女子がお互いに髪を弄って、赤いはちまきをリボンにしたりと複雑な巻き方をしている。
「種田さんも可愛くしてあげる!」
「だ、大丈夫……」
その勢いに気圧され思わず健ちゃんの後ろに隠れると、残念だと笑われてしまった。
本日は晴天なり、霧崎第一高等学校体育祭である。
一学期中間考査の最終日、全てのテストを終え迎えたロングホームルームで出場種目を決めた。準備期間が一週間と短く五月末に行われる霧崎の体育祭は、クラスの交流・団結を目的としている。
種目名だけ黒板に書いた担任は「あとは自由に決めろ、終わり次第解散な」と教室隅の椅子に座ってしまった。安定のユルさである。面倒臭いとちらほら声が上がったのは、イベントに興味を持つ生徒が少ないのか、担任の影響か。しかし、全学年を奇数・偶数クラスで分けた紅白、クラス縦割り、クラスで最優秀を決めそれぞれにご褒美が出る事が解ると皆目の色が変わった。紅白戦は食堂のプリン、クラス縦割りは期末考査対策解説プリント、クラス対抗は学食一週間無料券。私はプリンに思いを馳せていたが、皆が対策解説プリントに食いついた辺り、流石は進学校と言ったところか。
準備体操が終わり人がばらける。とうとう始まる体育祭とあまりの人数に嫌気がさして、健ちゃんの後ろにしがみついて背中に顔を埋めいじける。「歩きにくいんだけど」「頑張って」溜息を吐きながらも引き剥がしはせず歩く健ちゃんは優しい。
ずるずると引きずられクラステントに到着。後方で早速寝転んだ健ちゃんに野次が飛んだ。「瀬戸場所取り過ぎだから! 自分のサイズ考えろ!」ごもっとも。優しい健ちゃんには優しくしてあげよう。「背もたれになったげる」背中合わせに座って体操座りをすると、容赦なく体重をかけた彼はすぐに寝た。
「なにこれ可愛い……! じゃなくて種田さん! その……旗取りは次だから入場門集合だし、瀬戸君初っぱなの100m走だから……起こしてあげて?」
あ、忘れてた。
プリン欲しさに頑張ろうと決意した私が旗取りに志願した時は酷く驚かれた。絶対死ぬから駄目だと止める声に、軽いから棒に登れるプリンは任せろと力説。まぁ女子の活躍は得点が二倍になるし、と体育委員が折れる形で半ば無理矢理決定した。女子が少ない霧崎は徒競走やリレー以外の種目の多くが男女混合、その救済処置だ。あの時のプリン発言への生暖かい視線は気のせいだと思いたい。
裸足になって入場門へ、徒競走の健ちゃんと別れる。棒倒しに集まっているのは殆どが男子……というか、私とべーちゃんしか女子は居なかった。八組からは原ちゃんとザキちゃんも参加していた。出番を待つ間の簡単な作戦会議で、やんわり他クラスから女子二人は隅に居るよう指示される。事実上戦力外通告だ。まぁ無視して攻めるんだけど、とべーちゃんと目配せした。
『プログラム四番。一年生総合種目、旗取りです』
放送を聞き、じゃぁ頑張りますかと一歩踏み出す。と、後ろからグイと首に掛けていたはちまきを引っ張られた。
「花宮さん、と……えと、なに?」
「やめろよ康次郎。結希も。首に巻いてると危ないよ?」
引っ張っていたのはいつかの謎行動のコージローさんだった。名前呼びに、まこちゃんこの人と仲良くなったんだなと二人を見上げる。「ちゃんと巻け」「やだ、鬱陶しい」「文句言ってんじゃねぇよ、バァカ。貸せ」するりとはちまきを奪われ小声で怒られた。頭に巻かれながら棒倒しかと訊けば、その次だと言う。確かに足元を見れば二人とも靴を履いている、まこちゃんがいては勝てる気がしないから一安心だ。コウジロウさんはまこちゃんがはちまきを巻く様子をじっと見ていた。なんだろう。お礼を言って急いでグラウンドに出る。
『それでは旗取り、よーい……始め!』
ピストルを合図に、作戦無視で飛び出すべーちゃんへ誰かが吠えた。
守備を最低限にしたこちらに対し、敵は守備を固め攻撃戦力は最小限に抑えたらしく、走って来る数人以外は待ち構えている。押さえ込め、離せ、やめろ。飛ぶ怒号と叫ぶ声。離れた私を誰も気に止めない、まるでベンチ入りしている気分だ。べーちゃんは既に敵陣の山の天辺で棒に手をかけているが、旗はまだ遠く棒もしっかりまっすぐ立っている。それに対し自陣は人の数こそ随分小規模だが傾いていた。ちょっとマズいかな。ゆっくり深呼吸してぴょんぴょんと二回その場でジャンプ、私は駆けた。
ぐんぐん敵陣に近づく私の前に、どうみても成人済みにしか見えないマッチョが現れた。必死で捕まえようとしてくるので敵陣を一旦離れるが、それでも付いて来て鬱陶しい。完全にマークされたようだ。まぁなんとかなるかと敵陣を確認すると、樺色の髪がべーちゃんのすぐ下、良い場所に見える。
「ッしつこい」
「こんなチビ女一人捕まえられないと柔道部の名折れだからな!」
「じゃぁ折れて」
柔道部なら投げ飛ばしても……だめか。マッチョはリーチの違いはあるが速さは微妙だ。いける。視線のフェイクを入れ、クロスオーバーの要領で素早く切り替えす。伊達にバスケやってない。と、滑るようにマッチョが体制を崩し転けた。え、もしかしてアンクルブレイク、的な? 試合でもあまり見ないそれに少し嬉しくなって、にやつく口元を手で隠しながらさっと後ろへ下がる。そして膝をつくマッチョの肩を踏み台に、跳ぶ。
「ッザキちゃんごめん」
「えっ、ぅ、うぉあっ!!?」
更にザキちゃんの背中を第二の踏み台に跳び上がり、べーちゃんより上、棒に掴まり登る。ふと下を見ると、べーちゃんが彼女を下ろそうとハーフパンツを引っ張る敵の顔面を蹴り飛ばそうとしていたので、慌てて旗を掴んだ。
『終了ー、赤組の勝ちです。なんと女子、小さな女子が旗を取りました! 得点は二倍、赤組は20点追加です。終了です、終了。終了だって! 終わったから蹴らない、ちょ、もう一人の女子!!!』
沸き立つ歓声と盛り上がる放送。旗取りは終わったがべーちゃんの追撃は止まらなかった。
「ブハッ! ザキの背中、足跡くっきりでウケる!」
「ザキの上裸とか超誰特だよ」
「ッるせーよ田辺!!!」
「いやアンタがね」
「ザキちゃんごめん」
ザキちゃんの背中、ど真ん中には私の足跡がそれはそれはくっきりと付いていた。中々取れないそれに、体操服を脱いでもらって叩く。「他にも足場はあっただろ」少し残っているが及第点まで取れたので返すと、不服と顔に書いたザキちゃんにじとりと見下ろされる。
「他は知らない人だったし、ザキちゃんなら大丈夫だと思って」
「はぁ? 舐めてんのか?」
「違う。ザキちゃんは部内でも筋肉量が多くて体幹がしっかりしてる、体は固いけど君背筋は比較的柔らかいから大丈夫だと思って。予想通り怪我やダメージもないみたいだし良かった。いつもTシャツだからよく解んなかったけど、やっぱりしっかり鍛えてるね」
「おまっ、え、はぁ!?」
「「ザキキメェ」」
割れた腹筋を見ながら褒めると真っ赤になった。ザキちゃんは謙虚だから褒められ慣れてないんだろう。最近はまこちゃんとペアを組む事が多いから仕方ない、きっと沢山罵倒されているだろうし今くらいは。そう思い褒める言葉を続けると、これ以上ない程真っ赤になってしまった。同じクラスの二人を置いて、一人クラステントに逃げるように帰る後ろ姿まで赤い。謙虚な上に恥ずかしがり屋らしい。それならここで体操服来て行けば良いのに。半裸は恥ずかしくないのか? ないか、鍛えてるし。
「ザキちゃんってほんと謙虚だね」
「うーんこの」
「ユーキチャンあれは気持ち悪いって言うんだよん」