相談

 インターハイ予選トーナメントが始まった。初日の昨日は無事難なく勝利を修めたが、少々気がかりな事がある。それは実力主義の霧崎に珍しい年功序列人間な監督が、スタメンからベンチまで全て三年で固めている事だ。マネージャーの私も例外では無い。どの道私はまこちゃんが出ていないから女子の試合に出たし、文句は無いのだけど。
 まだ予選とは言え、勝ち進めばあの先輩達だけでは厳しいだろう。監督はどれだけ見る目が無いのか。まこちゃんとマネ業を教えてくれた先輩一人、もう一人二年Cはせめてベンチ入りに持ち込まなければ。選手から入れてくれなんて言い難いし、私から働きかけよう。マネージャーが口を出すのは考えものだが仕方無い……まぁまこちゃんは自分でなんとかしそうだな。

(前の練習試合のデータとか見せ、てっ……て、あ)

 考え事をしながら放ったシュートは、ガンとリングに当たり落ちる。跳ねるボールを拾おうと振り返ると、見覚えのあるかば色、オレンジに近い茶髪が目に入った。

「よう」
「どうも。えと……」
「山崎だ、山崎ヤマザキヒロシ。一人なら1on1やらね?」






「やっぱ強ぇなー種田!」
「ありがと」

 疲れたとぶっ倒れた山崎さんが悔しそうに、でも笑顔で言った。
 用事の帰りだった山崎さんは、コートで一人練習する私に気付いて声をかけてくれたらしい。10本先取のミニゲームは10-7で私の勝ち。やっぱ、という言葉に疑問を投げると、月バスの特集記事を読んで知っていたと。私が個人取材を受けたのは中一の終わり、最初の一度だけだ。以降は学校単位でしか記事になっていないし、コメントを求められてもほぼ全て断っていた。にも関わらず、有名だ、知ってる奴は知ってると言われて少し恥ずかしい。

「試合も直接見た事あんぞ。去年の全中3決な、第4Qはスゲーと思った」
「あ、んなのは……どうかと思うよ」

 今考えれば半分自暴自棄になった、周りを無視した試合だった。極度の集中状態と酸欠であまり覚えてないが、完全にワンマンだった事だけはしっかり覚えている。口ごもると山崎さんはがばりと起き上がった。

「あんなのってふざけんな、凄かったって!!!」
「ッ! う、うん」
「ぃあ、ワリィ……でもマジでよ、なんつーか、のびのびやってて? 全力出したら……いやそれまでもお前頑張ってたのかも知んねぇけど……こんなスゲーんだなって。マジスゲー格好良かった」

 真剣な表情と必死な様子に驚く。のびのび? 初めて言われた。
 中一の夏、初めての大会。自暴自棄な点は違えどあの第4Qのような試合をした。無感動に、身体の赴くままに、コートを走り回りシュートを決める。出来るからやった、ただそれだけ。公式戦だからと普段より集中していたが、私にとっては何の変哲もない普通のプレー。だが他人からすれば普通では無かったようで。顧問も部員達も口を揃えて言った……こんなのは違う、バスケはチームスポーツだ、真剣勝負であっても皆で楽しむものだ、勝利はそうやってチームで掴むものだと。正すように責められた。
 全中3決の試合後、チームメイトが泣いていたのも実際には見ていないから解らないが、思うところはあったのだろう。引退式で冷めた視線を送られたのを覚えている……一人で本気を出せと言ったのは、彼女達だというのに。
 だからのびのびとか、格好良かったなんて言われてもどうしたら良いか解らない。でも、

「ありがと……山崎さんも凄いよ」

 なんだか、少し救われた気がした。自暴自棄でワンマンだった私のバスケを否定せず、赦して認めてくれたのかと。
 ゆるゆると笑って感謝を伝える。山崎さんは顔を赤くして挙動不審だった。あぁ……あんなに動いたし彼は手ぶらだ、まだ五月の中旬とは言え運動すれば暑い。日曜日の午後三時過ぎ、傾き始めたが日差しは強かった。持っていたポカリを渡すが「こっこれ口空いてんじゃねーか!」と叫んで全力で拒否したので一緒にコンビニに行くことにした。確かに飲みさしを渡すのは失礼だったか。

「俺は凄くねぇよ」

 もごもご言う山崎さんは謙虚な人なんだろう。でも私は知っている。最近まこちゃんが部活中よく山崎さんにアドバイスをしたり、ペアを作る時に積極的に組んでいると。「まこちゃんが指導してるから」ふふりと笑うと「そうだ……その花宮の事でちょっと相談したいんだけど」山崎さんは更にもごもごと言った。






 長くなりそうだからどこかお店にでも入るかと言う山崎さんを、近いからと家に招いた。きょろきょろして後ろをぴったり付いて回る彼がなんだか面白い。前々から抱いていた印象が強くなる。山崎さんは、いつだったかべーちゃんと行ったお祭りで見た、脱走していたヒヨコを思い出す。何故か私達に付いて来ていて、テキ屋のおじさんに届けた濃い羽色のヒヨコ。抱き上げた手の中でピイピイと忙しなく暴れ、指を何度も啄む、ちょっと凶暴なヒヨコ。
 誰も居ないからゆっくりしててとソファーを指す。「で、まこちゃんがどうしたの?」とオレンジジュースとお菓子を出すと、山崎さんは随分重たい空気を背負って話しだした。

「俺、花宮に……その、虐められてるかもしれねぇ」

 脅すような話し方、頻繁にバカにされる事、強制的に組まされるペアではとても厳しい事、たまーに出る手。他の部員にそれとなく怖いと訴えても信じては貰えない。同じクラスで仲の良い原に詳しく相談すれば「良かったねん☆」と相手にしてもらえない。中学バスケで少し悪い噂も聞いたが、部活中は皆に優しく誠実なプレイヤー……で、自分にはやっぱり酷く辛辣。
 悩む山崎さんには申し訳ないが少しも深刻では無いので、あぁ原ちゃんの話に度々出て来るザキって山崎さんの事だったのか、なんて暢気に考える。

「普段のキラッキラしてんのよりはとっつき易いんだけどよ、違い過ぎんだろ」

 おぉ、なら良いじゃないか。

「種田は花宮と仲良いみてぇだし、言うのもどうかと思ったんだけど……あいつ本当はスゲー怖くない? 種田の前ではどうなんだ? お前大丈夫なのか?」

 挙げ句私の心配までする山崎さんはなんて優しいんだろう。私はちっとも山崎さんの心配なんてしてないのに。ごめん。言動が荒っぽいのに心優しい彼は、ドラマに出てきた雨の日に犬を拾う不良そっくりだ。

「うん、まこちゃんほんとはスゲー性格悪いよ。良かったね」
「ッ! だからなんでそれが良かったになんだよっ!」
「良かったになんだよ。ペア組んだり指導されるのは使える──バスケが上手いって認めてるから。見込みがあるから、もっと成長するから気にかける」
「いつもスゲーバカにされんだけど……怖ぇのは?」
「だから元々性格捻くれてるんだって。気に入ってるから素で接してる。それに素でも言いふらさない、引かないって思ってるとか?」
「……俺先輩にそれとなーく言ったけど。原にはそのまんま言ったんだけど」
「なら『ふはっ、コイツが言ったところで周りは信じねーだろ』みたいな?」
「結局バカにしてんじゃねぇか! つーかなんでそんなモノマネのクオリティ高けぇんだよ!!!」

 バンッ! コーヒーテーブルを叩いて憤る彼に驚いてビクつくと、「わ、ワリィ」としおらしくなった。単純なのはアレだけど根はほんと良い人なんだな。仲が良いと言う原ちゃんは悪い意味でイイ人だから振り回されていそうだ。

「原ちゃんのも、認められて『良かったねん☆』だと思うよ。まこちゃんが薄ら寒い優男じゃないって知ってるし。だからザキちゃん、良かったねん」
「薄ら寒い優男……つーかザキちゃんって……」
「原ちゃんの真似」

 すると山崎さんは神妙な面持ちで、身体ごとこちらを向いた。

「そういやお前原とも仲良いのか?」
「? うん」
「確かにあいつやたらお前にベタベタしてんもんな……なんもされてねぇか?」
「くっつかれるよ」
「それは見てたら解るっつーの」
「ご飯くれる」
「餌付けかよ……」

 話が一段落したところでジュースのおかわりを次ぐ。ザキちゃんは勉強は良いのかと訊いてきた。今は中間考査期間前。これでも特待だし、今のところ授業中だけで充分だ。テストだからと慌てる必要はない。因に考査前一週間、レギュラー以外部活は休みだ。彼らは試合があるため、調整だけ行っている。

「授業時間で充分」
「テスト勉強しねーの? お前のクラスも課題──問題集とか一杯出てんだろ、テスト範囲分」
「だから授業時間で充分だよ。課題は既に授業中にやった」
「はぁ? 既に?」
「一度の授業でどこをどれくらいやるかって大体解ってくる。だからその時間の教科書の例題問題、問題集を授業中やる……現文や古文は例外かな? 宿題もこれで大体終わるし、宿題がプリントなら休み時間に済ませる」
「……あてられたら困んだろ?」
「大体席順か出席番号順だから教師の話なんて五十分間全部聞かなくて良い。『テストに出る』『大事』って単語だけは追うようにしてる。どうしても解んないところは教師かまこちゃんに訊く。考査前に出された課題プリントと、個人的に買った問題集やれば復習は終わり」
「マジかよ……つかなんで花宮?」
「主席、入学式で新入生代表挨拶してたよ。中学時代の模試も、勉強しなくてほぼ上位」
「マジかよ……俺入学式寝てたわ。種田は頭良いのか? つか良いよな?」
「入試の学術特待取れたよ」
「マジかよ……お前ら二人とも特特か……? バスケも勉強も出来るのかよ……」

 Vサインを作って言うと、げっそりしたザキちゃんは挨拶もそこそこに「帰って勉強する」とふらふら出ていった。
 その後の中間考査、あれだけマジかよを連発していたザキちゃんだが結果は152位。半分以内なら充分だと思うと部活中言うと「はぁ!? 皮肉かよ!」と叫ばれ、揃ってまこちゃんから煩いと愛の拳を頂いた。

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