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「原さんってよく解んない」

 仕事が一段落したのか、皆と離れて暇そうにしていたマネージャーに声をかけると、そう言われた。
 ゴールデンウィーク最終日、今日は他校との練習試合だ。現スタメンの調整で案の定一年は試合に出してもらえず「先輩の試合から色々なことを学べ」とかなんとか意味ワカンナイことを言われてずっと見学なのでとても暇だ。ザキなんてランニングで良いから動きたいと、ウズウズしていてウザイ。マネも今日のスコアは監督が書くからと、いつもより少ない雑用以外は基本見学らしい。

「そー? オレはユーキチャンと仲良くなりたいだけだよん」
「嘘、まこちゃんが理由でしょ」

 半分アタリで半分ハズレ。
 オレは最近、暇を見つけてはマネージャーチャンに構っている。一番は彼女の言うとおり、初めて彼女に声をかけた時の花宮が面白かったから。でもちゃんと彼女自身にも興味あるんだけどなー。
 “──まこちゃんに怒られる”センパイとオレが抱きついた時マネージャーチャンはそう言ったが、オレはこの一ヶ月、怒る花宮を見た事が無いし想像も出来無い。彼はいつも爽やかに、優しく面倒見が良く、早くも監督とセンパイに気に入られ同期には頼られている。だがオレやセンパイがこの子に馴れ馴れしく構うと、確かに少しだけピリピリしてこっちを伺っていると気付いた。それが面白い。いつかキレるだろうか、なんて。花宮の反応見たさと、マネージャーチャンへの興味。だから彼女に構う。

「私関係無い。私に絡んでも彼と仲良くなれないよ」
「……オレはユーキチャンの方がよくワカンナイけどねん」

 個々のドリンクの好みの把握と対応力には驚かされた。大きさが三種類ある部のタオル、いつからか持参した物と近いサイズが渡されるようになったのも知っている。希望を言えば見落としていたと詫び、以降間違える事は無い。他にも気付かないような、細かな気配りが上手いのだ。オレが構う理由に花宮があると気付いているし、彼女は鋭いと思う。
 だがそれを花宮と仲良くなりたいからだと考え、あれだけ花宮が気にかける自分を関係無いと言う。馴れ馴れしいオレやセンパイに対して一切警戒しないし、明らかに下心丸出しで手伝いを申し出た部員に「マネ志望なら監督に言えば?」と首をかしげる彼女は鈍い。
 恋愛関係に疎いのかもしれない。なら手を出してみるか、たまにはそういう相手も悪くないだろう。花宮が彼女をどう思っているかは解らないが、更に面白い反応を示すに違いない。なんて、ゲスい考えが浮かんだ。

「それに……妙に絡まれてもどうしたら良いかよく解んない」

 恋愛関係じゃなく人間関係に疎いの?
 確かにマネージャーチャンに構うようになって気付いたのは、彼女はいつも一人だという事。無理矢理押し掛け共にする昼食、休み時間ふと覗いた教室、廊下ですれ違った時。全てヒトリボッチ。昼食時、時折隣の席の瀬戸と話しているが、それ以外クラスに友達がいるようには見えない。クラスどころか学年で見ても、花宮と田辺サン以外友達は居なさそうだ。

「ユーキチャンってコミュ障? って感じしないけど。友達居ないの?」
「親しいのは三、いや五人かな」
「少なっ! オレと花宮、田辺サン、瀬戸……あとはセンパイ?」
「? なんで原さんと先輩?」
「えー酷くない? オレら結構仲良いと思うんですけど。いつまで原サンなんて他人行儀に呼ぶワケ?」
「まこちゃんへの当て馬であって、お友達じゃないから?」
「当て馬って……つーかなんで男バスマネやってんの?」

 目の前の人間へ面と向かって友達じゃないと切って捨てるとは、コミュ障以前の問題だ。そして片手で足りる交遊関係の狭さ……マネージャーチャンは人間嫌いとやらなのだろうか。そんな奴が普通マネやる?
 オレはマネージャーとは接客業だと思っている。全ては部員のため。ドリンク作りや洗濯、スコア取り等、一人でする裏方仕事が多いが、必ずそれは部員に繋がる。また異性の部のマネとなれば、どんな子だろうと多少ちやほやされる。現にオレやセンパイは馴れ馴れしいし、下心丸出しの部員も居る。だがマネージャーチャンが男目当てにマネをやっているとは思えない。
 単にバスケが好きなら女バスに入部すれば良い。運動神経は良いみたいだし、クオパンからすらりと伸びる脚はスポーツ選手のそれだ。無駄な脂肪がなく、筋肉が付いて締まっている。個人的にはもう少し肉が欲しいけど……ムキムキじゃないのと、足首の細さは合格。

「……まこちゃんの試合を近くで観たいから」
「えっ」

 花宮オトコを追いかけて男バスに入った、という事か。かなり予想外だけど、マネをやる理由としては充分あり得るかな。「やっぱ付き合ってんの?」「ないよ。そればっかりだね」んじゃマネージャーチャンの片想い? それにしては淡白だ。
 休憩を挟んで二ゲーム目が始まる。件の花宮はコートの中だ。なんでも相手校が是非対戦をと望んだらしい。彼が上手いのは普段の練習を見ていて解るし、中学では全国2位まで上り詰めたと聞いた。オレは彼の試合を今まで見た事が無い。近くで観たくなる試合かー……ん? 花宮の 活躍を 近くで見たい、じゃないんだ? なんかちょっと違和感。

「念願の花宮の試合じゃん、嬉しい?」
「相手のレベルが低いから期待してない」






 花宮が入った試合は今のところ一ゲーム目より微妙だ。ポジションの関係もあるからか目立った活躍もしない。全中2位とは言え、やっぱり入学間もない一年が活躍するのは難しいのだろうか。初めてのチーム編成で上手く行かないのか、パスワークは乱れ相手校に大きくリードされている。隣で退屈そうにしているマネージャーチャンは、オレの視線に気付いたのか口を開いた。

「息、殆ど上がってないし余裕でしょ。遊んでる、たぶん」
「……花宮はワザと手ぇ抜いてんの?」
「解んないけど、ほんとはもっと上手いし……すごく、格好良いんだよ」
「……」
「でも、」

 艶っぽい声色はすぐにいつもの調子に戻る。気のせいだったのだろうか?

「今は楽しそうじゃないし良さが全然出てない。つまんない。お行儀の良い退屈な試合──……」

 ──まぁ練習試合だしね。

 低く、意味深にぼそりと付け加えた。
 ハーフタイムに入った。練習試合な上自分達がリードして余裕があるのか、相手校の主将が花宮を大げさに褒めている。「まだ一年なのに中々やるな! 流石は『無冠』だ!」大きな声が少し離れたここまで聞こえて来る。ムカン?

「あと、ああいう人は不愉快極まりないね」

 盛大に顔を歪めて吐き捨てると、マネージャーチャンは選手達にボトルやタオルを渡しに行った。
 花宮と話すマネージャーチャンを見ながら考える。オレがしつこく構うと面倒そうにしても、あれだけ嫌悪した事は無い。出会って一ヶ月強、話すようになって二週間弱。少ない期間だがハッキリ感情を表情に出すのは珍しい。彼女はいつも無表情に近い。同じく部にいる古橋ほどではないが、表情があまり変わらない。顔を見ても何を考えているか解りづらい。その分態度は露骨だし雰囲気に出ると気付いたので、あまり苦労はしないが。
 帰ってきたマネージャーチャンは、花宮と言葉を交わして機嫌を取り戻したようだった。

「何話してたの?」
「ここからだって」
「意味ワカンナイんですけどー」
「ふっ、原さんならきっと愉しめるよ。君は結構イイ性格してるから」

 第3Qから花宮の動きがだんだん良くなり試合のレベルが格段に上がった。一年は今まで試合形式で練習をさせて貰えず、基礎トレ以外はシュートやドリブル、パスといった基礎練が主だった。基礎練でも上手いと感じていたそれ、発揮されるとこんなに凄いのか。もう初めてのチーム編成なんて感じさせない。流れるようなプレーは美しく、目を見張るものがある。マネージャーチャンが花宮を追ってバスケ部に入る気持ちが解る気がする。
 差を詰め、逆転し、そのまま離していく。先程までの余裕が嘘の様に焦り苛つく相手校。これは気分が良い。

「確かに面白いわ」
「ほらね。まこちゃんも楽しそうだし」
「言われてみれば、さっきより生き生きしてるかも?」

 あともう少しで試合が終わる、という時だった。花宮と相手校の主将がもつれた。倒れ込む二人。花宮は上手く手が着けず顔面をぶつけたらしい、鼻血を出している。駆け寄る他を制して鼻を抑え、何度も相手校の主将に自分が躓いたせいだと謝っている。幸い花宮は大事に至らず出血はすぐに止まった。しかし相手校の主将は足首を強く捻挫してしまったらしい。試合はそこで中止となった。インターハイ予選を今月に控えての負傷。 真っ青になって謝る花宮、お互い様だと言いながらも完全にお通夜ムードの相手校。誰もが二人を心配している。
 だがオレは気付いた。さっきからの違和感。少しタイミングがズレてもつれただけ。少し荒っぽいプレーだっただけ。マネージャーチャンは冷静過ぎる程冷静で、花宮にティッシュと氷嚢を渡すとさっさと戻ってきた。違和感を覚えて疑う。疑えば違和感が大きくなる。
 もつれるタイミング、珍しく荒っぽいプレーの花宮、躓いてしまった花宮、焦らないマネージャーチャン、負傷した主将兼エース。

「ねーオレ、解っちったかも?」

 声を掛けると少し嬉しそうな空気を背負い、マネージャーチャンはこっちを向いた。

「原さんは目が隠れてるけど、目と……勘が良いね」
「『お行儀の良い退屈な試合』だっけ。ユーキチャン性格悪いねん」
「そうかな。華麗なる逆転劇はドラマチックだったと思うけど」
「はは! それに確かに格好良かったかも。あんな鮮やかに出来ないっしょ、普通──……」

 ──捻挫させるなんて。

 耳元で囁くと、彼女はこれでもかってくらい目をまんまるにした。

「原ちゃん」
「え、なになに。原サンじゃないの?」
「じゃないの。原ちゃんは話が解る人だね」

 デレた。にっこりと笑うユーキチャン。初めて見る笑顔に驚いて、強く空気を送り過ぎたガムがパチンと弾けた。

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