「あれ、寝た?」
「ユーキチャーン?」
「瀬戸並みにぐっすりだな」
原がそこそこ大きな声で呼びかけ、古橋が絞めるように腕に力を入れたようだが種田は目覚めなかった。
「痴漢とか言い出した時マジヤバかったんですけど。めちゃくちゃ棒読みじゃん、ナニされるか解ってんの?」
「だから俺が具体的な「説明求めたのはお前の趣味だろ。原吹き出さないように必死だったな、鼻息荒くてキモかったわ」
「だってあそこで笑ったら流石のユーキチャンでもキレそうだっただろ?」
教科書通りな必要最低限の知識は有りそうだが、危機感も警戒心も無い。密室に男三人と居て、無防備に寄り掛かりすやすや眠る種田に若干の心配を覚える。原を拒否した時は安心したがガムを恐れての行動だった。座ると近いって口と近いからか。そうじゃねぇだろ。しかも俺か古橋 なら 良い、ではなく、俺か古橋 が 良いと言った。前々からこいつ大丈夫かと思う言動は度々あったが、これなら花宮とショーイチ先輩とやらは苦労してそうだ。
「瀬戸はいつから起きて「お前がこっそり花宮につねられて、種田が片言でSM診断って言った辺り」
「結構前じゃん。よく笑わな「ヤバかったよ。花宮は気付いてそうだけどね」
「花宮流石だな。『結希……SM診断は、アダルトサイト関係だ』」
「「ぐふぅ」」
「ッやめろ古橋、種田起きるぞ」
今度こそ笑い、古橋を止めるが心配をよそに種田は起きなかった。
「瀬戸って結構ユーキチャンに甘いよねん」「そうでもない」「ウッソー」そう言われても甘やかしてなどいない。少し予想外な点は退屈しないし、俺が言葉を被せても動じない様子は気に入っている。おかげで会話が楽だ、口数も少なくテンポが良い。背が高く被せてしまう言葉で高圧的に感じられる俺に物怖じせず近寄るが、下心は無く何か求めたり強要はしない。俺が拒むのも面倒で妥協するラインを解って近寄って来ている気がする。体育祭や期末考査最終日がそうだ。そう、俺は拒んで無いだけ。
「まぁ猫とか鳥が懐いて来たら少しは可愛いもんでしょ、こいつ退屈しないし。お前こそ構うけどどうなの」
「なにそれちょっとキモイ。オレは花宮の反応が面白いしさ、ユーキチャン基本何しても拒否んないだろ? だからってあんだけ構っても彼女面しないし楽だよねん。たまーに焦る姿もソソるし。最初あーんってした時困ってたのに、今じゃ逆にあげないと更に困ってて最高」
「俺はそれを詳しく聞きたい」
結局花宮への当て馬のままなんだな。
餌付けに食いついた古橋に原が説明する。そりゃ種田も口元に運ばれたのに中々くれなきゃ困るだろう。とは言え口を開けて待機する彼女も彼女だが。「ずっと口開けたまんま待ってんの。加虐心くすぐられるっしょ?」「良いな」こいつら欲望に忠実過ぎ。
ならそっちは梅雨に何をしていたかと原が訊くと、軽く虐めては一緒にサボり労っていたと答える古橋。軽くなかったと思うけど。花宮は上出来だと言ったそうだが、考査最終日は死んでいた。
「まさか種田自ら『調教』と口にするとは思わなかった」
「意味解ってなかったけどねん」
「あぁ。前に『飴と鞭』と呟いたがな」
「当たらずも遠からず……飼い馴らされてる自覚ねぇのにな」
「俺が追い込んでいるのに、俺を見てあからさまに安心してたからな」
満足げに少し口角を上げ種田を覗き込む古橋。こいつ笑えたんだな。唖然としていると原が爆笑して写メを撮ろう……としたがいつもの無表情に戻った。「ちぇ、古橋はどーなの」フーセンを割って口回りのガムを引っ張り剥がす原。汚ぇ。てか何この修学旅行の夜にするような会話、俺らキモ過ぎんでしょ。
「俺の表情や目に嫌悪しないどころか安心するのは悪くない」
「つーか瞳孔探してたんでしょ、『瞳孔捜索隊入隊』ってなんなの!」
「なにそれ」
「これ」
渡されたボロボロのプリントは名簿のようで、ビブス番号とメモ書きがあった。俺と花宮には番号もメモもない辺り、名前を覚えるためのものか。明らかに不良な見た目の山崎に『お祭のヒヨコ』って、どんな感性をしているのだろう。古橋にも無表情や死んだ目ではなく『爪、瞳孔捜索隊入た……爪?
「爪ってなに……剥ごうとしたの……」
「ちょ、瀬戸物騒過ぎっしょ! 初対面で生爪剥ぐって「こいつならしかねないでしょ。てかやめろよ」
「すまないが意味が解らない、お前の中で俺はどうなっているんだ?」
手持ち無沙汰で寝ている人間の鼻と口を塞ぐ奴が何故不思議そうに出来るのか、俺の方が意味が解らない。すぐ止めたので特に種田が起きる様子は無かった……身じろぎくらいして欲しい。爪剥ぎに爆笑する原が息を整えて言った。
「そこがSM診断に繋がるってワケよ」
「あぁ……結果どうだったの」
「顎と手を乗せるものと、爪を見せるものをしたんだがな…………」
「溜めるなよ」
「古橋のドヤ顔っていつもの無表情なのにムカつく」
「全部Mだった」
「「あぁ……」」
うん、俺も原も予想付いてたわ。花宮を母親と慕うくらいだもん。
人付き合いに疎いのもあるかもしれないが、基本的に種田は受け身という印象を受ける。懐や器が大きいと言うより、受け身。嫌な事は嫌だと言うが余程の事が無ければ拒まない。そもそも彼女が拒んでいるのを見た事が無かった……髪にガムが付くの余程の事なのか。
「しかもなんの問いも無く素直に従ったからな、興味が湧いた。俺なら絶対にノら「無いのは言わなくても解るから」
「そんなん十中八九当たるなんて思わないけど、もしかユーキチャンドM!?」
「怯えても逃げずに耐え続けるからな。梅雨は本当に良い思いをした、花宮には感謝してもしきれない。あと体育祭で鉢巻きを首に下げたり吐きそう発言や瀬戸の足元を陣取るセンスも俺の加虐欲を「長ぇよ。要は態の良い欲望の捌け口って事ね」
「瀬戸の足元って?」
原の問いに期末考査最終日の種田篭城事件の話をする。
あの後は体育祭の借り物競走同様面倒だった。俺と種田をセットで見ているらしいクラスの女子は、古橋が彼女の名前を呼び捨てにした事で勘違いを起こした。古橋と付き合っているのか、略奪愛だそれで良いのかと寄って集って質問攻め。略奪愛も何も俺にそう言う感情は無いし、種田も俺の事は羽休めの止まり木みたいなもんだと思っているだろう。無視して寝ようにも色恋沙汰が絡んだ女子はしつこい。「種田は誰とも付き合ってないんじゃない? 古橋には体調悪そうだから保健室に連れてかせた」まだ何か言いたげだったが「これからも仲良くね、二人の仲を疑ってごめんね」と言い残し散って行った。二人の仲とは。
さぁ寝るかと思えば、今度は男子がお前と付き合っているんじゃ無かったのかと訊いて来た。俺以外とほぼ話さないにも関わらず種田は少々モテるらしい。思えば容姿は悪くないし頭も良く、他の女子と違い群れて騒がないのは良物件だ。彼らにも彼女は懐くだろうか。だが入学直ぐに話した後ろの奴とはあれきりだと気付き、無いなと思う。「もしそうだったらどうする?」煽ってみると男子は動揺し、女子は黄色い声を上げた。少しの優越感を感じながら今度こそ寝た。
「なんか瀬戸顔がキモイんですけど。ナニ思いだして「なにも。でもこいつ選手が故障したの見て笑ってたよね」
「SとMは表裏一体「古橋ウザい」
「……」
「それは花宮が格好良いからっしょ」
「花宮に惚れてるのか?」
「……無いでしょ。母親とか言うくらいだし」
「ないない、ユーキチャン明らか恋愛関係ニブいじゃん。ああいう時の花宮の雰囲気が格好良いってさ、それ近くで見たいからマネやってるっつってたよん」
「じゃあインハイ予選で最高と呟いたのは「花宮が最高に格好良いって事?」
「たぶん?」
曖昧な肯定にそのまま沈黙が訪れる。
この親にしてこの子あり? バカな言葉が浮かんだ。インハイ予選での種田の表情を思い出す。古橋程では無いが、彼女も表情の変化が乏しい。感情の変化自体あまり無い様子だ。だがあの時はこれ以上ない程愉しそうに、艶やかに笑っていた。そう言えば原と初めて屋上に行った時、確かに上手かったと言った俺に安心している様子だった。原を話の解る人だとも。好きなものを受け入れられるのは嬉しいだろう……それがどんなにゲスいものでも。
まぁ俺も花宮の企みとその技術力やスリルを面白いと思うし惹かれるものはある。あるがその時の花宮の様子ねぇ……やっぱりズレてんのかね、種田の感性。
「仕掛けられた相手に自分を重ねていたりすると思うか?」
「まっさかー! まっさかー……」
「話の流れ的には無いとは言い切れない歯痒さ」
「つまり俺は色々と自重しなくて「最初から自重してねぇだろ」
「いやー流石にユーキチャンもそこまでドMじゃ──……」
その時部室のドアが回る小さな音がして思わず固まる。
誰だ、花宮以外なら不味い。女子の更衣スペースで男三人、頼みの種田は寝ているし、花宮が出て行ってから誰も部室入り口には鍵をかけていない。更衣スペースは種田が土足禁止にしているのでパーテーションの前には男物の靴があるからすぐに解る。俺とした事がバカか。
さっと三人で顔を見合わせる。古橋は種田が声を出さないよう口を塞ぎ、原が肩を叩いて起こそうとする。俺は必死で頭を回す。見事な連携だが種田は起きないし、なんの考えも浮かばない。もう無理でしょこれ。この間四秒。
「……あれ? 誰も居ねぇのか?」
「ザ キ か よ ! 死ぬかと思ったんですけど!」
「さっさと入って鍵かけて」
山崎だった。俺も社会的に死ぬかと思った。「お前ら居たのかよ」「良いから早く鍵を締めろ」「ドアも鍵も締めたっつーの」その声に三人とも安堵する。種田は俺達の気も知らずぐっすりだ。俺が言うのもなんだが寝汚い。
開かれたドアの前に靴は無かった。どうやら花宮は出て行く前に隠してくれていたらしい。有難う花宮助かった。山崎は古橋に凭れて眠る種田を見て顔を赤らめた。あぁ近いからね、距離が。ウブだからね、お前。種田もこういう恥じらいを少しは持つべきだろう……持ったら種田じゃないか。
「お、まえら何してんだよ!」
「煩いなー、ユーキチャン起きちゃうじゃん。ナニ想像してんの?」
「んなっ……何も想像してねぇよ」
入ればと言うが頑なに入らず、近くのパイプ椅子に座った山崎に更衣スペースのドアを閉めさせる。部室のドアについた窓は小さな磨りガラスとは言え、更衣スペースのドアが開いていて、その中に図体の大きな人間が居る事は覗けば解るだろう。女子の部室には入れば停学。用具置き場と化している部室は男子の入室は許されているが、この更衣スペースもそれは適応される。
「でさー、ザキはユーキチャンの事どう思ってるワケ?」パーテーション越しに訊く原に、まだこの会話続いてたんだなと思う。好きそうだもんな、こういう話。
「はぁ!? あ、あー……別にどうって……バスケプレイヤーとして尊敬してるし、マネもきっちりしてるからスゲーとは思うけど」
「うわ普通過ぎてツマンナイんですけど。もっとこう、無いの?」
「はぁ?」
「男としてさ」
「男としてってお前……」
「え、無いの? 相手は女子マネだぜ? 少しも思わないの? もしかホモ、」
「やめろ。んあー……ぁー…その、小せぇのにちょこまか必死で仕事してんのとかは、か、可愛いんじゃねぇのって思う、時も、無くは無い」
「「「うわぁ……」」」
「んだよ!」
パーテーション越しで良かった。すげー気持ち悪い。
「こんだけキモいのにユーキチャンってばザキの事、謙虚で優しいって言うんだぜ? 騙されて無理矢理襲われないか心配なんですけど」
「お前じゃねぇんだから襲わねぇよ」
「良いじゃんユーキチャン、胸育てたい」
「ちょ、」
原が種田の頬を何度も強くつつく。「んー」と寝言を言って手をはらう彼女はやはり起きない。山崎はナニを想像しているのか騒いでいる。「山崎煩いぞ、頬をつついただけだ。種田が起きたらどうしてくれる」古橋が怒るが、それならお前は頬を引っ張るのをやめろ。
「花宮は? 随分遅いけど」
「ずっとGと戦ってたんだよ。スゲーデカくて速くて俺でも無理だった、ありゃキモ過ぎる」
「え、ザキってゴッキー倒せる人? ヤバい、初めてザキ尊敬しちった」
「おい。はぁ……掃除も終わった。今着替えてる」
噂をすればドアがガチャンと音を立てる。次いでカチャンと小さく音がした。お前鍵持ってんのか。ならなんで締めて行かなかったんだよ、焦る俺らを笑いたかったのか。
「あいつらは?」「中に居んぞ」するとしっかり内鍵をかける音がして、更衣スペースのドアが開いた。少し動きを止めたので驚いているようだが表情に変化は無い。溜息を履いてドアを閉める。「ヤマも中入れ」「はぁ!? 無理むり!」「なら出て行け」「……じゃあ帰るわ」「ここにこいつらが居る事は誰にも言うな。言ったら殺す」見た目不良なのに何気に真面目な山崎が出て行くと、少しして花宮が入ってきた。
「あれ古橋怒んないワケ?」
「種田の事叩き起こすと思ったけど」
「隈出来てたしな……中学ん時もこんなんしょっちゅうあった、康次郎にも気ぃ許してんだろ」
「流石お母さん。そういや最近はオレがユーキチャンにハグしてもそんなに反応しないよねん……睨むけど」
「それは部員の視線集めるからだ。結希が良いなら無理に離す必要ねーだろ」
「流石お母さん」
「はぁ……お前ら面倒くせー事吹き込んでねーだろうなぁ?」
「お前に殺されたくないからね」
「寧ろ説教とサイバー警さ、ッ!」
「さ、サイバー警察の恐ろしさを教わったよん」
言いながら吹き出す古橋と、笑いを堪えきれず沈没した原。俺も今喋ったら絶対吹くのに花宮に説明を求められる。なんとか『調教』という誤字の説教と、関西弁の忠告について話す。そして俺はあまりに種田に警戒心が無い事、無防備過ぎる事を非難した。今の状況、体育祭で躊躇無くへばりついて来た事、篭城事件。相手によっては確実にその気があると勘違いされるだろう。度々出るストレート過ぎる発言も……これは言わないでも良いか。
「臭いものには蓋をしろ、じゃ危ないんじゃねぇの」
「じゃあなんだ? 今から襲って危機感持たせるか?」
「うわぁ花宮ゲス過ぎ」
「いくらこいつでも寝てる間に男三人相手じゃ敵わねーだろ。お前らがノるんならいーぜ? もう鍵は返却したから不審がって教師が来る事もねぇ」
花宮はまるで愉快で堪らないといった様子で、目を細めニヤニヤ笑う。こんな人間を母親と慕う種田に憐れみの視線を送るが、
「そこ四人って言わねぇんだ?」
「花宮マジ目が笑ってないんですけど。頷いたらオレらボコられそう」
「流石母親だな」
まぁただじゃ襲えないよね、てか別に襲わないし。
「マジで察しが良くてウゼーなお前ら。そもそもこいつはこれで警戒心強いぜ? 人間不信の人間嫌いだから初対面には基本近づかねーしな」
「俺即効懐かれた気がするんだけど」
「何かしら基準満たしたんだろ。あと俺と中学の先輩で、最低限の知識と護身術は教えてる」
「ワオ。でもオレがハグしても普通じゃん? 少しもなんもないけど」
「部員には怪我させらんねーだろ」
「俺もか?」
「だな。ヤマも多分そうだろ」
結構懐いてるとは思っていたが、結構どころじゃなかった訳だ。そう言えば花宮が素を見せているのもこの四人だ、基準は母親かと思った。だが他の、例えば二年の先輩にそこまで懐いている様子は無い。
嬉しいような優越感はあるが、それがこのクセの強過ぎる面子ってのが、
「俺らみたいなのに気ぃ許すとか、種田って可哀想で可愛いね」
「愚かだな」
「うわぁオレも同じような事思ったけど瀬戸キモいわ」
「ふはっ、俺も結希の人選にはどうかと思うぜ。ついでに言うとソレ、」
花宮がローテーブルに置かれたボロボロの名簿を指差す。
「多分お前らとヤマ以外、こいつロクに名前覚えてねーな」
「……もう七月だぞ。確かに部員は多いが流石に覚えてるんじゃないか?」
「ベンチ入りした二年は解んねーが他は覚えてねーだろ。部活中もよく見て「だからそんなボロボロなのか」
「ユーキチャンってさ……もしか何気に愛され上手?」
「さぁな。でもこいつを好き好む奴は趣味悪ぃぜ?」
「なんで?」
「人間不信で人間嫌い。懐に入れた奴には甘ぇが構ってチャンで情緒不安定……まぁ他にも問題は多いが。もし手ぇ出しても、そーゆーのは18歳からっつって伸されんだろーしな」
「「「あぁ……確かに」」」
しみじみ声を合わせる。室内の視線が種田に集まった。それに気付いたように、もぞりと彼女が身じろぎする。座ったままの姿勢に疲れたのか、横を向こうとしたり座り直そうとして唸っている。
「結希、そろそろ起きろ」
「ぅー……もっと……ねる、つぎサボう……二人もサボ、る」
「はぁ。ここは屋上じゃねーっつーの。オラ、とっとと起きやがれ」
「んー…………う、ぁれ……せんぱい、じゃ、ない……?」
眉をしかめ古橋の腕に顔を押し付け唸る。目を擦ってのろのろと顔を上げた種田は、俺達を見て首を傾げた。寝ぼけているのだろう。ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返し「おはよぉ」と随分ゆったりした口調で言った。
「……かえる?」
「そうだな」
「んー……康くんありがとぉ。きがえ」
ゆっくり立ち上がった種田はもう一度「着替える」と言った。出て行けと言いたいのだろう。じゃあ出るかと立ち上がるのと、彼女がロッカーの前に座り込んで戸に手をかけるのは同時だった。いやいや俺らが完全に出たか確認しようよ。
部室を出ると山崎が居た。鍵を返して校門まで行ったものの、種田が襲われていないか心配で戻って来たらしい。鍵の掛かったドアの前でどうすべきか迷っていたなんて、救いようが無い偽善者っぷりだ。電話するなりドア叩くなり鍵取りに行こうとはならない、つまり心配はしても止めようとはしないのだから。こいつのどこが優しいのか種田に訊きたい。
「そうだ。花宮ってユーキチャンの事どう思ってんの?」
「はぁ? なにクソくだんねー事言ってんだ」
「まぁなんつーの? ウチのマネージャーについて話してたんだって」
「使える駒に決まってんだろ」
「もーつれねーなー。んじゃ『お母さん』としては?」
「…………」
「なにその意味深な沈黙! もしか花宮ってばユーキチャンの事、」
「やめろキメェ」
「花宮吐きそうな顔してんな」
「ほらほら、『お母さん』としては?」
「…………こんな人間相手に生まれて初めて会ったからって縋り付くバカな女」
「娘に対する言葉じゃない!」
「縋り付かれたのか」
「花宮ヒデーな、おい」
「ねぇ花宮──……」
「ザキちゃん?」
──『生まれて初めて』ってどういう意味? 何故か引っ掛かった言葉、見過ごす程ごく僅かな違和感を覚え、訊こうとした。だが部室から出てきた種田に遮られ叶わない。山崎も居る事に少し驚いて、喜んでいる。
まぁ深い意味はねぇか。俺も、敵わない相手なんて初めて会ったし。花宮みたいな奴、中々居無いから珍しいもんね。