべたしてて逃げないと怒られるの、危ないって」
「え!? 親しいでしょ種田ちゃん!」
「ふーん……?」
「もう、無理、倒れる」

 限界だが一歩足を出し踏ん張ろうとすると、その動きにあわせて原さんが私の手を引き──腕の中へ。後ろから私の首元に両腕を回し、おんぶおばけ状態だ。支えが無くなった先輩は勢い良く顔から床にダイブ。大丈夫……だな、たぶん。原さんは文句を言う先輩を無視して、私ごとくるりと反転した。

「ありがと」
「ちょっとくらい恥じらいとか動揺とかないワケ?」
「なんで? というか状況が変わってない。原さん汗びしょびしょで不快、離れて」
「センパイどけた後の事は何も頼まれて無いからねん。花宮メッチャこっち見てんじゃんウケる」
「怒られる」
「オレは多分大丈夫だから知らなーい」

 まこちゃんからすんごい黒いオーラが出ている気がする。表情はいつも以上に完璧な爽やかスマイルなのが逆に怖い。皆の前で彼はあまり怒りを表に出さないので、そりゃぁ怒られるのは私だけになるだろう。それを解ってやってる原さんは趣味が悪い、悪戯好きか。後でこっそりまこちゃんにシめられてしまえ。
 原さんの笑う振動が、背中越しに伝わってむずむずする。「楽しい?」「愉しいに決まってんじゃん」鼻で嗤われた。背中の傷痕は皮膚が薄くなっているのか、中々どうして繊細なのだ。こんな、くっついたまま笑うとかやめて欲しい。こしょばい。
 首から下げたストップウォッチが鳴った。Bコートが休憩、Cコートが練習を再開する時間だ。原さんから離れようとするが、彼の腕はびくともしない。周りの部員はアラーム音が聞こえた筈なのに、誰も動き出さずちらちらこちらを見ている。

「時間だよ、離して」
「頑張って抜け出してみてよ」
「部員に怪我させたくない」
「ブハッ! 何するつもりだよ!」
「ッやだ、も、ほんと、真剣に」
「おー、焦ってるあせってる!」
「やっ、笑わないでこしょばいっ。お願い、離して……ッ時間、鳴ったから」
「はは、良いねマネージャーチャン! 名前忘れたから教えてよ、そしたら離してあげても良いよん?」
「ッ確約じゃないの?」
「ふふ、早く。時間なんでしょー?」
「ッ……種田」
「下は?」
「結希、種田結希っ!」
「ユーキチャンね、ほい」

 放られてつんのめったので、手をついて前転するように受け身を取る。大丈夫かと駆け寄る先輩をあしらい急いで部員をCコートに送り出し、Bコートに休憩指示を出す。謝りながらドリンクやタオルを渡せば、なぜか矢鱈と心配された。
 今日が職員会議で監督がいなくて良かった。が、帰りに被った猫の面を脱ぎ捨てたまこちゃんに怒られたのは言うまでもない。不可抗力だったのに……理不尽だよ。

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