掃除

「すまんな! 伝え忘れていた、今日は練習休みだ!」

 はっはっは、と笑う監督に唖然とする。え、普通そしたら基礎トレとかするんじゃないの?






「ユーキチャン生着替え中?」
「生?」
「お前らここにいたのか……」

 練習着に着替えて更衣スペースを出るとパイプ椅子や地べたに座る瀬戸古橋原と、扉を開けてこめかみを押さえるまこちゃんが目に入った。
 今日は土曜日、半日授業が終わり体育館に行くとまさかの設備点検で練習はお休み。丁度良い機会だと急遽部室掃除を提案した。部員は乗り気では無かったが、なら私がやると言えば入室を止められた。そんなに汚いのか。私は更衣スペースは大丈夫なので、パーテーションを挟んだ物置担当だ。隣からはバタバタと音が聞こえる。

「掃除」
「俺の個人ロッカーはいつも清潔に保っている。それにあれだけ人が居れば大丈夫だろう」
「邪魔だから出て」
「えー外暑いじゃん」
「……じゃぁこっち居れば良いよ、土禁ね」
「お前甘やかし過ぎ」

 何故かまこちゃんに怒られた。でも康くんと原ちゃんの言う事も最もで、だからってここに居られては掃除の邪魔だから仕方無い。女子の部室に男子が入れば停学処分だが、使用者が招き同席していてるのだ。別に良いだろうと言うが納得しなかった……それを無視するのが原ちゃんである。

「お邪魔し……なにこの快適空間!」
「種田個人事務所」
「見せてくれ」
「見せるも何も健ちゃん連れて入って」
「お前らなぁ!」

 快適空間と言われて得意げになったが怒れる男によって害された。面倒くさい。「外か掃除か入る。邪魔」するとまこちゃんは最初から物置ここの掃除を手伝ってくれるつもりだったらしい。取り敢えず健ちゃんを起こしてもらい私は外に出る。ジト目で見てくるけど無視だ。部室の決まりくらいで真面目か。
 更衣スペースは長方形で、短辺に背の低いロッカーが二つ、隅には壁付けにローテーブルと大きなビーズクッション。毎日少しずつビーズを持って来て詰めた。案の定健ちゃんはビーズクッションで即就寝。いつも無駄に広いと思っていたが、男が三人入ると結構狭く感じる。

「これは部員の情報か、細かいな」
「こっちのボロいのは名簿? ビブス番号とドリンクのシールと……『ガム、サブカルバンドマン』って……古橋意味ワカンナイ、『爪、瞳孔捜索隊入隊』?」
「だめ!」

 ローテーブルに置いていたファイリングした部員情報は良いが、名簿の写しは見せられない。奪おうと伸ばした腕は康くんに取られた。「ザキ『短気? お祭のヒヨコ』!? ヒヨコ!」爆笑する原ちゃん。ああああ最悪。「ユーキチャンこれなんなの?」「返してくれたら教えたげる」だが康くんの手は外れなくて二人はずっと名簿の写しを眺めている。掴まれた腕を返そうにも原ちゃんが邪魔だし体勢も悪い。それならと力こぶを作るように手を引くが全く外れない。護身術で教えてもらった方法なのに……康くんやばい、絶対不審者にならないで。

「ふはっ、自分で招き入れといてざまぁねーな。いいからさっさと掃除するぞ」

 更にまこちゃんから足蹴にされた。
 諦めると同時に康くんが手を離してくれたので掃除に取りかかる。いつも綺麗に使っているのでこれといってないが、ロッカーや棚を模様替えをして部屋を出来るだけ広く使い易くする。更に用具を取り出し易いよう配置換え。最後に軽く掃き掃除。ロッカーや棚が重かったので模様替えに少し汗をかいたが、大した運動にもならずかなり早く済んだ。






「気は済んだ?」

 更衣スペースの扉を開け二人に訊くと先と同じ疑問が飛んで来る。だがニヤニヤする原ちゃんを見るに検討は付いているだろう。解ってるのになんで訊くんだ。まこちゃんは部室の内鍵をかけて更衣スペースに入り、ファイルを熱心に読んでいる。結局入るのか。
 名前を覚えるため身体的特徴や印象をメモしていたと言うと、康くんの欄『瞳孔捜索隊入隊』について訊かれる。「近い距離だったのに見えなかったから……気になっただけ」恥ずかしい。顔が暑い、赤くなってるかも。気付かれてないと良いなと思って体操座りの膝に顔を埋めると、まこちゃんに読み終わったファイルで頭を叩かれた。「よく出来てんな」ならなぜ叩くのか。

「そういえば爪見せてとか、手ぇ乗せてとかってなに?」
「えーユーキチャンそんなんも知んないの? それは、」
「一哉やめろ喋んな殺すぞ。康次郎も何してくれてんだよ……」

 原ちゃんの言葉を遮ったまこちゃんへ抗議の目を向けるが鼻で笑われた。悔しいし気になるので、あの日の康くんのように拳を作って突き付ける。が、またしても鼻で笑われ手をはたき落とされた。なんなんだ。あ、ネットで調べよう。携帯けーたい、文明の力。

「おい」
「爪で健康……康くん健康状態チェックしてたの?」
「ッ、あぁそうだ」
「手は……よく解んない」
「やめろ」
「顎……えす、えむ診断……? まこちゃんこれなに?」
「結希やめろ」
「良いよこれも調べる」

 拗ねて言うと携帯を奪われてしまった。原ちゃんは話すのを禁止されてるし、と康くんを見るがそっと目を逸らされてしまった。まこちゃん恐怖政治が康くんにまで及んでいる。まぁ後で調べれば良いか。するとまこちゃんが真剣な表情でこちらを見ていた。

「結希……SM診断は、アダルトサイト関係だ」
「「ブフッ!」」

 な ん だ っ て !?
 何故か原ちゃんと康くんが吹き出すが私はそれどころじゃない。康くんの吹き出す様子は気になるけど今はそれどころじゃない。

「エロ及びアダルトサイトは?」
「『18歳なって高校卒業してからやないと、ワシと花宮を足して二で割った有能なサイバー警察に捕まってまう』」
「「ッ!!!」」
「そうだ。その検索結果はおかしい、何かの間違いだ。あれは全部健康チェックだった、そうだな康次郎」

 関西弁にウケたのか原ちゃんと共に床に突っ伏している康くんが、片手を上げて応える。自棄に涼しい顔のまこちゃんは随分遠くを見詰めていた。どうしたんだろう?
 声を掛けようとした時、隣で大きな物音と驚く声が上がった。次いでザキちゃんが扉をバンバンと叩いて「花宮中に居るか!? お前ならヨユーだろ来てくれ!」と叫ぶ。まこちゃんは大きく舌打ちして仕方なさそうに出ていった。

「ねーユーキチャン、さっきの関西弁で言ってたやつなに?」

 笑いながらの問いに、中学時代の先輩とまこちゃんの二人から受けた忠告だと答える。
 “──お前キオクソーシツなんだろ? 大丈夫なのかよ?”中二の始め、隣の席の男子に質問攻めにあった。だが忘れたのは自分の事、年相応の一般常識はある。淀みなく答えると気に食わない様子だったが、途中からニヤニヤ歪む口を隠して言われた言葉がよく解らなかった。だからしょーいち先輩とまこちゃんへ疑問をぶつけたのだが、大人になってから知るべき単語だとはぐらかされた。二人の妙な様子に気になって携帯で調べ始めると、先輩は携帯を取り上げ検索結果を指し言った。「ええか結希、こっから先をクリックしたら警察……サイバー警察に捕まる。18禁言うて高校生と18歳未満は閲覧禁止、破るんは犯罪や。エロは18なって高校卒業してからや」神妙な面持ちで開眼されたら頷くしかない。犯罪。なら何故あの男子は捕まっていないのか。すると今度はまこちゃんが答えた。「そいつは情報引き出すために泳がされてんだよ。あと……二年かそこいらで捕まる」「二年も野放し?」「今は義務教育だろ」「少年院は?」「サイバー警察はワシと花宮を足して二で割ったような有能な脳ミソ持っとる。警察には警察の頭エエやり方があんねん」続けた先輩の言葉に恐怖した。それは有能だ、やばい。
 と、言うのを記憶喪失云々は省いて説明した。

「もうダメヤバいんですけど!」
「あぁ……やばいな……」
「ほんとやばいくらい有能だよ。だから康くんも『調教』とか言っちゃだめ」
「「ブハッ!!!」」

 吹き出した二人に困惑する。なんなんだこいつら。サイバー警察舐めんな、アホか。妖怪と天才を足して二で割るんだぞ、と思ってしょーいち先輩を知らなかったらやばさが半減だと気付いた。先輩の凄さをどうやって教えよう。どのエピソードを話せば良いのか……。
 「さっきから何の話してるのお前らは」煩い二人の様子にだろう、健ちゃんが起きた。

「康くんに『調教』とか言っちゃ「その辺は聞いた。なんで言ったら駄目なの」
「『動物を訓練する』、でも私人間だし訓練もされてない。だから違う意味があるのかと思って調べたの、ネットで」
「ふぅん。で?」
「そしたらアダルトサイトが沢山出て。でも見ちゃだめだし。別に康くんに変な事されて無いから」
「から?」
「意味間違えてるし、間違ってそんな、あんな検索結果が出る言葉使っちゃだめ」
「…………確かにそうだね」
「そうだな。俺が間違っていたようだ、気をつけよう」
「はは、もーやめてよ、ダメ、オレもう無理。ユーキチャン最高、ふ、あはは」

 ヒーヒー言っている原ちゃんにちょっといらっと来て、膨らんだガムをつついて割る。最高と言いつつ確実に馬鹿にしてるよね。すると原ちゃんはゴメンゴメンと適当に謝って「てかさ、」と胡座を組み直した。

「変な事って例えばどんな事?」
「襲われる?」
「その襲われるって例えばナニされんのって話だって」
「チカン、ゴーカン、ロシュツキョー、キョーセーワイセツ、えと「うん種田ちょっと黙ろうか」
「種田、痴漢は具体的にどうされ「古橋もちょっと黙ろうか」

 急に黙ってしまった原ちゃんは真顔でクッチャクッチャとひたすらガムを噛んでいる。私も康くんも黙れと言われてしまったのでひたすら黙る。僅かな沈黙が訪れた。原ちゃんが何度か深呼吸した。「治まった?」「マジヤバかった治まった」治まった?

「んー……ユーキチャンちょっとここ座ってよ」
「やだ」
「えーなんで? いつも部活中引っ付いてるっしょ、良いじゃんべつに」
「座ってると近いからやだ」

 原ちゃんが自分の膝をぱんぱんと叩くが絶対お断りである。健ちゃんと康くんが何かこそこそ話している。なんだろう。二人を注視すると頷かれた。「それで良いよ」「危機感は必要だ」うん私の回答はあってた。そりゃそうだ。

「健ちゃんか康くんが良い、原ちゃんはだめ」
「あっこれ駄目だったわ」
「そうか、来い」
「はー? 意味ワカンナイんですけど」
「俺知んないよ」

 呼ぶ康くんの側に寄る。壁に凭れ片膝を立てているので、緩く胡座をかいてもらった。座って康くんの手を前で組む。たまにしょーいち先輩とこうしてた。温かいし安心する、落ち着く。康くんはなんだか……花かな、優しい香りがした。ひさびさーと彼の胸にぐでーんとする。眠くなってきた。

「ご機嫌じゃん。なんで原チャンはダメなワケ?」
「ガムが髪に付くと悲惨」
「え、じゃーガム捨てるから来いよ」
「もう動けない」
「だそうだ原、残念だったな」
「ちぇー……まー良いけど。お前が花宮に怒られるだけだし」

 んー……まこちゃんは別に怒らないと思う。
 室内は原ちゃんが暑い暑いと冷房を下げて、私は軽い模様替えで汗もかいたし今は少し寒かった。康くんの低めの体温がじんわり温くて、緩やかに、確実にやってきた睡魔に身を任せた。

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